其之四 氷解の道
かつて山陰は〝越〟という国の都であった。春秋時代後期、越は
越が滅びたのは、約五百年前のことである。郷里を追われた越の王族は海路を南下し、〝
そして、天然の要害である武夷山脈に守られ、南方に一大勢力を築くに至った。
閩越が隆盛を極めたのは、ちょうど秦の始皇帝の時代から前漢前期にかけてである。
それから時代は下って、前漢の武帝の時代に征服されて滅亡したのだった。
越族の多くは管理しやすい淮南や江南の内地に強制移民・分散管理され、また、越の地には漢族の入植が進められた。そのような三百年にわたる漢族との融合政策の結果、時代の流れとともに越族のアイデンティティーは著しく薄れつつあった。
それに加え、民族差別と政治腐敗が温床となって越族の中に長年積もった
「――――漢が閩越を征して幾百年。本当にまだ越王が存在するのでしょうか」
道中、そんな会稽の歴史と文化背景を語った
「――――私が聞いた噂の真偽は分からない。しかし、
偶然出会った地元の川漁師が越王の所在を知っているということだったので、その
「隠遁するなら、こういうところがいいですね」
「ここは健全な大地の気が集まっています。濁流の魔手も寄せ付けないでしょう」
周昕が風水的な見解で、武夷の環境を称賛した。信頼の置けるボディー・ガードに守られ、周昕は清談・政論どちらもよしという良い話し相手だ。袁忠は濁流派の魔手が及ばないのどかなこの地に、心からリラックスしているようだった。
党錮を経験した袁忠にとっては、越族は異民族といえど、濁流派の連中よりははるかに話が通じる相手であろうことは確かだった。
緩やかな川の流れに揺られつつ、一行は歩き通しの体を休めた。渓流の柔らかな水の
「袁忠様、先日私が清流に触れたと仰いましたが、あれはどういう意味なのでしょうか?」
「孫堅殿は曹娥碑が誰によって建てられたかご存知ですか?」
「いえ。
「はい。確かに許生をはじめ、数名が石碑
魏朗は
将来を期待された魏朗は
まるで曹娥のような死に様であった。父は腐敗した政治の濁流に呑み込まれて消えた。子の
度尚は
邯鄲淳は
「石碑や
袁忠は片手を伸ばして渓流の澄みきった水を
「つまりはこういうことです。度君が建立した曹娥碑には強く清らかな情念が残っていて、それが孫堅殿の心に反応し、当時の情景が幻想となって見えた……。清流は時を越えて人の心の中を流れています。その清流に触れることのできた孫堅殿こそ私が探し求めていた人物かもしれない。あの時、私はそんな期待を持ちました。そして、あなたの名を聞いた時に、それは確信に変わったのです」
袁忠の心は未だ
「袁忠様が探し求めていた人物が……私?」
突然の告白に驚く孫堅に袁忠は深く
「党錮が起きて身を隠さなければならなくなった時、私は
〝当たるも
袁忠が占ってもらった時に示された卦は〝
「私がこの呉越の地を訪れたのは、一つは難を避けるため、一つは朱雀鏡を探すため、そして、もう一つは神器の守護者を見つけるため……」
都・洛陽から見れば、呉郡会稽郡は東南端にあたる。袁忠は地元の予州から探索の歩みを東南に向けた。揚州に入り、長江を渡って江南へ、最終的に呉越の地に入った。
「あなたの名は〝堅〟。土の字をその中に抱き、その字義を解釈すると、〝国土を護る
「私が……」
「四神器の守り手です」
孫堅は突然与えられた役目の大きさ、告げられた宿命の重さに言葉を失った。
ただ、心は大きく打ち震えていた。感動があの
閩越時代に築かれた巨大な王城は四つの城門と広大な宮殿区を有し、その規模は当時の中国南方地域最大であったという。閩越が滅びた後、漢朝の役所が置かれた。
王城を離れた閩越の王族には漢朝から新たな屋敷と
漁師が指さすその先、武夷の山間に王宮と呼ぶには質素過ぎる建物がひっそりと隠れていた。森の中にひっとりと佇むそれはただの寂れた邸宅のようで、門番らしき老人に越王への面会を希望するとあっさり許可されて、孫堅らは中に入った。
