99周目②.ステータスとかほぼ飾り。


「私の名前はフォルトリス・R・エラーズ」


 と、彼女は名乗った。


「フォルト、と呼んで」


 ふわふわ、ゆらゆら、と。

 来て、と言われるまま、ポニテを追いかける形で廊下を歩きやってきた部屋の中。


 ぽすん、と。


 その片隅に置かれているベッドに腰掛け、フォルト、と名乗った彼女は言う。


「リア充さんの名前は」


「バットと呼んでくれ」


 成る程、とフォルトは一つ頷いて言う。


「師匠と呼んでも?」


「会話ってキャッチボールだと思うんだが」


「もちろん知っている――では、貴方を師匠と呼ばせてもらうことにする」


「うわあ」


 会話のキャッチボールを諦めて、右へ左へと視線を動かし、部屋の中を見渡す。

 部屋の棚に鎮座するおぞましいキメラのぬいぐるみを意識しつつ、尋ねる


「ここは」


「私の部屋」


「召喚したばかりのよく知りもしない男を女の子が自分の部屋に入れて、あまつさえベットの上に座るのは間違ってると思う」


「ほう、まるで童貞みたいなこと言う」


「いや、その、うん……まあ……」


「しかし、そうやって女の子がちょっと苦手とかいう雰囲気を出して油断させつつ、しかしベストな瞬間は逃さず、優しいところと、頼りがいのあるところを相手の女性に見せ付けつつ、かつ隙を見て相手の頭を撫でることで気が付くと両手に余る程の女性を惚れさせているというのが貴方のような存在――リア充爆発しろ」


「そんなん言われてもな」


「それで」


 と、俺の言葉はきっぱりと無視して、フォルトは言う。 


「まずは、この学園の説明から。ここ、エイダ・バベッジ学園は――」


「魔法学園だろ?」


「なんと」


 とフォルトは無表情に驚いてみせ、


「何故わかった? もしや貴方は名探偵?」


「いや別に」


 と言いながら、部屋の中に視線を向ける。


 ベッドの上にぽん、と置かれたとんがり帽子。魔方陣が表紙に描かれた本。棚に並んでいるのは、謎の薬品トカゲの尻尾ヒキガエルそしてやっぱりおぞましいキメラのぬいぐるみ。あるいは、この部屋に来るまでに見たファンタスティックな建物の内装、過ぎていく部屋の中に見える魔方陣に水晶に湯気を立てる大鍋に猫に烏に蝙蝠に小さな悪魔咆哮する檻の中のキメラその他諸々。


 ついでに。


 廊下の外で、どこにでもいそうな平凡な男子学生と高飛車風な女子が、何やら魔法を使った決闘を行っていて「何だあの男は!?」「あの学園トップランカーの『ファイアボールの女王』と互角だと!?」「ふ……面白い奴が現れたな」「ええ、彼ならばあるいは……」とか何とか言いながら周囲の人間がざわついていたしそりゃまあ魔法学園だろう。


「ええと……それで、俺の弟子になりたいって、その……どういうこと?」


「貴方はそれなりの実力者であるはず。そういう存在を召喚したはずだから」


「この世界の基準が分からないから何とも言えんが、一応、世界を救ったことは何度かある」


「やはりリア充」


 と得心したように何度も頷きながら、フォルトは言う。


「私は、ウィザード・アーツのウィザード」


「何だそのウィザード・アーツって」


「ウィザード・アーツ――それは、戦闘型魔法使いであるウィザードたちが命を賭けて戦う競技」


「ああ、うん。もう何となくわかった」


 さっき窓の外でやってたあれだ。

 間違いない。


「この学園の生徒には、ウィザード・アーツのために全国から集められた優秀な魔法使いたちがいる。トップランカーと呼ばれる学生たち」


「ああ、うん。さっき窓の外で言ってた」


「そして私は落ちこぼれ。ランクF」


「つまりそういう体裁を保っているだけの」


「いや。正真正銘完全無欠の言い訳のしようもない落ちこぼれ」


「と言いつつ実はステータス最強の」


「いいえ。ステータスも弱い。――見る?」


「え?」


 見れるのか?

