99周目⑲.Aブロック予選決勝。

 そして、Aブロックの予選決勝が始まる。


 人で溢れかえった会場に入った瞬間、観客たちがこちらの顔を見るなり騒ぎだし「あ、ソフトクリーム屋のおにーさんと生首おねーさんだ!」「おいみんな席開けろ席! 一番前に座らせろ! フォルトちゃんを二人に見せてやるんだ!」「そうだ! 何たって二人の娘――じゃなかった弟子の晴れ姿だからな!」「どうぞ! どうぞ!」などと言われて囲まれ手足を掴まれあれよあれよと前の席へと招待されて、一番前の一番良い席に座らせられ、俺もメガネも周囲にぺこぺこと頭を下げまくりながらドギマギしまくって身体がカチコチになる。


 でも。

 でも全然、悪い気分じゃなくて。

 だから、二人して顔を見合わせて少し笑う。


 予選決勝は、予選とはいえさすがに決勝だけあって、本戦会場を使って一つ一つが盛大に行われるから、今、この会場には顔見知りの相手がほとんど全員揃っている。


 すぐ近くに座り「よっすお二人さん。相変わらず仲良いッスねー」と手を振って来るのは、そう言えば最近まったくゲスなところを見てないゲスな以下略。その彼に対して「ソフトクリーム。ワンコインのソフトクリームをどうぞー」と客席で売り歩いているのはおじさんで、反射的に手伝おうとしかけた俺に「いや、座って座って。ほらほら、二人ともソフトクリーム食べなさい。ワンコイン、ワンコインね」と言ってくる。


 あちらに並んで座っているのは、まだ包帯の取れていないキング・ゼロとマイナス・クイーンの二人で、今回めでたくお付き合いし始めた二人はまだ全然初心で身体を寄せ合うとか手を繋ぐとかするどころか、顔を見合わせてすらいないのに何やら互いの顔を真っ赤にして『……』とお互い黙り込んでいて「やべーあのカップルちょー可愛い!」とメガネが歓声を上げる。


 そちらに並んで座っているのは、こっちは手も繋いでいるし顔もそれほど赤くなっていない無表情な少年と金髪美少女のカップルで「こういう騒がしいのは苦手」と尋ねる少女に「そうだな」と少年は答え、それから「でも……たまには悪くない」とつぶやくその口元にほんの微かな笑みが浮かぶ。


 特別席に座っている学園長は、長かった黒髪をばっさりと切って、しかもそれをおかっぱにしたせいで前よりむしろ子どもっぽくなっている。「ふっ……」と笑う妙な男や、「やあ、二人共。今日は君たちの弟子の晴れ舞台だな」と微笑んでくるエルフさんや、彼女に頭を撫でられつつ「ううう、カップルだらけでも、おねーさん悔しくなんてないもん……」と泣いている飴のお姉さんと一緒に座っていた。学園長は頬杖を掻き、大盛り上がりで賑わう会場を楽しげに誇らしげに、そしてちょっとだけ寂しそうに眺めている。


 だいたいほとんど、みんなここにいる。

 すげえな、と俺は思う。

 その理由はよくわからなくて、でもそのよくわからない何かによってそう思う。


 アナウンスがあって、学園長の挨拶があって、その他の業務連絡もあって。

 そして。

 Aブロック予選決勝が、始まる。


 フォルトが入ってくる。


 競技服を着て、手には杖。

 後ろで結んだポニテを、ふわり、と揺らす。

 Fランクからこの予選決勝まで「リア充爆発しろ」の叫びと杖のフルスイングで勝ち上がってきた、リア爆魔法少女。


 それに対峙するのは、こちらも競技服の、どこにでもいそうな平凡な男子学生。

 ザ・ノーマル。

 普通に優秀で、普通に強くて、普通にここまで勝ち上がってきた、普通の猛者。


 会場のど真ん中。

 そこに設置された円形のリングの中。

 二人が対峙する。


 その二人ともが、術者の負傷を肩代わりするサクリファイス・ドールを二つ身につけ起動させていることを、審判が確認。その内一つは、万が一のときのための安全装置。そして、もう一つのサクリファイス・ドールを完全に破壊することが、ウィザード・アーツにおける勝利の条件。


