_周目④.友達にってなれるかな。


 バイト中。

 二人で店番をしているときに、度々、押鼠の奴は俺に話し掛けてきた。


「なあ、刈蛾」


「何だ?」


「お前ってさ」


「うん」


「引きこもってるって聞いてんだけどさ」


「いろいろあってな。出てきた」


「そ、そうか――あのさ」


「あ、お客さん来るぞ」


「らっしゃいませーっ!」


 と曲がり角から現れ、こちらに向かってやってきた親子連れのお客に対し、押鼠の奴は瞬時に笑顔で対応する。お金を受け取ると、一切の淀みのない動きで、しかも俺が思わず息を呑むほど美しくソフトクリームを巻く。


「お待たせしましたーっ!」


 と親御さんに言い、それから子どもに対し、


「落とさないように食べてなー!」


 と、一つ声を掛けてソフトクリームを丁寧に手渡す。

 臨時とはいえ、さすがに先輩なだけあって対応は手慣れたものだった。あるいは、単純に接客が得意なのかもしれない。

 笑顔で親子連れのお客が帰っていたところで、押鼠は何やら俺を見て、眉を潜めつつ尋ねてくる。


「――なあ刈蛾。今、曲がり角からお客さんが出てくる前に反応しなかったか?」


「いや、何となくわかるだろ」


「何となく?」


「気配で」


「お前やべーな……」


「そんなことよりもソフトクリームだ――なあ押鼠。お前、何をどうやったらそんなに上手くソフトクリームが巻けるんだ?」


「いや、普通に巻いてるだけだけど」


「なあ、押鼠。俺には分かるぞ。お前のソフトクリームの巻き方は天才的だ――世界を目指せる」


「いや俺、そんなことに才能を持ってかれるのは嫌なんだけど……」


「ふざけんな。なら俺に寄越せ。俺はソフトクリームを上手に巻けるなら全ての才能をそこに費やす所存だぞ」


「お前、一体何を目指してるんだ……?」


「それより次のお客さんが来る。三人組で、内一人男で他二人は女。たぶん高校生」


「だから何でわかるんだよ……らっしゃいませーっ!」


 と言って、何やら女子二人に両側から引っぱられ難儀している男子に押鼠が対応している間に、俺はソフトクリームを三本巻く。俺としては会心の出来栄えだったが、押鼠の巻いたソフトクリームと比べると遥かに見劣りした。天才に追いつくための道は長く険しそうだった。

 互いに牽制し合っている女子二人に挟まれサンドイッチになりながら、どこか悟ったような表情で去っていく男子。そのどこか哀愁漂う姿を見送ったところで、押鼠が笑顔を浮かべたまま、怨嗟の込められた口調で、


「ちっ――リア充爆発しろ」


 と、唐突につぶやく。

 俺は反射的に身を竦め、続く転倒に備える――が、何も起こらない。

 その様子を見ていた押鼠が、俺に言う。


「……えっと、何してんだ?」


「いや条件反射で……じゃなくて、お前、客に向かってその言い草はやめろ。お客様は神様じゃないかもだが、金は払ってるんだから」


「刈蛾。お前ってすげー真面目だよな……いやでも、しょうがねーだろうがよ。俺、彼女いない歴イコールで年齢なんだぞ。嫉妬くらいさせてくれ」


「安心しろ。俺もだ」


「いや、刈蛾――お前と俺とは違うから。俺は本当にモテないだけだけど、お前はあれだろ? その、こう、女とイチャイチャしてデートするみたいな軟派なマネはしないとかそういうアレだろ?」


「いや、デートならしたことがあるけど」


「ちくしょうっ! その……ちょっと詳しく話を聞かせてくんね?」


「おい押鼠。次のお客さんだぞ」


「らっしゃいま――ん?」


 と、瞬時に作られた押鼠の笑みが、次の一瞬ですぐさま引っ込んだ。


「あれ?」


 と、こちらも驚いた顔をするのは板鍵で、石化したみたいに固まった押鼠の姿を見て言う。


「押鼠くん?」


「は、はいっ!」


 と、石化から抜け出して、何故か敬語で返事をする押鼠。


「押鼠くんもここで働いてたの?」


「え。まあ、はい……」


 と、やり取りをしている二人を見て、俺は板鍵に尋ねる。


「何だ? 知り合いか?」


「そりゃあ、同級生だもん。前はクラスメイトだったしさ」


「クラスメイトの顔なんてそこまで覚えてるもんか? 俺、中学の頃のクラスメイトの顔なんて半分も覚えてないぞ」


「普通は覚えてるよ……」


「そういうもんか」


 と、そこで服の袖を、くいくいっ、と引かれた。何となく引っ込み思案のちっちゃな女の子を連想させる行為だったが、理想と現実はもちろん違う。俺の袖を掴んでいたのは押鼠だった。


