99周目⑨.青春って奴ですよ。
学園長(ロリババア)がやってきた。
何かどこかで見たことがあるような気がするどう見ても十歳くらいにしか見えない彼女が「なんじゃいこりゃあっ!?」と講堂の惨状を見て絶句し、さらに俺とメガネが並んでいるところを見て「ど――どういうことだ! わ、儂に今すぐ説明せい! 引きこもり魔王!」と詰め寄る彼女に、メガネの奴は真面目くさった顔でゲスなウィザードを突きだしつつ、
「恐るべき強敵でした」
から始まる嘘八百を並べたて、ゲスなウィザードはその話の中で勇者や魔王をちぎっては投げちぎっては投げを繰り返してきた恐るべき怪物ということになり、俺とメガネとはそれを満身創痍になりながらも打ち倒し、学園に迫っていた複数の危機の内の一つを打ち破った、ということになっていた。
全て語り終えたメガネに対して、学園長はこう言った。
「いや、どう考えても嘘じゃろーがそれ」
誤魔化せなかった。
がっし、と俺とメガネは手を掴まれて「よっしちょっと来い」と言われて学園長室へと強制的に連行された。
めっちゃ怒られた。
「とりあえず、そこの魔王、お前の保護者の巨乳エルフに電話じゃからな。なあに、あやつにちょっと一肌脱いでもらって全部不問にしてやろう」
と言われ「やめろぉっ! あの人を巻き込むなぁっ!」と喚くメガネを俺は「落ち着け落ち着けこの人は学園長だぞ」と止める。
「そこのアイスクリーム屋は……ああ、あの飴喪女でも呼んでやればいいか」
と言われ「待てえっ! それは飴のお姉さんのことか!? さすがにその呼び名は例え学園長でも看過できねえぞ!」と俺は絶叫してメガネに「てめーも落ち着けよ」と止められた。
そして、成り行きで一緒に付いて来ていたフォルトが「二人とも落ち着く」と冷静にツッコミを入れ、目を覚ましたらしいゲスなウィザードが「ほんと仲良いスねー」とあまりゲスくない顔で微笑む。
そして、その様子を見ていた学園長は「ほほーう」と何やら得心したような顔をしつつスマホで電話を掛け、こそこそ、と言う。
「おい巨乳エルフ、今どこだ? 研究室? うん? お前んとこの魔王でゾンビな眼鏡っ娘が? 『ここで待ってて下さい。魔王なんて、こんなときくらいしか役に立たないですからね』とか言ってテロリスト倒しに行ったから心配じゃと? そうかそうか、よーしじゃあ落ち着いて儂の話を聞けよ」
ちなみに、本人はこそこそ喋っているつもりなのだろうが、強化された聴覚のせいで俺には全部丸聞こえだ。
あるいは、わざとかもしれないが。
学園長はこう続ける。
「その魔王じゃがな――春が来たぞ」
がしゃーんっ、という受話器を取り落としたような音が電話口の向こうから聞こえた。続けて、つーつーつーつー、という音。
俺は思う。たぶん誤解だ。
「あの、学園長……」
という俺の声を無視して、学園長は再び、電話を掛ける。
「おい飴喪女」
がしゃんっ、という受話器を叩き付けたような音が電話口の向こうから聞こえた。
学園長は電話を掛け直した。
「おいこら元弟子。元師匠に向かって何をさらすんじゃい。そんなんだからいつまで経っても男ができないんじゃ――あとお前が可愛いがっとるアイスクリーム屋の小僧じゃがな、なんか彼女おったぞ」
ばきぃんっ、という受話器を破壊したような音が「裏切り者ぉっ!」という叫びと共に電話口の向こうから聞こえた。
俺は震える。だから誤解だ。
「すぐに二人が来るじゃろうから。まあ待っておれ――楽しみじゃなあ」
そう言って学園長は良い笑顔で笑う。こう、何て言うか、殴りたくなる笑顔だ。
と。