 そしてその瞬間、会場から音が消える。

 やってくる、耳が痛くなるほどの静寂。

 静けさの中で、二人は互いに礼を一つ。

 頭を上げ、視線を交わす二人に対して。

 審判のマイクが告げる――厳かな、声。


『――用意』


 フォルトが杖を構える。

 剣を抜くザ・ノーマル。


 客席からも感じられる。

 二人の間に今、目には見えないが、確かに存在する何かが、飛び交っているのが。

 空気が張り詰めて――。


『――始め!』


 審判の叫びと共に。

 剥き出しになって噴き上がる二人の闘気がリングの上でぶつかり合って渦を巻き、


『リア充爆発しろっ!』


 即座にフォルトが仕掛けた。

 発動する継承魔法。

 それに対し、やはり即座にザ・ノーマルが発動させた、二種の防御魔法による多重防壁が立ちふさがるのを――紙くずのように、容易く貫き破って引き裂く。


 ザ・ノーマルが、コケた。


 一切の抵抗を許さない、凶悪な継承魔法の暴力によって体勢を崩されたザ・ノーマルに――瞬時に間合いを詰めたフォルトの杖が、フルスイングで叩き込まれる。


 とっさに。

 盾として突き出された、ザ・ノーマルの剣。

 崩れたその剣がそれを受け止められたか否かは、たぶん半々。同じことを何度もやれば、絶対に何度かは失敗する。そんな、運任せのただの博打。

 そんな博打をザ・ノーマルは今この瞬間、この大舞台で敢行し――賭けに勝った。


 きんっ、と。

 金属を金属が受け止め、鳴り響く金切り声。

 フォルトが即座に追撃したそのときには――すでに、ザ・ノーマルは体勢を立て直し、それを正確に受け止め、衝撃を殺すため一歩引き、さらに二歩、三歩と引いて距離を取る。

 一瞬の中で起こり、その一瞬で終わっていてもおかしくなかった攻防。


 間が一つ。


 そして次の瞬間――歓声が爆発した。


 途端にまくし立てられる「凄まじい攻防だああああああっ! うおおおおおおっ!」というアナウンサーの絶叫じみた実況。それに対する「今のフォルト選手の初撃は素晴らしかったですね。ザ・ノーマル選手はかなり危うかったでしょう」という解説の冷静なコメントは、続くフォルトとザ・ノーマルの打ち合いに沸く客席の叫びと、それに続くアナウンサーの「こりゃとんでもねえ技と技の応酬だああああああっ! すげーっ! アナウンサーやってて良かったきゃああああああっ!」というアナウンサーとしてどうかと思うアナウンスにかき消され、それでもしばらくは何とか解説を続けようとしていたらしいが、もう誰も聞いていないと理解するなり「ああもう面倒臭い! 行けえっ! フォルトちゃん行けえ! リア爆魔法少女最高ぉーっ!」と解説としてアレ過ぎる叫びに代わって会場はさらなるカオスに包まれ――そしてその全ての中心で。


 Fランクの落ちこぼれだった少女が。

 俺のたった一人の弟子が。

 今、戦っている。


 俺はとっくに客席から立ち上がっていて、当然隣のメガネも立ち上がるだけではもう足りないのか飛んだり跳ねたりしていてもう何度も何度も首を落っことしかけていて、俺の叫びも「頑張れ!」「今だ行け!」「フォルト!」という意味のある言葉だったものが「うおああああああっ!」とかいうただの雄叫びに変わっていてもう訳が分からない。


「普通に強い奴なんかには負けないっ!」


 などと叫びながら、杖を振るうフォルト。

 それに対し、どこにでもいる平凡な男子学生である普通なザ・ノーマルは、


「誰が普通だぁっ! 天才も落ちこぼれもどっちも似たようなもんだ! お前らみたいな普通じゃない連中に、どう頑張っても普通にしかなれない僕みたいな奴の気持ちが分かってたまるかぁ! 普通舐めんな! 普通馬鹿にすんな! 世界は普通でできてんだ!」


