99周目⑥.近づいていって、殴る。だけ。

 チートスキルにも当たり外れがある。


 まあ、当たり前と言えば当たり前だ


 その中でも特に厄介なのは、異世界によってその性能が変わるスキルだ。

 あっちの異世界では極めて強力なスキルが、こっちの異世界ではそれほど有用でない、あるいはまったく使えない、ということはよくある。たぶん異世界ごとに世界の法則が違うためだと思う。

 俺の手に入れたチートスキルにも、もちろんその手のスキルが幾つかある。

 例えば、時間操作のスキル。

 ある異世界では鼻歌交じりに時間をほぼ停止させたり巻き戻したりすることができる最強スキルだが、別の異世界では丸一日動けなくなるほどの力を消費して時間の流れをちょっと加速させることしかできないゴミみたいなスキルだったりする。

 もっと極端な例を挙げると、理屈抜きにとりあえず「相手は死ぬ」的なスキルは、使えればそりゃ最強なのだが、ほぼ大抵の異世界では発動すらしない。

 ちなみに、何故か元の世界では使えたのだが、美少女には通じなかった。「何故」と女神様に尋ねたところ、「そりゃまあ、理不尽なスキルはより理不尽なスキルで無効化されるものです――『相手は死ぬ、では死なない』とか」との答えが返ってきた。確かにその通りだった。


 で。


 それと同様に、どの異世界でもほぼ通用するスキルというのもある。

 例えば、身体能力強化とか。

 女神様が最初におすすめしてくれたのは、そういう理由なのだろう。たぶん。

 俺が何重にも同じスキルを取得しているのも、そういった理由からだ。

 そんなわけで、大量のチートスキルを抱えている俺の基本戦法はというと。

 えっと、その、あれだ。


 ――近づいていって、殴る。


 ただそれだけだ。

 ちょっと馬鹿っぽいことは自覚している。

 本当は、魔法とか格好良く使いこなしたい。

 でも、大火力をただぶっ放すだけならともかく、複雑な魔法を精密に扱うには俺の制御はいまいち雑だし、そもそもテクニカルな戦い方ができるほど頭も良くない。

 そういうのはもう諦めた。

 人にはできることとできないことがある。

 だから、師匠の教えを受けて真っ当な型を与えられたとはいえ、俺の戦い方は昔とまるで変わらない。

 究極的にはフォルトとほぼ同じ、ただ力任せにぶん殴るだけの脳筋戦法だ。


 とはいえ。


 そんな脳筋戦法も、長い間やり続けていると、それなりの形にはなってくる。


 金属バットを構えるのと同時に、常日頃から自分に掛けている魔法を解除する。


 幾重にも重ね掛けした、弱体化の魔法。

 ただし全部は解除しない。三割だけだ。


 なんでそんなことをしているか、と言うと、別に縛ってるとかじゃなくて、日常生活に支障が出るからだ。歩く度に地面を陥没させていたら、普通に考えて誰かに怒られると思う。

