99周目⑪.俺のことが大嫌いなんだよ。

 後日、学園中の噂の的になった。


 道行く人から「あ、ソフトクリーム屋さんだ」「生首魔王さんの彼氏さんだって」「学園七不思議の引きこもり魔王だった彼女を更生させたっていうあの!?」「なんかパフェ一杯で惚れさせたとか」「テロリストが襲撃する中、学園中の廊下を走り回って愛を叫び続けたってまじ?」「あれが――学園七不思議の新たな一角」とか何とか好き勝手に言われた。さらには、「スクープは――己の力で手に入れるもの!」と叫びながら攻撃魔法を放ちつつ突撃してくる学園報道部威力取材班なる女の子のめっちゃ強引なインタビューから逃げて回るはめになったり、「貴様が新たな学園七不思議だというソフトクリーム屋か――だが、俺は貴様なんぞ認めんぞ!」と言って学園七不思議の一角である「金曜日だけ七三分けの男」が己の七不思議としての誇りを掛けて勝負を仕掛けてきたりと本当に大変だった。


 噂は、尾ひれを付けて広まったらしい。


「やあ、聞いたぜ」


 と、ソフトクリーム屋のおじさんからも言われた。


「寂しさから世界を滅ぼそうとしていた孤独な美少女魔王の氷の心と燃えたぎる怒りを、愛とソフトクリームの力で溶かしたり冷やしたりしながら、見事に救い出してみせたんだってね――やっぱすげえなあ君は」


「誤解です……」


 噂に尾ひれどころかロケットブースターが付いていた。ぶっ飛び過ぎだ。


「とかなんとか言っちゃって。夜に二人仲良く買い物して一緒に学園に戻ってきた、って警備員さんが証言してるんだ。証拠は上がってるよ」


「おい警備員」


 何やってくれてやがんだ、と俺は一瞬思ったが、例の学園報道部威力取材班の女の子のことを思い出し、確かにあれに襲撃されたら在ること無いこと吐かされそうだな、と俺は思い直す。


「――で、実際のところどうなんだい? あの眼鏡っ娘な魔王ちゃんとは? 良い感じになってるのかい?」


「いや、あいつにはいまいち萌えないんで」


「ごめんそれちょっと無理あると思うんだ」


 と、おじさんは遠い目をして言う。


「え、いや何なのさ? 一体何がどうしてそうなるのさ? だってちょっと野暮ったい格好してるけど可愛い女の子じゃないか――あれかい? もっと可愛い女の子ばっかりはべらしてきたから何とも思わないとかそういう?」


「いや、別にそれは認めますよ――メガネの奴は美少女とかそういうんじゃないですけど、普通に可愛いとは思います。おまけに、あれで案外優しい奴です。ただ、ちょっとばかし魔王でゾンビで首取れるってだけで」


「ごめんそれちょっとじゃないと思うんだ」


「俺はメガネの奴が好きです」


「ほら、やっぱそうなんじゃないか」


「いやでも、だからと言って、付き合ってるとか、そういうんじゃないんです――ただ、ちょっとばかし手料理作ってもらっただけで」


「ごめんそれもう付き合ってると思うんだ」


 まあ、とにかく、そんなこんなでソフトクリームを買いに来た学生たちの「ねえねえソフトクリーム屋のおにーさん」「生首魔王さんの彼氏さん」「ねえ、魔王さんのどこが好きなんですか?」「普通に眼鏡じゃね?」「いやどーせ胸でしょ……私なんてこんななのに、ううう……」「寝癖フェチに一票」「魔王萌えとか」「大穴でゾンビ好き」「いやそんなん生首だからに決まってんだろ」「え」「え?」とかいう言葉に対して適当に「ええと」とか「うーん」とか言って、もにょもにょ、と誤魔化していると、


「よーす」


 と当のメガネがやってきて、うわあきゃあ、と黄色い叫びを上げ慌てふためいて一目散に散っていく学生たち。さらには「ごめんちょっと材料切れたから買い出しに行ってくるね?」とおじさんまでどっかに行った。