 などと、何だこいつ思ったより普通じゃねえのな、と感じる叫びを返し、さらには試合中だというのに客席に座る一人の女子生徒を指差し、


「おいこらそこの『ファイアボールの女王』とかいう良くも悪くも特色溢れまくりの異名持ちの僕の実は幼馴染み! いい機会だからここでぶっちゃけさせてもらうが、僕の周りの女の子全部本当はお前のハーレムだろふざけんな! 僕の扱いは好きな人の弟みたいなもん、ってふざけんなそれはそれで役得だとか思えるわけねえだろ!」


「うむ! その通り!」


 と、よく見ると確かに周囲に学園ランカーの美少女たちを侍らせているその少女は腕を組み、ずん、と胸を張って頷きとし、


「別に隠していたわけではないのだがどうにも周囲に信じて貰えないでな! それは私の不徳の致すところ! しかし、あのときの野良試合で私とお前が引き分けたのは紛れもない事実! 今度こそ決着を付けて、お前を私のものにするか、私をお前のものにするかはっきりさせよう! さあ、勝って私のとこまで来い! ザ・普通!」


「上っ等ぉおおおおおっ! 勝ったらもうラッキー装ってちょっとアレなことした上で照れ隠しで攻撃するとかいう凶悪マッチポンプ止めろよ! よしじゃあ行くぞ! リア爆魔法少女っ!」


 と叫び、空気を読んで話が終わるのを待っていたフォルトと切り結ぶ。


 会場で上がる声援も、もう無茶苦茶だ。


「行けえっ! フォルトちゃん!」「ザ・普通っ! 普通の意地を見せろっ!」「どっちも頑張れえっ! 何かもう頑張れえええっ!」「ふっ……ステータスは絶対ではない。――しかし、決して無意味なだけのものでもない、か」「そこだああああああっ! リア爆! そこでリア爆うううっ!」「うわあああん! カップルは死ね! 死ねー!」「普通! 普通に頑張れえええっ!」「まったく馬鹿げているな……だが、成る程。こういうのが『楽しい』なのか」「アナウンサーやってて良かったあああっ! もう死んでもいいーっ!」「フォルトちゃん頑張るッスーっ!」「リア爆魔法少女おおおおおおっ!」「……私ももう歳かな、何だか孫の活躍を見る気分だね――でも、悪い気分じゃないな」「普通ううううううっ!」「頑張れええええええっ! ……あ、悪い。手、触れた」「ん……別にいいよ」「えっと……」「まったく、あんたって本当朴念仁なんだからさ。ほら――一緒に、応援するよっ! 行け! 行っけえええええ!」「まったく、幾つになっても、こういうのは楽しいわい。……のう、きっとお前もあの世でそう思っとるはずじゃろ?」「フォルトちゃんっ! 行けえっ、フォルトちゃんっ!」「うおああああああ! らあああああっ!」


 まるでお祭りだ。

 そして――どんな祭りにだって、もちろん終わりは来る。


『リア充爆発しろおおおぉっ!』


 六発目の叫び――最後のリア爆が発動。


 フォルトの杖が、ついにザ・ノーマルの身体を捉え吹っ飛ばし――しかし、ザ・ノーマルはそれに耐え抜く。サクリファイス・ドールにひびが入って、しかし砕けることなくそのまま残る。


 吹っ飛ばされ、リングの床に転がりながら、ザ・ノーマルは剣を手放す間も惜しんで片手で銃を抜き放ち構える。

 絶対に外さない距離。

 しかし撃たれるよりも早く距離を詰めるには――僅かに遠い、絶妙な間合い。


 もう、フォルトは継承魔法を使えない。

 この勝負は――ザ・ノーマルの勝ちだ。


 戦闘の状況を把握できている上位ウィザードの連中は、きっとそう思ったはずだ。

 でも、俺には分かっていた。

 フォルトが向けられる銃口に対して取った構えが、何なのか。


 できるのかよおい、と一瞬だけ思ったが。

 できるに決まってんだろ、と俺は信じる。


 引き金が弾かれた。

 発射される弾丸を――フォルトが目視できたのかどうかは、ちょっと分からない。

 ただ、フォルトはそれに合わせ。

 全力で床を踏み込んだ。

 轟音が一つ。

 堅固なリングが砕けそうな勢い。

 運動エネルギーが明後日の方向へと向かっていって自身の小柄な身体を吹っ飛ばしそうになるのを、フォルトは体裁きで必死に制御し、そのままそれを腕の動きに乗せて併せ――杖を振り抜く。


