彼女がギロチンに掛けられるまで⑰


 まずは歌ってみた。ひたすらアニソンだ。

 歌声がまるで部屋に響かないため、強烈な違和感があったが、歌は歌だ。とにかく何でもいい。夢だの希望だの大好きな貴方についての曲だのを歌いまくる。オンパレードだ。

 思ったよりも、ずっと良い感じだった。

 これ意外と余裕なんじゃね、と思った。

 ちょっと暗いところに一人で押し込められたくらいが何だ。文化の勝利だ。身体を動かせなくなるくらいの狭い場所に押し込められたならともかく、これなら全然へっちゃらだ。爪を一本一本剥がされたりするよりもずっとマシだ。そう思って、ふっへっへっ、と私は笑ってみせる。

 だからもちろん、あの老人が来ても別に


「お食事ですよ」


 ぱあっ、と視界を焼くランプの赤色。

 かつん、という耳を打つ乾いた靴音。

 そして、扉を開けて現れた老人の姿。


 その瞬間に、私は心底ほっとした。

 その感覚に、私は心底ぞっとする。


 最初の一回目で――もう、このザマか。

 分かってはいたことだが、この環境は人間が耐えられる環境じゃない。どんな強靭な肉体を持った人間でも、首と胴を断ち切られれば容赦なく死ぬのと同じだ。どんな強靭な精神を持った人間でも、自身を外部から断ち切られると容赦なく心が死ぬ。

 そんな瀕死の心が縋れる逃げ道が、ここにはたった一つだけ用意されている。

 そして、その道はギロチンに直通している。

 えげつないやり口だった。

 老人が用意してくれたのは、思ったよりも普通の食事だった。まだ温かかった。

 食欲はまるでなかった。

 それでも、一口食べる。

 美味しい、と味覚が伝えてくるが、脳がそれを上手く処理することができない。

 が、食べないと絶対に耐えられないので、無理矢理喉の奥に押し込む。ちょっと吐きそうになったが、水で押し込む。

 老人が、私に話しかけてくる。

 恐ろしいことに、老人は、こちらに喋れとは一切言わない。ただ、他愛のない雑談をするだけだ。他者との会話。今の私が切実に求めているものを与えるだけ。それだけで、感情は理性を振り切ってこの老人に縋り付こうとする。