 その有様を見て、メガネが何かもう悟ったような顔で言う。


「いやーすげー噂になってんなー」


「そうだな」


 と言う俺もたぶん似たような表情になっていると思う。


「で、今日もパフェか」


「おーよ」


「よし来た――待ってろ」


 そして俺はパフェを作り始める。


 ぎゅ、と。

 俺は右手に夢を込める。

 俺は左手に希望を込める。

 そして――使い捨ての容器にコーンフレークを詰めて、その上にワンコインのアイスクリームを載せて、ソースを掛けて、ウエハースを添え、使い捨てのスプーンを付ける。

 俺は左手で希望を載せた。

 俺は右手で夢をかけた。

 すっ、と。


 完成。俺はパフェを作り終わる。


「できたぞ」


「ほいさー」


 と、メガネはパフェを受け取る。


 メガネはまず、放っておけば遠からず落下する運命にあるウエハースをぱりぱりと囓る。それから、いちごの味がする赤色のソースが掛かったソフトクリームにスプーンを突き立て、それを、ぱくっ、と咥える。

 特に何という表情も見せず、そのまま黙々と上部のソフトクリームと下部のコーンフレークの量を見極めつつスプーンを動かすメガネを見て、俺は尋ねる。


「美味いか?」


「甘い」


 と、微妙に判断の迷う返答をしつつ、メガネは意地の悪い笑みを浮かべて片目を閉じてくる。

 まあ、まずいってことはないのだろう。

 何たってこの元引きこもり、暇な日に公園にやってきては、こうしてパフェを食っていくのだ。つまりはお得意さんである。

 周囲にソフトクリームを買いたげなお客さんの姿はないだろうか、と確認しつつ、俺はメガネに言う。


「お前太るぞ」


「太らねーよ。私ゾンビだからセーフ」


「ホントかよ……というかお前、ゾンビの癖に日中に出てきて大丈夫なもんなのか? 腐ったりしないのか?」


「腐らねーよ。ゾンビはゾンビでも割と上位なゾンビだから。吸血鬼だって、レベル高いと日光の中を出歩けたりすんだろ。それと一緒」


「あーそういう」


「とゆーか――あんたさ、例のアレとは別れたの?」


「アレ?」


「ほら、あの馬。見かけねーからさ」


「アレクサンドリア?」


「そうそいつ」


「いるだろそこに」


「は?」


 と、メガネの奴は周囲をきょろきょろと見渡してから、言う。


「どこに」


「そこに」


 と言って、俺は屋台の傍らに置かれている自転車なアレクサンドリアを示す。


「アレクサンドリアだ」


「いや自転車なんだけど」


「自転車だろうと何だろうとアレクサンドリアはアレクサンドリアだぞ」


「やべーなあんた。ついに狂ったか」


「失礼な奴だな」


 と。

 そこでお客さんが放つ「ソフトクリーム食べたい」的な気配と視線を感じたので、俺はお客さんの姿を探しつつメガネとの会話を切り上げる。仕事が優先だ。


「師匠ー」


 と思ったら、そのお客さんはフォルトだった。ぶんぶん、と杖を振りつつ、たったったっ、とこっちに向かって駆けてきながら、声を上げる。


「ソフトクリームひとつー」


「はいよー」


 と俺は頷き、ソフトクリームを一つ巻いてやる――のと同時に、ざざざっ、とブレーキを掛けて店の前で止まったフォルトが、ぱちんっ、とカウンターに硬貨を一つ置いて、すっ、と直後に俺が差し出したソフトクリームを受け取る。タイミングばっちりだった。

 俺はドヤ顔でメガネの奴に告げる。


「どうだ。今の師弟の連携プレー」


「普通にやれよ」


 即座にそう言われた。辛辣だった。

 落ち込んでいる俺を無視して、メガネの奴がフォルトに話し掛ける。


「よーすフォルトちゃん」


「やっほー二号。今日もパフェ?」


「そうなのだよフォルトちゃん。今日も今日も。ちなみに、いちご味だ」


「太らない?」


「私ゾンビだからセーフ!」


「ゾンビすげー」


「そして私ゾンビだけど腐らない!」


「二号すげー」


 などと仲良くやり取りしているメガネとフォルトを見ながら、俺は頬杖を突いて憮然とした顔をしてみせ、仕事中であることを思い出して止めた。幸い、周囲に客の姿は見えなかったが。

