27−2 イキたいしシにたいし②
「わたしの父はね、助けたガキに殺された。みじめなもんでしょ。どういうことよ。せっかく助けたのに、今度は金を奪おうとしたんだって。そんなやつ助けた父さんもお人好しだった。ゴギョウくん、なんかいいたいことある」
洋美はいった。あのときのことはよく覚えている。いまも完璧に脳裏に再現できる。死のうとしてここまでやってきた少年を、父は家に連れてきた。いつものことだったから、洋美も気にしなかった。そいつのために多めにおかずをつくり、飯を食わせた。深夜、父の叫び声で洋美は目を覚ました。寝室で、父は仰向けになって倒ていた。十徳ナイフを突き刺され、洋美が救急車を呼んでいるうちに、死んだ。少年はすぐに保護された。泣き喚き釈明した。金をよこせといってもくれなかった、だから脅してやろうと思って、殺すつもりはなかったんです、といっていたらしい。ふざけるなよ。未成年だった。死刑になれ、と思った。こいつが死んだところで父は戻ってこない。いまごろあいつは、どこかで名を変え、のうのうと生きているんだろう。許せない。見つけ出して殺してやりたい。そうだ、なんでこれまで、こんなにあっさり殺せたのかわかった。つまり、あいつのかわりにわたしはこいつらを殺し続けている。
「……たい」
「なに。聞こえない」
洋美は大声で煽った。
「いきたい」
ゴギョウは、ゆっくりと、はっきり、いった。ふざけんじゃないよ。洋美は思った。世の中なめてんじゃねえよ。
「わたし、いまあなたを殺そうとしているよ。逃げるならいまよ」
「こわい……。死ぬのもこわいし……、ここから出るのもこわい……、現実が、押し寄せるのもこわい……、なにもかも……、こわい」
無様なもんだなあ、と洋美は思う。こんなやつ、すぐ殺せる。
「わかった。銃がある。それで、すぐに済ますね」
業平がトーキョーで買ってきた。自分で撃ちたいところだけど、洋美さんどうぞ、と新聞紙に包まれたまま、渡された。あいつは意気地なしだ。結局自分で扱うことができなくて、わたしになすりつけた。銃で頭をどん。簡単だ。わたしはやれる。洋美はそう思いながらも、縄をきゅ、と引っ張る。だが、一瞬で殺すなんて、しけたことをしてたまるか。ラインの着信音がした。紐をゴギョウの首にかけ、一気に締めようとする刹那、
「銃じゃないんですか」
声がした。みゆきが腕を組んで立っていた。まるで少年野球のコーチみたいに。
「あんたはゴギョウのあとで殺すつもりだった」
洋美はみゆきに向かっていった。そう、こいつこそ、銃で一発がふさわしい。こそこそなにかを嗅ぎ回っているのは感じていた。事態を呑み込めないからかと思ったがそうでないらしい。滝で声をかけたとき、こいつは迷っていない、と感じた。救いの手を求めていない。珍しかった。しばらくここで暮らさせて、様子を見るつもりだった。
「いえ、残念ながら、死にそうなのはあなたです。村の人たちはあなたに全責任をなすりつけるつもりですよ。あなたはこの事件にショックを受け、自殺を図るって二時間ドラマでもいまどきないシナリオをでっちあげようとしています。報告によるとね」
みゆきはいった。洋美は鼻で笑う。そうなるかもしれない、と思っていたからだ。意見が一致しているわけか。つまり、わたしもあんたも、ここでおしまい。
「憧れてたからね、わたし、二時間ドラマ。夢って叶うのね」
スマホの音と振動が煩わしい。洋美はスマホを取り出す。
『いま家いますか?』
『そっちは片付きましたか?』
煩わしい。
「セリさんとホトちゃんは先にいってもらいました」
みゆきがいった。
「そう。すぐ見つかるわ。なにせあの子ら有名人だからね。夜にふらついてるのを目撃されたら、すぐわたしたちに連絡がくるようにしてるんでね」
面倒だ。なにもかも面倒だ。
スズナたちと一緒にセリはタクシーに乗りたがった。行きたがらないホトを無理やり連れて。そういうことか。
「サカグチリキくん、ご存知でしょう」
懐かしい名前だ。
「りっきー。うちから卒業していったもの」
そして、殺したもの。
「親族から、捜査を依頼されました。どこの興信所に頼んでも見つからなかったみたいです。でも」
「すごいわね」
ここまでたどり着くなんてね。りっきー、お調子者でいちいちやることなすこと雑な子だったけど、失踪するのも手際が悪かったのね。
「お話はすべて録音させていただきました。遺体はどこに埋めたんですか」
「さーね。山のどこか。たくさんありすぎて、どれがりっきーかわかんないわ、もう」
「十分です。うちには勘のいい調査員がいますから。それだけわかれば見つけることも可能でしょう」
「あんたは」
「知りたいなら教えますけどね。別に知りたくもないでしょう。わたしは、そのへんによくある探偵事務所のただの調査員です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます