土に還る心亡者【後編】




橙の火がほうき星の様に、宙に光の尾を

引きながら飛び立つ。


闇のトバリが開き、橙色の炎が部屋を照らした。


そこには、溶けたモノが居た。

大小、ざりウゴメく肢体達。

死の群れ、足のいモノ、くびが直角に曲がるモノ、肩から汚肉に染まった骨を突き出し、皮と肉が剥げて頭蓋と眼球と舌だけが此方こちらを視てるモノ



「『探脳士た˝ん˝の˝う˝し˝』様ぁ!!!」



「ふぅぅぅう………生きているか。」



一閃、鉄の柱で全てを死に還した。


橙と赤の原色にまみれた部屋に『探脳士』様は立っている。その顔は、わらっていた。












「こ、ここは……」



「『呪獄じゅごく』だ。

お前はまたこの世界に引き込まれた。」


「なんでぇ……」



『探脳士』様は私の怪我の状態を、予備の

松明で照らしながら確認する。足首が少し変な方向を向いている。冷静になるにつれ痛みが増してきた。

鉄の柱を組み変え、『く』の字に曲げて、

荒縄で安全帯を作ると私をそれに載せた。

つまり私はお荷物という訳だ。



「巡り合わせの悪さを呪え、いや呪うな、『恨獣こんじゅう』にだけはなるな。」


「嫌な冗談はやめてください……」


「冗談で済めばそれで構わん。」

「さあ往くぞ、この『呪獄』は群体の

『恨獣』が発生源だろう。

『呪獄』を崩し、『恨獣』を調伏する。」


荒縄を腕に巻き付け、鈍色の鉈を引き抜く。


『探脳士』様は

じゃりぃ、じゃりぃ、じゃりぃ、と鉈と荒縄を擦りつけている。


「……凄く不快な音ですね。」


「ああ、、だ。」


『探脳士』様が私を背負い、歩き始

「あはあ『霊はあは!!ざ!「ぎぃ!」「たすけっ!おたす!「?ざ」ア゙アおいしいア゙アしにた…!かざぁぼうや芋ー」ざ』「ぐるぢぃ」たべカエシテたい望い!きもち、おな」たべしゅっぽた「あつい」い「かえれかえれかざえれ」ざざがずぅごろず!かな「ねぇ」らず」「たす「かえろいやあああああああああ!!!「ぉ」!かいらいががくうがいい!いい!いい!rたぁ…「みほとわあれ、われ「」がう」

「た、たんのうし様…!たたたんのう、しさま!!!!!」「む」





『探脳士』様は、ぎしぃと身体を軋ませ

ながら




私は鉄柱と安全帯によって痛めた足首以外

無事だった為、呑気に生きていられている。




「がぼっ、ガっ……ふぅぅぅう。」




しかも『探脳士』様は私を庇ったのだから。

血糊臭わからない、モノが迫ってくる。



「ふぅぅう……『恨獣』の、『核』が、潰れた……か。がふッ呪いあふれ、不定形の化物に変化する。『核』を壊す、事で『呪獄』を崩す事が出来る――――らしい。」




私が持った松明が照らし、『探脳士』様の肩の先に見えたのは


赤黒い死肉の団子詰めだった。


丸い赤色に、突き出した白い長い腕が逸本いっぽん弐本にほん散本さんぼん……


「「あぎ、あぎぃ、あっ」」


黒は糸の様に絡まり、ぶらぶらと揺れている。髪だ。髪が肉に絡まり合っている。


「「ぐぐっぐ…がちぃッ!」」


見てしまう、視線が外せない、骨の白に髪の黒に肉の赤にヒフのイロに…!



態勢かならず立直ころす、逃走ころすッ!!げほぉあッ!!!」


『探脳士』様からは血と汗の匂いが入り交じり、大急ぎで跳ねる肺の動きも感じ取れる。


「死なないでください!後生ですから!」


「死なん、俺は、『恨獣』を殺すまで」


疾走はしる、最初の部屋を数歩で駆け抜け、薄暗く長い廊下に出る。あの蛇女との事を思い出して、ゾッとする。


「「げぐおッ!げッ!げぇがエ」」


部屋の洋風の戸どあをずるり、と隙間を粘液ように通り抜け、こちらを追ってくる『恨獣』。

無数の腕が私達を求めて、床や壁をずぃり、ずぃりと這い回って前に進んでいる。


「たんのうし、さま!」


わかっているッ!」


長い長い廊下を獣が野を走るよりも速く走っている。それでもなお、『恨獣』は腕を伸ばし、伸ばし、伸ばし、醜悪な身体よりも倍以上前へ伸びる。


「ヒッ…!」


私の鼻先を掠めた腕、それに抗う為、

『探脳士』様は更に加速する。

階段を跳ね、飛び降り、更に先へ。

その先にはひと際大きな洋風戸とびら


蹴破ると、外は真っ暗な闇、松明をかざすと辛うじて足元が見える。


「はーッ、はーッ……はぁ、ハァ。」


「たんのうしさま!大丈夫ですか?!もしかしてもう息が…?」




「違う、『恨獣』の本体は、はぁ、『呪獄』を制御出来なくなるとそこに囚われる。

自縛する怨念となる、らしい。

もう、こちらを追う事は出来ない。」




「そう、でしたか」






後ろには、蹴破った戸から、

白い腕が手招きをしている『恨獣』が

無数の手が白い、花ように咲き、先程の醜さを感じない。

むしろ美しいとすら――――






「また、るつもりか?」


『探脳士』様の低い声でやっと、正気に戻れた。


「……私は、嫌です。」



『探脳士』様は、走る。憎い『恨獣』へ背を向けて、走った。









暗闇を何分間走っただろう、次第に木々の緑や鳥の鳴き声、土の感触が戻ってくる。

そうしている内に、辺りの風景は薄暗い森林に戻ってきていた。

整備された道、公道に戻っても、『探脳士』様は無言だった。


「たんのうし、さま。あ、ありがとうございます。

一度ならず二度まで命を救っていただき。」


痛みと疲労の中、なんとか絞り出した言葉。意識を失う前に、これだけは伝えたかった。


、負けた。否、負けを選択せざる

おえない状況にまで追い込まれた。

たった、一撫で、された程度で…!」

「もっと、もっと、強くらなければならない。もっと…もっと…!もっと…ッ!!」




「だから、俺は勝利は忘れても、

、一生忘れはしない。」




そう、『探脳士』様は言った。彼の憎しみ以外の感情を、初めて垣間見た気がした。

声は震え、怯える様な

そう、後悔をしたような―――――











「そうだ童よ」




しばらく公道を歩いた後、

唐突に『探脳士』様が話しかけてきた。




「はい、なんでしょうか」



「お前の、名前をソラ、と呼ぶ事にした。」



「私に、名前をくれるんですか?」



「嫌か」




「……いいえ!いいえ!

たんのうしさまがくれるモノ全部好きです!柿も!水も!暖かな火も!


私にくれた命も―――――!


全部大事なモノだった!だから……」







「私の名前は、今日から空、です。」









朝焼けが昇る筈の蒼いソラは、未だ厚い雲に

覆われていた。

しかし、雲の切れ目から、僅かばかり、

光が、差していた。











<第弐話『土に還る心亡者』未完>














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