31–2 ときめきにシす②
「お前、なんなんだ……」
「暇なもんでね。マジックみたいなものを、ね」
浅田は口元を歪ませ微笑む。
「こち亀さんにはいろいろお世話になったんでね、大サービスです。俺はね……」
ルポライターであり、探偵であり、そして、
「新世界の神さまです」
デスノート、ジャンプつながりですよ。
なんてリアクションしたらよいのかわからず、両津は黙ったままだった。
「小説を例にとりましょう。ジャンル分けってのもねえ。だって、小説の中には恋愛も謎も、ファンタジーもスピリチュアル……偶然の一致っていうんですか? 『聖なる予言』読みましたか? あれは名作ですよねえ。あるもんでしょう。ミステリー要素が読者を引きつけるし、人間の本質をまっすぐに捉えようとしたならば、それはもうホラーでしょう。いいですか? すべての小説は、ミステリであり、ホラーなんですよ。ジャンルに寄せるのは最低限のマナーですが絶対事項でもない。そもそも、僕らの人生そのものが、信用ならない語り手による異世界じゃないですか」
あなたたちにわかりやすく説明してみました。ああ、こち亀さんとそこのローストビーフみたいになってるおデブちゃんだけにいってるんじゃありませんよ。みなさんが大好きなメタ的なあれです。読者の皆さん、俺たちの監視者にもいっているんです。
「なにいってんだお前……」
「お客さまは神さまっていうでしょう。つまり、俺はこう考えているんです。自分は物語のなかにいる。そして、この茶番を覗き見している輩がいる。あのくだらないシェアハウスを覗いていたあんたらみたいにね。読者という存在です。神とニヤリーイコールの。作者が神だと誤解しているやつもいますがね。作者なんてもんは奇形児を生み落すただの狂人です。読者がなぜ神かといったなら」
浅田は天井を仰ぐ。まるで天井裏に誰かが隠れており、そいつに向って語るように、いった。
「神様が物語を見ているときだけ、僕たちが存在するからです」
両津は目の前の男がいったいなにをペラペラ喋っているのかさっぱりわからなかった。ただ一つだけわかっているのは、『こいつは危険だ』ということだ。さっきのダンディ板野の似てないモノマネ。途端に割れた奥の蛍光灯。現実感のなさが重箱みたいに積み重なっている。
「で、なんであんたが神なんだ。神は読者とやらなんだろうが」
「ああ、ちゃんとそこ突っ込むんだ。日本人はバラエティ番組に調教されていますねえ。国民が全員ひな壇芸人みたいになっちゃってるなあ、こんなクソ田舎でも」
まったく浅田は質問に答えるつもりはないらしい。
「さて、じゃあ次はこんなことしてみましょうかね。これ、みんな知らないかなあ。アラフォー層がドッカンドッカンウケるやつを一つ。ノリダー……フェスティバルアンドカーニバルッ!」
間抜けなポーズを浅田がとった途端、背後にいたナズナが呻き出した。まるで狂った芋虫みたいになっている。
「あんた、殺したくないんだろ? 仮面ノリダーこと俺がかわりにやってやるよ」
そのブタに、呼吸という概念を失わせた。いまこいつは息を吸って吐く、という行為ができず、じき酸素が身体にまわらなくなる。おいしい空気とやらをありがたみなくいただいていたバチを与えてやりましたよっと。
ナズナがひどく暴れだした。さっきよりもずっと。顔は真っ赤になり、目を血走らせて。
「おい、なにやってんだよ、おい」
両津はその有様に怯えることしかできない。
「なにいってんだお前、お前の代わりにやってやったんだぞ。殺してやるつってんだよ」
「やめろよ、こんな……やめろよ」
「だっふんだ」
浅田がつまらなさそうに呟くと、ぜいぜいとナズナから呼吸を貪る音が聞こえだした。
「自分じゃしたくない、他人がするのも見てらんねえって、お前はなんなんだ」
浅田は嗤う。
「もう時間か」
浅田はつぶやき、そして、
「がちょーん」
と谷啓のモノマネをした。両津の頭がぱん! と弾け、血飛沫が飛び散る。ちょうど浅田の足の前まで血が届いた。
「セーフ」
血まみれになった畳を避けながら、浅田がナズナのそばにやってきた。
「デブ、生きたいか?」
浅田は問うた。
首をぶんぶんとナズナは振った。
「どっちだろーなあ。でもあんた、二人突き落としたんだぜ。生きたところでひとごろしだ。それでも生きたいのか」
ナズナは硬直した。そう、彼女はさっき、最愛のスズナと憎むべきハコベラを殺してしまったんだ。
「俺は裁く立場じゃあない。殺したやつの親だったら、お前をぶち殺してやるところだがな。覚えておけよ。頭の弱い餓鬼が『なんで人を殺しちゃいけないんですかー』なんてくだらんことをよくいうよな。なんで殺したらいけないか、それはつまり、同種の動物を殺してしまったら、そいつはその社会では生きていけなくなるんだ。決してな。なぜなら、そいつはルールを守り社会生活を営むもの全員を殺す可能性が、ぐんとあがるからだ。お前はずっと殺したやつと、その血筋に、いや、全人類に。なにせ皆兄弟だからな。永遠に憎まれ続ける。その覚悟はあるな?」
ナズナは、小便を漏らした。さっき呼吸ができなくなったときも、少し漏らしていた。もう我慢できなかった。
「あんたの身体は動いてる。そのつまんない心なんかより、身体を大事にしてやれよ」
生き残れたら、また会いましょう。
そういって、浅田は集会所から出ていった。
みゆきたちが到着したのはそのすぐ後だった。
その残酷なさま(首なし死体が縛られたナズナのそばで転がっている!)に驚愕しながら、みゆきはナズナを解いた。
ナズナはガクガクと震えていた。みゆきは肩を抱き、起こす。洋美を見た途端、ひっ、といってナズナは怯えた。
「さっきはごめんなさい」
洋美はいった。ナズナと同様目を合わせられなかった。
「話はあと。とにかく、行きましょう」
みゆきはいった。
「裏口から出ましょう。草原を突っ切れば、コンビニまですぐよ」
洋美はいった。
これまで突っ切ったことは一度もなかった。禁じられていたからだ。もうこの場所に戻ることはできない。ならば……。
浅田は、ふらふらと歩いていた。
調べておく必要がある。任務だけではもったいない。滝に、何者かがいる。それは、俺と同じ種類のやつだ。好奇心。ただそれだけだった。しばらくあいつらは待ち合わせ場所にはたどり着けないだろう。俺の勘は当たる。生き残れるのはわずか。これも勘だが。みゆきはたどり着けるだろうか。別に心配はしていなかった。あいつは最終的には非情になることができる。そもそも証拠さえつかめばおさらばだったところを、助けるだのとほざきやがった。自分に自信がおありで。市の図書館で見つけた田島の民話。あれはなかなか興味深かった。
ああ、あのこち亀野郎に教えてやるのを忘れてた。俺は、神さまであり、探偵の皮をかぶった悪党なんだよ。
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