99周目⑱.世界最強。

 ダーク・ウィザードとの最終決戦。


 本拠地である浮遊魔道要塞での激闘を経て、ついに現れたダーク・ウィザードの首領にして、かつて学園長と『ゴット・ワン』の二人と共に切磋琢磨するライバルだった「マキシマム・ハザード」。その才故に世界に絶望し、「救済の天使」と呼ばれる高位存在を召喚し世界に恒久の平和をもたらそうとするその目的を止めるため、「全能力255」という天与の才を、百万の鍛錬と百万の経験によって磨き抜いたかつて「究極のウィザード」と呼ばれた男の圧倒的な力に立ち向かう「キング・ゼロ」と「マイナス・クイーン」の二人。


 そして、その側で長年付き従う振りをしながら、その実、ダーク・ウィザードを影で操っていた魔女――実は人間に作られたホムンクルスであり、被造物としてかつてフラスコの中でしか存在できなかった彼女は、ならば被造物としてフラスコの中から世界を滅ぼそうと願い「救済の天使」と偽って、古き伝承に異形の存在として描かれ伝わる無数の触手を揺らめかせ呪詛を身に纏う究極の破壊者「滅びの天使」を召喚するため、とある特殊な魔力を持った金髪美少女を生け贄としてさらい儀式を開始する。


 その魔女への復讐のために、あるいは、その儀式を止めて世界を救うため――いや、実際はきっとただ単に、たった一人の少女を救うためにやってくるマスクド・アベンジャー。その前へと立ちふさがる、一人の――いや、もはや「一人」という言葉が正確と言えるかも定かではない異形の怪物となった、元テロリスト・グループの隊長だった存在。「やはり――俺の前に立ち塞がるのは、お前か」と、マスクド・アベンジャーは古い知り合いに出会ったような口調で告げ「コレガ貴様ト私ノ最期ノ戦イダ。行クゾ――マスクド・アベンジャー」と隊長も告げ、どこか似た――しかし決してその道を同じくすることの無い二人が交錯。


 その辺りで「マキシマム・ハザード」が「救済の天使」は実はただの「滅びの天使」であることを知っていて、その上で、呼ばれる存在を召喚することによって世界をリセットし、そこに新たな秩序を築くつもりであることを「キング・ゼロ」の刀と「マイナス・クイーン」の魔法を容易く弾き飛ばしながら語り。


 魔女は、儀式の生け贄となる金髪美少女の「貴方が本当に欲しかったのは……そんなものなの?」という言葉に目から溢れる涙に気づき「これは、何?」とつぶやき。


 マスクド・アベンジャーの捨て身の一撃でコアを砕かれた隊長が「結局、私ハ最期マデ勝テナカッタナ。……行ケ。見送ル者ナド、私ニハ必要ナイノダカラ」と言って背を向け。


 がくりと膝を付いて「なぜ……私が負ける?」と「キング・ゼロ」の刀に貫かれた「マキシマム・ハザード」はつぶやく。それから、不意に誰かの姿を見つけたようにその瞳が虚空を彷徨い「ああ、そうだよな――そんなことは、世界最弱と罵られ続けてきたあいつや、ただの凡人だって笑われ続けてきた君と、ずっとずっと戦ってきた僕が、誰よりも一番知っているよ――」崩れ落ちながら、でもどこか楽しげに。彼は、誰かに語りかけるような声で「――ステータスは、別に絶対じゃないもんな」と微笑み。


 直後、不意に虚空を見上げた学園長が「ふん。あのステータス頼りの大馬鹿者め」と呆れたような声で言った後で「本当に、大馬鹿者よの……」と消え入りそうな声でつぶやき。


 ちょうど報告のために部屋に入ろうとしていたゲスな以下略が「うひゃあ、忘れ物しちまったッスよ!」と回れ右をして元来た廊下を戻り、その途中で「……鬼の目にも涙ッスね」と誰にともなくぼやき。


 浮遊要塞から脱出するために、ぼろぼろになって動けなくなった「キング・ゼロ」を「マイナス・クイーン」が「あんたは私と戦うんでしょうが! こんなところで寝るな! 風邪引くぞ!」と鼓舞して引きずって。


 儀式の間に辿り着いたマスクド・アベンジャーの仮面はすでに砕け落ちていて、復讐を果たすべき相手である魔女と、生け贄にされかかっている金髪美少女とを見、何の躊躇もなく少女の方へと駆け寄り抱き締め、それを見た魔女は「なんだ」と笑い「……私が欲しかったのは、ただ、そういうものだったんですね」とつぶやくと、くすくす、とただの少女のように笑いながら儀式を放棄して要塞の奥へと去って行く。


