「忍び寄る悪夢」

記憶の中の彼はいつも輝いていた。

そんな彼だから彼女も惹かれていったに違いない。


彼女がずっと好きだった。

だけど彼女は自分ではなく、彼の事が好きなのだろう。


だからずっとこの想いは隠しているつもりだった。

隠しているつもりだったのだ。


「……………」


柊太は一人、昂が学生時代まで過ごしたアトリエ代わりの倉庫の前に立っていた。

倉庫の中には、これまで昂が幼少の頃から描いてきた数多くの作品がそのまま残されている。

その中に何故か東京の美術館に展示されていた作品が無造作に積み上げられているのが見えた。


それを柊太は拾い上げ、表情の消えた虚ろな目で眺める。

その絵の中には数多くの人物たちが不安そうな顔で散り散りに森の中をさ迷っている様子が描かれていた。

彼らが浮かべる表情は皆、迫真に迫るものがあってそのリアルさが却って不気味さを際立たせている。


「淺緋……」


絵をしばらくの間見つめた後、柊太は何もない空間へ声をかけた。


「何か用ですか?」


すると薄暗い倉庫の奥から声がした。


「東京から術者が寄こされたようだけど、お前の仕業か?」


淺緋と呼ばれた影はゆっくりと暗闇から姿を現した。

そこには白い狩衣姿の美しい青年が笑みを浮かべて立っていた。


「さぁ。よく分からないですね。ふふふ」


「………なるべく目立ちたくないと言ったのに。お前は…」


柊太は軽く舌打ちをしたが、淺緋の方は一切気にした様子もなく変わらぬ笑みを浮かべている。


「まぁ、私が動かなくても「コレ」はいずれ破綻しますよ」


「……そんな事は分かっている。分かっているんだ」


拳を握りしめ、柊太は悔しそうに呟いた。


「だったらもうやる事は決まっているさ」


「………私はそれに従うよ。だってその方が面白い」


くくっと淺緋が薄い唇を歪める。

柊太はそれを見て視線をすぐに外した。


「外道には外道が憑りつく…」



                ◆◆◆◆◆◆



その頃双葉はれむが姿を消したベンチをもう一度見ていた。

現在の時刻は夜の二十一時。

街は夜の観光を楽しむ人の群れで今も賑わっている。


「ここにも気脈の乱れがあるな……」


風水羅盤の針はまるで意志をもった生き物のように不吉な方位で小刻みに揺れている。

れむと話していた時まで、ここの磁場は確かに安定していた。

それが今はこんなにも大きく乱れている。

これはどういう事なのだろうか。


そして昼辺りからずっと自分の後を付けているらしき、怪しい影もまだこちらを窺がっている。

それは特に何を仕掛けてくるでもなく、ただ監視するように双葉の後をつけている。

いつ仕掛けてくるのか分からない状態での調査は疲弊も激しい。

こちらの消耗を待つより、ここはどこかでこちらから仕掛けてみるべきだ。

そう思った双葉はゆっくりと東茶屋町方面へ歩を進めた。


こんな時、いつも賑やかにれむや希州がワイワイと付いてきて迷惑に感じていた程だが、今はそれが何故かとても恋しく思った。


「待ってろ。必ずこのからくりを解いて助け出してみせる」


影はまだ双葉の後を離れず付いてきていた。





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