24−2 悲劇の誕生②

 深町はババアの電話で起こされた。

「あんだよ」

 今日はもう酒を飲んで寝ようと思っていた。

「あんた、青年団の団長だろ」

「まあ名ばかりだがな」

「いいかい、村中に連絡網を回しな。今晩は鍵をかけて寝ろ。そして、玄関の前に札が貼られているか確認しな。正月に田島の家を詣でたときに渡されるやつだ。絶対に貼っておくように。そして、どんな音が聞こえても、朝になるまで外に出ちゃいけない、と念を押せ。いいね、絶対だよ」

「そんなまくしたてられたってわっかんねえよー」

 寝ぼけているものだから、返事が平板になっている。

 面倒くせえ。電話になんて出るんじゃなかった。

「札を貼って家から出るな! って全員にいっておけ!」

 電話は切られた。なんだそりゃ。そのまままた寝てしまおうかと思ったが、モヤモヤが残った。仕方なしに田島の集落の家に片っ端から電話をした。繋がらなかった家まで自転車で向かうはめになった。何件か留守だった。置き手紙を残した。田島の家に到着し、幸一郎に伝えたら、ババアの店までいっていわれたとおりにしてやったと報告するつもりだった。

「おーい」

 返事はない。

「いねえのかよ」

 鍵があいている。深町は勝手にあがりこんだ。

 玄関に札が貼られていた。まあこれなら大丈夫だろう。あとで幸三にいえばいいだろう。そう思い、勝手に台所に入り、冷蔵庫をあけた。ジュースを持って、居間まで移動した。

「なーんもやりたいことねえわ。腹へった、眠い、セックスしてえ、そんだけだ。ていうかそれ以上になにかしなくちゃいけねんかね」

 思わず独り言を呟いた。俺の人生なんにもねえ。このまんま、年をとって、死ぬ。テレビを観れば芸能人はうまそうな飯を食ってやりまくってる(ように思える)。トーキョーの連中だってそうに決まってる。みんなオシャレで、スパゲティをパスタっていってる。やたら健康に気遣い、掃除だってロボットにやらせる。

 毎年新しいデザートが発明される。深町が知るのは流行ってからで、食えるのはコンビニに出回るときだ。しかしデザートを飾る皿も雰囲気のいい店だってない。なんにもない田舎で頬張ったところで、そのデザート本来の味わいなど感じられやしない。

 自分のなにもなさ、手に入らなさ。それは全部ここにいるからだと思う。

 しかし、ここ以外にいる自分など思いつかない。

 もしここでない場所に自分がいたら、そのとき自分はきっと、「いまの自分」ではない。

「真面目なこと考えるとオナニーしたくなるわ」

 深町は仰け反り、そのまま寝そべった。

「田島さーん。千絵さんの飲み代もらいにきましたー」

 玄関のほうから声がした。そして声の主は勝手に上がってきたらしい。

「おう」

 咲子が居間に入ってきて、深町は手をあげた。

「なに、泥棒?」

 そういって咲子は座布団も敷かず、座った。

「あほか」

「幸一郎さんは?」

「おらん。というか誰もおらん」

「なんだよ」

 ババアの家に戻ることもなんとなくできず、咲子は通り道にある田島の家にはいった。かといってべつに理由もない。とっさに「千絵の飲み代を回収」などと口走ってしまった。

「どした」

 深町が訊ねた。

「なにが」

「なんかあったか」

「なんにもないとこなら、なんでもできると思ってたよ」

 あまりにも、無防備に深町が訊くものだから、本音をこぼしてしまった。

「なんだそれ」

「別に」

 ああ、空気の読めないやつでよかった、と咲子は思った。しばらく二人は黙っていた。テーブルにはラジオがあった。咲子はラジオを手に取る。いま前田ラジオはやってるのだろうか。聴きたくもないけれど、この沈黙を紛らわせるためならつけてやってもいい。

「週末、どっかいくか」

 深町がいった。

「は?」

 ちょっと、なにあんたそんな、さりげない感じ。いつもと深町が違っていることに、咲子は動揺した。

「お前さあ、そういういいかた直せよ」

 深町が起き上がる。

「え、だって、なによいきなり」

「どっかいこうぜ、車出すから」

 それって、といいそうになるのを堪えた。頭のなかで目まぐるしく思考が回転する。目が回る。

「わたしソープランド興味ないけど」

 うまい答えを出せた、と咲子は言い終えて安心した。

「ちげーよ」

 深町はぶっきらぼうに、いった。あんた自分のことイケメン俳優かなんかと思ってんじゃないだろーな。ドライブに誘われたことを嬉しく思った。深町だけど。

「わたしを働かせるつもり?」

「もういいわ」

 深町はため息をつき、再び寝転ぶ。

「映画とかなんかやってんの」

 咲子は訊ねた。

「しらんけど」

「スパイダーマンみたいの観たい。なんかテンションあがるやつ」

 咲子はいった。どうせこんな約束、酔っ払って忘れちゃうんだ。まあいいか。一瞬、気持ちが盛り上がってしまった。いや不可抗力だけど。深町なんだよなあ。

「わかった」

 深町はいった。

「ありがと」

 そういって咲子はラジオをつけた。なにかが叩きつけられている音がした。びっくりして咲子はボリュームを上げた。グエッ、とかオエッ、とかいう声がする。

「なんだ?」

 深町が勢い良く起き上がる。

『お前みてえなやつが一番ムカつくんだよ』

『なんだてめえ、ただの引きこもりのくせに大それた夢持ちやがって』

『いいか、死ぬまでてめえは引きこもってろボケが』

『なんなら死ねよ』

『おい』

『なあ』

 声の主は、幸次だ。

 叩きつけられているのは、前田なのか!?

「幸次……!」

 なにが起こってんだ。あのバカ!

「え、ええ?」

 二人はそのまま、田島の家を飛び出した。

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