第9話「優しさの代償」

夜斗の協力のおかげで何とか異界と繋がった兼六園から脱出した双葉たちは、情報交換をする為に茶屋町まで出てきた。


「ふぃ~っ。やっと人心地つきましたね。所長」


「何を呑気に……」


すぐ目にとまった茶房へ入った三人は、それぞれ好みの甘味とお茶を頼んでようやく落ち着く事が出来た。


「だって、あのままじゃ私たちずっと雪の兼六園でウロウロさ迷う事になっていたかもしれないんですよ。もう夜斗くんに感謝ですよ」


「ふん。そんなわけあるか。あれは抜けるのにコツがあってだな……」


悔しいのか双葉は鼻を鳴らして応戦する。


「まぁまぁ、いいではないか。ワシの方も少々手詰まりだと思っていたので、ここで二人の力を借りられたら有難い」


熱い煎茶を一口啜り、夜斗はゆっくりと二人の顔に焦点を合わせた。

それを見た双葉もようやく表情を引き締める。


「あぁ。そうだった。一体どういう事になっているんだ。お前の話だと黒崎さんはずっとここ、金沢にいた事になるが?」


夜斗は静かに頷く。


「左様。ワシと希州は黒崎本家の依頼で水谷昂という画家の絵を調べに彼の生家へ向ったのだ」


「えっ、ちょっと待ってください。黒ちゃんの説明だと、東京の美術館で絵を見た人がいなくなったってお話でしたよね?」


れむが首を傾げながら口を挟む。

それには双葉も同様なようで、難しい顔で唇を引き結んでいる。


「ん?それは何の話だ。ワシらはその画家の描いた絵に描いた本人が閉じ込められているので調査してくれという話で請けておる。そのような怪事件、初めて聞いたわ」


夜斗は丸い瞳を大きくさせている。


「……どうも、私たちの間で情報が錯綜しているようだな」


「うむ。ここはひとつ互いに整理してみようかの?」


「ですです」


三人はそれぞれの状況を一つずつ丁寧に説明していった。


まず双葉は昨日希州本人から、東京の美術館で水谷昂の描いた絵を見ていた客たちがごっそり姿を消した事件の調査に双葉に助力を求めてきたことを説明した。


そして今日。待ち合わせに希州は現れず、美術館で雪の兼六園を描いた絵を残して姿を消した。


その足跡を追う為に双葉たちは、残された絵の風景を求めて金沢までやって来た。

これがここまでの双葉たちの足取りだ。


更に続いて夜斗たちの状況だ。

希州が最初に黒崎家本家からこの仕事を請けたのは一週間前のこと。

請けた翌日には金沢へ発っていた。


そこで水谷昂の生家を訪ね、その後最近までずっと懇意にしていた学生時代のクラスメイトと兼六園で落ち合う事になっていたのだが、そこに狐の面をつけた男に妨害され、希州は夜斗を先に逃がして狐面の男と共に異界の穴へと姿を消したというのだ。



「狐面の男だって?」


全てを聞いた双葉は訝るような目で夜斗を見る。


「ああ。顔を面で覆っていたが、何となく禍々しいものを感じた。ヤツはずっとここへ来た時からワシらを付けていたようだった。そのただならぬ雰囲気を感じたのか希州はすぐにワシを戦域から離脱させた」


「………黒ちゃん」


れむは不安そうにじっと自分の手元を見つめている。


「ヤツは昔からそういうところがある。ワシはただの手足。だがそう割り切れぬ男なのよ」


夜斗は苦笑いを浮かべる。

双葉はその表情の意味が分かっていた。

多分希州をそうせたのは自分なのだ。

遠い昔、双葉を庇った為に命を落とした狗神の事があってから、希州は他者の命に敏感になった。それは自らを危険に晒しても守り通す悲壮感すらある。


「………優しさにはいつも何かしらの代償が付きまとう。柵というものなのかのぅ。人間とは中々単純そうに見えて複雑じゃのう」


夜斗はすっかりぬるくなったお茶を一息に飲み干した。


「で、これからどうするつもりだ?」


「うむ。希州の事は今どうこう出来る問題ではなさそうだからの。予定通り水谷の学生時代からの友人だという鳴海柊太という男に会いに行くか」


双葉とれむもそれに同行する事になった。




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