99周目④.職業:ソフトクリーム屋
召喚されてから一ヶ月ほど経った。
俺は就職した。
どんな仕事か。
公園の店でソフトクリームを巻く仕事だ。
ワンコインのソフトクリームである。
味はバニラのみ。
しんぷる・いず・ざ・べすと、なのだ。
ちなみになんと、パフェにもできる。
二枚ほど追加料金を払ってくれたお客さんには、ワンコインのソフトクリームとコーンフレークとウエハースとお好みのソースと夢と希望で構築された素敵なパフェを提供する。
それが仕事だ。
超嬉しかった。
この先、ずっと無職のままだと思ってた。
支援金が出るとはいえ、それだけに頼っているわけにはいかんだろう、と就職について例の飴のお姉さんに相談したのだ。
「何かできることある? 得意なことは?」
「魔王を倒すのが得意です。世界救えます」
「他には?」
「…………」
俺はしばし悩んでから「そうだ」と思い出して飴のお姉さんに言った。
「馬車なら操縦できます」
「ごめん。この世界、車が交通の主流なの」
「…………」
「他の世界で運転免許証を持っていたら、一週間くらいの講習でこの世界の免許証も貰えるんだけれど――えっと、その、持ってる?」
持っていなかった。
だって引きこもりだったのだ。
そんなもん持っているわけがない。
俺の就職活動はあっさり詰んだ。
また来ます、と俺は言ってその場を立ち去り、召喚者登録した後で貸し与えられた部屋――というかあまり人気がないらしい学生寮の空き部屋に入り、がちゃん、と鍵を掛けた。そのまま三日ほど引きこもった。フォルトにめっちゃ心配された。がんがん、と杖で戸を叩かれ、夜中に連れ出されて屋台でラーメンまで奢ってもらった。師匠の威厳って何だっけ、と俺は思う。
ともあれ、立ち直った俺は再び飴のお姉さんのところへと行き、飴のお姉さんはというと「待ってました」と胸を張り「この仕事はどうでしょう」と紹介されたのが、このソフトクリームを巻く仕事だった。
絶対に無理だと思った。
ソフトクリームなんて巻けるわけがない。
絶対に崩れ落ちるに決まっている。
魔王を倒すのとはわけが違うのだ。
しかも接客をしなければならないのだ。
お客さんに「ソフトひとつ下さい」と言われて「100円です」と答えなけりゃいけないのだ。そんなことできるわけがない。
世界を救うのとはわけが違うのだ。
でもせっかく飴のお姉さんが紹介してくれたのだし、と思い、俺は紹介状を持って公園に向かった。そこの屋台でアイスクリームを売っているおじさんのところに行って「あの……」と声を掛けた。
「ああ、例の」
ぽん、とおじさんは手を叩くと、
「まあ、とりあえず一本食べておくれよ」
と言って、ソフトクリームをくれた。
「……」
受け取ったソフトクリームを俺は見下ろす。
これはあれだろうか。
この試食でこのソフトクリームがどんな材料でできているのかを、ぴたり、と当てられなかったら不採用ということだろうか。
俺は震えながら、強化された味覚をフルに使ってソフトクリームに口を付ける。
美味しかった。
毒物とかの危険物は入っていない。
それしかわからなかった。
「もう駄目だ……」
「ええええ!? どうしたの!? 大丈夫だよ駄目じゃないよ! ほら! ソフトにいちごソース掛けたげるから!」
と、項垂れる俺をおじさんは元気づけ、屋台の前に置かれてある椅子の一つに座らせた。俺はいちごソースの掛かったソフトクリームを食べた。いちごは使われていないようだったが、いちご風の味はした。
「まずはお話しよう。召喚者なんだっけ?」
「はい……すみません」
「何で謝るのさ……僕も召喚者だから気にしないでよ。前の世界では何してたの?」
「えっと、その……魔王倒したり、世界救ったり、あとは美少女に殺されたり……」
「すげえなあ――僕なんか村人だったぜ。村の入口に立って『ここは何々の村だよ』って案内してた」
「すみません」
「いや、だから何で謝るのさ」
「今日はお忙しい中、お時間を頂き誠にありがとうございました。もう帰ります。俺なんかがソフトクリーム屋になれるわけがなかったんです」
「いや待ってよ。仕事の説明するからさ」
「え?」
「採用ってこと」
「……」
「いやあ……ちょうど前の召喚者の子が、新たに現れた魔王の脅威から世界を救う為とかで、元の世界に帰っちゃって――ってうわあ!? 何でいきなり泣いてるのさ!?」