 なんで全部解除しないのか、と言うと、別に舐めてるとかじゃなくて、全力を出したらたぶん学園が根こそぎ吹っ飛ぶからだ。考えるまでもなく絶対に怒られる。


 瞬間的に戦闘状態に移行してから。

 俺は、迷彩魔法を発動させる。

 量だけは馬鹿みたいに膨大な魔力を注ぎ込んだ分厚い迷彩を塗りたくって、姿を消し、音を無くし、匂いを隠し、空気の流れを偏向させる。

 言っちゃ何だが、粗雑な魔法だ。

 本職の優秀な魔法使いが相手なら、魔力の流れだの何だので、一瞬で看破される。


 でもどうせ、一瞬あれば十分だ。


 この講堂は、それなりに広い。

 相手までの距離は、数十メートルほど。

 0とさほど変わらない距離だ。


 背後から奇襲を受けることを警戒したのか、相手は講堂の扉を閉めようとしているらしく、右手で斧を構えつつ、左手を背後に回していた。


 そこを狙った。


 未だ纏わりつく奇妙な違和感を振り切り俺は金属バットを右手で振りかぶって講堂の机と椅子を粉砕しつつ一瞬の半分にも満たない時間で相手までの距離を三分の二ほど潰し、


 そこを狙われた。


 背後に回されていた相手の左手。

 それが、思い切り前に振られる。

 握っていたのは、蓋の開いた瓶。

 その中に入っていた液体が前方の空間にばらまかれる――このまま直進すれば、その中へと真っ正面から突っ込む形になる。


 ――毒。


 と、切り刻まれた一瞬の中で判断。


 もちろん無視した。

 そんなものは、今の俺には効かない。

 そのまま突っ込む。


 直後。

 柔らかな花の香り――を、超高密度で圧縮した暴力的な香りを真正面から食らって嗅覚が絶叫した。

 それに付随して反射的に身体が動きを止めようとするのを意志の力で食い止めつつ、ばら撒かれた液体の正体に気づく――香水。

 ものの見事に嗅覚を潰された。

 同時に、迷彩のアドバンテージも失った形だ。この香りでは、こちらの位置は丸わかりだろう。俺の雑な迷彩は、この手の外部から付けられた匂いに対応できるほど柔軟ではない。


 だが――ここで勝負を決めれば問題はない。


 残る三分の一の距離が消えた。


 香水の不意打ちのせいで、俺の攻撃はほんの僅かに遅れ――その僅かな時間を縫って、相手の斧が振り上げられる。

 魔法だか呪いだか犠牲者の怨念だかが込められていそうなえらく禍々しい斧が、こちらの首を狙ってくるのを――左手で止める。

 素手で受けた。

 傷一つ付かない。

 そのまま横に弾き飛ばす――相手の手からすっぽ抜けた斧が、机と椅子をバターみたいに切断しつつ、床へとざっくり突き刺さる。

 これで終わりだ。

 武器を失って無防備になった相手に向かって、俺は右手の金属バットを振り被ってとどめの一撃を、


 足下から強烈な殺気。


 思考するよりも早く、金属バットをその殺気に向かって振り下ろす――直後に床をぶち抜いてこちらの心臓を狙ってきた、鋭く尖った何かと打ち合う。

 ぎゃりぎゃり、と。

 金属同士が擦れ合う異音が鼓膜を抉る中、足下からの殺気がさらに膨れあがる。

 とっさに床を蹴って宙に逃れるのと同時に、さらに一本、二本、三本、とその「何か」が何本も床を突き破って襲いかかってくる。

 その内の一本が頬を掠めた。

 ぱっ、と赤い雫が散って、それから痛み――こちらの物理耐性を平然とぶち抜いてきやがった。

 やべーな、と少し思う。

 思ったときにはすでに頬の傷は消えている。


 それなりにしか広くない講堂の狭さに舌打ちしつつ、俺は再び机と椅子を粉砕して天井へ跳び、天井を砕いて今度は壁へ、壁を駆け下り床を走り抜けて再び壁を駆け上がって天井を疾走。

 上下左右をぐるぐるぐるぐると目まぐるしく入れ替えながら、こちらに襲いかかってくる、蜘蛛の脚だとか蛸の触手だとかそういうえげつないものを連想させる、金属だか生物だかもいまいち判別しがたい「何か」のたぶん脚の攻撃を避ける。

 おそらくこの講堂に入る前に、下の階に潜ませておいたのだろう。

 用意周到過ぎるだろこいつ。

 一部しか見えていないので正確なところはわからないが、たぶんゴーレムだとかキメラだとかの魔法生物――ただし、ちょっと性能は化け物じみているが。下手な魔王ならそれだけで即死させそうなプレッシャーを足下から感じる。


 随分と可愛いペットだなこりゃあ。


 そう思ったところで、相手の視線を感じた。

 不意に皮膚が粟立つ。

 魔眼の類か、と一瞬思ったが魔力の流れは感じない。だが、何か嫌な感じだ――反射的に、砕けた机の残骸を掴んで相手に向かって投げつける。脚の一つが即座に主人を守るように立ち塞がって弾き飛ばすが、おかげで相手の視線は遮られ、嫌な感覚は消えた。

 相手も、それ以上は諦めたらしい。


 くるり、と。

 その代わりに、片手を翻す動作。

 きらり、と。

 その手の平で、何かが光り輝き。

 しゅる、と。

 一人でに解けていくのは――糸。


 明らかに魔法が込められているらしいその糸の群れは、意志を持っているように宙で踊りくねって、俺に向かって襲いかかってくる――それを見ながら。


 ――この魔王、別に強くないな。


 天井に着地しつつ、俺はそう思う。

 おそらく、俺なら瞬殺できるその辺の十把一絡げの魔王と同等か――それ以下だ。

 魔王だけあってそれなりの魔力はあるようだが、まず、この手の殴り合いに向いている魔王ではない。たぶん、足下にいる「何か」のような魔法兵器に戦わせて、自分は後ろで隠れている類の魔王。