 やがて、崩落する浮遊魔道要塞。

 そして――。


「っていうか、『滅びの天使』って天使さんですよね? 触手とか呪詛とか」


「え? 何のことですか?」


 ダーク・ウィザードが壊滅し、学園に平和が戻ってきて一週間程経ったある日。

 自転車なアレクサンドリアの手入れをしながらの俺の問いに対して、天使さんは明後日の方向に視線を向け、


「中の人なんていませんよ?」


 と汗を一筋垂らしながら言う。

 俺は「そうですか」と素直に頷いてから、側で作業を見ていたメガネに尋ねる。


「メガネ。ちょっと『視せ』てみろ」


「あ、やめといた方がえーよー」


 デートの次の日からまるで何事も無かったように、元のぼっさぼさの髪とだっぼだぼのローブとやっぼやぼの眼鏡といった格好に戻ったメガネは、ぱたぱた、と横に手を振って返事とする。


「何で。前に一回見てただろ、お前」


「だから言ってんだ――正気削られるぜ」


「……」


「やめて下さいメガネさん! 私はただの可愛い天使です! ただちょっと触手っぽいものを出したり生物被生物問わず崩壊させる呪詛を放ったりできるだけです!」


「……天使さん?」


「バットさん私を信じてくれないんですか私との絆はどこに行ったんですか!?」


「……信じることと目を背けることは、きっと違うと俺は思うんですよ」


「バットさんの馬鹿っ! そんなこと言われて、ショックでうっかり私の中身が出ちゃったらみんな死――いえ何でもないです中身なんてないですよ全然」


 と、天使さんが割と聞き捨てならないことを言うが、たぶん聞いても教えてもらえないだろうな、と思う。それに教えてもらっても困る。うん、たぶん困る。

 ふー、と息を吐いて気持ちを落ち着かせつつ、天使さんが聞いてくる。


「……それで、例の秘密兵器とやらの進捗はどうなんです?」


「八割ってところですね」


「こないだの、ダークウィザード何とかとの最終決戦で世界ランカーの『アイテムマスター』さんと出会ったのが大きかったなー。ほら、あんとき私たち炊き出ししてたから、それで仲良くなって、色々と助言もらえたもんねー」


「他にも、世界ランカー上位の『曲がれ弾の射手』さんや『マイクロスレッジハンマー』さんや『魔法クラッシャー』さんや『神速ステッパー』さんなんかにも会えて協力してもらったから、それなりに凶悪な代物にはなっていると思います――とはいえ、このままぶん投げただけじゃまだ足りないでしょうね。今は二人一緒に入院して良い雰囲気になってるから放置してるキング・ゼロとマイナス・クイーン辺りにも後で協力してもらわないと――というか、これ、そもそも当たるかどうかが微妙だから、何か手を――」


 と、そこで。


「師匠。二号」


 片手を挙げつつフォルトがやってきたので、俺はそちらに片手を挙げて応じる。


「おう。どうした?」


「次の相手――Aブロック予選決勝の相手が決まった」


「……やっぱ、例の『あいつ』か」


「うん。例の『彼』」


 そう。

 それだけで通じるのが、そいつだ。

 今回の予選におけるダークホースは二人。


 その一人が、今、目の前にいるフォルト。


 元Fランク――しかし、今年「リア充爆発しろ」の叫びとフルスイングで振るわれる杖の一撃によって、破竹の勢いでランクCまで駆け上がり、さらには学園トーナメント予選を勝ち上がって、今、こうしてAブロック予選の決勝まで辿り着いた田舎のキメラショップの一人娘。


 通称――「リア爆魔法少女」。


 そして、もう一人が――


「――『ザ・ノーマル』か」


 見た目はどこにでもいる平凡な男子学生。


 全能力値が100――全能力値が255である「マキシマム・ハザード」などと比べると大分見劣りはするが、決して低いわけではなく普通に強いステータス。取り立てて何がすごいということもないが、普通に高い戦闘技術を持ち、近距離では剣を、遠距離では銃を使い、双方の腕は普通に巧みだ。決してズバ抜けて強大なわけはないが、普通に高い魔法の技術だって持つ。それら全てを活かすための頭だって普通に悪くない。


 つまるところ、普通に強い。

 しかし、あまりにも普通すぎて目立たず、大会では完全なノーマーク状態だった。


「彼は強い。何て言うか、その、普通に」


「……フォルト。お前は、あいつ相手にどこに勝機があると思う?」


「彼は満遍なく強いから隙があんまりない」


 ぴ、と人差し指を一つ立てフォルトは言う。


「だから勝機その一。私は『リア充爆発しろ』で強引にその隙を作れる――逆に言えば、チャンスはその六回。でも、相手も決勝まで勝ち上がってきた相手。そう容易くはないと思うべき」


「だろうな……俺もあいつの戦い見てたが、あいつ強いんだよな何て言うか普通に。こう、堅実的というか、お手本通りというか……やっぱこう、普通としかいいようがないというか。だから、試合展開もあんまり盛り上がらないし、客席も盛り上がらないんだけれど……でも、本当強いんだよあいつ」


