99周目⑮.準備
どうしたもんか、と俺は思う。
とりあえず、髪を染めればいいのだろうか。
あとは、こう――つんつん、と逆立てれば。
朝の訓練でフォルトを待っている間に、鏡と睨めっこしながらそんなことを考えていると、やってきたフォルトから、
「師匠。どうした――何かこう、まるでデートに行くためにどんな格好をしていけばいいのかわからず困っているみたいに見える」
と、的確過ぎる指摘を受けた。
「もしや2号とデートの約束でもしたか」
「ああ」
「うん冗談。今更、師匠と2号がそんな関係になるとは――えっ?」
と、フォルトが俺の言葉に一瞬固まる。
「デート? 師匠と2号が?」
「うん」
「い、一体何があった!?」
ぽん、と。
ポニテを大きく跳ねさせながらぐいぐいぐいとこちらに詰め寄ってくるフォルトを、落ち着け落ち着けと押し止めつつ俺は答える。
「いや、俺もよくわからないんだけど……」
「何か昨日、2号が『しばらくバットと会わないことにするわー』とか言ってどうしたのかと思っていたら、まさか師匠と二号がデートすることになっていたとは。驚天動地過ぎる」
「お前、俺とあいつが付き合ってないのおかしいみたいなこと言ってただろ」
「そうだけど、実際そうなるとそれはそれで驚く。リア充爆発しろ」
「理不尽だなおい」
「じゃあ――つまり今、師匠はデートにどんな格好をしていくべきか、と悩んでいると。つまりそういうことか?」
「何を言ってるんだ。そんなもん、ちゃんと分かってるに決まってんだろ。師匠をあんまり舐めるな」
「じゃあ何で鏡を見てた」
「ああ、まずは髪を染めてだな。後はとりあえず逆立てとけば、何かこうイケてるんだろ? ほら、こう、ツンツンと。めっちゃツンツンと」
「師匠……その発言からは、正直、駄目そうな気配しかしない……」
「そ、そんなことはない」
「じゃあ、服はどんなの着ていくつもりか」
「そんなの決まってるだろう――白のスーツを着て薔薇をくわえれば」
「やめろ」
と、えらく真剣な表情でフォルトに言われ、俺は沈黙する。
「師匠――このままだと、師匠は間違いなく、デート当日にやらかす」
「まじか」
「デートどころじゃなくなる――師匠と2号の弟子として、さすがにそれは見過ごせない。ここは私が師匠の面倒を見る。頼れ」
フォルトは、ふんす、と鼻息を荒げ、ポニテをぶんぶんと振り回して俺に告げる。
「この件に関しては、私は師匠の師匠」
「お、おう」
「時間がないから手短にスパルタに行く。師匠はちゃんと付いてくる」
「よし。どんとこい」
「師匠――まず、一番大切なことを伝える」
ぴ、と。
フォルトは、杖の先を俺へと向けて告げる。
「師匠はイケメンではない」
「泣いていいか?」
と、思わず俺はそう言った。
幾ら何でもスパルタ過ぎる。
初っ端からもう泣きそうだ。
「落ち着け師匠」
「いやもういいよ――どうせ、ただしイケメンに限るんだろ。だから染めた髪をツンツンにして白いスーツ着て薔薇くわえるのも駄目なんだろ」
「いやそれはたぶんイケメンでも危うい」
「……えっと、薔薇をくわえるのはOKなんだよな?」
「むしろそこが一番の問題」
「馬鹿な……」
「いいから黙って聞く――師匠。誰も師匠にお洒落な格好など求めていない。師匠がそういうのに疎いのは、私にも2号にもその他大勢にも、もうとっくにバレバレ」
と、フォルトは容赦なく俺の心を抉る。
「だから、慣れてもいないのに髪を染めたり逆立てたり形だけお洒落な格好しても、無理して頑張ってる感が出過ぎて痛々しくなるだけ――それよりは、もっとシンプルで無難な格好をすべき」
「つまり白のスーツか」
「師匠はちょっと黙れ」
「……」
「何はともあれ、師匠は今度、服を買いに行く。私が選ぶ。デートの日の前に休みはあるか?」
「ええと、明後日だな」
「じゃあその日。その日の私の試合が終わったら服を買いに行く――師匠は午前中の内に髪を切ってもらってくる。良いお店を教えるから、そこに行ってくること」
「いつもやってるみたいに自分で刈るのは」
「切ってもらってくる」
「俺、人に刃物向けられるのってどうも苦手で……というか、俺の髪、そもそも普通の鋏じゃ切れないし……」
「いいから行け」
「……はい」
□□□
というわけで、髪を切ってもらった。