 音速を超えて飛んでくる弾丸を。


 かきん、と。


 振り上げた杖が音速を超えて、捉える――そして、そのまま弾き飛ばす。


 明後日の方向に飛んでいく弾丸。

 とっさに剣へと手を伸ばすザ・ノーマル。

 だが、遅い。

 踏み込み一つで距離を消し去り、フォルトの杖が振り下ろされ、ザ・ノーマルの胴に叩き込まれる。


 が、と苦悶の声をザ・ノーマルは上げ。


 そして。

 たぶん。

 フォルトのステータスに、いろんなものが詰まっているように。

 ザ・ノーマルのステータスにも、いろんなものが詰まっている。

 きっと。

 だから。


「僕の『ぼうぎょ100』を――」


 そこで、彼はぎりぎりと閉じて歯を食いしばって苦痛に耐え切り、


「――ナメんなよおおおおおおおおおっ!」


 叫びながら。

 フォルトの一撃に、ザ・ノーマルのサクリファイスドールは全身にひび割れを起こして――それでもまだ砕けることはなく、耐えきって。

 返す刀でザ・ノーマルが振り抜いた剣が、フォルトを捉える。


 直後、会場から音が消える。

 ぱきっ、ぱきりっ、と。

 フォルトのサクリファイス・ドールがその全身にひび割れを起こし。

 ぱん、と最後に割れる。

 その軽い音が、静まりかえった会場に、驚くほどはっきりと響き渡った。

 そして。


『そこまで――試合終了』


 という審判の声が会場に響き渡って。

 それから勝者を告げ。

 お祭り騒ぎの、最後の大盛り上がりが、最大級の歓声と共に始まった。


      □□□


 そして、それからしばらく経って。


 そちらも、どうやら凄まじい展開になっているらしいBブロック予選決勝の熱狂を遠くに聞きながら、俺はフォルトのいる選手控え室まで行く。メガネも一緒に来るかと思っていたしたぶん本人も今すぐ駆けつけたかったのだとは思うが「私は、ほら、やっぱり二号だから」と、そわそわと落ち着かなげに歩き回り「だから、後でいい。まずは、あんたが行って話してこい」と言われた。


 フォルトは競技服のままで、ベンチの上で目を閉じ、ぐったりと横になっていた。

 俺は声を掛けてやる。


「おいフォルト。大丈夫か?」


「……疲れた」


「だろうな。ゆっくり休め」


「師匠」


「ん」


「師匠は、やっぱり、元の世界に帰る?」


「……うん」


「理由を聞いても大丈夫?」


「帰って、戦って、それで勝ちたい奴がいる。それが理由――お前にも手伝ってもらった例の魔法をありったけ詰め込んだボールも、そのために作った」


「そ」


 とだけ、フォルトは言って。


「行ってらっしゃい、師匠」


「うん。行ってくる」


「……本当は餞別として、私の予選決勝優勝と本戦出場を送りたかった」


「十分だよ。今日の戦いは最高だった――お前は最高の弟子だよ。フォルト」


 そこで、ぽつん、とフォルトが言う。


「師匠」


「うん?」


「もう一度だけ、許す」


「うん」


 と俺は頷いて、告げる。


「よく頑張ったな。フォルト」


 フォルトの頭に手を乗せ、撫でてやる。

 ふわふわとした、柔らかな髪の感触と。

 ふわりふわり、と揺れるポニーテール。


「……今までずっと、ありがとう」


 ぐじ、と腕で顔を擦りながら起き上がって。

 フォルトは俺に対して頭を下げて、言った。


「――ばいばい、師匠」

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