「絵画の世界へ…」
「おーい、れむちゃん。れむちゃん?」
「……この子、全然起きないね。もしかして死んでるんじゃないのかい」
……………。
どこからか誰かが自分へ呼びかける声が聞こえてくる。
男性の声だ。
片方は聞き覚えある声。もう一方は初めて聞く声だ。
「ううっ……」
れむはゆっくりと瞼を開ける。
「そんなわけあるかっ。れむちゃんは無事に決まって……あぁ、れむちゃんっ。目が覚めたか。良かった。どこか痛いところはないかい?」
ぼやけていた視界が次第に正しい焦点を結ぶ。
目の前にはずっと行方不明だった希州がいた。
よほど安堵したのか目に涙まで浮かべている。
「あ…れ。あたしどうかしたんですか?」
「どうかしたもなにも、突然オレたちの前に君が現れたんだ。しかもずっと意識のない状態で」
「ええっ!」
何がどうなっているのかさっぱりわからない。
どうしてこんな事になっているのだろうか。
辺りを見渡すと、そこは広い草原で、どうもその何もない草原に自分は仰向けで寝そべっていたようだ。
するともう一人、二人の様子を観察するように眺めていた男性が前へ出てきた。
「安心したまえ。この男が意識のない君に良からぬ事をしないよう僕が見張っておいた」
「あ…あのぅ、貴方は?」
急に入って来た男性はピンク色の髪に毛先を空色に染め、ピエロのような変わった服装をしていた。
見るからに怪しい。
すると慌てて希州がその間に入った。
「ああ、悪い悪い。この人はオレの今回の仕事の関係者で水谷昂氏だ。こう見えても凄い画家らしい。オレは芸術方面は疎くてよく分からないが、本人曰く、凄いらしい」
「そうそう。精々敬うがいい。少女よ」
「はえぇぇぇっ?貴方が失踪した水谷先生なんですか」
目の前の奇天烈な男性がずっと行方が知れなかった水谷昂だと分かり、れむは思わず立ち上がってまじまじと眺めてしまう。
すると何を勘違いしたのか、昂は両手を腰に当てて高笑いをした。
「はーっ、はっはっは。如何にも。僕がかの有名な失踪した……ん?失踪だって?それは一体どういう事だね。少女よ」
「少女はやめて下さい。あたしは春日れむです。それより貴方は絵画展でお客さんたちと一緒に失踪したって事になっているんですよ。あっ、黒ちゃんもです」
「え。オレも?」
二人は揃って顔を見合わせている。
「そうか。外ではそんな事になっていたのか」
希州は難しい顔をして腕を組んだ。
「あたしは所長と一緒に、水谷先生と黒ちゃんを探しに金沢まで来たんです」
「何?そうだったのか。じゃあ夜斗にも会えたかい?」
「はい。夜斗くんも一緒に探してます。黒ちゃんの事心配してましたよ」
「そうか……。そうだったのか。れむちゃん、実はここはね、この水谷先生の絵の世界なんだ」
「ん?」
れむの動きが止まった。
「え、黒ちゃん、今何て?」
「中々耳の聞こえの悪い少女だね。君は。ここは僕の世界なのだよ。だから全ては僕の思いのまま」
すると希州がうんざりした目でため息を吐いた。
「思いのまま…ねぇ。だったらとっくにここから出られたものを」
「もしかして、出られないんですか?」
恐る恐る聞いてみる。
「そうなんだよ。オレたちはずっとここから出る手段を探しているんだけど、全く手掛かりがないんだ」
「えええええっ、そんなぁ」
こんな何もないだだっ広い草原にポツンと三人残されて、どうしたらいいというのだろう。
そう思うとれむのお腹がきゅぅぅと情けない音を響かせた。
「あっ……」
「もしかしてれむちゃん、腹減ってるのかい?」
れむは恥ずかしそうに俯く。そして小さく頷いた。
「はい。もう食べられないと思うと余計に……」
再びお腹が鳴ってしまう。
すると昂がニヤリと笑った。
「安心したまえ。小娘。ここは僕の世界だ」
「小娘って……さっきより悪口になってる」
希州は肩を竦めている。
「あの、どういう事ですか」
「あー、れむちゃん。ここは彼の絵画で成り立っている世界なんだ。だから彼が今まで描いたものなら何でもここに再現出来るんだ」
「えーっ、それって凄いじゃないですか」
何だか急に目の前がバラ色になったような気がした。
昂は得意そうに笑う。
「うむうむ。だから何でも言うといい」
「えーと、じゃあ…何がいいかなぁ」
すると希州がれむの肩に手をポンと置いて囁く。
「せっかくだけど、れむちゃん。この先生、風景画しか描かないんだぜ」
「え……?」
えええええええええええええええええええ………っ!
れむの悲しき絶叫が何もない草原に響き渡った。
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