27–3 イキたいしシにたいし③
ほんの数分だというのに、こんなに時間というのは伸びるのだろうか。洋美は奇妙に愉快だった。これは苦行なのかもしれない。この時間は長すぎる。汗を掻いていた。もう肚はきまっていた。
「あなたがいま思っていること、否定しません。でも、考え直しませんか」
みゆきがいった。
「わたしはね、ここから出ることは不可能。排除されるなら、もうそれは死んだことと同じよ」
二人の会話に、ゴギョウはいっさい割り込んでこない。聞いているのかいないのか。
「わたしは、あなたが決めたことを尊重します」
みゆきがいった。
「ごめんね、ゴギョウくん、殺してあげれなくて」
あまりの感情の含まれない声に、発した自分自身で、笑えた。ハンドバッグから包みを取り出す。そして、ゆっくりと、仰々しくひらく。包みのなかの、拳銃を取り出す。使い方も業平からレクチャーを受けた。撃ちたくてたまらないのに撃てない男。滑稽だ。去勢されたみたい。みゆきは銃を準備する洋美を見守っていた。そして、洋美はみゆきに銃口を向けた。
「おお怖い」
「業平が買ってきたのよ。なんでも売ってるのね、トーキョー」
みゆきは微動だにしない。その姿が不愉快だった。
「撃てるもんなら撃ってみろ!」
みゆきが怒鳴った。手が少し、いや、激しく震えている自分に、洋美は情けなさを感じた。
「わたしが撃ちたい相手はお前じゃない」
洋美は自身のこめかみに銃口を当てた。
時間は伸びなかった。止まっていた。洋美は、なにもできなくなってしまった。こういうとき、わたしが殺した連中が脳裏で死ねと囁くんじゃないのか。陳腐なドラマのようには、いかない。わたしは、罪を重ね続け、いつ死んでも構わないと思っていたというのに、生きたい。最後まで。
「自分を殺せないなら、そんなもの捨てなさい」
洋美は銃を持った手をだらりとおろす。なにも、できない。わたしはおんなじだった。死にたがっている連中と、同じだった。
「あなたは生きたほうがいい。逃げてもかまわないし、償おうなんて殊勝な気持ちがかけらでも残っているのならば、そうすればいい。そんなもので決着をつけようとして、でも使いこなせないほどに、あなたは弱い。ここに住んでいる人たちよりもずっと弱い」
そうだ、わたしは、業平と同じくらいに、なにもできない。シラスハウスのみんなと同じくらいに、弱い。洋美の身体が震えだす。
「死ねなかった人たちにもう一度チャンスをあげていたんでしょう。あなた自身にも、与えてみたらどうですか」
みゆきはいった。洋美はただ、黙って俯いていた。震えがおさまりはじめていた。
「駅まで続く道の途中、車が到着します。早めにくるように指示しました。わたしたちは、そこまで走ります。この村から、逃げるために。あの村人たちに殺されないようにしながら」
「……いくわ」
洋美はいった。ここから出る。ここから逃れる。そして、どうするかは決まっていなかった。ただ、生き抜くことだけを、いま選んだ。
「生きましょう」
そういってから、みゆきはゴギョウのほうを向いた。
「聞いてますか?」
「無理だよ……」
外に、車がやってきたようだった。がたがたと物音がする。そして、聞こえてくる。
ぎろちんぎろちんしゅるしゅるしゅ、ぎろちんぎろちんしゅるしゅるしゅ……。
「なに」
みゆきは顔をしかめた。ばしゃばしゃとなにかが壁にかけられている。しばらくして、においが届いた。火を放とうとするつもりだ。
「火事に見せかけて証拠隠滅なんて野蛮すぎる」
あっちもなりふりかまってられないわけか。セリさんたち、大丈夫かな。
「死にたい」
ゴギョウがいった。ここまできて、それか。
「勝手にして。わたしは生きますよ。ここにきたのはあくまで仕事ですから。生きる気なら、ついでに助けます。選んで」
みゆきは言い放った。生きるつもりのない、選ぶことのできないのなら、捨てていく。そう決めたとき、
「……生きたい」
と、小さく、ゴギョウは呟いた。
「だったら、いきますよ」
みゆきはゴギョウの肩を抱き、椅子から立たせた。洋美と目を合わせ、頷きあう。
そして、歩き出す。
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