 何故かというと、その、あれだ。

 つまりは、可愛い弟子を取られたような気分で、少しふて腐れているのだった。


     □□□


 そもそも、二号って何か。


 何って、もちろんメガネのことだ。

 何の「二号」なのかというと、つまりは「師匠二号」ってことだ。


 何でそんなことになっているのか。


 事の発端は、メガネの奴が俺とフォルトの訓練を「なんか面白そうだし」ということで「見せて見せてー」と言ってきたことだった。

 まあ減るもんじゃないしいいか、と見せた。

 めっちゃ怒られた。


「てめー舐めてんのか?」


 と思いっきり胸ぐら掴まれた。


「な、何がだよ?」


「あんたさっき、武器の振り方どう教えてた? 私に同じこと言ってみ?」


「だから、その、こう――」


 と、俺は金属バットを実際に一度振り下ろしてみせてから、言う。


「――ぶん、と振れと」


「『ぶん』じゃねーよ引っぱたくぞてめー」


「な、何が悪い!?」


「『ぶん』で一体何が分かんだよ抽象的過ぎて伝わんねーよ全然これっぽっちも」


「つ、伝わるはずだ。その……心とか」


「そーゆー綺麗な言葉でてめーの不手際誤魔化すのやめい。凹ませるぞてめー」


 と、金槌を手にしながらメガネ。どうやら、いざとなったら物理的に凹ませてくるつもりらしかった。怖すぎる、


「いーかバット――『ぶん』と振るにしたって、武器の握り方とか、力の入れ具合とか、そのときの姿勢とか、てめーアホみたいに強いんだからいろいろと教えられるとこがあんだろーが。積んできた戦闘経験で掴んだ感覚を言葉にすんだよ。頭使え」


「そんなん言われても」


「やれ。師匠だろ」


「ううう……」


 と、容赦ない攻撃を受けている俺の姿に同情してか、フォルトが、ぱたぱた、とやってきて「おねーさんおねーさん」と、メガネの服の裾をくい、と引っぱって言う。


「師匠の言ってることは、確かに意味わからんのだけれど――」


 と、地味に俺に追い打ちを掛けつつ、ぼんっ、と表示器を出してフォルトが言う。


「――でも一応、ステータスは上がってる」


      【■■■■■■】


名前:フォルトリス・R・エラーズ

種族:人間

職業:王立エイダ・バベッジ魔法学園学生


ちから :82

ぼうぎょ:14

すばやさ:86

まりょく:2


スキル

継承魔法


      【■■■■■■】


「ちからとすばやさが当社比二倍」


「ええ……何であんなんで……」


「師匠の動きを見て、こう――」


 と、フォルトは先程の俺と同じように、杖を一度振ってみせて、言う。


「――ぶん、と振って覚えた」


「まじで」


「いずれは、師匠みたく銃弾だって打ち返せるようになるのが目標」


「おいバットこの娘あんたと同じ脳筋だぞ」


「ふっふっふっ。どうだ俺の自慢の弟子だ」


「でもさ――試合、勝てないんでしょ?」


「…………」


 と俺は黙った。


「…………」


 とフォルトも黙った。


「ははーん。それじゃしょーがねーな」


 と、メガネの奴は何やらドヤ顔でふんぞり返って言ってくる。


「この私が手伝ってしんぜよう」


「いやお前、いつだったか人にもの教えんの苦手とか言ってなかったか?」


「まあ、ちょっと聞けって――まず、あんたは馬鹿だから人に何かを教えるのがド下手なコミュ症なわけでしょ?」


「おいこら」


「そんで、確かにあんたが今言った通り、私は小賢しすぎて人に何か教えようとしてもどーも理解されないコミュ症なわけだ」


「ああ」


「つまり――ここには、二つの異なるコミュ症が並んでいるわけだな。うん」


「……ええと、だから?」


「合わさったら最強に見えるんじゃね?」


「お前馬鹿だろ」


「いや、だってマイナスとマイナスを掛けたらプラスになるじゃん! コミュ症とコミュ症を掛け合わせたら、なんかこうむしろコミュ力高くなるんじゃねーかな!?」


「ならねーよ。帰れ」


「嫌だ! だって私も可愛い弟子が欲しいもん! 師匠って呼ばれたい!」


「お前それが本音か!? ふざけんな! お前なんかに弟子はやれん! 帰れっ!」


「てめーこんにゃろー! ふざけんな、はこっちの台詞だ! あんたばっかりずるい! 前もなんかめっちゃ可愛い勇者に『お兄ちゃん』とか呼ばれてたし! この年下キラー! どーせ撫でポしたんだろ!?」


