99周目③.召喚者には人権が認められている。

「この世界では」


 ――召喚者専用窓口。


 フォルトに案内されてやってきた役所の窓口にはそう書かれていて、そこの受付をしていた女性は、お役所仕事らしい事務的な口調と、一部の隙もない生真面目な顔で、俺に対してこう告げた。


「召喚者の方に人権が認められています」


「…………」


「ですので、召喚者登録のためのこちらの方で手続きを――え、ちょっ、何で貴方泣いてるんですか大丈夫ですか!?」


 思わず目頭を覆って肩を振るわせる俺の姿に、狼狽する受付の女性。

 俺は彼女に言う。


「あ、いえ……ちょっと感動して」


「感動!? 今のザ・公務員的な私の対応のどこに泣くほど感動する要素が!? 君ホントに大丈夫!? ちょっとお姉さん心配になってきたんだけど!? 飴食べる!?」


「いえ、全然大丈夫です。これは、その――ただの汗ですのでお気になさらず」


「師匠。そのベタ過ぎる誤魔化しは大丈夫とは思えないと思う」


 ふわふわ、と。

 ポニテを揺らしつつ、フォルトがそう言ってくるが感動の方が遥かに大きくて気にならない。


 いや、だってそうだろう?

 召喚者に人権が認められているとか――そんなの誰だって感動するに決まってる。


 経験上、召喚された側の待遇は良くない。


 召喚した側は、こちらの都合も聞かずに当たり前のように魔王やら何やらを倒してこいと言ってくる。酷いときには、何も言わずとも召喚したんだから後はオートで魔王を倒すものだと思っている。ふざけんな。

 挙げ句、早く魔王を倒せとせっつかれたり、見知らぬ人から勇者というだけでじゃあ我々を助けろと言われたり、嫌だと言うとそれでも勇者かと罵られたり、ちょっとしたことでこれ以上支援金は出せんなと言われたりするのだ。ふざけんな。

 一番酷かったのは、木の棒と宿に一回泊まれるか泊まれないかぐらいのお金をもらって「魔王を倒してこい」と言われたときだった。あれは酷過ぎた。あのときはもう怒る以前に途方に暮れた。勇者なのに道端でぼろぼろの毛布にくるまって寝るしかなかった。チートじゃなかったら餓死してた。


 で。


 無事に手続きを終え、受付の女性がくれた飴を舐めながら説明を受けたところによると――どうやら、この世界では召喚者に助成金が出るらしい。住居も用意してくれるらしい。希望があれば、学園の方でこの世界の一般教養や技術を学ぶことができるらしいし、さらには、その後の仕事の斡旋なんかもしてくれるらしい。


「ここは天国か?」


 俺は思わず、そうつぶやく。


「……俺、今度こそ死ぬのか?」


「違う。生きてる生きてる」


 フォルトが、ぱたぱた、と片手を横に振るのを無視し、なんて良い世界なのだろう、と俺は思う。


「よし、わかったこの世界を守ってやる。四天王でも魔王でも邪神でも何でもこい。この世界の平和を乱す輩は叩きのめしてやる」


「四天王も魔王も邪神もいない」


「じゃあ何だ? 相手はどんな奴だ? 強大な力で他国を侵略せんとする軍事国家か? 世界を汚すものだとか言って人類抹殺計画を画策し始めたエルフか? 太古の昔より蘇った古代種族か? 勢力を拡大し続けるゾンビだの吸血鬼だのの群れか? 人類を滅ぼさんと空から飛来した地球外生命体か? 全部殴り倒したことあるぞ」


「どれもいない。師匠は私の師匠になるべく召喚されてきた。と、いうわけで――」


 フォルトがポニテを揺らして俺に告げる。


「――ちょっと手合わせを願いたい」


      □□□


 ――ウィザード・アーツ。


 それは、戦闘型魔法使いであるウィザードたちが命を賭けて戦う競技。


 まあ、嘘だ。


 ウィザード・アーツは多少の危険性はあっても、やっぱり単なる競技であって、殺し合いではないらしい。そりゃあ、本気で命を賭けたやり取りを競技でしていたら、さすがにそれはちょっと問題があるってレベルじゃないだろう。修羅の世界過ぎる。


 ウィザード・アーツは、術者の負傷を肩代わりするサクリファイス・ドールを二つ身につけて行われる。その内一つは、万が一のときのための安全装置。そして、もう一つのサクリファイス・ドールを完全に破壊することが勝利の条件となる。


 ウィザード・アーツの公式試合を行うための正規の競技場は学園に複数有り、模擬練習のための練習場となるとこれはもう無数にある。勝手に中庭でおっぱじめる奴もいる。


 俺たちが借りたのは、練習場の一つ。

 善は急げということで、係員の人に申し込んで、空いている部屋を早急に借りた。


 ちなみに、正規の競技場は基本的にトップランカーやそれに準ずるようなAランクウィザードの連中がほぼ占有しているので、そうそうフォルトみたいなFランクが取れるものではないのだそうだ。


