99周目⑳.また、すぐに来るから。
「一定期間、この異世界に滞在すること」
と、天使さんは言った。
それが今回の転生目標なのだと。
まさに休暇だな、と俺は思った。
そして、その目標は達成された。
長い休暇も、これでもう終わり。
元の世界に、帰る時が来たのだ。
この世界で知り合った人と会い。
それぞれの人にお別れを言って。
そうして――元の世界に帰る日。
「いいんです? 見送ってもらわなくて?」
と、自転車なアレクサンドリアのベルのところに座った天使さんが俺に言う。
「あの、お弟子さんとかに」
「いいんです――フォルトの奴とのお別れは、もう済ませましたから」
「でも」
「駄目ですよ」
と、俺は笑って言う。
「見送りとかされたら、そんなん絶対泣くに決まってるじゃないですか――師匠として、弟子にそんな情けない面見せるわけにはいかんでしょう」
「一応言ってだけおきますが――このまま、この世界に残るって選択肢もありますよ? 学生としてではなかったにせよ、この学園での生活、楽しかったんじゃないですか」
「ええ。めっちゃ楽しかったです」
「なら――」
「でもほら。やっぱあれでしょう」
「?」
「学校は、卒業するものですから」
「あはは――」
と、天使さんはちっちゃな八重歯を見せて笑い、俺に言う。
「――本当に立派になったもんですね」
「どうも」
「もう『歩きたくなくて』とかアホなこと言わないで下さいよ」
「蒸し返さないで下さい……それよりメガネの奴はどうやって連れていくんです? というか、今回たぶん俺勝てないんですけれど、その後メガネはどうするんです?」
「それはですね――合体! がしーんっ!」
と、謎の効果音を叫びながら。
天使さんは、ぴょん、とジャンプし、ぺたん、と再びベルの上へと着地。
そしてドヤ顔で言ってくる。
「合体完了です」
「いや、さっきと変わらないように見えるんですけど……」
「でも、これでアレクサンドリアは限定的ですが異世界間航行能力を身につけました。これでメガネさんを連れていけますよ」
「どういう原理ですかそれ」
「深く考える必要はありません。貴方は何も考えずにメガネさんと一緒にアレクサンドリアに二人乗りすればいいのです」
「二人乗りは駄目でしょう」
「ここ異世界なんですけど」
「そういう問題じゃなくて」
「いえいえ、この世界の法律では、アレクサンドリアは自転車ではなく精霊として扱われるのでセーフです」
「いや法的にどうこうとかじゃなく、二人乗りが駄目なのは、不安定で危ないからであってですね……」
「いや運転しなくても大丈夫ですから……・何て言うか、バットさんはたまにめっちゃ面倒くさいこと言い出しますね」
「…………すみません」
「ま、ちゃんと分かってますよ。貴方とは、もう随分と長い付き合いです――ね、バットさん」
「はい?」
「靴紐、見せて下さい」
「えっと……はい」
「うん――きっちりと結ばれてます。これならばっちりですね」
と満足げにうなずいてから、天使さんが俺の顔をじっと見上げて言う。
「私は、貴方のナビゲーターです」
「ええ」
「これまでも、これからも――貴方があの美少女と戦い続ける限りは、ずっと」
「……ええ」
「それと重ねて言いますが、中の人なんていませんよ?」
「その主張を押し通すのはもはや無理があるかと」
「あーあーあー何も聞こえません。……ほらっ、メガネさんが来ましたよ!」
と言って天使さんが差し示す方を見ると、こちらに手を振りながら「よーす」とやってくるメガネの姿。
「では、行きましょうか――バットさん」
と、天使さんが八重歯を見せて言う。
「あの美少女が、貴方を待っていますよ」
□□□
そうして、俺は元の世界に戻ってきた。
戻ってきた先は、滅んだ世界の廃墟の街の、高層ビルの残骸の上。
俺は、右目だけで確認する。
傍らには、自転車なアレクサンドリアと、ベルの上にちょこんと座った天使さん。
それから、
「こりゃ酷いね」
と、屋上の手すりから見える眼下の景色を見下ろし、少し青い顔をしてそう呟くメガネ。
「バット。あんたさ」
と、俺の方を見て言ってくる。
「こんな世界で、ずっと一人で戦い続けてたとかさ――よくもまあ、今まで耐えられたもんだわ。やっぱてめーやべーな」
「そんな大したことじゃねえよ」
「そんな大したことだろーがよ」
と言って俺の頭を撫でようとしてきたので、俺はメガネの頭を、すぽんっ、と取って抵抗し「こんにゃろ返せ」と取り返した頭を、かぽんっ、とはめ直しながらメガネが言う。
「そんじゃまあ、噂の美少女とやらの美少女っぷりを拝ませてもらうとすっか――それじゃ。バット。どこだ?」
「今探す」