 老人が、扉を閉めて去っていくときに「待って」と叫ばずにいるためには、ありったけの精神力を振り絞る必要があった。

 再びやってきた暗闇と静寂の中で、私はやけくそな気持ちでまた歌い始める。

 大丈夫、と自分に何度も何度も何度も何度も言い聞かせる。本当は絶対大丈夫じゃないと分かっていたが、無理矢理自分に言い聞かせる。

 きっと大丈夫に決まっている。

 私は――孤独には慣れているのだから。


      □□□


 あの日、私は父に電話した。

 頭の中に、大事に大事に仕舞い込んでいた父の携帯端末の番号を引っ張り出して、私は電話を掛けた。

 迷惑を掛けるかもとか、法律的な問題がどうとか、そもそも私の方から関係を絶とうとしていた癖にとか、そういうあれこれは全部頭からすっぽ抜けていた。

 そんなこと、もう知ったこっちゃなかった。

 とにかく寂しくて寂しくて仕方がなかった。

 私の頭の中にあったのは、電話番号が変わっていたらどうしよう、ということだけだった。他のことは何もかももう、どうでも良かった――やっぱり私は優しくなんてない。

 震えながらコール音を聞いた。

 繋がった。

 私は何かを言おうとした。たぶん、無茶苦茶なことを言おうとしたのだと思う。思いっきり息を吸い込み、それから一気にまくし立てようとして、


「――もしもし、です」


 と、電話口に出たのは、父ではなかった。

 ちっちゃな女の子の声。


「おとうさんは、いま、おふろにはいっています。ごようけんでしたら、わたしがききますです」


 まくし立てようとしていたぐちゃぐちゃな言葉が、行き場を失って霧散した。

 そのことに――父に、そんな言葉を投げかけずに済んだことに――ひどく、ほっとしている自分に気づいた。

 良かった、と思った。

 この子が出てくれて、本当に良かった。

 電話口の向こうにいる女の子が、言う。


「もしもし、です?」


 私の父の、私とは違う子どもである彼女が、舌っ足らずな声で言う。


「もしや、わるいでんわのひとですか?」


「違うよ」


 と、私はそう言った。


「番号を掛け間違えちゃったの。ごめんね」


「そうなのですか。でもだいじょうぶです」


 と、女の子は私に言う。


「ひとはだれもがまちがえます。わたしもまちがえますし、おとうさんもおかあさんもまちがえます。だから、それがほんとうにゆるせないまちがいでなければ、それはゆるしてあげるべきなのです――なので、わたしはおねえさんをゆるします」


「それは、貴方のお父さんが言ったの?」


「はいです」


「素敵なお父さんだね」


「でもちょっとたよりないです。おかあさんも、もっとしゃきっとしなさいと、おとうさんによくいってます」


 その光景が何となく頭に浮かんで、私はちょっと可笑しくなる。


「でもですね」


 と、女の子は言った。


「おかあさんは、わたしとふたりでいるときに、おとうさんはりっぱなひとなんだとよくいいます。あんなにそんけいできるひとはいないんだよ、といいます――あれですね。つんでれ、なのです」


「…………」


 なかなか将来有望そうな子だな、と私は思う。漫画とかアニメとかゲームで覚えたのだろう。きっと。


「だから――わたしも、おとうさんはりっぱなのだとおもいます。おとうさんのことが、わたしはだいすきです」


「そっか」


 と、私はうなずく。

 そうか。そうなのか。

 父は、ちゃんと父のことをわかってくれる人に出会えたのだ。

 よかった、と私は思う。

 だから、もう頼れないな、と思った。

 きっと今でも、父は、私が頼れば私を助けてくれるだろう。ちゃんと分かる。ちゃんと分かるから、もう、それだけでいい。

 もう、頼ってはいけない。

 私は言った。


「ねえ、着信履歴って分かるかな?」


「けすのです?」


「そうそう。話が早いね」


 さすが現代っ子。ハイテクだ。


「はいです。よくわからないあいてにじぶんのこじんじょうほうがしられてしまって、そこからおもわぬとらぶるになったりすることがしんぱいなのですね。だいじょうぶ。ちゃんとけすので、あんしんしてください」


「…………ありがと」


 セキュリティ意識がちょっと高過ぎる。

 現代っ子すげえ。


「それじゃ、ばいばい――素敵なお父さんと仲良くね」


「はいです。それであの、おねーさん」


「うん?」


「おねーさんのおなまえ、ききたいです」


「私の?」


「だめ、です?」


「うん」


 個人情報だからさ、と私は誤魔化した。


「だから――ひみつ」


「そうですよね」


「ごめんね」


「いえ……さよなら、です。おねーさん」


「うん。ばいばい」


 そう言って、私は電話を切った。

 受話器を置く。

 ちょー可愛い子だったなあ、と思った。

 一度会ってみたかったなあ、と思った。

 でも、いいのだ。

 もう、いいのだ。

 ふっへっへっ、と無理矢理笑って。

 私は、翌日のための準備を始めた。


      □□□


 ぐるぐるずるずる、と。

 手錠を掛けられた手を壁に添え、暗闇の中をひたすら歩き続ける。足取りはまったく軽くない。脚を引きずっているような感覚。それでも、そうしていなければ、正気を失ってしまいそうだった。

 歌うのは、もうやめた。口を開いていると、途中からただの悲鳴に変わってしまうから。

 くすくすくすくす、と。

 足音一つ響かないはずの部屋に、しばらく前から、誰かの笑い声が聞こえ始めていた。私の笑い声ではない。意識的に笑おうとしても、どうにも上手くいかない。

 まあ、まず間違いなく幻聴だ。

 疲弊した精神が私の脳に聞かせている、どこにも存在しないはずの声。

 やべーな、とさすがに私は思う。

 弱った心に引っぱられるようにして、身体の方も疲弊している。どこかふわふわした感覚がある癖に、身体の動きは重石でも乗せられたように鈍い。体力がだいぶ落ちている。何とかしなければと思っているのに、前回の食事も、また吐いてしまった。

