第11「贖罪の冬を過ぎて…」
「初めまして皆さん、僕が依頼人の鳴海柊太です。この度はわざわざ金沢までお越しいただいてすみません」
目の前の男性が深々と頭を下げる。
ここは東茶屋街の和食処。
テーブルには季節の野菜を使った天ぷらや土鍋で炊いたご飯が良い艶を出している。
「いえ…。そもそも私は黒崎の代理人として立っているので…あぁ、遅れましたが私は双葉住宅環境相談センターの高羽。こちらが助手の春日、そして黒崎の助手の夜斗です」
翌朝、双葉とれむはホテルの前で夜斗と落ち合い、茶屋街の前で待っている鳴海と対面した。
そこで鳴海の依頼の内容を確認しがてら、ついでに朝食も一緒に摂る事になったのだ。
依頼人の鳴海柊太は今年32歳になるガッシリした体形の男性で、人好きのする柔和な笑顔が魅力的だった。
その笑顔はどことなく希州を思わせた。
彼は実家の印刷所を継いでおり、今日は半休を取ったそうだ。
だからなのか、彼の指先にはインク汚れが微かに残っているのが見て取れた。
「よろしくお願いします。どうかお力をお貸しください」
鳴海は丁寧に深々と3人に頭を下げる。
その様子にはどこか切迫したものを感じるくらい真剣だった。
「鳴海さん、そんなかしこまらなくても大丈夫ですよ」
「有難うございます。こういう事に慣れてなくて…」
れむの言葉に鳴海は少し表情を柔らかくする。
「それでどういったお話ですか?」
双葉に促され、鳴海は余程焦っているのか、すぐに話を切り出す。
「実は探して欲しいのは、友人の水谷昂という画家と、……もう一人、僕の家内…鳴海琳の二人を探して頂きたいのです」
「えっ、奥様も行方不明なんですか?」
思わずれむは身を乗り出してしまう。
それを双葉はムッとした顔で睨んだ。
「そうなんです。多分二人は同じ時期に姿を消しているはずなんです」
「……と言いますと?」
「家内は昂の個展に行く為に東京へ行ったんです。僕は生憎納期が重なってしまって行けなかったのですが、それきり家内とは連絡が取れなくて…。心配で昂にも連絡を取ろうと思ったのですが、それも出来なくて…」
「なるほど……」
双葉は顎に手を当てて考え込む。
今回はあまりに行方不明の人間が多すぎる。
これは一体どういう事なのだろうか。
東京で消えた美術館の客と水谷昂、そして鳴海の妻。
そして金沢で姿を消した希州。
中々一つに繋がらない。
「昂は同郷で唯一成功した画家、山之辺哲夫先生に師事する為に身一つで上京しました。最初は何も便りもなく、どうしているのか心配でしたが、最近になってイベント等の案内図画等で彼の名前を見かける事が増えて来て喜んでいたんです」
鳴海はじっと自分の拳の辺りを見つめながらぽつぽつと話し出した。
「……ですが、今回のこの事件で二人がこんな事になってしまって…。あの、高羽さん、春日さん、夜斗さん、是非二人を見つけて頂けないでしょうか」
「……まぁ、ご友人と奥様の安否が心配なのはお察しします。ですが私たちは探偵ではないので…十分なご期待に副えるかはわかりませんよ」
双葉はやや突き放したように言ったが、れむにはそれが本心ではない事が分かっていた。
だから何も口を挟まずに黙って彼らのやり取りを見守っている。
すると今まで黙っていた夜斗がようやく口を開いた。
「お主、何をそんなに思いつめておる?」
「えっ?あの……それは」
突然の問いかけに鳴海は一瞬間の抜けた顔をしてしまう。
だがすぐに切りかえそうと口を開く前にまた夜斗が問いかけを重ねた。
「無論、双葉の言うようにお主の共と細君を想う気持ちはワシとて理解するところだ。だが、それだけではあるまい?何が今のお主をそんな必死にさせているのだ」
「…………」
「夜斗くん…」
思わず何か話そうと開いた口が噤まれる。
確かにれむも感じていた。
彼の必死な様子は少し過剰というか、必死すぎるのだ。それにはただ二人が心配というだけではないものを感じていた。
それに夜斗は気付いていたのだろう。そして恐らく双葉も。
長い沈黙が訪れた。
やがて鳴海が観念したように再び口を開いた。
「やっぱりあなた達のような職種の方には気付かれてしまいますか……」
「鳴海さん?」
れむが鳴海の方を見る。
彼は小さく頷いた。
「確かに。僕にはまだお話していない、どうしても二人を助け出したい理由があります」
三人が見守る中、鳴海はゆっくりと話し出した。
「これは誰にも言ってない事で、勿論妻の耳にも入れたくない話です」
「わかりました。これは私たちだけの胸に留めましょう」
双葉をそう言って他の二人に目配せをした。
「そうしてもらえると助かります。実は、僕の妻はずっと友人の昂が好きでした。実際に本格的な交際をしていたかは僕にはわかりません。ですが二人が好き合っていた事はわかります。僕たち三人は幼い頃からずっと何をするにも一緒でした。その中でも昂は精神的に少し弱いところがあって、特に「別れ」や「死」というものにとても怯えていました。
それで、僕たちはそんな昂の精神が不安定になる度に落ち着くまで傍にいました。
彼がずっとこのまま変わらないなら、僕たちはそれをずっと支えようと思っていたんです。
ですが、そんな昂がある日突然この故郷を捨てて画家の山之辺先生を頼りに上京してしまった。
僕はすごく驚きましたが、彼なりの自立だと思ったら応援するべきだと思い、それは納得しました。
意外だったのは、当然琳も連れていくだろうと思っていたのですが、彼は琳を置いていった。
昂は僕に琳を頼むと言い置いたんです。
その時、僕は口では琳も連れていけと言っておきながら、内心でホッとしていた自分に気づき、その浅ましさに消えたくなりました。
その後、冗談のように琳にプロポーズをしたら、こちらが拍子抜けするほどあっさりと承諾してくれたんです。
それからは二人で印刷所を切り盛りしながら、東京へ行った昂の活躍を見守っていました。
そのうち、この昂への罪悪感も薄れていくだろうと。
…でも今回の事で、僕はまた浅ましい考えを持ってしまった」
長い独白の後、鳴海はポツリと呟いた。
「琳と昂は二人で逃げたのではないかと……」
「鳴海さん……」
一同の間に冷たく重々しい空気が流れた。
テーブルの上の料理はすっかり冷めていた。
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