第10話「狐面の男」

「狐面の男が気になるな………」


「ㇺ…モグモグ……ですね~。一体何者なんでしょうね。モグモグ」


現在の時刻は21時を少し過ぎた頃。

予め双葉がネットで予約を入れていたホテルに入った頃には既に19時を回っていた。

夜斗とは一旦別れ、明日の朝に件の鳴海柊太と会う手筈になっている。

夜斗は本家との連絡役を担っているので、まだやる事があるらしい。


そして双葉はすぐに部屋に籠り、彼なりに情報を整理しているのだが、いつの間にか隣で大量の菓子を食らう闖入者の存在に眉間の皺を深めていた。


「……で、君は何故自分の部屋へ戻らず、ここで自室同然にくつろいでいるのかな?」


凄みをきかせて睨みつけてやる。

床の上には脱ぎっぱなしのパーカー、食べかけの菓子の袋、コンビニスイーツの空容器や弁当が散乱していて足の踏み場もない。

その中央できょとんとした顔でれむが不思議そうに双葉を見上げている。


「え?だって一人きりだと退屈っていうか、手持ちブタさ?っていうか…」


「それ言うなら手持無沙汰だ。半人前」


双葉は盛大なため息を吐いて、床のゴミを拾いあげる。

それを見てれむは何かを思いついたような顔をする。


「ふふふ~。所長って「お母さん」みたいですね~」


「…………君は本当に人の神経に刺さる物言いをするのが上手いな」


「えっ?何がですか」


「もういい」


仕方ない。例えお母さんと言われようともこれ以上この汚部屋を放置するわけにはいかない。

双葉は黙々とゴミを拾い続けた。


この不可解な事件の尻尾少しでも掴みたい。

出来れば一人きり集中して取り組みたいところだが、すぐ傍で菓子をひたすら咀嚼する音が絶え間なく響いていては耳障りもいいところである。


「………しかし何者なんだ。ヤツは。それに昨日会った黒崎さんは何者だったのかも気になるな」


双葉はサイドボードに置いたワイングラスに手に伸ばす。

先程ルームサービスで赤ワインを頼んでいたのだ。


「ん?」


しかしその伸ばした手は空を掴む。


「……まさか」


今までの経験上厭な予感がした。

そして恐る恐る隣を見ると…。


「ぐふふふ~。所長って睫毛長いんですね~」


隣にいたれむの姿は消えて、代わりに突然背後から抱きつかれた。


「わわっ、か…春日君っ。君、また私のワインに手を出したなっ」


振り返るとワイングラスを持ったれむが酒臭い息でニヤニヤ笑っている。

とても若い女の子の姿には見えない酒癖の悪さだ。

思わず双葉はのけ反って振りほどきにかかる。

密着した背中に柔らかな感触が当たり、心拍数がやや上がるのを感じた。


「こらっ、いい加減離れろっ」


「ぐふふふ~。よいではないか、よいではないか」


「君はどこのセクハラ親父だっ!」


どうやら今夜は思索どころではないようだ。



その頃、彼らの泊まるホテルの部屋を観察するように、高いビルの上に立つ影があった。

顔には無機質な狐の面。

その面に隠された瞳はじっと、二人に注がれていた。


「…………か」


面を被った男は何事か呟くと、すぐにその姿を消した。

後には漆黒の闇が広がるだけだった。












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