とメガネに告げて、俺は探知用のスキルを発動させる。苦手なスキルだ。壁の向こうに誰かがいるかくらいならわかる。だが、その誰かがどんな姿をしているかはわからないし、その誰かの足下で這っている虫の存在もわからない。スキルのスペック上は、本来ならその程度のことならできるのだろうが。
だからもちろん、この廃墟の中から一人の美少女を見つけ出すことができるかと言われたら、できない。
だが――美少女のいる場所は決まっている。
俺の雑な探知でも見つけられるくらい、ど派手で馬鹿でかい建造物――見つけた。
何とか時の方向、とかそういう台詞をぱっと言えれば格好良いが、そんなものはさっぱりわからない俺が取れる方法は一つ。
「あっちだ!」
と、指でそちらの方向を指し示して、
「赤い塔のてっぺん!」
と、雑すぎる指示を出す。
「あいよ!」
が、メガネはそんな雑な指示で即座に了解し、遠視魔法を使って美少女を発見。
「うっわ、すげー! まじで美少女だ!」
と歓声を上げて、
「げっ」
と続けてメガネがドン引きする声を聞きながら、俺は右目を閉じ、閉じていた共有状態の左目を開いて――『視る』。
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流石にやべえな、と俺は思う。
いやその、なんかいろいろと。
脳裏に浮かんだ複数のツッコミは、とりあえず無視――まずは、青い顔をして美少女を「視て」いるメガネの首を、かぽんっ、と手に取り無理矢理視線をこちらに向かせ、そのまましばし固定し、
「あっ」
と、間の抜けた声をメガネが上げる。
正直、言ってやりたいことはいろいろとあったが――今は、それより先程から感じている危険に対応するために、メガネの首無しの胴体の襟元をむんずと掴んで、
「ちょっと下がってろ!」
と告げて無理矢理に後ろに引き倒し、そちらに生首も放る。ぎゃーすっ、とメガネの生首が叫ぶが、これも無視。
その直後に。
遥か遠くの赤い塔から飛んできた何か――ただの石ころを、俺は視認。
弱体化を、完全に解除し。
できるかな、と一瞬だけ迷い。
自分の一番弟子のことを思って。
できるだろ、と自身を鼓舞し。
金属バットを握り締める。
本当の全身全霊で、俺は踏み込む。
轟音が一つ。
足場にしていた高層ビルの上から下にまで一瞬で亀裂が入った。軋んで悲鳴を上げるビルを、砕け散った窓ガラスの破片がきらきらと彩って、その中で。
その踏み込みで生じた全てのエネルギーを、振り上げる金属バットに乗せ――ただの石ころを迎え撃つ。
音を遥か背後へ置き去りにして飛んできた石ころを、音を遥か背後へと置き去りにしたスイングで迎撃し、
ぐいっ、と押し込まれそうになって、
ぎりっ、とけれど歯を食いしばって、
かきん、と気合いと根性で打ち返す。
そして。
みしみしみし、と絶叫する足下の高層ビル――崩れるのは、時間の問題らしい。
わー、だの、ぎゃー、だの騒いでいる生首に向かって、俺は言う。
「よし――そんじゃちょっと負けてくる」
「行ってこい馬鹿! 当たって砕けろ!」
と転げ落ちた首を引っ掴んではめ直し、アレクサンドリアに飛び乗りながら、やけくそぎみにメガネが叫び、
「転生先で待ってますよ! バットさん!」
と天使さんがベルの上でちょっとはみ出ている触手を振りつつ俺に告げて、
ひひーん。
と、アレクサンドリアがヒロインらしくベルを鳴らして俺を鼓舞しつつ、ばさり、とそのフレームから真っ白な羽を生やし飛び立ち光の中へと消えていく中で。
ぽん、と。
俺は屋上から躍り出し、高層ビルの壁を瞬時に駆け降りて、そのままの勢いで、遥か遠くに存在する赤い塔へと向かう――美少女の下へと挑む。
99回目の挑戦だ。
絶対に勝てない。
それでも、戦う。
赤い点が見えた。
赤い線になって。
赤い塔になった。
そのてっぺんで。
綺麗な黒髪をなびかせて、
ぺったんこな胸を張って、
めっちゃツンデレっぽい、
セーラー服を身に纏った、
美少女が――待っていた。
やってきた俺に気づいて、
その、綺麗な瞳が動いて、
じっ、と俺を見下ろして、
こっちを、ちゃんと見た。
ああそうだったよな、と俺はそこでようやく思い出す――ずっとずっと前には、見向きもされなかったんだよな、ともう随分と昔の記憶を思い出して、笑う。
「――行くぞ」
そう告げて。
俺はありったけの力を込め、金属バットを振り下ろす――赤い塔の根元に向けて。
赤い塔の悲鳴。
でも、倒れない。
もう一度、別の箇所へと振り下ろす。
赤い塔が軋む。
まだ、倒れない。
これで最後だ、ともう一度叩き込む。
断末魔の絶叫。
そして赤い塔が、ぐらり、と倒れ始める。
俺は崩れ出す333メートルを駆け上がる。