邸内では召使いを一人見ただけで、虎の毛皮が飾られた小さな応接間に通された。
そこには粗末な麻の衣装を着た
「漢の客人よ、よく来た。ま、座られよ」
老衰のためか、あまり精気のない声で老人が言葉を発した。
姿格好もそうだが、寂しい暮らしぶりといい、孫堅には目の前の威厳の欠片も感じられない老人が王であることが
「越王
孫堅たちは袁忠に
「名ばかりの王だ。堅苦しいのは慣れていない」
言いながら、手で遠慮せず座るように促した。三人が腰を下ろす。
「用件の察しはつくが、話を聞こう」
その言葉を得て、袁忠は一連の事情を話した。漢朝にはもともと山越族の討伐意思はなく、あくまでも許昭の反乱鎮圧のための軍派遣であることを強調して。
「会稽での騒動は聞き知っている。だが、反乱を起こしている越衆と我等とは無関係だ。私はそれに加担するよう指示したことはない。その権力もない」
「存じております。しかし、山越の民が丹陽郡で決起しているのは事実で、あたかも許昭と連携しているように見えるのは、これは全ての越族にとって良いことを招きません」
武夷山脈が北方からの全ての流入を防ぐ防壁の役割をするということは、正確な情報も妨げられているということでもある。人気の少ない山間の、一般人と同じ生活を送る老人が事態を正確に把握しているとは考えにくかった。
「たとえそうであっても、山越衆を止める力は私にはない。山越衆が望むものを私は与えることができない」
かつての閩越の王族は今も閩に命脈を保っているものの、実権は既にない。
だが、各地に散らばる越族に対する影響力は全く皆無というわけではないはずだ。
王としての威厳を取り戻して命じたなら、効果はあるのではないだろうか。
「王としてできることはございます。許生が勝手に越王を名乗っていますが、真の越王はあなた様でございます。
山越族が望むもの――――それは分かっている。差別の撤廃と穏やかな生活の保障だ。許生が越王を名乗って越国の復興を
「私は争いを好まない。それで抑えることができるのならそうするが、山越衆がそれを望まなければ、無意味であろう」
差別の撤廃も穏やかな生活の保障も袁忠一人が与えられるものではない。
しかし、それとは別に袁忠の努力次第で与えられそうなものがある。
「私は中央政府につてがありますので、越王閣下の待遇を改善するよう強く訴えるとお約束します。閣下を礼遇することは、全ての越族を礼遇するのと同じ。それは山越の民が望むところでもありましょう」
山越族が純朴であることは、会稽各地を歩くうちに分かった。純朴ゆえに信じやすく、純朴ゆえに騙されやすい。一端方向を誤れば、そのまま短絡的に突っ走ってしまう。もともと越族の男は勇猛・好戦的として知られ、兵士として有能だった反面、海賊や山賊となって暴れることも多く、何か施政に不満を持つと、急に越人の血を
許昭・許生親子が起こしたこの反乱も、越の復国運動として越人の気質を呑み込んで急速に拡大したのである。まさに越人の血に起因する騒動と言ってよかった。
「私は老い先短い身だ。この生活でも不満はない」
「越族全体のことを考えてのことでございます。これ以上血を流さずに
「そうか。それならば、言うとおりにしよう」
越王は袁忠の言に真実を感じたようだ。袁忠の言葉を信じて、同意した。
孫堅の予想は当たった。袁忠の清い言流は人の心を洗う。
「では、友誼の証に茶を献じよう。この地の茶は
召使いがやってきて越王と孫堅らに入れたての茶を差し出した。茶が飲用されるようになったのは前漢の時代、紀元前一世紀頃といわれている。それから三国時代にかけて民間にまで広がった。武夷の茶は苦みと甘みが入り混じった大人の味だった。
漢越同舟。漢族と越族が手を交わした和平の味が孫堅の中に穏やかに染み入っていった。
