第6話「偽りの庭園」
「うわぁ…。あたし、金沢って初めて来たんですけど、すっごく雰囲気があって素敵ですねぇ」
午後一時。二人は金沢駅に到着し、もてなしドームの前に降り立った。
金沢の伝統芸能、加賀宝生で使われる鼓を模した柱に支えられる屋根の曲線がとても美しい。
「ここは金沢の玄関口で、元々雨の多い金沢だから、ここを訪れた人々に傘を差すもてなしを表現したものだという」
双葉も目を奪われるように、独特な曲線が絡み合う柱を見上げている。
「そうなんですか~。うわぁ。金沢って昔からある茶屋や町屋を再利用したお洒落なお店がたくさんあるんですよね。加賀野菜も絶対食べてみたいし、蕪にブリの切り身を挟んだお漬物のかぶら寿しも見逃せませんよね。行ってみたいなぁ」
れむは興奮した様子で辺りをお上りさんよろしくキョロキョロ忙しない。
しかしそんなれむを置いて双葉はさっさと歩き出す。
「食べ物ならここまでの道中散々食べただろう。ほら。その腹ごなしに早く荷物を持って付いて来い。置いていくぞ」
「えぇぇぇぇぇっ。またあたし、荷物持ちですかぁ」
見ると足元には双葉のいつもの商売道具がぎっしりと詰まったリュックが置いてある。
「君が荷物持ち以外の他に何の役に立つというんだ。さて今からバスに乗ってこの本の写真が撮られた場所に行くぞ」
「ううっ。何も言い返せないのが辛いっ」
れむは気合を入れると、かなり重いリュックを背負い、ヨタヨタと双葉の後を追いかけた。
◆◆◆◆◆◆
「えっ、あの写真の場所って兼六園だったんですか?」
金沢駅から北鉄路線バスに乗り込んで10分少々。
二人は日本三名園といわれる兼六園前に立っていた。
ちなみに残りの2つは水戸の偕楽園と岡山の後楽園だ。
「ああ。私もあの本の後記を見て驚いた。だだっ広い雪原だとばかり思っていたのだが、切り取り方であれほどの奥行が出るとはな。写真の場所は唐崎松だ」
「へぇ。でも流石に雪はないですから、見える風景もあの写真とは違っちゃいますよね」
「あぁ。だが今少しでも手掛かりが欲しいからな」
双葉は地図を手にゆっくりと辺りを見渡す。
兼六園は金沢城の外庭として180年をかけて造園された庭園だ。
約30,000万5,000坪の庭園は四季の移ろいにより、様々な顔を楽しめる。
二人は桂坂口方面から唐崎松を目指す。
重いリュックに肩を喰いこませながら、れむはまた必死に双葉の後についていく。
「時に春日君、兼六園の「六」とは何を意味するか知っているかな?」
「はい?六ですか……。六個お庭があるんですか?」
「うむ。惜しいな。六の意味は中国の「洛陽名園記」という書物からきているそうだ。その書物によると、兼ね備える事が難儀な六つの景観を備えている庭が名園とされるという事で、松平定信が兼六園と名付けたそうだ」
「なるほど~。そんな意味があったんですか。所長、いつも思いますけどガイドさんやれますよね」
すると双葉は満足そうに口元を綻ばせた。
どうやら嬉しかったらしい。
「ちなみにその六勝とは「宏大」、「幽邃」、「人力」、「蒼古」、「水泉」、「眺望」だ」
「うへぇ……もう忘れました」
「………………」
やがて前方に目的の唐崎松のある霞が池が見えてきた。
やっと重い荷物を押せると、れむはほっと息を吐いたのだが、どうも前方を行く双葉の様子がおかしい。
「所長、どうかしたんですか?もしかして不意な尿意ですか?それならあたしに気兼ねなくちゃちゃっと……」
「…………春日君、何か妙だと思わないか?」
「ほへ。もしかしてトイレがないんですか?」
「いい加減君はトイレから離れろ。私が言いたいのは、ここまで来る途中で私たち以外の人間を見たかという事だ」
その指摘にれむはようやく事の重大さな気付いたように辺りを見渡す。
「あっ。確かに言われてみたらそうですね。この抜群の観光日和だというのにお客さんが一人も歩いていないって変ですよね」
双葉が渋い顔で唇を噛み締める。
「不味いな。ここは偽物の庭園だ」
「えっ……偽物ですか?」
異変を自覚した途端、急に辺りの空気が冷たく感じ、れむは自らの肩を摩った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます