31–1 ときめきにシす①

 猿轡をされ、後手に縛られたナズナは、はじめは暴れたもののおとなしくなっていた。両津はあぐらをかいてそばに座っていた。見張りを申し出たのだ。テイラーは「なんならっ、殺しちゃってくれておいてもっ、テイラー的にはオールオッケーよっ☆」などと含み笑いを浮かべていた。

 んなことできるわけねえだろ。拳銃持ってたってそんなバカボンのおまわりじゃないんだからさあ。タマは使ったら理由だっていわなきゃなんねえし、そうやすやすとパンパンいかねっつーの。だったらあれか、ほかの方法を使え、と。するわけねーべや。畳をむしりながら、両津は考えていた。

「なんてことになちゃったんだろうなー」

 こんなことバレたら懲戒免職だよ。クソめんどくせえなあ。この男の恐るべきところは、この異常事態をわりと素直に受け止めていたことである。スマホを取り出し、両津はラインを始めた。

『いまなにやってんの〜?』

 返事がこないかなあ。今日はレイコはなにしてんだろ。

「なあ、付き合ってる相手からのラインってさ、即レス必死だよなあ」

 ナズナに声をかけてみる。ま、気を失ってるやつにそんなこと聞いたってあれかあ。俺もバカだな〜。しばらくして、ナズナがもぞもぞと動き出した。気がついたのか。先ほど洋美からグループラインがあった。

『セリとホトがコンビニから帰ってこない』

 こいつなにか知ってるかな。両津はナズナの猿轡を緩めた。はじめナズナは大声をはりあげた。面倒なので。ひっぱたき、呻いているところで首のあたりを踏んだ。

「俺、わりと鍛えてるほうなんで、このまま思い切りお前に体重かけて、殺してもいいんだけど」

 ナズナは黙った。目から涙を流していた。ウケる。

「セリとホトどこいったんだ?」

 ドラマの悪役をイメージして凄んだ。びくびく震えてから、ナズナが蚊の鳴くような声で、コンビニです、セブンです、といった。

「それは知ってるって〜の」

 足を動かし、ナズナの首を回す。ナズナがえづいた。

「なに、俺の足、臭い? やばい?」

 最近水虫気味なのだ。返事はない。まあいいか、この状態でいるってのもなんかテンションアガるなあ。自分が物語の人物になったみたいだ。俺は悪いやつ(ナズナである)を捕まえた勇敢な警官である! なはは。

 コンビニから帰ってこない、とな。両津は熟考(といってもこの男にとって、程度である)した。妙だな……。両津は顎に拳を当てた。これはあれだ、便乗してここから逃げやがったな。グループラインにメッセージを送った。

『セリとホトが逃げたな』

 しかし誰からも返事がない。どいつもこいつも! 既読はされている。畜生、こけにしやがって! レイコに送ったメッセージを既読がついている。なのに、返事がない!

「おしっこ……させてください」

 ナズナが震えながら懇願した。

「はあ?」

 お前ここで死ぬんだから我慢しろよ。ゆとりか? おめえの膀胱はしまりがねえのかよ。ここで漏らされたら面倒だ。タオルかなんかを重ねて敷いてそこでやらそうかな……。なにかないか探すも、見当たらない。

「座布団にさせばいいんじゃないっすかねえ」

 声がした。

 入り口に、浅田光彦が立っていた。両津は身構えた。

「ああ、そんな怖がらなくてもいいっすよ。僕全然関係ないし。ていうか興味ないっすから、そのおデブちゃんが死のうが漏らそうが」

 どぞ、といって座布団を一枚拾い、両津に差し出した。両津は黙ったままだった。こいつも縛っておかなくてはいけないかもしれん。旅行者(自称ルポライターである)は面倒だ。

 両津が受け取ろうとしないので、浅田は座布団を落とした。

「どいつもこいつも熱にうかされてますねえ」

 浅田のとぼけた口調が障る。

「あー、だんまり系っすか、そっすか。まあいいですけど」

 じゃあ、暇つぶしに俺の特技を披露しますね。俺、芸人のモノマネの練習してるんですよ。じゃあまず……。

「ゲッツ!」

 そういって、膝を曲げ、人差し指を伸ばした。

 ぱん。

 奥の蛍光灯が割れた。

「なんだよこれ……」

 両津は唖然としてしまった。

「どうも、ルポライターのダンディ浅田です」

 語呂が悪いなやっぱ、と浅田はいい、畳に唾を吐いた。

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