 ステータスが?

 と思ったが、よく考えてみると異世界転生なのだし見れてもいいはずだ。というか、最初の転生のときに出会ったあの男がステータスオープン的なものを使っていた。むしろ、よく今まで縁がなかったもんだと思う。


「えっと表示器は確かここら辺に……、ああ、あったあった」


 と言ってフォルトが部屋の奥から取り出したのは若干埃を被った複雑な形状の道具。彼女はそれを膝の上に置き、何やら操作を行う。


「ちょっと待って。これ、起動までちょっと時間が掛かるから」


「パソコンの立ち上げみたいなもんか」


「ああ、そんな感じ」


「……ちょっと待った」


「何?」


「え? パソコン知ってるのか?」


「幾ら私たちがスマホ世代だからと言って、パソコンを知らないと思うのは甚だ失礼だと思う。極端な例を一般的な例と捉えるのは良くないこと」


「待て――え、スマホ?」


「ああ――失礼。リア充さんがスマホがない世界から召喚されてきた可能性を考えていなかった。スマホというのは―ー」


「いやいやいや、そうじゃなくて……え、何? 電気とかあるの? この世界?」


「電気? さすがリア充だけあって妙なことを言う。あんなオカルトは、まともな人なら誰も信じてない」


「じゃあスマホは何で動いてるんだ」


「魔力に決まってる」


「ああ……そういう……」


 と、俺は納得しかけたが、いやいや、と思い直す。


「いや、でも、人によって魔力量は違うんじゃ」


「何で人力前提。そこは普通に発魔所から送られてくる魔力を魔力プラグから送るに決まってる」


「生産されてるんだ……魔力……」


 俺が割とショックを受けているのを余所に。

 ぽ、と表示器とやらに光が灯る。


「よし、来た」


 とフォルトは言い、それから告げる。


「ステータスオープン」



      【■■■■■■】


名前:フォルトリス・R・エラーズ

種族:人間

職業:王立エイダ・バベッジ魔法学園学生


ちから :41

ぼうぎょ:14

すばやさ:43

まりょく:2


スキル

継承魔法


      【■■■■■■】



 表示器の上の空間。

 浮かび上がる光の文字列。

 俺は、それをしばらく眺めてから、フォルトへと尋ねる。


「……で、これはどうなんだ。比較対象がないからわからないんだけれど、平均から見てこれだと駄目駄目なのか?」


「そういうわけでもない。まあまあ普通」


「何ていうか魔法使いのはずなのに、ちからとすばやさが異様に高い気がするのは」


「私の武器はこの杖」


「魔力増幅器とかそういう」


「いや、これをフルスイングして相手を殴り倒すのが私の戦い方」


「まさかの脳筋!?」


「腕力と脚力には自信がある。子どもの頃からキメラを追っかけていた」


「まりょく」


「そっちに自信は無い」


「魔法学園の生徒だろお前おい」


「世の中には『まりょく:1』ないし『まりょく:0』の世界ランカーが三十人くらいいるから問題ない。まりょくが低いウィザードはむしろ強ウィザードが一般常識」


「お前の場合は」


「弱い」


「駄目だろそれ」


「まあでも所詮はただのステータス。ステータスはしょぼくても世界ランカーになってる人は幾らでもいる。そもそも今どき、こんなんで人間の出来の良し悪しが分かるわけがない。ステータスとかほぼ飾り」


「じゃあ何のためのステータスなんだ」


「身分証明代わりとか、まあそのくらい。今は個性の時代だから。多少能力値が高かろうと、すげースキル持っていようと卒業後の就職の役にはほぼ立たない。『へえ、ちからが100超えているんですかすごいですねー。で、何ができるんです?』とか言われる」