「ちょいと待ったお二人さん! それよりももっと注意すべきことがあるぜ!」


 と、メガネが声を上げて話に入ってくる。


「何だ、どうしたメガネ」


「彼に関して何か気づいたことが、二号?」


「そりゃあるに決まってんよ! いいかい フォルトちゃん――」


 と、そこでがっしとフォルトの肩を掴み、顔をずい、と近づけて告げる。


「――師匠二号として、あの男は許さん」


 俺はメガネの頭をはたき、生首が落ちて「痛ぁっ!」と声を上げて床に転がる。それをひょい、と拾ってやりながら、俺は生首に告げる。


「お前は一体何を言ってるんだ」


「何を言ってるんだ、じゃないでしょうが! あんたも師匠ならもっと警戒しろや! フォルトちゃんをあんな男に寝盗られてもいいのか!? あんたいいのか!?」


 と手の中で怒鳴り返してくる生首に対して、俺は溜め息を一つ付いて言う。


「何でだよ。何でそういう話になるんだよ」


「だって、あの『ザ・ノーマル』ってアレでしょ? あの、学園ランカーの女の子侍らせてる奴でしょ? あんたと一緒! もげろ!」


「今、さらっと俺に『もげろ』と言ったことは置いておくとして――だからって何でそうなる?」


「だってあの手の奴にとってこういう大舞台で互いの力を尽くして戦うとかフラグじゃん! 絶対それ負けるにしろ勝つにしろフォルトちゃんが『ナイスファイト』とか言って惚れる展開じゃん私そんなの嫌だもんっ! フォルトちゃんは私のっ!」


「ふざけんなお前のじゃねえ俺のだお前のような女に弟子はやれんと言っただろ!」


「どうどう、二人とも落ち着け」


 ひっし、と自身に抱き付いてくるメガネの首無しの胴体に対し、フォルトはぽんぽん、と背中を叩いてやってなだめつつ告げる。


「あと、私は師匠のものでも二号のものでもない。――私の恋人はキメラ」


『あ……はい』


 と、俺はメガネと一緒に頷き、手の中の生首を胴の上に戻してやる。


「……それで、師匠。話の続き」


 そう言って、フォルトが持ち出してくるのは、例のステータス表示器。


「勝機その二――ステータスオープン」


      【■■■■■■】


名前:フォルトリス・R・エラーズ

種族:人間

職業:王立エイダ・バベッジ魔法学園学生


ちから :123

ぼうぎょ:14

すばやさ:129

まりょく:2


スキル

継承魔法


      【■■■■■■】



「ご覧の通り、ちからとすばやさなら、今の私は彼より上。まりょくなんて私にとってはあってもなくても同じ。ぼうぎょは――まあ、当たらなければどうということはない」


「まあ確かにステータス上はそうだが――でも、ステータスなんて飾りだ、って言ったのはお前だぞ。フォルト」


「その通り。ステータスは絶対じゃない。そもそも、この数値だって割といい加減。私は師匠と会う前から比べてちからとすばやさが三倍になっているけれど、実際に三倍早く動けるかというとそういうものでもない。でも――」


 フォルトは、俺とメガネを見て、言う。


「――それでもこのステータスは、私が、師匠や二号と一緒にやってきたことの証」


 ぎゅう、と。

 自分の武器である杖を抱きしめながら言う。


「ここに表示されるのは、ただの数値。でも、この数値には、師匠に教えてもらった戦い方とか武器の握り方とか手入れの仕方とか、二号が教えてくれた駆け引きとか心理戦とか不意の打ち方とか、そういうのが全部入ってる。だから、どんな偉い人がどれだけ馬鹿にしようが知ったこっちゃない。――これは、私にとって大切な数値」


 ずい、と胸を張ってこちらを見上げつつ。

 むっ、と精一杯真剣な表情を作ってみせ。

 ふわり、とポニーテールを揺らしながら。

 俺とメガネに対して、フォルトが告げる。


「だから、この数値に掛けて私は負けられない。絶対に勝つ――ちゃんと見ていて」


 がばり、と。

 メガネがまたもやフォルトに抱き付いて、でも今度は泣いたりせず、ただただ、ぎゅう、とだけ抱きしめてから身体を離して「がんばれ」と言って。


 良いお弟子さんですね、と天使さんが俺の耳元で楽しげに囁き。


 それで――俺はというと。

 フォルトに対して、自分がとっさに何をしようとしていたか気づいて、やめる。


「師匠」


 と、フォルトがそんな俺を見て言ってくる。


「私の頭はそこまで安くない」


 ふわり、とポニテを揺らして一歩前に進む。


「――けれど、今だけは許す」


 その言葉に。

 俺はちょっと震えていることを自覚しつつ、右手をフォルトの頭に置く。

 それから、そっと撫でる。

 ひどく柔らかくて、ふわふわな感触。


「これでよし――」


 と、フォルトが、ちょっとくすぐったそうに目を細めて、こうつぶやく。


「――今の私は、世界最強」

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