越王の盟約を取り付けた孫堅たちは、今度は北上して丹陽郡へ入った。
越王が地理に詳しい越族のガイドを付けてくれたおかげで、道に迷うことなく、時間を無駄にすることなく、順調に丹陽入りすることができた。そして、丹陽に入って間もなく作戦行動中の官軍に遭遇した。山中の谷沿いを行軍していたのは丹陽郡の郡兵で、暴動を起こしている山越族の討伐のために派遣された部隊だった。
袁忠は越族のガイドの男に越王の命令書を持たせて山越族が行動している山中へ行かせ、自分たちは官軍の部隊長に面会を求めて経緯を説明したまではよかったが、
「山越を信じろというのか? ふざけたことを言うな」
停戦は
陶謙は
そんな陶謙であるが、若き頃は学問を修めて孝廉に推挙され、尚書郎から
時の廬江太守は同じ丹陽郡の出身の
張磐は陶謙の亡父の友人ということもあり、部下となった陶謙に親心であれこれと指導した。ところが、人に指図を受けるのが嫌いな陶謙である。余計な世話を焼く張磐との関係がうまくいかなくなり、間もなく県令を辞めてしまった。
もともと陶謙は少年時代から地元では知らない者がないという
いくら
「進軍開始!」
袁忠の忠告を無視して、陶謙が兵に号令した。それを止めるべく袁忠が陶謙の前に回り込んで、手で制して言う。
「お待ちあれ。一時様子を見るだけで結構なのです。山越族は攻撃を止めるはずです」
王
「太守からの命令でもないのに、勝手に軍を退けるか。退くのは奴らを一掃してからだ」
だが、いくら討伐の不利益を説いても、陶謙はあくまでも討伐を続ける構えを崩さない。陶謙が言う理由はもっともだった。軍人は通常、正式な命令を受けて軍務を遂行する。
「陳太守の命は届いていないのですか?」
「そんなものは知らん!」
陶謙が乱暴に袁忠を押しやった。袁忠が
「この方を誰だと思っている!」
思わず叫んで、孫堅が不遜の陶謙を
党人ゆえに身分を明らかにできない袁忠と周昕。それに呉郡司馬を名乗る青年。
孫堅はもどかしさに顔を歪め、舌打ちした。孫堅は軍を率いる司馬といっても、見習いの仮司馬であり、正式な印綬を帯びていないし、軍勢を引き連れてもいない。
そんな身分も素性も怪しい三人が口をそろえて何を言おうが、相手にされないのは仕方がないのである。
山越族は深い山中を拠点にしている。会稽の山中は銅や鉄を産出するので、武器・鎧を自給し、気力も盛んで、戦いを好んだ。山間部での戦いに精通していて、
「これ以上邪魔をすると、ただでおかんぞ。立ち去れ!」
大きな軍功を欲していた陶謙は気に入らない忠言にそれ以上耳を貸さず、逆に士気を乱すと孫堅らを遠ざけてしまった。
「まだ陳太守へ書簡が届いていないのでしょうか?」
進軍を開始した官軍を横目に周昕が言った。越王との交渉は袁忠が書状に
「異民族を説得できて、同族を説得できないとは分からないものですね。……こうなれば、陳太守に一刻も早く話を通さなければなりません。私が直接行って伝えます」
周昕が続けて言った。
「それで間に合えばよいですが」
「陳太守は理解してくれるでしょうか?」
孫堅は丹陽太守の陳夤が陶謙と同じように物分かりの悪い人物だった場合を危惧した。
「陳太守は
「いざとなれば、私が力ずくでも止めてみせます」
また孫堅が性急さを発揮して言った。
「いや、それは……」
慌ててそれを制してみたものの、それに代わる妙案を
袁忠の嫌な予感は当たり、一夜明け、陶謙は山谷に構築された山越族の
袁忠は再度攻撃の中止を求めたが、陶謙は全く耳を貸さず、挙句の果てには、
「しつこい奴だ。
そう兵士に厳命して、袁忠を取り押さえさせた。
「無礼な!」
思わず剣の柄に手をかけた孫堅に、
「孫堅殿!」
袁忠が首を振って、それを制した。しかし、孫堅のこの行為はさらに事態をややこしくした。
