第1話 雑誌企画と紅雀楓


「紅雀さんがうちの企画に参加してくれるとは思っていなかったですよ」


 今さっき合流して並んで歩いている紅雀楓べにすずめ かえでに私は笑顔を向けた。


 未解決事件、あるいは、不可思議な事件を振り返って、解決へと導くという企画を編集長に提出したところ、『収穫があれば紙面を割いてもいい』というゴーサインを得た。


 企画を通したものの弱小出版社の編集をしている私一人で難解な事件を調べるのは不可能だと思って、巷で名探偵と言われ始めている紅雀楓という中学生の少女探偵に声をかけたのだ。


 コスプレ会場などで見知った仲であったからなのか、『事件を解決できたらコスプレのグラビア写真を雑誌に掲載する』という条件付きで取材に協力するという返事を得たのであった。


「あなたの記事のためじゃなくて、あたしのためだ。いや、グラビアのためとも言えるか」


 紅雀楓は探偵であると同時にコスプレイヤーである。現に今も何かのコスプレをしているようで、一風変わったメイド服を身にまとっている。


 外見は男であれば誰もが振り返るほどの美麗さがある。しかし、その中身は至って残念である。口が悪いだけではなく、性格も悪い。直接的な付き合いは回避したい、遠くから愛でるくらいが丁度良い存在とも言えた。


 そんな楓はコスプレをしている時に何故かしら事件に遭遇してしまい、事件を見事解決してしまうという事を何度もしているうちに名探偵と称されるようになった。


「十年ほど前の話なんですが、織畑教志郎という超能力者が二階の部屋から一階の部屋に瞬間移動するという実験中に死亡したという不可解な事件の取材を今日はしたいんですよ」


「超能力者の……織畑という人物の詳細は?」


 楓は興味なさげに、私を見ずにぶっきらぼうに言った。


「元々は超能力者ではなかったという話なんです。建築業界にいて数多の家の設計などをしているうちに、とある場所だと自分が超能力を使えるという事に気づいたそうで。織畑教志郎曰く『私は仕事で様々な場所を回っているうちに、土地によって気の流れが違うという事を知りました。しかも、気の流れが凄まじいところですと、不思議な力が発揮できるようになる事に気づいたのです。気の流れ……それは竜脈りゅうみゃく竜穴りゅうけつというものだったのですが、その竜穴がある場所ですと、私の潜在能力と共鳴するからなのか、超能力を使えるようになるのです』。つまり、竜穴のある場所では超能力を発揮できる人だったんです」


 暗記していた台詞などをさらりと流れるように口にした。


「竜脈? 竜穴? 織畑教志郎は風水師なの?」


 竜脈は風水において大地が持つ気の流れ道を指し示し、竜穴は風水において竜脈に沿って山脈を流れる気が集中する場所を指し示す。


 そんな単語を持ち出すのだから、織畑教志郎を風水師と思うのは当然なのかもしれない。


「本人は超能力者と自負していましたが、もしかしたら風水師であったかもしれないですね。そのためなのか、強力な竜穴があるという場所に自宅を建てたのです」


「どう死んだ? その風水師は」


「それはマスコミを集めての実験の最中だったんですが……」


 私は織畑教志郎が一階で転落死していた状況までを軽く説明した。


 その説明をしているうちに織畑教志郎が転落死をした現場である、彼の自宅へとたどり着いた。


 天井まで十メートルほどある部屋が一階にある二階建ての部分と、三階建ての部分とが中央にある階段によってわけ隔てられつつも融合している奇妙な構造をした、外観は中世の洋館であった。


 外部からはそんな奇抜な構造になっているとは思えないほど整然としており、趣味で建築された洋館にしか見えない。


「二階から一階に瞬間移動しようとして、誤って転落死……ね。あたしが思うに、本当に事故だった可能性が捨てきれない」


 建物の様子をつぶさに観察した後、楓はぽつりと呟いた。


「おお、これぞ安楽椅子探偵!」


 話と建物を見ただけで真相にたどり着いてしまったであろう楓に私は歓喜の声を上げそうになるも、彼女もまた瞬間移動の失敗による事故死だと考えているのかと不安になった。


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