99周目⑫.視る。


 ある日の朝。

 世界ランカー第三位のウィザード「マイナス・クイーン」が学園に襲来した。

 他に類を見ない「魔力-255」という能力値――他者の魔力を強制的に吸収し己の力とする天与の才能を持つウィザードである「マイナス・クイーン」は、宿命のライバルと言われる「キング・ゼロ」と中庭で対峙した。校舎の窓から顔を出した野次馬たちが固唾を呑んで見守る中、一方的に睨み付け、一方的に挑発的な言葉を投げつけ、一方的に挨拶代わりの攻撃をし、それを容易くあしらってみせる「キング・ゼロ」に「ふん、腕は錆び付いてないようね!」と一方的に言った後、続けて顔を真っ赤にして一方的に「今日、この学園の校舎裏で待ってるわ! 来なさい『キング・ゼロ』!」と言ったところで、すでに大半の野次馬たちは「あれ、これただの告白じゃね?」と気づいたのだが、当の「キング・ゼロ」はというと真面目な顔で「それは無理だ――お前と戦うなら、こんな適当な形じゃなくて、ウィザードの頂点を競う舞台で戦いたい」などと言って『この朴念仁っ!』と全校生徒から空き缶を投げつけられていたその裏では例の襲撃者たちの黒幕と言われるダーク・ウィザード組織が暗躍していて「マイナス・クイーン」の心の隙を突いて闇落ちさせダーク・ウィザードにしようという恐るべき計画が立てられていた。


 ――のだが、そんなことは知る由もない俺とメガネはフォルトの訓練を終えたところで窓からその二人の姿を見下ろしていて、


「なんか見ててじれったいな」


「だなー。もう付き合っちまえばいいのに」


 と感想を述べたところ、周囲にいた学校関係者や生徒たちから「お前らが言うか! よりによってお前らが言うか!」と何故か盛大なブーイングを食らい、ペットボトルやら紙飛行機やらが飛んできたので俺とメガネはフォルトを引っ掴んでその場から逃げ出した。


「師匠と二号は今すぐ二人で鏡を見るべき」


 と、逃げた先でこれから授業に向かうために去っていくフォルトから生温かい目で言われ、実際に二人で鏡を見てみたが、もちろん、俺とメガネが並んで立っている姿が映っているだけだった。


「そう言えば」


 と、メガネが鏡を見ながら、ふと思いついたように俺に言った。


「私のチートのことだけど」


「ああ、そういやそんなのもあったな」


「これ、簡単に言うと、ステータスオープンする奴。その強化版みたいな」


「……やけにあっさり話したなお前。前は『ひみつ』とか言ってたのに」


「そりゃまー墓場まで持っていこうかと思ってたからなー」


「なんだそりゃ」


「でも気が変わった――ね。バット」


「何だ?」


「このチートで『視てる』ステータス、さ」


 と眼鏡の縁を軽く叩きながら言うメガネ。


「あんたにも、見せていい?」


「え?」


「実は、ちょっとした魔法使って共有できんだよ。これ」


「まじか」


「で、見せていい?」


「まあ……ちょっと興味あるな」


「後悔しない? 怒ったりとか、恨んだりとかしない? たぶんすると思うけど」


「何だよそれ」


「だって私、最初んときはこれ見て発狂しかけたからなー。今みたいに極力見ないでいることもできんかったしさー」


「……いいから見せろ。要するに、その、あれだろお前」


「何?」


「一人で抱え込んでるのがきっついとか、そういうのだろたぶん」


「……あー」


 と、メガネは、そこで俺から視線を逸らし明後日の方を見た。そのまま「あー」とか「うー」とか言いながら、しばし片手で寝癖の付いた自分の頭をわしゃわしゃやって、それから、最後にこう言った。


「……うん、その通りだわ。ごめん」


「構わん構わん」


「おう――じゃあ取り敢えず、私のステ見せたる。えっと、鏡はあるから……バケツバケツ、っと」


「バケツ?」


「たぶん必要だからなー」


「何だそれ――というか、自分のステ見るってそれ、鏡でいいのか? 何かこう、自分の目で直接見ないと効力発揮しないとかそういうのは」


「できるんだから問題ない。お、あった」


 そう言ってメガネは持って来たバケツを「これ持ってろ」と言って俺に手渡した後で、人差し指を突き出してきた。


「んじゃちっとこれ見ろ」


「おう」


「てい」


 と、人差し指で俺の左目を突く。


「ぎゃああああああっ!?」


「あ、悪い。力加減間違えた」


「おいこらお前、一体何しやが――」


 と、叫びかけて。

 視界に、強烈な違和感。メガネの声。


「右目を閉じて」


 閉じた。

 そうして残った左目の視界の中に、右目を閉じてバケツを手に持った俺がいた。

 鏡ではない。

 レンズ越しの視界。

 メガネの左目が見ている、俺の姿だった。


「何だ、これ」


「感覚を共有する魔法。今は、私の左眼の視覚を共有してる」


 そう言って、メガネは鏡の前に立ち、鏡に映った自分の姿を見る。

 俺は、鏡に映ったメガネの姿を、メガネの左目で見る。


「そんじゃ今から、ちらっ、とだけ『視る』けど――その前に、一つ言っておくことがある」


「何だ」


「緒白りら」


「え?」


「私の名前」


 と、メガネは笑い、それから。


「じゃあ『視る』よ。すてーたすおーぷん」


 そして俺は。

 メガネの左目を通して――「視る」。



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 ぱっ、と。


 大量の情報が、左目を通してほんの一瞬で頭の中へと雪崩れ込んできて、脳味噌へと無理矢理焼き付けられた。


 吐いた。


 手に持ったバケツの中に、胃の中の中のものをぶちまけて、なるほどこのためのバケツか、と俺は納得する。

 メガネが隣にやってきて、こちらの背中をさすりながら、こちらの顔を覗き込んでくる。


「やっぱこうなったか……大丈夫?」


「大丈夫なわけないだろ……」


 ぜ、と息も絶え絶えになりながら、俺はメガネに尋ねる。


「お前、『これ』――なんだ?」


「さあね――あんま考えないようにしてる」


「なんで平気なんだよ」


「慣れた」


「慣れたって、お前……」


「慣れりゃなんとでもなるって。今はこの能力も大分コントロールもできるようになったしね。最初のときは、もっと詳細に『視る』ことしかできなかったし、しかも常時『視て』たから、すっげーきっつかったけど」


 などと、あっさりと言ってのけるメガネ。

 こいつやっぱとんでもねえな、と未だにふらつく頭で俺は思う。


「いやー。ふらっふらだなー。今ならあんたのこと瞬殺できそーだな」


「そうだな」


「ふっふっふっ。でもその代わりに私のスリーサイズを知ることができたんだぜむしろ感謝しろ。どうよ? 思い返して興奮したり」


「しねえっつうか、そんなもん気にしてる余裕はなかったんだが……っていうか、それよりもお前何か身体に色々と仕込んでたけどあれ何だ」


「前の世界は地獄だったから。癖で」


「他にもいろいろと言いたいことはあるんだが……まあいいや、それよりもだな」


 と、俺はメガネに言う。


「俺の名前、お前にまだ言ってないな」


 メガネはちょっと黙り込んで、少し迷うような素振りを見せてから、言った。


「…………『視た』から知ってる」


「知ってても俺の口から名乗らせろ」


 そう言うと、メガネはにぃ、と唇の端を吊り上げて「ならどうぞ」と言った。


 俺は告げる。


「刈蛾正だ――『バット』と呼んでくれ」


「緒白りら――『メガネ』でいいよ」


 と、メガネはそう言った。

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