「ふん。どうやらお前たちは山越の手先のようだな」
皮肉か本気か、そう言うや、陶謙は孫堅の拘束も命じた。孫堅は歯を食いしばりながら、もどかしさを耐えるしかなかった。せっかく袁忠が越王を説得して最良の結果を得たというのに、それが一転して最悪の事態になろうとしているのだ。
「そのお方を離せ!」
叫んだところで聞く相手ではない。話しても無駄な相手には強引な手段を取ってでもわからせたいところなのだが、袁忠に制止されてはそれもできない。
孫堅は不服ながら、兵士に拘束されるに身を任せた。が、それで良かったのだ。
そこに周昕とともに陳夤からの伝令が到着して、この
伝令の若者は二人の姿を見て、慌てて陶謙に取り次ぎ、太守からの書状を手渡した。伝令からの書状を受け取った陶謙はそれを一読すると、
「ンン……仕方ない。山越など捨ておき、我等は許昭討伐に向かうぞ」
納得の表情で告げて二人を解放させると、足早に去っていった。
いくら直属の上司からの命令とはいえ、孫堅には意外なほどあっさりと陶謙の
陶謙のような功名第一の人物にとっては、山越討伐は味気ない前菜を食すようなもので、反乱の首謀者である許昭・許生討伐こそが
この書状一つで丹陽太守・陳夤の名君ぶりが窺い知れる。伝えられた事情を適切に判断し、見事な人心
異動が激しかったこの時代、同じ任地に留まり、長年郡太守を続ける事例は多くなかった。陳夤が何年もの間丹陽太守の地位にあるのは、統治の難しいこの地方で安定した治績を上げているのはもちろん、地元民が彼を支持し、太守が代わらないように
丹陽と会稽の郡境近くまで進出していた陶謙の部隊はそのまま
「急ぎ行軍するぞ。
そんな上司の書状に発奮して、意気揚々、伝令の若者に命令した。
「は、直ちに」
明朗に応えた伝令の若者が孫堅のもとに走り寄ってきて、
「呉郡司馬の孫文台殿ですね。ご無礼を致しました」
孫堅はこの伝令に見覚えがあった。以前、揚州刺史・臧旻の軍営に丹陽郡の事情を報告に訪れた若者だった。
「会稽の窮地を救ったという英雄に対してこのような
「ああ、気にするな」
「手遅れにならずに良かった」
袁忠が安堵の笑顔を見せて言った。情報伝達の
「こちらを
周昕が言って、使者の若者・朱治を紹介した。袁忠の書状は確かに太守・陳夤に届いていたのだ。
「はい。越王が停戦に応じたという報告に陳太守はお喜びでございました」
「会稽に向かうのなら、我々も同行させてもらえないだろうか?」
孫堅は陶謙と違って話の分かりそうな同年代のこの若者に好感を持ち、先行隊に同行を求めた。その若者・朱治は、
「もちろんです」
呉郡との郡境に近い丹陽郡
陳夤はこの時に朱治を認め、自分の伝令役として臧旻のもとへ派遣したのだ。
「丹陽郡中にも孫堅殿の武勇譚が伝わっています。そんな孫堅殿とご一緒できるとは光栄です」
それは世辞でも何でもなく、朱治の本心だ。
「まだ十代の若武者がそんな活躍をしたものだから、陶謙殿は面白くなかったようでしたが」
朱治が語る内情が陶謙の行動を弁解しているようだった。壮年になってようやく芽が出始めた陶謙には焦りがあるのかもしれない。朱治は
「私には到底孫堅殿のような真似はできません。陳太守が私にそんな期待をしなければよいのですがね……」
朱治は伝令の役目を果たした後、陶謙の軍に加わり、彼を補佐するように言われていた。陳夤にかわいがられているのを朱治は自覚している。自分の器も承知しているつもりだ。それゆえに、孫堅と比較されて過度な期待をされるのを恐れてしまう。
そんな朱治の吐露は孫堅には聞こえていなかったようだ。自分の活躍が陶謙の功名心に火を付け、朱治の心を幾分圧迫していることに孫堅は気付かない。
孫堅の心はすでに許昭・許生親子と戦っていた。
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