「酷い……」


 と、そう言えば中卒引きこもりだった俺は何かこう、現実を突きつけられたような気分になって少なからず落ち込む。


「まあ、私は卒業したら実家のキメラショップを継ぐから関係ないのだけれども。そのための資格も取得済み」


「くそ!」


 とか何とか話をしている内に、しばらくすると、宙に浮かぶ光の文字は消える。すると、フォルトがこちらに表示器を押しつけてくる。


「せっかくだから、これから師匠になるリア充さんのステータスも見せて」


「いいけど……俺もちょっと見てみたいし」


「これで私より弱かったら爆笑もん」


「怒るぞ?」


 と告げつつ、俺は言う。


「ええと……す、すてーたすおおぷん?」



      【■■■■■■】



名前:バット


種族:召喚者

職業:無職


ちから :255+

ぼうぎょ:255+

すばやさ:255+

まりょく:255+


スキル

召喚精霊馬(アレクサンドリア)、

身体能力強化、身体能力強化、身体能力強化、

身体能力強化、身体能力強化、身体能力強化、

身体能力強化、身体能力強化、身体能力強化、

魔法能力強化、魔法能力強化、魔法能力強化、

魔法能力強化、魔法能力強化、魔法能力強化、

魔法能力強化、魔法能力強化、魔法能力強化、

五感強化、五感強化、五感強化、五感強化、

肉体時間加速、肉体時間加速、肉体時間加速、

思考時間加速、思考時間加速、思考時間加速、

完全耐性、完全耐性無効耐性、

完全耐性無効耐性貫通耐性、

完全耐性無効耐性貫通耐性ブレイカー耐性、

強化物理耐性、強化物理耐性、強化物理耐性、

強化精神耐性、強化精神耐性、強化精神耐性、

強化魔法耐性、強化魔法耐性、強化魔法耐性、

強化即死耐性、強化即死耐性、強化即死耐性、

対物理法則耐性、対空間耐性、対時間耐性、

完全耐性無効、完全耐性無効耐性貫通、

完全耐性無効耐性貫通耐性ブレイカー、

対人特攻、魔物特攻、ゴーストバスター、

ドラゴンスレイヤー、四天王ジェノサイダー、

英雄キラー、魔王デストロイヤー、亜神殺し、

対障壁特攻、対障壁パイルバンカー、壁殴り、

空間破壊、概念砕き、死神、相手は死ぬ、

空間操作、時間操作、物理法則操作、治癒、

未来予知、第六感探知網、千里眼、

自動回復、自動回復、自動回復、自動回復、

レベル(9405)、レベル補正適用、

半不老不死、完全無病息災、超健康体、

幸運補正、幸運補正、幸運補正、悪運補正、

フラグ・クラッシャー、フラグ補正適用、

ネクロマンサー、錬金術、擬似死者蘇生、

落下耐性、落下耐性、落下耐性、落下耐性、

落下強化耐性、落下強化耐性、落下強化耐性、

落下スーパー耐性、落下ハイパー耐性


      【■■■■■■】


「無職って何だおい」


 まず何よりも先に俺は尋ねる。無職て。

 が、フォルトは俺の言葉を無視して言う。


「やばい。想像してたよりもリア充やばい。――ナマ言ってすいませんでした。今後は敬語を使わせてもらいます」


「いや、いまさら敬語になられても困るから……というか、ステータスは飾りって言ってなかったか?」


「いや100辺りからはやっぱすごい。まさかの全能力255+とか馬鹿かと」


「えっと、その255ってのは」


「能力の最高値。+はそれ以上ってこと」


「999じゃなくて?」


「999というのは?」


「いや別に……これってどれくらいすごいんだ?」


「これなら嵌めを食らうことにさえ気を付ければ能力値の暴力だけでウィザード・アーツの世界ランカーを狙える。と言うか普通にスキルがやばい。こんなにスキル持ってる人みたことない。絶対に女の子たちからもきゃーきゃー言われるに違いない――リア充爆発しろ」


