「淺緋の章」
「ふぅ……。何だかとんでもない方向に向かってきたのかも」
れむは宿泊先のホテルの近くにある小さな休憩所のベンチで一人、ソーダ水を持ってぼんやりと先ほどまでの依頼人との話を思い出していた。
双葉と夜斗は他に調べものがあるという事ですぐに分かれて別行動になった。
体力以外に何も二人の手伝いにならないれむは、こうして暇な時間をぼんやり考え事に費やしていた。
鳴海の言った事は本心なのだろうか。
彼は自分の妻と親友の仲を疑っている。
過去に二人の間には何かあったのかもしれない。だけど、今は違うはずだ。
それを今更疑うという事は、まだ鳴海とその妻の間には蟠りがあるという事だろう。
「夫婦の事なんてわからないよね……」
つい思わずそんな言葉が口から飛び出していた。
「おや。そのようにお若くて可愛らしい方がもう人妻とは、貴方を射止めた方はさぞ幸せでしょう」
「えっ?」
突然頭上から知らない男性の声がかかり、れむは慌てて顔を上げた。
そこには長い銀髪の青年が立っていた。
しかしその顔を見たれむの表情が一気に強張る。
何と青年の顔には祭事等で使う狐の面が掛かっていたからだ。
その表情の変化に気づいたのか、青年の手が仮面に掛けられる。
「おっと、失礼。これでは警戒されてしまいますね」
そう言って青年はあっさりとれむの前で仮面を外してみせた。
現れた顔は希州と同年代くらいだろうか、銀髪だがまだ若く端正な顔立ちをしていた。
長い銀髪は毛先の方が淡い青色をしている。
よく見ると睫毛の先も青色のグラデーションがかかっていて、おもわずじっと見つめてしまうような美しさがあった。
「あ……あの、貴方は黒ちゃ…いえ、黒崎希州さんの行方を知ってるんですよね?」
夜斗の話によると、希州は狐面の男を追い、その後行方不明になったという。
その話の男がこの目の前の青年なら、何かを知っているはず。
だが青年はれむをただ穏やかな表情で見つめているだけで何も語ろうとはしない。
「あの…どういう事なんですか?」
「今はいいではないですか。そんな事」
「そんな事って……」
青年はただ神秘的な微笑みを浮かべてれむをじっと見つめている。
ずっとそうされていると居心地が悪い。
「あのぅ……」
「淺緋」
いたたまれなくなって再び口を開こうとしたれむを遮り、青年が口を挟んだ。
「僕の名前だよ」
「あ……あぁ、淺緋さんと言うんですね。あたしは……」
「知ってるよ。春日れむ」
「へっ?どうして……」
急に目の前の青年が恐ろしく感じ、れむは少しずつ距離を取ろうとする。
しかし淺緋はお構いなしといった様子で笑みを浮かべている。
「僕は君を探していたんだよ。ずっとね」
「…………それはどういう事ですか?」
淺緋はゆっくりとれむへ向かって手を伸ばす。
「春日くんっ!」
その時、奥の通りから双葉の声が聞こえてきた。
その声を聴いて安堵したのか、れむの意識はそこで途絶えてしまった。
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