イケメンでお洒落でピンクの髪の毛を逆立てていてかつ口調が女言葉の店長さんに、恐る恐る俺はこう尋ねた。
「あの……俺の髪、普通の鋏じゃ切れないんですけど大丈夫なんでしょうか……?」
「あー、そういう子ってたまにいるのよね。でも、ぜんぜん大丈夫よ」
「え……本当ですか?」
「うん。だってこれ普通の鋏じゃないもの」
と、店長さんはあっけらかんと笑って、何か神々しいような禍々しいような尋常じゃない雰囲気を漂わせた鋏で、俺の髪を、しゃきん、と切り落とした。
で。
「おおー」
と、無事にその日の試合に勝利してきたフォルトは、髪を切った俺を見るなり、ぱちぱち、と拍手をする。
「すげー。師匠が普通になった」
「ちょっと待て」
俺は聞き捨てならず、フォルトに尋ねる。
「それじゃ、今までの俺は何だったんだ?」
「さあ。服を買いに行く。れっつごー」
「おい、フォルト――フォルトぉっ!?」
そんなこんなで、学園の前を通っているバスに揺られることおよそ三〇分。
辿り着いたのは郊外にどかんと建った大型のショッピングセンターで、「こっち来る」と言うフォルトのポニテを追いかけるままに連れられていった先の店で服を選ぶ。
「いらっしゃいませー」
と微笑む店員さんが、その笑顔のまま「ただし、イケメンに限る――去れ」と言ってくるのでは、と俺は怯えつつ、フォルトがぐいぐいぐいと押しつけてくる服を試着していく。
「……何で同じ服を三つ試着するんだ?」
「同じじゃない。サイズが違う」
「ちょっとくらい違ったって、別に着れればいいんじゃないか?」
「いいから黙って三つとも試着する」
――着た。
「……これ、サイズぴったりだけど、ちょっと窮屈なような気が。もうワンサイズ大きい奴の方が、余裕があって楽そうだしそっちの方が良さそうだな」
「そのサイズにする」
「え、でも」
「そのサイズにする」
――さらにいろいろと着た。
「…………」
「ふむ……良い感じ」
「変じゃないか?」
「大丈夫」
「やっぱり白のスーツの方が無難なんじゃ」
「師匠はその白のスーツの呪縛から離れろ」
結局、購入まで一時間以上掛かった。
服の入った紙袋と今日で随分と薄くなった財布を抱えながら、そうかなるほど服を選ぶのってまじで時間が掛かるんだな、と俺は思う。
女の子の服選びはとかく長いものだと漫画やアニメやラノベで知ってはいたが、そこにはこんな理由があったのかと思い、帰りのバスの中でフォルトにそう伝えると、
「師匠は女の子の服選びをなめている」
との言葉を頂戴し、俺は震え上がった。どうやらこんなもんではないらしかった。
「そういや靴は買わなくて良かったのか。なんかこう、先がめっちゃとんがった奴」
「師匠は何かこう、よくわからない呪縛に捕らわれすぎている――靴は履き慣れてないと紐が取れやすかったり、足が痛くなったりする。ここ一番のときに新品を履いていくのはリスキー」
「そういうもんか?」
「というか、師匠の靴はそんなに悪くないから大丈夫。特にお洒落な見た目ではないし、少し古くなってるけれど、シンプルで無難。どこで買った?」
「えーと……確かいつだったかの世界で、竜退治したお礼に靴下さいって頼んだら、竜の皮の一番良いとこで作ってくれた奴だ。履きやすいし、雨でもへっちゃらだし、底が全然減らない」
「まともじゃなかった。師匠の靴やばい」
「そうか?」
剣から鎧から入れ歯まで、全身を竜を加工した装備で固めまくった竜殺しの騎士なんかに比べると随分とマシだと思うが。
「というか、師匠は靴だけはやたらと綺麗にしている。謎」
「ああ、それはあれだ――俺の師匠からいろいろと教えられてな。手入れの仕方とか、解けない紐の結び方とか、蒸れ防止の秘策とか」
「それ聞いてない。ちゃんと教えて欲しい」
「いやでも、こういうのって戦場での豆知識とかそういうのでだな……ウィザード・アーツにはあんま関係ないっていうか」
「それでも教えて欲しい」
「そうか……というか、それよりも先にまず言っておくが、俺は服だってちゃんと綺麗にしてるんだからな。自分で手洗いで洗濯してるんだ」
「ほほう。だからあんなによれよれ」
「やかましい――よっしゃまずは、お前に師匠流の節約石鹸洗濯術の奥義を伝授してやる。心して聞け」