 何日目だっけ、と私は記憶の中に手を突っ込んで探してみるが、手先はどうも覚束ない。全然思い出せない。

 何でこんなことになっているんだっけ、という基本的なことを思い出そうとしても、随分と時間が掛かる。しかも時間を掛けた結果、だってバットの奴に手料理を作ってやらねえといけないしな、とどうにもちぐはぐな思考が頭に浮かぶ。そして、そのまま思考が横道に逸れる。おいそっちじゃねえぞ、とも思うがどうも止まらない。


 バットの奴は何て言うだろう、と思う。

 美味しいと言ってくれるかな、と思う。

 そんなデリカシーはねえよな、と思う。

 そんときゃもちろんキレるぞ、と思う。

 まあいつも通りな感じだろな、と思う。

 だから、まだ死にたくないな、と思う。


 バットの奴に、手料理を食べてもらいたい。


 何か同じとこに戻ってきたな、と自覚する。

 でも少しだけ元気が出た。

 少しだけ笑えた。


 まだ――私は死ねない。


      □□□


 美少女でなくなった頃、私は料理を始めた。

 料理を始めるにあたって、まずは調理器具を買う必要があった。私の家には、無駄に広くて高性能なキッチンがある癖に、そこには包丁もフライパンも鍋もなかったからだ。父がいた頃、たまに父によって使われていた最低限の調理器具は、母によって全部捨てられていた。

 そんなわけで、私が一番最初に買ったのは、スーパーで売っているフライパンだった。表面にコーティングがされてる奴。税込だか税抜だかで980円だった。

 最初に作ったのは、目玉焼きだ。

 油汚れ一つないキッチンコンロの上にそのフライパンをのせ、売り文句として書かれていた「油無しでもくっつかない!」という言葉を信じて油も敷かずに焼いた。その結果、めっちゃくっついたし焦げたし崩れた。半泣きになりながら炭化した卵だった何かを食べた。

 それが私が作った、最初の料理。

 それから、鍋を買って、包丁を買って、それ以外にもいろいろな調理器具を買って、そうして目玉焼きを上手に作れるようになった頃。

 私は、家族ごっこをやり始めた。

 やり方は簡単だ。

 まず、料理を四人分作る。

 それを食器に分ける。

 私の家には何故か食器がたくさんあった。母が節操なく取り揃え続けてきた、母自身の個性と言うものが何一つ存在しない、かつては流行の最先端だった綺麗で高価な食器の数々。そして飽きられ、食器棚の中で埃を被っていた残骸たち。

 私の同類。

 それらを私は棚からそっと引き出して、宝石を扱うようにそっと机に並べた。

 数は四人分。

 私は、そんな高価な食器たちに、980円のコーティングの剥がれ掛けたフライパンで作った料理を、丁寧に丁寧に盛りつけた。

 とすん、と私は椅子に座った。

 それから、妄想の中の母と父、そして兄だったり姉だったり弟だったり妹だったりする他の三人を頭の中で空想し、その空想の中で夕飯を食べる。空想の中の彼らとお喋りしながら――たった一人で。