「いや、だから俺はリア充じゃないっての」


「だから、それは嘘。代々受け継がれてきたミドルネームのRが、今も『嘘つけ』と言っている」


「……その、お前の名前のRってのは」


「リア充爆発しろ」


「うわあ」


 先祖のリア充に対する殺意が強すぎる。


「お前の先祖はよっぽどリア充が嫌いだったんだな」


「まあ、私が今こうしてここにいるということは、歴代の先祖の連中も祖父母も父も母もこう、その……まあ、そういうこと。つまりそういう相手がいたということであり、つまり――リア充爆発しろ」


「お前の先祖は何でそんな致命的な矛盾が存在する言葉を家訓にした?」


「さあ……あるいはたぶん鈍感だったのだと。こう周りに女の子を侍らせながら『あー、俺不幸だわー、リア充じゃねーわー。リア充爆発しろ』とか言ってたのだと」


「リア充爆発しろ」


「まあそれはともかくリア充さん。貴方にはどうか私の師匠になってもらいたい。私は、どうにかして学園のランク決定戦で勝ち抜きたい。勝ち上がって、世界大会に出場する学園ランカー戦に出場したい」


「……何か理由が?」


「ある」


 きゅ、と唇を結んで。

 フォルトが、真剣な顔で言う。


「私には、ランクトップの連中と戦って、やらなければならないことがある」


 その真剣な表情を見て、俺はごくり、と固唾を呑んで続く言葉を待つ。


「……そう、私には」


 静かな声で。

 つ、と、こちらから顔を逸らすようにして。

 フォルトは言う。


「実家のキメラショップの宣伝をする――という目的が」


「帰る」


「何故!? これはとっても重要なこと! 学園ランカーをシードにしての学園総合トーナメント本戦は全国のテレビとネットで中継される! そこで実家のキメラショップを宣伝すれば、儲かること間違いなし! もしかしたらキメラブームの大波だって来るかもしれない! 上手くいけば億万長者! お札を団扇に出来る!」


「俺だって倒さなきゃならない奴がいるんだ――それに俺、ただ強いだけで誰かに教えられるような立派な人間じゃねえぞ。弟子なんざ持ったことねえからな」


「ならば私が弟子その1となる」


「聞いちゃいないな」


 と俺は溜め息を一つ吐いて、それから女神様に言われた言葉を思い出す。


 ――ちゃんと休んできて下さい。


 休め、か。

 女神様の言うことだし、その通りにするべきなんだろう――と俺は諦める。


「……分かった」


「おお」


「でも、一つだけいいか?」


「何?」


「俺がお前に教えられるのは、俺の戦闘技術じゃない」


「?」


「グレンフォード・ホッパー――それが、俺に技を教えてくれた人の名前で、その人の剣技を託されて、俺はそれを連れてきた」


 だから、と俺はフォルトに告げる。


「……お前に教えられるのは、ほぼその人の技術だ。俺自身がお前に教えられる技術なんてのは、ほとんど無い。それで良ければ――よろしく頼む」


 そう言って、片手を差し出す俺を、フォルトは何か珍しいものでも見るように見て、それからきゅっ、と唇を結んで言う。


「それなら、私も半端なことはしない」


 ふわり、とポニーテールを揺らし。


「どうかよろしく――師匠」


 フォルトはそう言って、俺の手を両手で握り返してきた。


「で」


「うん?」


「俺はどこに住めばいいんだ? ここか?」


「師匠はデリカシーがない。男女が同じ部屋に住むとか絶対によろしくない」


「ええと。あれか――じゃあ、俺は野宿か」


「違う。何でそうなる」


「うん? じゃあどうすればいいんだ?」


「決まってる」


 フォルトは俺に言った。


「役所に行けばいい」


「…………え?」


 と、俺は間の抜けた声を上げた。

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