99周目⑧.死んだままだからセーフ。
学園ランカーのウィザードたち、そして謎のウィザードであるマスクドアベンジャーの活躍によってテロリストたちは退けられた。
一部の連中を除いてテロリストたちは捕らえられ、学園に平和が戻ってきた――と思ったところでテロリスト側のウィザードが自身を生け贄にして召喚した異世界の魔王的な何かが「フン――下ランナ。コンナ理由デ我ヲ召喚スルトハ――シカシ、ソレデモ定命ノ者ガソノ命ヲ賭シタナラバ、ソレニ応ジテヤルノモマタ一興。マア、暇潰シ程度ニハナルダロウ」などと言って現れたが、そこで、遠征から急遽戻ってきた学園ランカー一位にして世界ランカー二位、そして元ランクFから成り上がった最強の「まりょく0」、通称「キング・ゼロ」が現れ、魔王的な何かが放つ大魔法を全て無効化しつつただひたすら努力によって鍛え上げた己の体術と剣術で拮抗し、その頭部に刀を突き立て「ハハハッ――感謝スルゾ! 我ヲ呼ビシ定命ヨ! コレハ良イ――最高二良イ余興デアッタ!」と呵々と笑って魔王的な何かは消え、事件は終結を迎えた。
まあでも、それはそれとして。
「……ゾンビ?」
とすっ、と。
ちょっとすみません、と断りを入れてから手刀を一つ首筋に入れてゲスなウィザードを昏倒させた後で、俺は聞き返す。
「おーよ」
と主張するのは、メガネの生首。
ひょい、と首のない身体がそれを両手で拾い上げ、かぽん、と元の位置へ。
「ほれ。見てみ」
と言われたので見てみると、首にぎざぎざの傷が走っている。
なるほど、その傷のところから首が取れる仕組みになっているらしい。
ふんす、と胸を張ってメガネはもう一度告げる。ドヤ顔で。
「ゾンビだ」
「……つまり、それは」
メガネから手渡された縄を使って、ふるふる、と震える手でゲスなウィザードをぐるぐる巻きにしつつ、ふつふつ、と沸き上がる何かを押さえ込んで俺は尋ねる。
「転生じゃなくて、死んだままだから転生限界超えててもセーフだとかそういう?」
「そういうこったな」
「どういうことだよ。おかしいだろ」
「そんなん言われても」
「そんな雑な横紙破りがまかり通ると思ってんのか。ふざけんな」
「それはあの女神に言え」
とメガネが言い、俺は先程、目を覚ましてメガネの姿を見るなり「何で!?」と叫び、それから「ちょっとあの女神のとこ行ってきます!」と言って、ぽん、と消えた天使さんのことを思い返しつつ、
「……会ったのか?」
と尋ねる。
「おーよ会った。キスされた」
「…………」
やっぱキス魔なんだなあの女神、と俺は思う。まあ、分かりきっていたことだが。
「で、ちっとだけ取引してだな――送り込まれた異世界で何やかんやあって魔王になった後、この世界に召喚されて現在に至る」
「何やかんやって、お前なあ……」
と、俺は続く文句を口に出そうとして――やめる。なんかもう、怒るを通り越して、何だか可笑しくなってきた。
「……いや、やっぱ何でもねえよ」
と、ちょっと笑いながら言うと、メガネの奴は「あ゛?」とキレ気味な声を上げ、
「おいこらてめー何で笑ってんだ。私がどれだけ大変だったと思ってやがんだ」
「いや、お前やっぱすげえな、と思ってさ」
「すげえなあ、じゃねえよ――よっしゃとりあえず、私がただのゾンビとして送り込まれた異世界が最強クラスの魔王たちが群雄割拠して日常的に殺し合いしてるガチ修羅場&マジ地獄だった件についてを小一時間だな」
「聞くよ。めっちゃ聞きたい」
「うるせーてめーの耳こじ開けてでも聞かせてや――え? 聞くの? まじで聞くの? ぶっちゃけ思い出すだけで辛いレベルなんだけど……」
「まじで聞くよ。でもその代わりに、俺の話もちゃんと聞けよ――例えば、俺が取得した微妙なチートスキル『魔王特攻』が、どんな紆余曲折を経て凶悪スキル『魔王デストロイヤー』に進化したのか、とか」
「なんか、めっちゃやべー気配感じると思ったらそれかよ。すげー怖いんだけど」
「やめるか?」
「いや、でもすげー気になる」
と、俺に言うメガネの奴も、ちょっと笑っている。
まあ、あれだ。
なんせお互いに、聞きたいことだらけだったし――言いたいことだらけだった。
「というか、師匠」
と、そこでフォルトが俺とメガネの間に、にゅっ、と現れ、ふわり、とポニーテールを揺らす。
「――師匠と、そっちの知的なおねーさんはお付き合いを?」
それは誤解だ俺はこの女には萌えないのだ、ということを説明するよりもまず先に、強烈に引っかかった単語に対して、俺はフォルトに尋ねる。
「知的なおねーさん?」
「そちらの」
とフォルトがメガネを示し、
「私だ!」
とドヤ顔で、ふんす、と鼻を鳴らしてくるメガネ。
それを見ながら、俺は言う。
「知的?」
「おいこらどーいう意味だそれ」
と詰め寄ってくるメガネを押しのけつつ、俺は人差し指を立ててフォルトに言う。
