第4話「始まりは怪異から」
三日後。
れむの希望的解釈による「デート?」らしき美術館鑑賞を明日に控えた午後の昼下がり。
いつもの通り双葉は新築の住居の風水鑑定を難しい顔をして考えている。
その横でれむは不要になった書類をシュレッダーにかけながら、明日の事
ぼんやり考えてはニヤニヤ笑いを浮かべている。
「本当に単純だな。君は」
「えっ、何のことことことことことこででですかね?」
まるで自分がシュレッダーにかけられているかのようなぎこちなさである。
しかし双葉は何か微笑ましいものでも見るような優しい目つきでそれを見ていた。
どうやら自分の多少は明日を楽しみにしているという事らしい。
そんな穏やかな時間が過ぎていくはずだった。
しかしそういかないのが現実なのだ。
平穏だった空気に不意な来客がやってきた事でその均衡はいともたやすく崩れる。
「よぉ。お二人さん。元気でやっているかな?」
その来客とは、人の好さそうな笑顔を浮かべた黒崎希州だった。髪を切ったのか、随分と襟足がすっきりしている。
今日はいつもの山伏装束ではなく、墨染めのシャツに細身のブラックジーンズにワークブーツ姿だった。
今日はいつも連れている狗神、夜斗はいないようだ。
実は彼がこの事務所へ顔を出すのはこれが初めてではない。
彼は龍神の怪異事件で再会してから、ちょくちょくと詰まらない理由をつけては訪ねて来ていた。
そのたびに双葉は顔を顰めるのだが、希州はいつも決まって美味しそうなスイーツを手土産に持って来るので、れむから熱烈に大歓迎されている。
やはり今日も可愛らしい箱を下げている。
「わぁっ、黒ちゃん。いらっしゃい」
案の定、れむは嬉々として希州を出迎えて応接ルームへ案内している。
「………私の都合は一切考えないときたものだ。我が半人前の助手は…」
双葉は色素の薄い長めの前髪を緩く掻き上げ、もうこれ以上仕事は続けられないと悟り、応接ルームへと移動する。
ローテーブルの上には可愛らしいウサギとタヌキを模したシュークリームの乗った皿とコーヒーが置かれている。
「それで今日はどうしたんですか?何か面倒事でもあったんですか」
コーヒーを一口啜ると、双葉は軽くため息を吐いて希州を見る。
「おっ。分かったか。今本家から預かっている怪異なんだが、実はちと手が足りなくてな」
「本家……という事は黒崎家の仕事じゃないですか。巻き込まれるのは御免ですよ」
益々厭そうに双葉は秀麗な眉を顰める。
「まぁまぁ、所長。お話だけでも聞いてあげましょうよ~」
シュークリームを幸せそうに頬張りながられむが助け船を出してくる。
「君、ウサギの顔から食べる派なのか?」
「ほへ?だってシュークリームはシュークリームじゃないですか。これはウサギじゃありませんよ」
「…………規格外の女子に情緒を求めても無意味という事か」
「?」
「ははは。まぁ、口に入っちまえば同じだからな。遠慮なくバクっといってくれや」
希州は規格外女子をいたく気に入ったようだ。
双葉はそれを見て更に不機嫌になったようで、コーヒーを一気に飲み干す。
「それで、どうしたっていうんですか」
「おお。そうだ。早速で悪いが明日から身体が空くかな?」
「明日からですか。まぁ急ぎの仕事もないので構いせんが…一体どんな……」
「えーーーーーーーーーっ!明日は無理ですよ」
「か……春日君?」
突然大声を出したれむを二人は唖然とした顔で見る。
「どうした、突然春日君」
「お……おぅ。れむちゃん。大丈夫かい」
「大丈夫も何もないですよ。だって明日は所長とデートなんですよ!」
「!」
「んなっ………」
双葉が思わずのけ反る。
しかし希州の方はなぜかとても嬉しそうな顔をして双葉の肩を乱暴に揺すった。
「おいおいおい。お前も意外とやるじゃねぇか。もうれむちゃんとデートする仲になってたとはよぅ」
「な…何を……勝手に勘違いしないで下さい。私と彼女は別にそのような関係ではないですから」
双葉は全力で否定しているが希州は全く聞き入れる様子もない。
「そうかぁ。じゃあせっかくのデートを邪魔しちゃ悪いよな。ちなみにどこに行く予定なんだい?」
「ここからすぐのアートスタジオですよ。ちょうどアートフスティバルが開催されていて、地方出身の画家の作品を多数集めた催し物が開かれているんです」
嬉しそうにれむは自分の机から案内の入っている封筒を希州に差し出した。
「ん?……これは」
その封筒を見た希州の顔が急に曇った。
「どうかしたんですか。黒ちゃん」
「……いや。その……せっかくのデートに水を差すようで悪いんだが、この催しは中止になったんだ」
「えっ?どういう事ですか」
「黒崎さん、何か知っているんですか?」
双葉も訝し気な顔で希州を見る。
彼は言いにくそうにボリボリと頭を掻きながら口を開く。
「もう朝のニュースで出てると思うんだが、ちょうどその美術館で多数の客たちが一斉に姿を消したんだ。信じられない事だが、展示されている絵画の中にその失踪した客たちにそっくりな人物たちが描かれていた。展示前はただの風景画で、人物なんて一人も描かれてなかったというのに。そしてそれを描いた画家の水谷昂も行方不明だ」
「なっ……なんですか。それ」
双葉とれむは凍り付いたように互いの顔を見つめ合った。
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