そこで学園長室の扉が、どばんっ、と開け放たれ、やっぱりどこかで見たことのある刀を腰に差してるやべー奴が現れ、その姿を見て学園長が告げる。
「おう。どうした『キング・ゼロ』」
「おう、じゃないですよ!? 何をやってるんですか学園長!? 今いろいろと大変なんですからこんなところで油売ってないで下さい! 働け!」
「ええ! そんなん嫌じゃ嫌じゃ! だって今からめっちゃ面白いことになりそうなんじゃぞっ!? 元弟子どころか今弟子のお主まで儂にそういう仕打ちするのか!? 師匠に対する愛はないのか!?」
「いいから働けぇっ!?」
やべー奴が、学園長の腕を引っ掴んだ――その隙を、俺とメガネは見逃さない。
視線一つでお互いの意図を確認。
ぽいっ、と。
メガネがどこからともなく取り出した発煙筒らしきものをぶん投げて、開いたままの扉から先に廊下へと逃げ出す。
ひょい、と。
俺はフォルトを小脇に抱えるようにしてそれを追う。めっちゃ軽かった。
「あっ! ちょっと待ていっ!」
と、学園長が叫んで追いかけてきた。
「あんたが待てえっ!」
と、やべー奴も叫んで追いかけてくる。
「いやー、ははは。楽しそうすねえ」
と、ゲスなウィザードが笑う声が遠ざかる。
フォルトを抱えて、俺は廊下を駆けていく。
先行していたメガネには即座に追いついた。
そのまま、あっさり追い越した。
ぜーはー、ともうすでに息を切らせつつ、ばたばた、と走るメガネが俺の背中に向かって叫んでくる。
「バットぉっ! 私も抱っこぉ!」
「定員オーバーだ!」
「私が重いってかおい!? しょーがねーだろいろいろでけーんだから!」
「そういうんじゃなくて単純にかさばるんだよ! 無理なもんは無理だ! 走れ!」
「だって私体力ねーもん!」
「お前魔王だろうが!」
「インドア派!」
「師匠――ここは私に任せて先に行け」
「馬鹿言ってないで――うおっ!?」
と、そこで前方からやってきたのは、どこにでもいそうな平凡な男子生徒と、ファイアボールの女王っぽい高飛車風な女子生徒と、その他数名(全員女子)で構築されたハーレムグループ――当然、このままだと正面衝突することは間違いない。
ああくそ、と思わず毒づきながら俺は叫ぶ。
「仕方ねえな抱っこしてやる!」
「まじで! やった!」
「一瞬だけな」
「へ?」
「跳ぶぞ――眼鏡だの首だの落とすなよ!」
メガネの奴を、ぐい、と引っ掴み、廊下の床を、がつん、と蹴って跳躍。
ぽかん、と。
間の抜けた顔でこちらを見上げる平凡な男子生徒と女子生徒一行の頭上を飛び越える――その拍子に何故か転んだ男子生徒が、高飛車風な女子生徒を何故か不可抗力で押し倒し胸を鷲掴みにしてキスをした結果、廊下中に無数のファイアボール的な魔法が撒き散らされて炸裂し地獄絵図と化す――のを俺は見なかったことにする。メガネも何も言わずにスルー。
ただ、背後から吹き荒れる大量の熱波から逃れるために脚は止めない。
テロリストの危機が去ったためだろうか――教室で隠れていた生徒たちが、おそるおそる、廊下に顔を出している状況。
何だ何だ、と生徒たちが俺たちを見た。
そんなざわめきの中を突っ切っていく。
委員長的な女の子が叫ぶ。
「ちょっと貴方たち、廊下を走らないで下さ――きゃあんっ!?」
と、俺が横をダッシュで通過した拍子に盛大に捲れ上がるスカートを押さえて悲鳴を上げる彼女。抱えていたままだったメガネの奴が「クマさん!」と謎の歓声を上げ「クマさんだと!?」「あの鋼鉄の委員長が!?」「まじか!?」「最高かよ!」と周囲の男子がさらに謎の歓声を上げる――とりあえず元気そうだったので俺はメガネをその辺に放り投げる。