 ちょっと覗いてみた。


 すると「けっ、Fランクの落ちこぼれ風情が――Aランクの俺様に盾突いたことを後悔させてやるぜ」と息巻いて武器を構えた学生が、次の瞬間、対峙していた無口で無愛想な男子学生に一瞬でサクリファイス・ドールを破壊され「馬鹿な!? トップランカー予備軍のAランクであるこの俺がこんな一瞬で!?」と説明口調で絶句し、周囲で観戦していた連中も「見えなかった――だと? この私が?」「何者だあのFランク!?」「あの戦闘技術……まさか奴は……」とか何とかめっちゃざわめいていた。


 なんか面倒なことに巻き込まれそうなので無視して練習場に向かった。


 正規の競技場は円形になっていて、その中でウィザードたちは戦うこととなる。もちろん、リングアウトとかも有りだ。

 故に、練習場では円形の空間が作られているわけだが――予約無しでも使えるような練習場では、テープで床に円が引かれているだけだったりする。雑過ぎる。床の材質も実際のものとは違ってワックスでつるっつるになっているた木の床だ。


 まあ、それはしょうがない。


「じゃあ、とりあえず、俺はここに立っているから――」


 と、俺はその円の中央に立って、床の強度を測るべくバットの先端で軽く床を小突きつつ、フォルトに告げる。


「――ちょっと打ち掛かってこいよ」 


 何をするつもりか、というと、アレだ。

 師匠として、弟子の現時点での力を把握しておくために一戦交えるとか、そういうイベント。弟子からの強い要望によって行われることになった点が通常と異なる。まあ弟子として師匠の力をちゃんと見ておきたいという気持ちは分からないでもない。


 ところで。

 目の前のフォルトだが、先程と服装が違う。

 先程の服装も、すでにだいぶファンタジーな感じだった。それでも、まだ制服だな、と理解できた。

 が、今度の服装はファンタジー過ぎてどういう格好かちょっと分からない。具体的にどういうのかと言われると上手く言えないが、あれだ。妙にふりふりひらひらしてたり、妙にぴっちぴちだったり、妙にすーすーしてそうだったり、妙に際どかったり、まあそんな感じ。

 俺は、前後の状況から予想を立て、


「ジャージ?」


 とフォルトに聞いてみたが「違う」と無表情に一蹴された。もしそうだったら嫌だよな、と思っていたので良かった。すげー良かった。


「これは学園指定の女子選手用戦闘服」


 学校指定なのかよまじかよ、と俺は思う。戦闘要素はどこいったのだろう、とも俺はちょっと思う。


「ええと、大丈夫なのか? その、強度的な問題とか、公序良俗的な問題とか」


「強度に関しては魔法的な防御が働くから問題ない。公序良俗に関しては知らん」


「……その、俺がこの世界のファッションを理解できていないだけで、実はその格好がこの世界では標準的とかそういう」


「いや全然。他の学校の生徒からは大抵の場合『……コスプレ?』とか言われる。たぶん学園長の趣味」


「学園長やべーな」


「ちなみに元世界ランカーで、見た目は小学生くらいの女の子にしか見えない。超可愛い。綽名は合法」


「学園長やべーな」


「学園七不思議の一つ。他には、研究棟4444号室の引きこもり魔王兼助手とかが有名。召喚されてから、なんかずっと研究室に引きこもってるらしい。召喚主の美人でグラマーで眼鏡なエルフさんがずっと外に出そうとしてるけれど、上手く行ってない」


