彼女がギロチンに掛けられるまで⑮
革命の準備が整った。
後はもう、あの第七国王をはっ倒すだけだ。
もうさっさと始めた方がいいだろう、と主張する私に対して、アリアが言った。
「いいからお主。あやつと会ってこい」
と、言われた。
誰って、そりゃバットの奴とだ。
何でだよ、と思ったが「いいから行ってこい。超行ってこい!」と急かされたので会っておくことにした。
何となく気まずかった。
たぶん、「首輪切り」とあの少女を殺したせいだ――何となく、バットの隣にいてはいけないような気持ちがあった。もう来るな、と言われるような気がした。
バットの奴に嫌われたくなかった。
そんな私の気持ちとは裏腹に、そいつはいつも通りに馬の世話をしていた。
「よーす」
と、いつも通りに私は声を掛けてみた。
「おう」
と、いつも通りに適当な返事が言ってきた。
めちゃくちゃほっとした。
やっぱマイナスイオン出してるなこいつ。
それから、私は革命の準備が整ったことを告げて、そのまま取り留めのない話を続けながら、これからのことを思う。
革命を終えた後のこと。
魔王を倒した後のこと。
革命を終えたら、私は女王になるのだと思う。さすがに、ならないってわけにはいかないと思う。正直なところ、私みたいな地味な奴よりもアリアの方が適していると思うのだが、そういうわけにもいかない。そして、女王になったら今みたいに自由に行動することはできない。バットの奴とも、そう簡単に会うわけにはいかなくなる。なんせ、かたや女王で、かたやただひたすら強いだけの得体の知れない人間だ。
そして。
魔王を倒した後、バットの奴は元の世界に戻る。例の美少女と戦う。意味は未だにちょっとわからない。
私は、それを引き留めるつもりはない。
それに、もし仮に、私が「行くなよ」と引き留めたところで、たぶんバットの奴は行くだろう。私にはよく分からなくても、バットにとって、その美少女と戦うことは何かとても大切なことなのだ。
だからきっと――今が、こんな風にこいつと気楽に話せる、最後の機会なのだ。
バットの奴は、たぶんそんなことはわかってないだろうけれど――それでも、何となく、会話はしんみりした感じになった。
お別れのキスでもしてやるべきだろうか。
そんなことを、私はちょっと思う。
馬鹿みたいだった。
私はこいつに、なんかいまいち萌えない。
こいつも私に、なんかいまいち萌えない。
いやその「もう付き合っちまえよ」という空気は実のところそこかしこから感じるのだが、でも、違うのだ。そういうんじゃないのだ。ツンデレとかじゃなくマジで違うのだ。
じゃあ、どういう関係なんだよと言われると、上手い言葉がどうも見つからない。何かものすごい適切な言葉があるような気がするが、どうもその言葉が出てこない。
まあいいや、と私は思う。
どうせ、もうお別れなのだから意味はない。
それでもせめて、ちゃんとお別れしよう、と思った。キスはともかく、ちゃんと「さよなら」と言って、お互いに後腐れのないようにしないといけない。
父と別れた――あのときと同じように。
そして。
そんなことを思っていると、バットの奴が何かちょっとそわそわし出した。なんか挙動不審な感じだ。若干きもい。
「なあ、メガネ」
と、何か言おうとしている。
もしや、と私は思う。
これは最後の最後に大逆転で、ついに私と眼鏡に萌えるようになったのだろうかよっしゃ私と眼鏡の勝ちだ、と思って心の中でガッツポーズを取ったが、
「お前にも眼鏡にもいまいち萌えない」
と、あっさり一蹴された。
最後の最後までそれかよ、と思う。
この野郎こっちの台詞だ、と腹を立て、
もういつも通りでいいや、と全部諦め、
まあそれも悪くないかな、と苦笑して、
「でもさ、俺、お前のこと好きだよ」
と、バットの奴は私に言った。
私はいいぜその喧嘩買うぜと腕まくりをしてふざけんな最後なんだから嘘でもそこは萌えるっていっておけよてめーは本当甲斐性のない男だなそんなんじゃこの先一生モテないままだぜそれでいいのかこんにゃろーと私はバットの奴に言、
「――え?」
と、間の抜け切った声が出た。
え?
今、何て言われた?
聞き間違いかと思って、バットの奴の顔を見ると、なんかちょっと気恥ずかしそうに顔を赤くしていて、やっぱちょっときもい。
でも、つまりは、その――聞き間違いというわけでは無さそうだった。
頭が真っ白になった。
たぶん、適当なことを言ったとは思う。それはツンデレ過ぎると馬鹿にしてやったはずだ。本当ツンデレだと思う。やっぱツンデレ好きは一味違う。なんか、料理を作ってやる、と約束してしまった。一国の女王が料理のためにその手腕を振るっていいのか未知数だが、言ってしまったのは仕方がない。
それから、その後で。
「私もさ」
私は、バットの奴に言った。
「あんたのこと好きだよ」
言ってしまった。
「――まあ、いまいち萌えないんだけどさ」
気恥ずかしさを隠すためにそう告げて、逃げるようにバットの前から立ち去った。
バットの姿が見えなくなってから。
馬鹿、と私は思った。
さらに馬鹿馬鹿、とも思って。
馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿大馬鹿やろう、と思った。
これじゃ、お別れできてないじゃないか。
というか、まるで恋人みたいじゃないか。
おいおい、まじでどうするんだよこれは。
恐ろしいことに、未だにいまいち萌えない。
私は、やべーなこれ、と連呼しながら、その場を右から左に行ったり来たり、ぐるぐるぐるぐると回ったりして、
こつんっ、と靴が木の根っこに引っかかる。
べしゃり、とその場ですっ転んだ。
ちょっと冷静になった。
定時連絡でもしとくか、と私は思う。
アリアからは「今日は別にしなくとも大丈夫じゃよ、メガネ。……うん、なかったらそういうことだと妾も察するから」と何やら良い笑顔でぽんぽん肩を叩かれたが、連絡して悪いということもなかろう。
装置を取り出し、起動させる。
アリア様、と普通に呼びかけた。
普通だったつもりだったが、装置の向こうにいる彼女は、ひどく慌てたような声で私に言った。
『お、おい――どうしたメガネ!?』
「はい?」
『お主、泣いておるのか?』
「へ?」
と言って手を当てる。
ぽたり、と。
瞳から溢れ、頬を伝って落ちる、涙の感触。
確かに言われたとおりに、私は泣いていた。
「あれ?」
とっさに拭う。
頬を伝う涙は、まだ全然、温かいままで。
ぽたり、ぽたり、と。
拭った側から、また溢れてきて止まらない。
「あれ――あれ? す、すみません……」
『だ、大丈夫かっ!?』
と心配したように聞いてくるアリア。何やら、向こう側でばったばたと騒がしい音を立てて、
『待っておれよメガネ! 例え、かの「鬼人」だとしても関係ない! お主を泣かせるような真似をしたなら許さん! この命に代えても叩き斬る!』
と、何やら思い詰めたような声音で言ってくるので私は、大丈夫です、と涙声で私は答える。そうじゃないんです、と泣きながら笑ってみせる。
「これはたぶん――悲しくて泣いているわけでは、ないですから」
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