 やべーよなこいつ、と自分でも思っていた。

 どん引きされても文句は言えないし、そして何より、最終的にゴミ箱行きになる料理たちがあまりに不憫過ぎた。


 でも、やめることができなかった。


 誰かのために料理を作りたかった。

 こんな風に出来るようになったんだよ、と誰かに言いたかった。すごいでしょ、と胸を張ってみたかった。そしてできれば、すごいね、と誉められたかった。

 でも、そんな相手は一人もいなかった。

 最後の最後までそうだった。

 ベランダからうっかり落ちた、あの日。

 私は、それらの食器を全部叩き割った。

 ぱりん、ぱりん、と。

 乾いた音を立てて、私の同類である食器たちは割れていった。一つ割る度に、自分がどんどん後戻りできなくなっていくのが分かった。

 全部の食器を割ってしまってから、今度は調理器具をぐちゃぐちゃにした。安っぽい包丁の刃をばきんと叩き折って、ぺらっぺらな鍋をべこんと潰した。

 980円のフライパンは、割と頑丈だった。

 それでも、何度も何度も叩き付けていると、持ち手の部分が弾け飛ぶようにして外れて、コーティングの剥がれ掛けた内側は、ぼっこぼこに凹んで原型を失った。

 ごめんなさい、と私は思った。

 ごめんなさい、ごめんなさい、と思いながら、砕けた食器と壊れた調理器具の真ん中で、もう使い物にならなくなったそのフライパンを、ぎゅう、と私はしばらく抱き締めて。

 それから。

 私は、窓を開けて、ベランダに出た。

 夜明けの空を見る。

 雨上がりの空は、何だかちょっとぼやけて見えたけれど、でも良く晴れていて、雲一つ無くて、ちょっとびっくりするくらい青く澄んでいた。


 飛んでいけそうだな、と少しだけ思った。


      □□□


 身体が動かない。

 その気力もなければ体力もない。

 ただ、ひたすら膝を抱えていた。

 扉が開く。

 老人が入ってくる。光と音と一緒に。

 ただそれだけで、泣きそうになった。

 食事が目の前に置かれる。バケツと一緒に。

 食べなきゃ、と思って無理に口に運ぶ。

 すぐにバケツに吐いた。


 苦しい、と思う。

 駄目だ、と思う。

 助けて、と思う。

 耐えろ、と思う。


 誰かの名前を、口が勝手に呼ぶ。

 一体、それは誰の名前だったか。


「あの」


 と、老人が言う。


「その方ですが」


 少し、言い辛そうにして告げる。


「亡くなりましたよ」


 瞬間的に、意識が覚醒した。

 ふざけんな、と脳が正常な思考を取り戻す。


「……嘘だ」


 相手の言葉を否定する。

 それを無視して、老人が話を続ける。


「この国に代々伝わる『黒い毒』と呼ばれる魔法毒がございます。大抵は刃に塗り込んで使いまして――いかなる治癒魔法をも無効化し、体内に入れば、それから一日と待たずに対象を殺傷する。この世界において、最も凶悪とされる呪いです」


 もちろん知っている。

 刃に塗り込む以外に、食事や飲み物なんかに混ぜて使われることも。

 なぜなら、私と似ていた彼女を殺したのも、その毒だったから。


「我らが王は、かの『謀略王』にその毒を一瓶分け与えておりました」


 第七国王の名前が出た瞬間、私の胸の内に小さな不安が生まれる。なんせ、物事が上手く転んだ結果とはいえ、私とズ・ルーを手玉に取ってみせた奴だ。


 ――あいつ後で殺しておかないとな。


 と、軽い口調で言っていたことを思い出して、少しぞっとする。


「どうやら、それが魔王軍に使われたようです――かの『魔人王』によって」


 確かに。

 確かに、バットはあのどう考えても勇者の兄にしか思えない仮面の男に、一度負けている――筋は通る。


「しかしどうやら、相打ちの形となったようです――さすがは噂に名高い『鬼人』、毒にその身を蝕まれながらも、最後の力を振り絞って『魔人王』を打ち取ったようです。……これで、魔王は最大戦力たる四天王を全て失ったことになります。遠からず、勇者の手によって魔王は討ち取られるでしょう」


 老人の口調はひどく淡々としていて、嘘を言っているようにはまったく思えない。

 でも、嘘のはずだ。

 きっと、ここで私の心をべっきべきにへし折ろうとしているのだ。たぶん、向こうもそろそろ余裕が無くなって来ているのだろう。

 と、理性が私に訴える。

 でも――もしかしたら。

 と、弱った心が不安な感情を抱く。

 もしかしたら、バットは死んだのかもしれない――だって、バットだって死ぬのだ。一体何をどうやったらあんな奴を殺せるのはわからないが、転生している以上は、そりゃ死んでいるのだ。

