99周目

99周目①.99回目の。

 美少女にまた負けた。98回目だった。

 意識の奴が「な、なかなかやるじゃねえか……」と産まれたての子鹿のように震えながら立ち上がろうとするのに手を貸してやって、俺は目を覚ます。

 目覚めるなり、女神が抱きついてきた。


「お待ちしてましたよバットくんっ!」


「どうも」


 と俺は言って周囲を見渡す。


 材質不明の白い床。

 正体不明の白い空。

 何故かある光。


 手抜き感溢れる雑な空間。


 ――99回目の、転生の間だった。


「それじゃあ」


 と、抱きついてきている女神様に俺は言う。


「次の転生を」


「ええ! もうですかっ!? もっとバットくんといちゃいちゃしたいですよぉっ!」


「でも」


 俺は告げる。


「転生しないと」


「――ねえ、バットくん」


「はい。何ですか」


「何か、反応がえらく薄くなってますよ。大丈夫ですか?」


「大丈夫です。だから転生を」


「あー……これは駄目な奴ですね」


「役立たずですみません」


「そういうことを言っているんじゃないですよ……さすがに、戦って負けての繰り返しで、疲れてきたんじゃないですか?」


「大丈夫ですよ。俺はまだやれます」


「その台詞は全然大丈夫じゃない感じの台詞ですし、もう駄目な感じの台詞ですよ」


「俺は――」


「いえ。みなまで言わなくても大丈夫ですよバットさん――ここは一年ほど、次の転生先で休暇を取られてはどうですか?」


「休暇?」


 何だ休暇って。

 異世界転生先で休暇って、ちょっと意味がわからない。

 そんなことよりも、さっさと魔王とか倒してあの美少女と戦いたい。例え、勝てる見込みがまるで無かったとしても。

 俺は言う。


「必要ないんですが」


「まあまあそう言わずに――ほら、貴方の金属バットですよ」


 と言って差し出される金属バットを俺は受け取る。休暇と聞いてこの金属バットと引き離されるかと思ったが、そんなこともないらしい。少しだけほっとする。

 いや、それでも休暇はやっぱり必要ない。


「あの」


「――いいですか。バットくん」


 と、女神様は俺の肩に、ぽん、と手を置いて告げる。


「……ぶっちゃけ、貴方が手当たり次第に異世界を救いまくってるせいで、今ちょっと手頃な異世界がないんです」


「成る程」


「というわけでですね、ちょっとどこかの平和な異世界でのんびりしてきて下さい。その間に、どっかの異世界で危機とか発生するでしょうから」


「なら」


 と俺、言う。


「前に言ってた、魔王クラスの連中がわんさかいて、しのぎを削ってるような世界にしてください。良い訓練になるでしょうから」


「もお、わかんない方ですねもう!」


 と女神は頬をぷくり、と膨らませてから、俺に近づいてきて言う。


「ちょっと両手を上げて下さい!」


「はい」


 と、俺は両手を挙げる。

 そのまま、キスされた。

 99回目のキスだった。


「……やっぱり反応薄いですねー」


 唇を離し、俺をじっと見て女神様が言う。

 ちょっと寂しそうに。

 とんっ、と俺の身体を突き飛ばす。

 浮遊感。

 そして、声。


「ちゃんと休んできて下さい。バットさん」


 その言葉と共に、俺はまた異世界転生する。


 99回目の、異世界転生だった。


      □□□


 転生先にいたのは、何かこう学生っぽくて杖を持っていて何となく召喚術師っぽい雰囲気の女の子で「あ、これ異世界召喚とごっちゃになっている奴だ」と俺は思う。


 反射的に物理的精神的魔法的に有効な防御結界を三重に展開して、いつでも伏兵の攻撃を迎撃できるように金属バットを構えつつ、周囲の状況を確認。一応、自分の状態を魔法で確認すると正常な状態であるらしいが、そう錯覚させられているだけの可能性もあって油断できない。


 床を見れば、巨大な魔方陣。

 まだ魔力の光を残したままのそれの中心に、俺はいる。

 これはあれか。

 目の前の少女の召喚魔法を利用する形で転生した、ということになるのだろう。個人的にはその辺に放置されるよりは楽だ。目的が明確になりやすいから。今回の場合はどうだか知らない。

 俺は、とりあえず目の前にいる女の子に注意を向ける。


 もちろん、美少女に決まっていた。


 ファンタジー的な要素が多大に込められた、でもおそらくは制服に、魔法使い然としたローブを羽織った、魔法使い的な杖を手に持った美少女。

 その顔は妙に表情に乏しい無表情だが、さすがに俺の登場には驚いたのか杖を抱きかかえるように身じろぎし、頭の後ろで括られた栗色の髪がゆらりと揺れる。いわゆるポニテ。何と言うかこう、ふわっふわな髪だった。

 何にせよ。

 こうして召喚された以上は、相手が自分を召喚した事情を聞くべきだろう。

 魔王を倒せ、だと楽なのだが、そういうのは今品切れだとあの女神は言っていた。だとすると、何だろう――個人的な復讐の手伝いとかだったりするとちょっと困るな、と思う。


「ええと、ここは――」


 と、とりあえず声を掛ける。

 す、と。

 女の子は一歩引いて、ぽつ、と声を出す。


「り――」


「り?」


「リア充爆発しろ」


 直後。

 何もないところで、というか何もしていなかったのに――こけた。


 こけた拍子に、魔方陣の一カ所に置いてあった――たぶん触媒とかそういう奴なのだろう――液体の入った瓶を割り砕く。それで何がどう反応したのか一切わからないが、とにかく結果だけを言うと爆発した。

 あらかじめ張っていた障壁が無かったら即死だった。だから油断ならないのだ。

 到着早々に死にかけた俺は、とりあえず彼女に言う。


「俺はリア充じゃない」


「ご、ごめんなさい――でも、何となく頭を撫でられそうな気配を感じた」


 と、女の子は謎の主張を繰り出す。


「――初対面で他人の頭を撫でてくる男は危険。間違いなくリア充」


「リア充だって初対面の相手の頭を撫でたりはしない。たぶん」


「む」


 と、そこでこちらの言葉に女の子が反応した。


「貴方はもしかして『リア充』の意味を知っているのか」


「知ってる」


「『リア充爆発しろ』は私の家に先祖代々伝わってきた呪いの言葉。貴方が何故それを知っている?」


「ええと」


 何と言えばいいのかわからず戸惑っていると、彼女は言う。


「それに今、貴方はリア充ではないと言ったが、それは違うはず」


「何故?」


「私に流れる先祖の血が、貴方のような存在を許さんと叫んでいる。――『リア充爆発しろ』と。故に、貴方はきっとリア充で、つまり貴方は私の敵。そうに違いない」


「なら、俺が召喚されたのは、君に殺されるためとかそういう」


「いえ。それはそれとして」


 と、そこで女の子は三つ指突いて頭を下げて、ふわふわなポニテをゆらり、と揺らしながら、


「私の師匠になって。リア充さん」


 と、無表情に俺に告げた。

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