金属バットを構え見上げる視界の中で。
ふわり、と。
美少女が、赤い塔のてっぺんから跳ぶ。
重力なんて無いみたいに、宙を舞う。
ぺったんこな胸で踊る赤いスカーフ、
綺麗な黒髪を背後へと泳がせながら、
赤い塔を学校指摘的な靴で踏みしめ、
翻るスカートはでもやっぱり鉄壁で、
美少女が333メートルを駆け下りてくる。
俺は叫ぶ。
自分でもよくわからない感情で叫ぶ。
叫びながら、あらゆる経験と技術とスキルを込めて、金属バットを振り上げる。
333メートルのど真ん中で――交錯した。
その衝撃で、崩れ落ちていく赤い塔の残骸がさらに弾け飛んでいく中で――美少女の繰り出した一撃が、俺の身体を容赦なく引き裂いている。
ちゃんと、分かっていた。
向こうの方が遥かに早い。
勝ち目なんてまるで無い。
でも。
「――まだだ」
致命傷からぱっと飛び散った血液。
それを媒介として魔法が発動する。
命を捨てて発動する、最後の魔法。
自爆魔法――とかでは、別にない。
それは、ただの目印だ。
要するに、ターゲットをロックオンするためのただのマーカー。ただそれだけのものをくっつけるために、こっちとしては命を一つ捨てる必要があるってだけ。
「――また、すぐに来るから」
引き裂かれた身体から、あっという間に血液が不足し、意識が遠のく中で。
俺と一緒に落下していく美少女は。
やっぱり、前と同じ表情をしていて――それが無性に腹が立って、俺は言う。
「――首を洗って、待っていろ」
そして。
意識の奴が、鼻息荒く腕まくりし『それじゃあ、先に僕は行ってるぜ!』と駆け出し背中を見せて去っていくのを『おうよすぐ行くから待ってろ』と俺は見送っ、
「 」
美少女の唇が動いた。
「え?」
声が小さ過ぎるせいで何と言ったのか聞き取れず、いやそれ以上にそもそも美少女に話しかけられたことにめちゃくちゃ動揺して、思わずそんな間の抜けた声を上げたところで、
むんず、と。
美少女が、俺の顔面を掴んだ。
「――え?」
と、俺はまたもや間の抜けた声を上げて『――え?』と、背中を見せて去っていこうとしていた意識の奴が振り向いて、やっぱり間の抜けた声を上げた。
直後に、俺の身体を幾重にも包み込む大量の魔法と大量のスキルの気配。無数の魔法陣が周囲に展開し俺の身体に刻まれ、スキルが俺の肉体へと浸透してくる感触。
「 」
と、また美少女が何か言って、でも相変わらず声が小さ過ぎてわからず。
そして次の瞬間、視界が真っ黒に――
■■■
――なった直後、じりりりりりりっ、という耳障りな音が鳴り響いて、俺はまた意識の奴の仕業か、と思って意識の姿を探すがどうにも見当たらず、そのまま見当たらないままに目が覚めた。
耳障りな音の正体が不明なので、俺は目を覚ますのと同時に、即座に立ち上がって金属バットを構え、いつも通りに防御魔法を展開しようとした――ところで、魔法が使えないことに気づく。
なるほどそういう異世界か、と思い、弱体化の魔法が使えないとちょっと面倒だな、と思い、そこでスキルもまるごと無効化されていることに気づく。
まじかよ、と俺は思う。
この状態で魔王を倒せ、とか言われたら、さすがにちょっと厳しいものがある。
魔王だけ魔法とかスキル使えたりしたらちょっと酷すぎるよな、と思いつつ状況を確認する。
ひどく暗い。
例え真っ暗闇であろうと、強化用のスキルが使えていれば何の問題もないのだが、強化されていない状態では目が慣れないと何も見えそうにない。
ただ、少し圧迫感を感じるので部屋の中だと思う。淀んだ空気の嫌な感じの匂い。地下か、と一瞬思ったが、真っ暗闇ではないのだからたぶん違う。未だに鳴り続けている耳障りな音は足下から聞こえている。
と、そこでようやく目が慣れてきた。
ぱちり、と。
瞬きをして、足下のそれを俺は見下ろす。
目覚まし時計。
何か、強烈な既視感があった。
その正体が掴めないまま、周囲を見渡すと、すぐ隣に紐がぶら下がっていた。
天井の照明の紐だと、何故かすぐわかった。
奇妙な感覚を抱えたまま、それを引っぱる。
ぱっ、と明かりが点いて。
ぱちり、とまた瞬きをし。
その瞬間、俺は、既視感の正体を理解して。
同時に、状況を一切、理解できなくなった。
なんでだ、と俺は思う
部屋の片隅にあるテレビとゲーム機を見て。
どうして、と俺は思う。
なぜなら。
ここは、もう存在しないはずの場所だった。
美少女の直撃を受けて崩壊したはずの場所。
カーテンを閉め切った、暗く不健全な部屋。
壁には――ツンデレキャラのポスター。
俺の部屋だった。
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