99周目⑭.秘密兵器。

 学園総合トーナメントの予選が始まった。


 予選突破候補と言われていた強者たちが、その力を存分に振るって順調に勝ち上がる一方で、そこかしこで起こる番狂わせ。初出場にも関わらず、圧倒的な力でも持って予選を勝ち上がっていくどこにでもいそうな平凡な男子学生を初めとして、無数にダークホースたち。あまりの盛り上がりのため、予選にも関わらずスタジアムはたびたび熱狂の渦へと包まれ、取材陣も例年よりも早くカメラを回し、熱狂が熱狂を呼び起こし、かつてない盛り上がりに包まれる学園総合トーナメント予選――そして、その裏でやはり暗躍するダーク・ウィザードたち。

 キング・ゼロとマスクド・アベンジャーの二人は、「俺はあんたのことを認めることはできない――だが、あんたのおかげで助かった人たちがいることは否定はしない」「俺もお前のような甘い男を認めるつもりはない――だが、嫌いではないな」などと言い合いながらダーク・ウィザードたちと戦うために手を組むことを決め握手する。

 そんな渦中で、引っ捕らえられた後に密偵として学園長にこき使われ、四方八方駆けずり回っているゲスな以下略が俺たちのところにやってきて「大変なんスよー」と愚痴っていく。

 ダーク・ウィザードとの決戦のときは近い。


 まあでも、それはそれとして。


 学園総合トーナメント予選の出場資格を得るためのCランクへと無事に昇格したフォルトは、ダークホースの一角として「リア充爆発しろ!」の叫びと共に並み居る強豪たちを打ち破って勝ち上がっていった。


 その度に「よっしゃあ!」「やったぁっ!」と俺とメガネは手を取り合い大喜びした。その拍子にたまにメガネの首が転げ落ちるが、もはやいつものことだ。むしろそれを見て、周囲の観客たちは「ひゅーっ! ひゅーっ! 青春だねぇっ!」「そこでキスよキスっ!」「幸せになれよ生首魔王のネーチャン!」「泣かしたら殺すぞソフトクリーム屋!」「挙式はいつだーっ!」と叫び声を上げて沸き上がり『いや、こいつには萌えないんで』という俺とメガネのいつもの返事に『あ、はい。そうですか……』と途方に暮れたような観客のつぶやきが続く。


 まったく、と俺は思う。とんだ誤解だった。

 俺はヒロインは、アレクサンドリアなのだ。

 そこのところ勘違いしている奴が多すぎる。


 よく晴れた休日の昼間、寮の前の水場を借りて、自転車なアレクサンドリアの世話をしながら俺は思う。


「いやもう、いい加減観念してメガネさんと付き合ったらどうです?」


 と、アレクサンドリアの世話をしている俺に告げるのは、呼び鈴のところにちょこんと座る天使さん。


「なんか久しぶりな感じですね。天使さん」


 と、俺はアレクサンドリアのフレームを布で磨いてやりながら天使さんに言う。


「そりゃもちろん、私だって空気ぐらい読みますよ」


 と、天使さんは生温かい目で俺に告げる。


「人の恋路を邪魔する奴は、アレクサンドリアにもれなく蹴飛ばされますって」


 ひひんひひーん、とアレクサンドリアは車体を左右に揺らしながら呼び鈴を鳴らす。ちょっと不満げな響きだ。嫉妬とかだろうか。やはり可愛い。

 俺はアレクサンドリアに言ってやる。


「安心しろ。アレクサンドリア――俺のヒロインは、誰が何と言おうと、お前だ」


「いや、もうヒロインはアレクサンドリアで構わないですけれど、それとはまた別に現実的な男女としてのお付き合いをメガネさんとですね……」


「いまいち萌えない」


「のは分かってます」


「なら」


「そんな戯けたことを言っている間に、もう外堀はとっくに埋まってますよ。ほら」


 と、差し示す先、学園の生徒らしき女の子たちがやってきていた。

 こちらに気づくと「あーっ、ソフトクリーム屋のおにーさんだ。生首さんの彼氏さんのっ」「今日は彼女さんとは一緒じゃないんですか?」「二人でぇーデートにでもぉ行ったらぁどうですかぁー」とか何とか一方的に、わーわーきゃあきゃあ、と言って去っていった。

 嵐のようにやってきて去っていった女の子たちに怯えて縮こまっている俺に、


「ね?」


 と、天使さんが良い笑顔で言ってくる。


 まあ確かに、その、なんか、周囲からのそういう圧力はひしひしと感じる。


 トーナメントで周囲に座る観客たちの言葉もそうだし、さっきの女の子たちの言葉もそうだ。さらに言うと、ゲスな以下略はもう完全に夫婦扱いしてくるし、学園長は「式はいつやるんじゃ、赤子はいつ生まれるんじゃ」とかふざけたことを聞いてくるし、あの朴念仁のキング・ゼロですら、俺がメガネとはそういう関係ではないのだ、と説明したところ「えっ」と本気で驚いた顔をして「……え?」と動揺していたし、エルフの彼女にも「大丈夫。何かあったときは、二人とも私に頼ってくれればいいから」などと言われる。