「いえ……これはただの汗です」
「男の子だなあ」
と、いうわけで。
俺は、ソフトクリーム屋になった。
ステータスにもそう書かれている。
もう無職じゃない。
フォルトからも「師匠がニートから脱出できて一安心。よしよし」と誉められた。
そんなわけで、俺は毎朝フォルトと一緒に早起きして訓練した後で、学園の駐輪場へと向かう。
きこきこ、と。
駐輪場の中に入るなり、自転車が自力で鍵を外し、軽く車体を左右に震わせて、それからペダルを動かして俺のところまでやってくる。
ぴた、と俺の前で止まって直立不動し、
ひひーん、ひひーん、と。
ベルの音を鳴らす。
当然、アレクサンドリアだ。
何で、と言われてもちょっと困る。馬の姿をしていようと自転車の姿をしていようとアレクサンドリアはアレクサンドリアなのだ。唯一無二の存在である。
そんなわけで、俺はベルのところに、ちょこん、と座っている天使さんと雑談をしながら、今日もアレクサンドリアのペダルを漕いで公園へと向かい、ソフトクリーム屋として働く。
驚くべきことに。
俺は、ソフトクリームを巻くことができた。
しかも、しかもである。
お客さんに「ソフトひとつ下さい」と言われて「100円です」と答えることもできたのだ。
さらには「いらっしゃいませ」と「ありがとうございます」の二種の言葉を使うことすらできた。
俺は――天才なのかもしれない。
こうして、ソフトクリーム屋となるために生まれてきたのかも。
そう思って天使さんに言ってみたところ、無言で首を左右に振る、という微妙なリアクションが返ってきた。何故だ。
ちなみにこの公園、学園の人間もよく来るらしい。制服姿の男子だったり女子だったり、あるいは学校職員だったりもちょくちょくやってくる。
一日中屋台でソフトクリームを売っていると、本当にまあ、いろんな人がいるものだと思う。
どこにでもいそうな平凡な男子生徒が女子生徒を5、6人連れ回していたり、逆にめっちゃ無口な男子生徒が女子生徒に首根っこ掴まれて連れ回されていたり、真面目そうで物腰丁寧だけれど腰に刀差してるやべー男子生徒が鬼気迫る顔で「すみません! ここに『儂』とか言ってる変な着物姿の女の子来ませんでしたか!? 見た目だけは十歳くらいの!」とかやべー質問してきたり、その後でひょっこりと現れた十歳くらいの着物姿の女の子が「あやつめ、ちょっと会議サボったくらいで大袈裟に騒ぎよってからに――おい、そこな小僧。儂にソフトひとつ」と言ってきたり、めっちゃ美人で眼鏡掛けたエルフさんが「私の研究助手に食べさせてやりたいんだ。その、優秀なのだけれど、部屋に引きこもってて……」というので持ち帰り用カップに詰めたソフトを保冷剤と一緒に箱に詰めたり、まあとにかく色々な人が来る。
おかげで最近学園の敷地内を歩いていると、
「あ、ソフトクリーム屋のおにーさんだ」
とかよく言われる。
仮に無職のままだったとすると、これが「あ、ニートさんだ」になっていたことを考え、俺はちょっとぞっとする。
もちろん、フォルトもたまに食べに来る。
この間は友達と一緒に食べに来た。
キメラ研究部の友人たちらしい。
もう一度言う。
友達と一緒に食べに来た。
友達と一緒に。
「フォルト」
俺は「リア中爆発しろ」という言葉を必死で飲み込んで、フォルトに告げた。
「お前に教えられることは、もう何もない」
「いや、落ち着け師匠」
「お前には友達がいる――弟子であるお前が、俺を超えてみせたんだ」
「一応言っておくと、私の友達は、片手で数えられる程度。私は別にそれで構わないけれど、リア中からは程遠いと思われる」
「そうか。でもさ、お前の師匠は、未だかつて友達0人なんだよ……」
「師匠……私が友達になってあげるべき?」
「いや、大丈夫――うん、師匠は大丈夫だ。今日は俺が奢ってやる。パフェを頼んでもいいぞ」
「パフェは高い。大丈夫」
とフォルトは首を横に振る。
「というかその値段どう考えても、ぼ」
「違う。このパフェにはコーンフレーク以外にも、夢と希望が詰められていてだな」
まあ、とにかく。
そんなこんなで――日々が過ぎて行った。
そんな、ある日のこと。
学園が、テロリストに襲撃された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます