第4話 死体、再び
映像は全編で四十分ほどであった。
何事も起こっていなかった箇所は早送りされ、重要だと思われる箇所だけを通常の速度で再生することで、短縮させていた。
楓は結論を導き出しているだろうと思って視線を向けると、私の予想とは裏腹に険しい表情をして、何も映し出されていないモニターを見続けていた。
「検証を行っていた者達は大学教授、建築技術者などだ。小手先のトリックでは見抜かれてしまう。ならば、大がかりなトリックを用いる必要がある。だが、そのトリックはこの状況ではあり得ない……」
私が近づくと、楓が誰に言うともなしにぽつりと呟いた。
「真相は分かりましたか?」
「……逆に分からなくなった」
私を見ずに楓はそう言った。
「何が……です?」
「床がコンクリートならば重量が……」
楓がそう呟いた。
その言葉の意味が掴めずに、楓をじっと見守っていた時であった。
大きな軋み音が響き渡ると同時に館そのものが大きく揺れた。
「地震!?」
不思議な事に揺れは一回しただけで、それ以上、続きはしなかった。
今の揺れで建物の中の何かが壊れたのか、ギギギギという金属を引きずるかのような音が上方からして、私は思わず天井を見上げた。
「この音は何ですか?」
栖衣にそう訊ねようと部屋を見回すも、彼女はそこにはいなかった。
金属を引きずるような耳障りな音が止むと、大きな軋み音がとどろき、館が再び横に大きく揺れた。
「ご主人様。さあ、行きましょう」
すっと立ち上がり、所作が洗練されたメイドのようにお淑やかなものに代わり、前へとすっと流すような足取りで出口へと向かい始める。
例のスイッチが入ってしまったのか、楓の口調が変わった。
「ご主人様、まだ分かりませんか? これは私達への挑戦ですわ」
動かないでいる私に凍て付くほどの冷たい瞳を向けて、見る者を凍り付かせてしまうのではないかと思えるほど冷ややかな笑みを頬に刻んだ。
その瞳と笑みとで、私は怖気だった。
楓は何かが発生したのを察知した上に、もうその謎を解いてしまっているに違いなかった。
スイッチが入ってしまった楓は、着ているコスプレの人物になりきってしまう。
なりきっている時にはもう事件の全貌を掴んでいて、解決までどう導くさえ計算し終えているのだ。
「事件が……起こっているのですか?」
「いいえ、違います。もう終焉へと向かっているのです」
「終焉って……もう終わっているって事なんですか?」
楓は何も答えずに部屋を出て、映像の中にあった一階の大広間の方へと足を向けていた。
そして、栖衣の了解を得ないまま、大広間への扉を開けて、可憐な足取りで中へと入っていった。
「ご主人様、ご覧ください」
恐る恐る大広間に入ると、中央の辺りで立ち止まっていた楓がそう言って、手で何かを指し示した。
「うっ!?」
その光景を目の当たりにして、私は先ほど見ていた映像を見続けているのでは、と錯覚しそうになった。
だが、つんと鼻につく鉄の臭いのようなものが、私の思い違いを否定していた。
織畑教志郎の転落死体のように、大広間に人が一人倒れていたのだ。
頭か何かで打ったのか、脳漿を床に垂れ流して横たわっていて、もう絶命しているようでピクリとも動かない。
栖衣かと思ったのだけれども、そうではなかった。紺の作務衣を着ていたため、映像で見た織畑教志郎が現世に蘇ったのかと思うも、十歳以上も若くした男で、どう考えても別人であった。
「ご主人様、お分かりでしょうか?」
今度は天井を見上げたので、私もそれに倣った。
そこには映像の通り天井が存在してはいた。
不思議な事に、シャンデリアが微かに揺れているように見えた。風でも吹いたのだろうか?
この状況を鑑みる限り、織畑教志郎と同じく、二階から一階に転落死したようにしか思えなかった。
「な、何が?」
私は吐き気を覚え、口に手を当てながら顔を逸らした。
「この方は自殺をしたのです」
「自殺って何で分かるんです! シャンデリアから飛び降りでもしたって言うのですか? それに誰なんですか、この人は!」
数々の修羅場を乗り越え、数多の死体を見てきたからか、楓は冷静そのものだった。
「おそらくこの方は織畑栖衣お嬢様のお兄様です。二階があったであろう場所から飛び降りたのでしょう」
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