99周目⑤.貴方はヒーローにはなれませんね。

 学園がテロリストに襲撃された。


 明らかに正規の対ウィザード用訓練を受けたとしか思えない練度と装備の戦闘員と、明らかに正規の軍事ウィザードとしか思えない実力のウィザード数人で構成されたテロリスト・グループによって学園は占拠された。学園ランカー上位陣が世界三大ウィザードの一人である校長と共に遠征で不在な隙を狙った犯行。他の学園ランカーたちが学園の各所でテロリストのウィザードたちとの戦闘に入る中、統制の取れた戦闘員たちによって学生たちは銃器を突きつけられて拘束され、人質に取られた。

 一瞬即発の状況。

 その中で、血迷った学生(男子)が抵抗し、それを殴り倒し蹴り倒したテロリストの戦闘員に対し、別の学生(美少女)が止めに入って魔法で攻撃。その結果、幾ら学生とはいえ大人数のウィザードを相手にしている極度の緊張状態の中、実際に魔法が自分たちに対して使われたことに対する恐怖で、パニックを起こし正気を失うテロリストの一人。テロリスト・グループの隊長が「待て! 撃つな!」と叫ぶ声も耳に入らず、魔法で攻撃した学生(美少女)に向けて銃を構え引き金に指を掛け――


 ――その瞬間に、そいつは現れた。


 その全身を、ぼろぼろの外套に包み、その顔を仮面で覆った謎の男。パニックと共にテロリストが放った貫通術式が付加された凶弾をナイフで容易く弾き飛ばして学生(美少女)を守り、返す魔法の一撃でそのテロリストを無力化した。対するテロリストの隊長は、即座に他の部下に指示を出し、自身も銃を構えてその仮面の男を狙いながら「……何者だ。お前は」と誰何する。それに対し、ゆらり、と顔を向けて仮面の男はこう告げた。


「――マスクド・アベンジャー」


 まあでも、それはそれとして。


 そんなドラマティックなことが学園内で起こっていたちょうどその時、俺とフォルトは無人の講堂に隠れ、一緒に並んで体育座りをしていた。

 今日は使われる予定が無かったのか、窓に付加された遮光魔法が作動状態になっている。そのため、光が届かず講堂はひどく薄暗い。その暗さと、机の死角を利用している状況だ。


「師匠」


 俺の隣で、フォルトが俺に言う。


「――テロリストを倒しに行かなくても?」


「そんな正義の味方みたいなことを、なんで俺がしなきゃならねえんだ」


 俺はそう答えるが、「でも」と、なおもフォルトは言ってくる。


「師匠の力なら、今行けばヒーローになれる。そうすれば、きっと女の子にだってモテモテ。――リア充爆発しろ」


「爆発したくないから行かねえよ」


 変なFランクの師匠やってる変な召喚者。

 もしくは、ただのソフトクリーム屋。


 それが俺の現在の周囲からの評価だ。

 後者はともかく、前者は当然ながらあまり良い評価ではない。

 少なくとも俺はちょっと凹む。

 フォルトは無表情なのでどう思っているのかわからないが、地味に自分まで悪く言われて面白いわけはないと思う。


「師匠はステータス的にどう考えても主人公の器。モブキャラの私なんかに召喚されるんじゃなく、ランカーの人たちに召喚されてれば、きっと今頃すげーすげー言われて完璧リア充になってたはず。みんなのヒーロー」


「そんなもの、別にならなくたっていいが」


「……ごめんなさい」


 フォルトが、気弱げな声で俺に告げる。

 その理由の一つは、つまるところ、彼女が未だウィザード・アーツにおける学園ランクの底辺にいるからだ。

 だけれどそりゃあ、俺みたいな人に何かを教えることに関してはど素人な奴を師匠にして、そう簡単に強くなれるわけがない。弟子の問題は、そりゃあ師匠の問題であるに決まってる。

 それと、たぶんこっちが主だと思われる、もう一つの理由。


「――でも」


 ぽむ、と。

 肩の上に重み。

 視線だけを一瞬、そちらに向ける。

 天使さんが、肩の上に座り、俺を見ている。


「本当に行かなくていいんですか?」


 当然、声も姿もフォルトには見えていない。

 だが彼女と内緒話ができるような状況でもないので、俺は天使さんに答えない。

 そのことは、天使さんも分かっている。

 だから、そのまま話は続く。


「もし、貴方があまり目立ちたくないとか力を隠しておきたいとかそんな理由で行かないなら――今行かないと、貴方なら助けられたはずの人が、助からないかもしれません――と、貴方のナビゲーターとして言わせてもらいます。一応」


 その通りだ、と俺は思う。

 一応それなりの力を持っていることは確かな俺が今取るべき方法は、フォルトに隠れていてもらって、テロリストを倒しに行くことだろう。

 それが正しい。

 でも。


「ああ……成る程」


 と、天使さんはそれに気づいたらしい。

 そして、ちょっと笑った。


 ごめんなさい、と。

 フォルトが謝った、もう一つの理由。

 今、並んで体育座りをする俺とフォルト。

 俺は今。

 隣に座るフォルトの手を握っている。

 必死に震えを隠そうとして――でも、全然それを隠し切れていない手を、だ。


 まあ、それはそうだろう。

 命を賭けて、何て大仰なことを言ってもやっぱりウィザード・アーツはただの競技だ。本当に命のやり取りをするわけじゃない。ウィザードだろうと何だろうと、彼女はただの学生で、ただの女の子に過ぎない。

 そりゃあ、怯えるに決まっている。


 だから、と俺は思う。

 仮にも師匠である俺としては、そんな状態の弟子を置いていくわけにはいかない。

 それに、と俺は思う。

 自分の知らないところで、大切に思ってる誰かに死なれるのはもうごめんだった。


「……確かに、貴方はヒーローにはなれませんね」


 その割にしょっちゅう世界救ってるんですけどね、と天使さんは俺に囁き、俺はそれに答えない。

 まあしょうがない。

 強すぎる師匠キャラというのは往々にして、理由があって戦えないものなのだ。


 ――と。


 そこで講堂の外に気配。

 どうやら、今回は師匠キャラにも出番があるらしい。

 まだ気づいていないフォルトに、静かにしているよう仕草で示す。すると、フォルトは瞬時に状況を理解したらしい。一つ頷き、繋いだ手を自分から解いてきた。


 何だよ、と俺は思う。

 まだ震えている癖に。

 まったくできた弟子だ。俺なんかには、本当にもったいないくらい。


 安心させるために、頭でも撫でてやるべきなのかもしれなかったが、そういう格好良いことは俺にはちょっと無理だ。

 だからせめて師匠らしく――弟子を守るくらいのことはしないといけないだろう。

 俺は金属バットを握り締める。


「相手は一人です」


 と、天使さんがそう耳元で囁く。

 ナビゲーターとしては問題になりそうな行為な気がしたが、正直ありがたい。

 俺も相手を察知するためのチートスキルは幾つか持っているが、ぶっちゃけどれも苦手だ。現状、どうにも上手く使えない。

 何となくの殺気の感じで相手の人数を把握することはできるが、それはただの勘でしかなく、正確さや根拠に欠ける。実際、たまに不測の事態に見舞われる。今の状況でそれはまずい。


「ご武運を」


 ふわり、と。

 天使さんが、俺の肩から離れる。

 その直後に、扉が開く。


 その瞬間。


 ぎょろり、と。

 獲物を見つけて。

 俺の有するスキルの一つが反応する。


 ああ、と俺が思ったのは、就職するには何の役にも立たなかった特技のこと。

 まさか、この世界で役に立つときが来るとは思わなかった。

 こんなところにもいるんだ、と思う。


 ――魔王。


 頭をすっぽりと覆うフードが付いた、魔王というよりその辺の魔法使いが着るような野暮ったいローブ。右手には、何かこう、血塗られた感じの禍々しいオーラを纏った手斧。どう考えてもやばかった。

 そして、その顔を覆う仮面。


 奇妙な違和感があった。

 古い記憶を蹴り飛ばして来る、胸が苦しくなるような、でも懐かしいような――そんな違和感。

 とっさにその違和感の正体を探って、まず思い出したのは、古い記憶の魔王のこと。少しだけ話をして、そして戦った不思議な魔王。

 それに続く記憶がずるずると出てきそうになるのを、金属バットを構えるのと同時に切って捨てる。

 そういうのは――今、必要ない。


 これから始まる戦闘には、邪魔だ。

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