「学園やべーな」


 まあ、そんなわけで。


 何はともあれ、自称戦闘服を身に纏ったフォルトは、その手に杖を持っていた。

 金属製の「あ、これ魔法具とかじゃなくてただの武器だ。打撃武器だ」と一目で分かる形状をしている杖だった。ちょっと怖い。

 かなり長いし、たぶん、どう考えても結構な重量があるはずだったが、フォルトはそれを軽々と持っている。

 成る程、力持ちってのは嘘じゃないらしい。

 一応、お互いにサクリファイス・ドールを身につけていることを確認。


「では師匠――」


 と、フォルトが告げる。


 す、と杖を握り締め。

 ぐ、と足に力を込め。


 それから、俺に告げる。


「――お命頂戴」


 えらく物騒な言葉と共に、

 フォルトが杖を振り上げ、

 真っ直ぐ突っ込んできて、


 思ったよりも早く、

 思ったよりも鋭く、

 思ったよりも重い、


 そんな一撃。


 金属バットでそれを受け止める。

 フォルトの身体ごと弾き飛ばす。

 景気良く吹っ飛んだ小柄な身体。


 が。


「――まだまだ」


 ぶるん、と。

 杖を思いきり振ったその勢いで、


 くるり、と。

 フォルトは宙で姿勢を入れ替え、


 すたっ、と。

 床へと華麗な着地を決めてきた。


 おいおいまじか、と俺はちょっと思う。

 フォルトのことをちょっと舐めていた。

 思ったよりも身のこなしが良い感じだ。


「もう――いっちょ」


 言葉と共に、フォルトが再び向かってくる。

 今度はどう攻撃してくるのか、と俺は身構えたが、意外にも先程と同じように真っ直ぐ突っ込んできた。意外ではあっても、意表を突くにはあまりにもストレートに過ぎる。


 先程と同じようにそれを受け止め。

 しかし、今度は相手の武器だけを狙い、絡め取るようにして――弾いた。


 くるくるくるくるからんからん、と。

 フォルトの両手から、すっぽ抜けて。

 床に転がって、跳ねて回る金属の杖。


 フォルトは瞬時に決断した。

 武器を諦めて距離を取った。


 正しい判断だ、と俺は思う。


 フォルトは瞬時に反撃する。

 真っ直ぐに突っ込んできた。


 いや何でだよ、と俺は思う。


「ちょいやーっ!」


 と掛け声を上げながら、徒手空拳で突撃してきたフォルトを、当然というかさっきと同じだしというか、俺は、ひょい、とかわす。

 ついでに、すれ違い様に脚を払った。

 振り上げた拳を避けられて、フォルトが体勢を崩しているタイミングで。

 突進する勢いをそのままに、フォルトが思いっきり床に叩き付けられた。

 べたんっ、と顔面から思いっきり行った。

 ぴしぴし、と。

 サクリファイ・ドールに罅が入る音。


「……なあ、フォルト」


 倒れたままの姿勢で、きゅーん、と伸びているフォルトに俺は一応言っておく。


「何でお前、真っ直ぐにしか突っ込んで来ないんだ? 何と言うかこう、もうちょっと間合いを測るとかそういうのは」


「こ、攻撃こそが最大の防御……」


「一撃で倒せればそれでいいんだけどな――後はまあ、相手の戦力を一瞬で見極めて適切な攻撃をし続けられる判断力やら野生の勘やらがあるとか。何も考えないで闇雲に突っ込んだらそりゃ負けるよ」


「ううう……無念……」


 と、倒れたまま呻くフォルトを見下ろして。


 そういえば、と俺は思う。


 ずいぶんと昔。

 相手に真っ直ぐ突っ込んで殴ることしかできない、似たような脳筋がいたな、と。


 思い出して、少し笑った。


「――あっ」


 ぽん、と。

 可愛らしい音を立てて。

 俺の肩のところに現れる、テンプレ通りな姿の、ちっちゃな天使。


「天使さん?」


 と、いきなり現れた彼女に俺は戸惑う。


「何か久しぶりですね。どうしました?」


「ええ、まったく本当に久しぶりですね」


 天使さんはちょっとジト目で俺を見て言う。


「――この前の転生のときなんて、バットさんたら、私のこと呼ぶことすらせずにさっさと魔王倒しちゃうんですもん。ナビゲーターとしてはちょっと寂しいです」


「あー、その……すみません」


「構いませんよ。貴方も随分と立派になったもんです――まったく、昔の貴方ときたら、歩くことすら嫌だと駄々をこねていたというのに」


「そんなこともありましたっけね……」


 正直、黒歴史だ。

 あまり掘り返されると辛いので、俺は話題を変えることにする。

 ちなみに、ごろん、と仰向けになって俺を見上げるフォルトに「師匠は一人で何をぶつぶつ言ってる?」とと聞かれたので「ちょっと天使さんとお話を」と答えたら、なぜか「師匠……何があったかは知らないけれど元気出して。ふぁいおー」と励まされた。違うそうじゃない、と思いつつも、俺は天使さんとの会話を優先する。


「それよりも天使さん。どうしていきなり現れたんです? あんまり呼ばれなかったんで寂しかったから出てきたってんなら、これから気を付けるようにしますけれど」


「いや、それはもちろん出てきますって」


 と、天使さんは俺に言う。


「久しぶりに、良いものが見れましたから」


「……良いもの?」


「ええ」


 ちらり、と。

 覗く八重歯が印象的な、昔と同じ仕草で。

 天使さんは、俺に言う。


「貴方の笑顔ですよ。久しぶりに見ました」


「…………」


 何と言えばいいのかわからず戸惑う俺に、天使さんはこう続けた。


「本当に――本当に、久しぶりだったんですよ。バットさん」

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