 俺は告げる。


「いや、そんなこと言われたって」


「この期に及んでまだ言いますか」


 と、天使さんは呆れた顔をする。


「貴方はまだあの美少女と――」


 と続けて天使さんは言いかけて、それから、八重歯を覗かせて苦笑した。


「――いまさら聞くまでもないですね。どうせ戦うつもりなんでしょう。もちろん」


「はい」


「本当にしょうがない人です。ナビゲーター泣かせですね」


「……迷惑掛けます」


「構いませんよ。もう慣れましたから」


 と、天使さんは、やれやれ、と溜め息を吐いてみせ、ひひーん、ひひひーん、と何やら同意するようにアレクサンドリアも呼び鈴を鳴らす。

 俺はちょっと苦笑して、それから、ふと思ったことを天使さんに尋ねる。


「あの……そう言えば、女神様とは、まだ連絡付かないんですよね?」


「ええ――まったく、あの駄神め。モカに雑用全部任せてとんずらこきやがって。見つけたらメガネさんのこと説明してもらった後で、絶対触手責めにしてやります。ぬっちょぬちょです」


「あの……もしかして、もしかしてなんですけれど、俺がメガネとこの世界で会えたのって女神様の――」


「おーい」


 と。

 こちらにやってきたのは当の本人であるメガネで、俺は続く言葉を呑み込む。


「できたぜー」


 そう言うメガネがこちらにやってきて見せてくるのは、何やら幾何学的な模様が描かれた真っ黒な、金属光沢を放っているボール。

 ちょうど、野球ボールくらいの大きさのそれを見て、天使さんが俺に尋ねる。


「……何ですこれ」


「秘密兵器ですよ。天使さん」


「そうともさ!」


 びし、と何やらポーズを決めながら、メガネが天使さんに告げる。


「例のコスプレ戦闘服着て写真撮らせてやった見返りに、あの合法な学園長のコネをフル活用させてもらった上で、私のスキルで作成した最強最高品質のボール型魔法弾の素体! こいつで噂の美少女を即落ち二コマさせてやんよ!」


「……ええと」


 視線で説明を求める天使さんに、俺は言う。


「つまりですね、このボールに予めありったけの魔法を詰め込んだ上で、これを彼女にぶつけ一気に発動させてぶち抜く予定です。考案者はこちらのメガネ」


「しかしですね……強力な魔法を数十発分撃ち込んだ程度では――」


「まずは補助系の魔法を組み込むことから始めるつもり! バットの無駄に高い魔力を注ぎ込んで、学園の連中にも頼んで協力してもらって、とりあえず、必中でぼうぎょ無視で防壁だの耐性だのを貫通して再生能力無効化するとかは当然として、それ以外にも、相手のまりょくを利用して威力を増加させるとか、相手はセーラー服なんだから魔力の風でスカートめくって隙作るとか、ボールの表面に油性ペンで『このボールを防ぐと貴方は不幸になります』と書くとか――」


「あ。割と本気でえげつないもん作るつもりなんですねそれ」


「えげつなさには定評がありますぜ! 何たって、私はかの悪逆非道の謀略王ズ・ルーに打ち勝った新謀略王ですからな! ふっへっへっへっ!」


「またえらく懐かしい名前を……」


 と、天使さんは言い、それからメガネの奴をじっと見つめる。


「あの、メガネさんは、バットさんのことが好きなんですよね?」


「まーな。いまいち萌えないけど」


「お付き合いする気持ちは」


「ねーな。いまいち萌えないから」


「本当に? 本当にそれでいいんですか?」


 ずい、と天使さんが、詰め寄るようにして言ったその言葉に対して。


「…………」


 メガネが、不意に黙り込んで下を向き――それから俺を見て、それからまたしばし下を向いた後で、最後に天使さんに視線を向ける。


「んー……天使さん。今度なんだけど、ちっと外でぶらぶらしてもらえたりする?」


「……え?」


「こいつと」


 と、メガネは俺を指差して、自分で言っておいてこの状況を予想していなかったのか驚いて目を丸くしている天使さんに、告げる。


「一日、二人きりにさせて頂戴な」


 途端に天使さんは、さっ、と顔を真っ赤にして、ちょっと上ずった声で叫ぶ。


「わ――わかりましたっ! そ、その、今度とは言わず、今からいなくなりますから大丈夫です! で、では、その、何ていうかその、ご、ごゆっくりっ!」


 慌てて羽根を羽ばたかせてその場を去ろうとして近くの壁に、べち、と激突し、一瞬そのまま墜落しそうになりながら何とか立て直して飛んでいく天使さん。

 ついでに、ひひーんひひーん、と自転車なアレクサンドリアは呼び鈴をくれいじーな感じで鳴らしまくって、ぷんすか、と駐輪場へ去っていった。どうも怒らせてしまったらしい。


 それを見送ったメガネは、別にそんな急がんでもいいのに、と呆れたようにつぶやいて、それから俺に視線を向けてくる。


「んで、そういうわけだから、今度――確かちょうど一週間後に休日重なってたはずだよな? そんときによろしく。忘れて他の予定とか入れんなよ」


「……よろしくって、何をだ?」


「そら決まってんだろ」


 ぴし、と人差し指を立ててメガネが言う。


「デートだ」

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