第2話「罪と罰」

「昂、まさか本当にこの町を出るなんてな……」


雪の降りしきる金沢駅のホーム。

一人きりで故郷を離れようとする男の背に、親友の声が掛けられる。


「柊太か…。よく俺が今日、この時間に発つとわかったな」


「わかるさ。今朝から様子がおかしかったし。それより琳の姿が見えないようだが、もしかして置いていく気か?」


「琳」という名を聞いた瞬間、昂の背がピクリと反応する。


「琳とはもう話はついている。あいつは連れていけない」


「じゃあどうする気だよ。琳の事」


昂はゆっくりと柊太を振り返る。

その顔は泣いているような困ったような…そんな複雑な感情が入り乱れているように見える。


「お前が面倒見てやれよ。ずっと好きだったんだろう?琳の事」


そう言った瞬間、昂の右頬に柊太の拳がめり込んだ。

すぐに顔全体が熱をもったかのような痛みが襲ってくる。


「っつう……お前今、本気で殴ったな」


口の中に違和感を感じて吐き出すと、唾液に血が混じっていた。


「当たり前だ。二度と言うな。そんなバカげた事。いいか、絶対ここに帰って来いよ」


「柊太……」


お互い、本当はわかっていた。

昂はもうここに戻らないと。

決めたのだ。

一人前の画家になるまでは絶対に帰らないと。


この小さな町でどんなに絵を描いても、どうにもならない。

限界なのだ。


「俺は東京へ行って山之辺先生に師事する」


「ちっ……。別に山之辺哲夫と知り合いでもねぇし、コネや伝手があわけでもねぇ。ただ同郷だからってだけで簡単に弟子になんかさせてくれるわけねぇわ」


吐き捨てるように柊太は毒づく。

山之辺哲夫とは、唯一この町で成功した画家の一人で、拠点を東京に移してからはいくつもの大作を生み出している。

自分も東京へ行けばきっと変われるはずだ。

それが甘い考えだという事は理解している。

たがもうこの小さな町で出来る事はやり尽くしたのだ。

自分から動き出さないと、この閉鎖された運命は開けない。


「何とかやるさ。先生に俺の絵をいくつか見てもらえばわかってもらえる」


そう言って昂は小さめの作品を詰めたボストンバッグを開けてみせた。


「確かにお前の絵の腕はすげぇと思うぜ。だけどプロとして通用するもんなのか?悪い事は言わねえ、琳と一緒になって琳の実家を継げ」


「柊太……」


多分、柊太の言う事は正しい。

だが、今の自分にはもう画家になるという道しかない。

それしか考えられなかった。


「これ、餞別代わりに琳に渡してくれ」


「昂っ!」


これ以上話す事はないという意思表示のように、昂はボストンバッグの中から作品を取り出す。


「これは……」


「それは俺が一番気に入ってる絵なんだ。だからあいつに渡してくれ」


絵を見た瞬間、柊太は嘆息した。

その絵にはまるで魔力でも宿っているかのようにな不思議な魅力を感じた。恐ろしいのに何故か惹きつけられ、目が離せなくなった。

何となく恐ろしくなり、すぐに作品を小脇に抱えて顔を上げた時にはもう昂の姿はなかった。


「昂っ……」



一人残された柊太は雪の降る中、ゆっくりと踵を返した。


「バカ野郎………」


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