雨の日に猫とか拾わない系の不良が叫ぶ。
「ああんっ!? っんだよ! 待てよてめーらどこちゅうにゃあああんっ!?」
と、俺が横をダッシュで通過しようとした瞬間にわざと肩をぶつけてきたせいでくるくると華麗に吹っ飛び、ぼてっ、と落下する彼。放り投げられたメガネの奴が「バットてめーふざけんなよちょっと殴らせろ!」と叫びながら、途中で足下に転がっていた不良の背中を、げっし、と踏みつけながら、先程よりもハイペースで俺を追いかけてくる。良い調子だ。
階段の段差のところで並んで座り、金髪美少女と無表情な少年が会話している。
「ねえ、さっきまでどこにいたの?」「寝てた」「何それ」「Fランクだからな。サボりだ」「こっちは大変だったんだから」「そうか」「でも、無事で良かった」「お前も、危険な目に遭ったと聞いたが」「テロリストに撃たれそうになって、でも、助けてもらったの――名前も知らない、誰かさんに、さ」「そうか」「ふふっ……」「何故、笑う?」「その手の傷、寝てる間に付いたの?」「……ああ。鼠に囓られてな」「そ」
そのままそっとしておいて通過した。
流石に空気読んだ。
「あれー? アイスクリームのおにーさんだー」「おー、まじだ。ん? 一緒に走ってる女の人の誰だありゃ?」「彼女さんかなぁ?」「待て――あ、アイスクリームのお兄さんの彼女だとぉ!? ど、どんなの!?」「隠れ巨乳の眼鏡っ子か……良い趣味だな」「ちょっと待って、あの女の人、今なんか首落ちそうにならなかった!?」「馬っ鹿お前そんなことあるわけ――落ちたぁっ!?」「そして拾ったぁっ!?」「あっ……あれ例の引きこもり魔王さんだ」「まじで!? あれ女だったの!?」「すげえ。始めて見た」「っていうか、まじでどんな関係?」「あれだろ。お兄さんの巻いてくれたアイスクリームを食べて惚れたとかそういう」「あー」「ありそー」「バットさんの裏切り者ぉっ! おねーさんより先に大人の階段登るなんてぇっ!」「え?」「いや誰ですか貴方?」「そいつは飴喪女じゃ」「学園長!?」「学園長だ!」「学園長! 頭撫でてもいいですか!」「誰が喪女だっ! そして久しぶりに頭撫でさせろ!」「ふぉっふぉっふぉっ。もっと撫でるがよーい」「頭撫でられてないで仕事しろぉっ!」
だから誤解だ、と俺は思う。
何かもう、ぶっちゃけ逃げている理由もよくわからなくなっていたが。
「ふっへっへっへーっ!」
とやけくそなのか何なのか、楽しげに笑いながら自分の生首を抱き抱えて走るメガネの笑い声に釣られるようにして、俺も笑う。
何だか、わけもわからず楽しかった。
馬鹿みたいな大声で笑いながら、馬鹿みたいに広い学園内の、馬鹿みたいに長く続いていく廊下を駆け続ける。
ぽん、と。
可愛らしい音を立て「あの女神め……どこ行きやがった……?」と低い声でつぶやきながら、天使さんが俺の肩に現れる。
「というか、何してるんです? 何かすごい笑ってますけれど」
「そうですね」
まるで学生に戻ったみたいだ、と思う。
今は遠い昔のことに思える、もう滅んでしまった元の世界の、退学した高校で。
本来なら送れていたかもしれなかった――もう取り返しのつかない高校生活。
それを何だか取り戻せたような――そんな、幸せな錯覚を感じながら。
俺は言う。
「――青春って奴ですよ。きっと」
それを聞いた天使さんから「何ですかそれは」と呆れた声で言われながら。
俺は笑って、学園の中を駆けていく。
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