 ぐいぐい、と感情に引っぱられて。

 ぐらりぐらり、と理性がよろめく。

 もちろん、死んだところであいつはまた他の異世界に転生するのだろう。

 でも、そうなったら、もう会えない。

 当然、料理を作ってやることもできない。

 嫌だ、と私は思う。

 嫌だ、嫌だ、と子どもみたいに思う。

 私は聞く。

 ああこれはもう駄目かもしれない、と自覚しながら、それでも老人に縋る。


「死ぬ前に」


「はい」


「――彼は、何か言っていましたか?」


「ええ。彼は最後に言ったそうですよ――」


 と、老人は私を労るような優しげな口調で、私にこう告げた。


「――貴方のことを愛している、と」


「それはない」


 即答した。

 感情が、引っぱって傾けていた理性をぽいと放り出して、それはねえよ、とツッコミを入れた。

 もう確信した。

 バットが死んだというのは、嘘だ。

 愛している、とかそんなことを、死に際だろうが何だろうが、あいつが私に言うはずがない。例の馬には言うかもしれないが、私には言わない。絶対に有り得ない。


 あいつは私に萌えたりしない。

 私があいつに萌えないように。


 例え、お互いのことが好きだったとしても。


「そういうんじゃ、ないんです。私たちは」


「そうなのですか」


 老人は特に動揺を見せなかった。

 少なくとも、表面上は。


「もう、歳でしょうかね――私には貴方と彼との関係が、よくわかりませんね」


「安心して下さい。私たちにも、何がなんだかよくわかってないんです」


「そうなのですか」


 と、老人は私に微笑んだ

 何となく、本心から微笑まれているような――というか、苦笑いされているような――そんな気がした。


      □□□


 もちろん、飛べなかった。まあ当然だ。

 おまけに即死できなかった。

 痛かった。

 めちゃくちゃ痛かった。

 やめておけば良かったとすげー後悔した。

 でも、泣くことすらできなかった。

 助けて、と掠れた声を絞り出したけれど、周囲には誰もいなかった。私の掠れた声は誰にも聞かれずに、青い空の向こうへと吸い込まれて消えた。

 広がっていく自分の血をぼんやりと眺めて。

 ああもうちくしょう、と思った。

 最後まで――私は一人ぼっちなのか。

 やだな、と思った。

 やだよ、と思った。

 お父さん、と思った。

 お母さん、とも思って。

 助けてよ、ともう一度だけ思って。

 ぷつん、と。

 何かが切れて、視界が消えた。

 そこからの記憶は、もうない。


      □□□


 もう駄目っぽかった。

 硬い床に這いつくばりながら思う。

 もう頭が回らない。

 精神的にはボロ雑巾みたいだったし、肉体的にもどうしようもなく衰弱していた。

 もう死ぬ。

 たぶん、次にあの老人が来るまでに死ぬか、あるいは次に老人が去ったあとに死ぬかの違いだ。

 そんなことを考えていると、扉の外に何となく気配を感じた。

 どうやら後者の方らしい。

 仕方ない。最後の仕事だ。

 口を開いたら絶対全部吐いてしまいそうだから、ひたすら黙秘を貫こう。まあ大丈夫だ。どうせ、これ以上はもう喋るのもきっついのだから。

 そう思っていると、


 どがん、と。


 扉が吹っ飛んだ。

 それはもう景気良く吹っ飛んだ。

 もし扉の前で這っていたらたぶん死んでいたのでは、とちょっと思う。まあ、さすがに部屋の中の気配を探ってからの行為だと思う。そう思いたい。

 かつ、と。

 足音を鳴らして、誰かが入ってくる。


「バット?」


 と、反射的につぶやくが、さすがに違った。

 入ってきたのは、女性だ。

 存在感の塊のような――私の共犯者。


「残念だったな――妾じゃよ」


 と、アリアは私を優しく抱き起こしながら、笑ってみせる。


「お主の王子様でなくて、すまんの」


 そんな彼女の言葉に私は安堵しながら、


「だから、そういうんじゃないですってば」


 と、とりあえずそこは否定しておいた。

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