 最初の位置からほとんど動いていないが、きっと、それほど早く動けないだけだ。


 だが――完全に押されている。


 こちらが仕掛けたはずなのに、こちらが後手に回り続けている――たぶん、こっちの動きを先読みされている。

 不意打ちを食らってこれか、と俺は呆れる。

 仮に、こいつが万全の用意をした状態で城なんかに引きこもっていたなら、後先考えずに俺が全力を出しても勝てないんじゃないか、とぞっとする。

 でも、今はそうじゃない。

 俺は全力を出せないが――こいつも、決して万全じゃない。


 べきり、と。

 天井を踏み砕いて、俺は突っ込む。

 真正面から。

 糸の群れが、馬鹿正直に突っ込んでくる間抜けな俺を細切りにせんと集まってくるのを、大量の魔力を注いで展開した障壁で強引に弾き飛ばす。

 そのまま一直線に相手に向かう――が、脚の一本が俺を迎え撃つ。

 避けなければ左半身を持って行かれる。

 無視して突っ込んだ。

 だから当然、左半身を持って行かれた。


 血と肉と骨と臓器がばらまかれるその中で。

 金属バットを振り下ろす。

 読まれていた。

 床下から現れた別の脚が。

 代わりに砕けて、でも、相手には届かない。


 だから――消し飛んだ左腕で追撃する。


 えぐられた左半身が、スキルで再生する。

 めきり、と。

 骨が生え、臓器が脈打ち、血管が巡り、血が通って、筋肉が蠢き、神経が繋がったところで、皮膚が生まれて元通りになった左手を。

 みしり、と。

 硬く握り締め、拳を作り――叩き付ける。


 顔面を捉えた。

 が、まるで手応えがない。

 仮面に込められていた魔法が展開する気配。障壁――いや、おそらくは攻撃の威力そのものを削ぎ落とす魔法。どうやらただの仮面ではなかったらしい。

 だが――もう次はない。

 ぴしぴし、と。

 魔力を失って、仮面に罅が入る。


 そこで、魔王がようやく動いた。


 こちらから距離を取ろうとする。

 が、やはり思っていた通り遅い。

 俺は、金属バットを振り上げる。

 突き出ている他の脚が、主を守ろうと必死に攻撃を仕掛けてくる――が、俺は横薙ぎに向かってきた脚を金属バットを振って破壊し、足下から突き出てきた脚を、ひょい、と見切ってから蹴り砕き、砕いた脚をひっ掴んで勘で床下にぶっ刺す。手応え有り。床から突き出ていた他の脚が、ぷすん、と言った感じで動きを止める。さらに、今の内にと背後から忍び寄っていた糸の束をむんずと掴む。そのまま力ませに引き千切った。手の平がざっくりと切れたがすぐ再生する。

 悪いが、と俺は思う。

 あの美少女以外の相手に――単なる力押しで負けるつもりはない。


 ずるり、と。

 距離を取った魔王が、どこからともなくえらくごっつい物体を取り出した。

 何だそれは、と一瞬だけ思う。

 魔王が紐らしきものを引っぱるのと同時に、ぶるるん、と震えて動き出すのを見て、それが何であるかを理解する。


 チェーンソーだった。


 何でこう、この魔王は物騒な代物ばかり武器にしているのだろう――と少しだけ思った。どう考えても隠し持てるサイズには見えないので、たぶん魔法とかでどこかに収納しているのだろうか。


 ぎゃり、ぎゃり、ぎゃり、ぎゃり、と。


 チェーンソーが、けたたましい音を鳴らす。

 回るその刃先に、先程の斧や糸とは比較にならないほどに膨大な魔力が込められているのが分かった――直感的に、治癒魔法や再生能力を無効化する類の武器だな、と俺は思う。前にそういう攻撃を食らったことがあるが、そのときと同じ、肌がざわつく感じがある。

 たぶん――この魔王の、切り札。


 まさか――真っ向勝負するつもりか。

 良い度胸だ。

 行くぞ、と俺は金属バットを構える。


 おそらくは、次の一瞬で――決着だ。

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