「何だ。どうした」


「俺、ちょっとトイレ行ってくるわ! だから店番よろしくな!」


「あ。おい」


 と俺が止める間もなく、どたどたどたびたんっ、と押鼠は店の外へと出て行く。名は体を表すというだけあって意外と早い。あっという間に走ってこの場から消えた。


「あはは、何か、気をつかわせちゃったみたいだねー」


「何がだ」


「あはは――押鼠くんとは、友達なの?」


「ともだち?」


「違うの? 仲良さそうに見えたけれど」


「仲は良いが――俺と押鼠はついこの前に再会したばかりでだな」


「友達になるのに時間なんて関係ないって」


「でも、まだデートもしてないぞ」


「え、ごめん。今なんて言ったの?」


「だから、まだデートもしてない、と」


「ごめん。私、刈蛾くんが何言ってるのかちょっとわからないんだけど……ええと、その、刈蛾くんにとっての友達はデートする相手なの?」


「違う。友達になるためにデートするんだ」


「わけがわからないよ……」


「引きこもりだったからな。そういうあれこれに疎くても大目に見てくれ」


「大目に見てもちょっと受け止め切れなそうなんだけど……」


 と、板鍵は困ったような表情を浮かべ、それから「ええと」と宙に浮かんでいる言葉を引っぱり出そうとするように視線をさまよわせてから、


「刈蛾くんは、何とも不思議な男の子だね」


 と随分とオブラートに包んだ風なことを言って、にぃ、と笑ってみせた。。


      ■■■


「なあ」


 と、板鍵がいなくなった後で、戻ってきた押鼠が聞いてきた。


「お前、板鍵とどういう関係なんだ」


「店員と客」


「爆発しろ」


「そんなん言われてもな――何だお前、さっきの態度と言い、もしかして、板鍵のこと好きなのか?」


「いや、そういうんじゃなくてだな……ただ女子と話すのが苦手というか。上手く話せないというか」


「俺だってそうだが」


「いや、お前、話せてたじゃねえか」


「あれ? 本当だ……」


「なんだそりゃあ……」


 と押鼠は呆れ、それから、しばらく俺をじっと見る。まさか、このままキスでもされるんじゃないだろうか、と危機感を覚えたところで、押鼠は言った。


「お前さ――前より丸くなったよな」


「え?」


「その……昔のお前は、もっとこう、抜き身の刀みたいというか……おっかなかったというか」


「……金属バットの件は悪かった。今は反省してる」


「いや、悪いわけねえし……それに、その、そうじゃなくてだな……あの事件の前から、お前は孤高の一匹狼的な感じだったというか……」


「ああうん。確かに完璧なぼっちだったな」


「俺、もう少し格好良い意味で言っているつもりなんだけれど……」


 と、何やらぶつぶつと言う押鼠。

 それから、咳払いを一つしてから、俺を見て言う。


「でもさ、今のお前は、もう少し柔らかい感じがするよ」


「柔らかい?」


「前ほど怖くないっていうか……だってそうじゃなきゃたぶん俺、こんな風にお前と喋れてねーもんよ」


「そうか」


 と、俺は頷いて、押鼠の言葉の意味をしばし考える。柔らかくなった、か。

 だとしたら、と俺は思わず笑みをこぼす。


「……だとしたら、友達のおかげだな」


「友達? お前に?」


「泣いていいか?」


「いや、そういう意味じゃなくてだな――なんかこう、お前は友達とか必要なさそうな奴だったからよ」


「いや、ぼっちだっただけなんだけれど」


「そ、そうか……で、その、お前の友達だとかいう輩は一体どんな奴なんだ。あれかやっぱ、その、あれか? でっかくて、傷とかあって、何かすげー奴なのか?」


「あー」


 と、俺はメガネのことを思い浮かべ、言う。


「まあ、大体そんな感じだな」


「まじかよ……やっぱすげーなお前」


「いや、友達がすごいからって、俺がすごいってことにはならんと思うが……」


「あ、あのさ」


「おう」


「その、あれだ。俺もさ」


「うん?」


「お前の友達にって……なれるかな?」


「…………」


「だ、駄目だよな」


「いや……そういうわけじゃないが」


 と、俺は適当なことを言って誤魔化すべきかどうか迷った。が、押鼠が真剣な表情をしているの見て、ここは真面目に答えるべきだ、と思った。

 だから、俺は告げる。


「でも、俺たちまだキスもしてないからな」


「お前何言ってんだっ!? やらんぞっ!?」


 と、押鼠は絶叫した。

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