「フォルト。いいか、師匠として一つ教えてやる――眼鏡を掛けているだけで『なんか頭良さそー』とか言うのは、むしろ相手に失礼だぞ」
「てめーこんにゃろー! 弟子に何教えてやがる! 取り消せ! 取り消せえっ!」
「師匠とそっちのおねーさんがどのような関係なのかは、もうだいたい把握した――リア充爆発しろ」
フォルトはやれやれ、と言わんばかりにため息を一つ吐いて、それからメガネに向き直って言う。
「それはいいとして――このすげー魔法生物を作ったのは、おねーさん?」
と、突き出されたフォルトの手の中。
がっちりと拘束されている物体を俺は見る。
先程、俺をものの見事に古典的な罠に引っかけてくれた人型の「変なの」だ。
丸を書いてその上に三本毛を生やしてその下に一筆で手足を付け加えたような適当極まりない人間の絵を、そのまま立体化したような外見をしている。目も鼻も口もない。代わりに、頭から生えた三本の毛らしき代物を触覚のようにせわしなく動かしている。
そして、かなりアクティブだ。
手の中でめっちゃばたばたしてる。
ぶっちゃけキモい。
「その通りだぜバットの弟子ちゃん! この量産型汎用多目的人型機能性魔法生命体『かとらり』はだね、命令さえちゃんとすれば大抵のことはこなしてくれるのだよ! 例えば、ここにいる間抜けを古典的な罠に引っかけてやることもな!」
「やかましい」
と俺は突っ込んだが、メガネは当然の如く無視した。
「このザ・量産型的な良さがわかるたあ、なかなか見どころがあるぜ! まあ、でもこいつ、ちょっとキモいんだけどそこは――」
「すごくプリティー」
「え?」
と、メガネが言葉を切って、眉を潜める。
「ぷりてぃー?」
「うん。プリティー」
「そ、そーか……」
と、だらだらだらだら、と冷や汗を流しつつメガネが引きつった笑顔で言う。
俺はフォルトの手の中でばたばたばたばた、と凄まじいアクティブさで暴れ回っているそいつを見る。一度、目を閉じ、もう一度見てから、尋ねる。
「ぷりてぃー……?」
「ぷりてぃー。下の魔法生物も、すごく可愛かった」
「そうか……」
俺の頭に、床の穴からちょっと覗き込んだ下の階で損傷しうずくまっていた「何か」ことフライパン号の姿がぽわぽわと思い浮かびそうになって――ちょっと正気とか危うくなりそうだったので、慌ててそのぽわぽわをかき消す。
落ち着け、と俺は自分に言い聞かせる――弟子のちょっと変わった趣味嗜好を生温かく見守ってやるのも師匠の勤めだ。たぶん。
「……つーか、こうしちゃいらんねーんだった――よっし、やろーども出てこい!」
とメガネが言うなり「かとらり」とかいうキモ――ぷりてぃーな魔法生物が新たに、ぴょこん、ぴょこん、と現れる。
そこら中から。
「ひぃっ!?」
と俺は思わず声を上げ、
「わあお」
とフォルトが目を輝かせる。
「ほい、せいれーつっ!」
というメガネの声に従って、ばたばた、と手足を動かして、ぞろぞろ、とメガネの前へと集まってくる「かとらり」たち。なんかもうめっちゃいた。めっちゃいる。
「な、な……お、お前、いつの間に……」
「そりゃもう入ってきた直後ですわ」
と、自分の髪やらローブやらに隠れていた「かとらり」を容赦なくはたき落としたり引き剥がしたりしつつ、メガネは言う。
「――ってか、こいつらあんたに何度か攻撃してっからな? 毒薬塗った吹き矢とか、ちょっと呪い掛けた針とか、あとは渾身の体当たりとかで。一切通じてなかったけど。ちなみに普通なら気づかないままそれで、ばたん」
「えげつねえことしやがるなお前……」
「黙れ。下手すると魔王が昏倒する毒や呪い何発も食らって平気どころか気づいてすらいねーてめーに言われたくねーよ」
それから、メガネは整列した「かとらり」の群れに「おまえはこう」「おまえはアレやれ」「おまえは待機」とかぽんぽんと指示を出していき、「かとらり」たちは、ばたばたばた、と手足と三本の毛を振り回して散っていく。
「とりあえず、下のフライパン号も回収して、諸々の証拠を隠滅すんぞ――この講堂の惨状は、そこで気絶してる恐るべき力を持つゲスなウィザードから学園を守るべく私とあんたが勇敢に戦った結果ってことにして事なきを得る」
「お前ひでえな」
「他人事じゃねーぞ。てめーも手伝え」
「へいへい」
と俺は頷いて、それから、不意に思い出したことがあって、メガネに声を掛ける。
「……なあ、メガネ」
「んー。どしたー?」
「いやその、ゾンビってさ――」
と言いかけて――やっぱり止める。
「――いや、何でもない」
と、俺は首を横に振った。
メガネは少しだけ眉を潜めてみせて。
でも、何も言わなかった。
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