「おねーさん。私の頭はそこまで安くない」


 にゅっ、と。

 俺とメガネの間に現れ告げるフォルト。

 ふわふわ、とポニーテールをゆらゆらさせながら、どうどう、と両手でこちらとあちらを制する。


「とりあえず師匠は落ち着け。私はちゃんと師匠の一番弟子。そこは揺るがない」


「……そ、そうか」


「でも、それとはまた別に、おねーさんの教えを乞いたいとも実は思っていた」


「まじで!? やった!」


 と歓声を上げるメガネ。


「な……何でだ?」


 と困惑する俺。


 フォルトが話を続ける。


「私は、師匠みたいになりたいけれども、たぶん師匠みたいなステータスには絶対になれない――だから、師匠と互角に渡り合ってたおねーさんにはめっちゃ驚いた」


 だから、とフォルトはメガネに言う。


「おねーさんが、どうして師匠と戦えたのか、知りたいと思っていた――あとは、あのプリティーな魔法生物をどうやって作ったのかも」


「……」


 何となく後者が主目的な気もしたが、俺は黙っておく。まあ、確かにフォルトは俺の弟子ではあっても所有物ではない。

 ひゃっほう、とメガネの奴が勝ち誇る。


「ふっへっへっ! これで私も師匠だぜ! フォルトちゃん、これからは私のことも師匠と呼ぶといいぜ!」


 と、はあはあ言いながら詰め寄るメガネに対し、フォルトは冷静に言う。


「それは困る。私にとって師匠は一人だけ」


「フォルト――お前」


 と、俺は弟子の言葉にちょっと感動し、目頭を押さえ――たところで、メガネが提案する。


「じゃ、二号で。師匠二号」


「それならOK」


「…………」


 俺はしばし沈黙し、それからもう一度、目頭を押さえ直した。


      □□□


 そんなわけで、二号である。


 何やら「私の考えた最強の魔法生物」という話題で盛り上がっている二人を努めて無視し、俺は少し増えてきたお客さんのためにソフトクリームを巻いていく。残念ながらパフェを頼むお客さんは皆無だった。

 ありがとうございました、と。

 親御さんと一緒にやってきた女の子にソフトクリームを渡したところで、一旦、お客さんのラッシュが終わる。


「おにーさんありがとー」


 とソフトを渡したところで女の子に笑顔で言われて、親御さんもめっちゃ感じの良い笑顔でお礼を言ってくれて、俺はというと何だかくすぐったい気持ちになる。

 悪い気分じゃなかった。

 引きこもっていたとき、テレビだの何だので「なぜ働くのですか」という問いに「お客さんの笑顔のため」とか答えている店員を見て「こいつ絶対嘘吐いてるだろ」と思っていたが、なるほど確かにこれは悪くない。いや、とは言っても働いている理由はと聞かれたら、たぶん「お金のため」と俺は答えるんだろうけど。


 ちなみに、その一連の光景は、メガネの奴にばっちり見られていたらしい。


「やっぱ年下キラーじゃねーか」


 と、にやにや、とからかわれた。


「違うっての。あれはただ単に親御さんのしつけがちゃんとしてるだけでだな……」


「どーだか――あれだ。妹いるって言ってたし、そのせいだろ。絶対お兄ちゃん大好きっ子だったに違いねーな」


「いやだから、俺の妹は俺のことなんて大嫌いでだな――」


 かちん、と。

 記憶の回線が一瞬だけ繋がる。

 ころん、と。

 記憶の断片が転がり出てくる。

 扉。

 妹の声。


 ――お兄ちゃんの、嘘つき。

 ――この、引きこもり野郎。

 ――そのまま、そこで死ね。

 ――大嫌い。


 ずきん、と。

 目には見えない何かが痛んだ。

 今では、もう懐かしさすら覚える痛み。

 一番最初に転生したときに感じた痛み。

 もう、その場でうずくまることはない。

 でもちょっとだけ、俺は顔をしかめる。


「……バット?」


 と、メガネが心配そうに言ってくる。

 僅かな変化だったが気づかれたらしい。


「本当に、妹の奴はさ――」


 はは、と安心させるために笑ってみせ。

 俺は、首を振って痛みを払い、告げる。


「――俺のことが、大嫌いなんだよ」

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