「よくわからないが師匠の師匠やばい」
などと話をしていると、あっという間に三〇分なんて時間は過ぎて、バスはもう学園前まで辿り着いている。
バスから降りたところで、
「あ」
と俺は気づく。
「まずい。忘れてた」
「師匠どうした。何を忘れた?」
「デートプランだ」
「でーとぷらん」
と、フォルトは何か奇妙な言葉を聞いたような顔をして、俺を見る。
「……師匠がでーとぷらん?」
「考えとくもんだろそういうの」
「お互いによく知らない仲でもあるまいし、当日二人で話して、その場の流れで決めればいい」
「そんなノープランじゃ上手くいくわけがないだろう」
「今から考えようとしている時点ですでにノープラン。師匠はそういうのに向いてない。2号ならいざ知らず、師匠には無理。諦める」
「でもなあ……」
「深く考えずに、その辺の繁華街で遊んだり、昼食を食べたり、公園でソフトクリーム食べながら二人並んでだらっとしたりすればいい」
「それじゃあ、たまに休日が重なったとき、メガネの奴と二人で街に遊びに行くときと同じじゃないか?」
「だから、一般的にはそれをデートと呼ぶ」
「何言ってんだ。そんなんでデートになるわけないだろ。デートってのはこう……もっと、何かこう……よくわからないが、とにかく凄まじいものだ」
「師匠はデートに夢を見すぎ」
「う、うるさい。だいたい、それを言うなら、お前とこうして来てるのだってデートになるだろ」
「…………」
「フォルト?」
「別に何でもない――師匠」
「何だ?」
「師匠に、おまじないをする」
「おまじない?」
「リア充としての力を高めるおまじない」
「まじかよすげーなそれ」
「まず、握手」
「うん?」
と、俺は疑問に思う。
何故って、フォルトが差し出してきたのが左手だったからだ。ちなみにフォルトは右利きだ。どうしてわざわざ左手なんだ、と俺は思った。これは、左手で掴み返すべきなのか、と。
俺が躊躇っていると、フォルトが言う。
「師匠は右手で掴む――これはそういう、おまじない」
「そ、そうか」
と、俺は右手でフォルトの左手と握手する。
「それじゃ、握手をしたまま、横に並ぶ」
「えっと……うん?」
何か妙な気がしたが、俺は指示に従う。
握手をしたまま、二人で横並びになる。
そのまま前を向いて、フォルトが言う。
「このまま二人で――三歩、進む」
「…………」
俺は言われた通りに、フォルトと三歩進む。
続けて、フォルトが言う。
「あと三歩」
さらに三歩進んだ。
フォルトが言う。
「もう三歩」
もう、三歩進んだ。
フォルトが言う。
「……おまけで、あと一歩だけ」
一歩。
「なあ、おい。フォルト――これさ」
そう俺が尋ねようとしたところで、す、とフォルトは握っていた手を離した。
「これで、十分」
そう、フォルトは言った。
「これでOK。師匠のリア充力はこれで三〇〇パーセント強にまで高められた」
「まじかよすげえな」
「そのままリア充爆発しろ」
「マッチポンプかよ……なあ、フォルト。このおまじないってさ――」
「私は」
と、フォルトが俺に告げる。
「2号のことが大好き」
ふわり、ふわり、と。
ポニテを揺らして、フォルトが俺に告げる。
「だから師匠は、ちゃんと2号のことを幸せにする。そうじゃないと許さない」
「待て。結婚するみたいな話になってんぞ」
「2号はちょっと首が取れるだけで、ただの女の子。そして師匠は男。デートの日は、ちゃんとエスコートする」
「分かった……分かったよ」
「私は実家のキメラショップが大好き」
「うんそれはまあ知ってる」
「私は友達が大好き」
「当然だ。友達だもんな」
「私はこの世界が大好き」
「分かるよ」
と、俺は苦笑する。
「そりゃ、悪い奴らもいるし、もっといるんだろうけれど――それでも、すごく良い世界だ。ここは」
「だから師匠。ごめんなさい」
「何がだよ」
「うん。ごめんなさい」
「だから、何がだ――必要もなく謝るなよ」
「師匠」
「うん?」
「私は、師匠のことも大好き」
「……全部大好きか。この欲張りな弟子め」
「うん」
にゅ、とフォルトが笑みを浮かべ、告げる。
「デートの成功を祈ってる――行け、師匠」
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