彼女がギロチンに掛けられるまで⑬

 爆発と同時に。

 椅子に仕込まれていた魔法障壁が発動した。

 だが、それでも完全には防ぎ切れないらしく、熱と衝撃を肌が感じ取る。ちりちり、と皮膚をあぶられるような錯覚を覚えて、全身が粟立つ。

 眼鏡を掛けて来なくて良かった。

 掛けていたら絶対に割れていた。

 たぶん悲鳴を上げたと思うが――問答無用でかき消されただろうから問題ない。

 爆音が収まったところで――本音を言えば、そのままずっと目を瞑っていたかったが、そういうわけにもいかないので――目を開く。

 ソルシィに仕掛けてもらった術式によって、屋敷は完全に崩壊していて、上を見上げれば夜空が見えている。

 少し焦げた椅子から立ち上がって。

 けほっ、と。

 咳を一つしながら、周囲を見渡す。

 星の明かりが照らす中、相手の姿はどこにも見えず、今ので消し飛んだか、と一瞬思ったところで、瓦礫を押しのけて「首輪切り」が現れる。

 さすがに満身創痍だった。

 攻撃魔法なんかに対応するためか、こいつも防御魔法を習得していたはずだから、それに魔力を全部ぶっ込んで、何とか今の爆発を防いだのだろうが――それでも防ぎ切れなかったらしい。

 こちらを睨む「首輪切り」の魔剣は半ばから折れていて、身体からは煙が立ち上っていて、衣服と皮膚が混ざって焼ける嫌な匂いが鼻を突く。

 当然だ。元とはいえ、四天王たる「魔導王」の術式なのだ。本職でもない奴の魔法で、そうそう防げるわけがない。

 というか、ぶっちゃけ私も少し焦げた。

 服とかがところどころ炭化して、ぼろっぼろになっていて、ちょっと際どい感じだ。軽度ではあるようだが、ところどころ火傷もしているらしい。めっちゃひりひりする。

 でも、もちろん動けないほどじゃない。

 だが、向こうは動けないほどの負傷だ。

 それでも、


「アメリいいいぃぃぃっ!」


 と叫びながら、折れた剣を構えて真っ直ぐこちらへと突っ込んでくる。魔力が切れているせいか時間加速はしていないが、この距離なら数歩で剣は私に届く。

 それに対し。

 ひょい、と私はそれを懐から取り出し放る。

 ひらり、と宙を泳ぐのは――ただの布きれ。

 当然、そんなものには見向きもせずに「首輪切り」は私に斬りかかろうとした。

 その足に、布が触れる。

 ぱっ、と布の表面にびっしり浮かぶ魔法陣。

 にゅ、と生き物みたいに足に纏わり付く布。

 しゅ、と布はそのまま相手の両脚を拘束し。

 足がもつれて、「首輪切り」がすっ転んだ。

 顔面から思いっきり行った。

 がりがり、と嫌な音がした。

 すげー痛そう、と私はちょっと目を背けた。

 足を拘束している布が何かというと、勇者パーティの一人であるござる魔女の使っている魔法具だ。彼女のお得意の呪縛の術式が込められていて、一度引っ付いたら専門の術者が解呪しない限りは離れない。強度も尋常ではなく、ちょっと鋼鉄が切れる程度の魔剣ではびくともしない――バットの奴だったら普通に引き千切るが、そういうのは例外だ。

 さすがに、この状態では「首輪切り」も、もう戦うことはできないだろう。


「さっきの毒のことだけれど――」


 私は、距離を保ちつつ地面でもがいている相手を見下ろし、告げる。


「――あれは嘘よ。安心していいわ」


 澄まし顔で、勝ち誇る。


「私の勝ちね――『首輪切り』さん」


 うん。

 すげー楽勝だった。

 いやもうホントに楽勝だったな、と私は内心で自画自賛する。バットの奴がいたらドヤ顔して自慢してみせるところだ。

 というか、そりゃ楽勝に決まってる。

 真っ当に戦えば、そりゃあ「首輪切り」の方が私なんかより遥かに強いのだろうが――私は小賢しい奴なのだから、もちろん真っ当になんか戦うわけがない。

 おまけに、こっちは相手の能力が把握できているわけだし、準備する期間だってたんまりあったのだ。負ける要素なんざどこにもない。

 そんなところにのこのこやってきて、そのまま無策に突っ込んで来るこいつが悪い。戦いなんては、基本的に戦う前から結果が決まっているものだ。臨機応変という言葉は聞こえが良いが、そんなもん限度があるに決まっている。

 赤信号を無視して突っ込んでくるトラックがどれほど脅威だとしても、事前に分かってさえいれば、青信号で渡らないとか、そもそも外出しないとか、戦車を用意して迎撃するとか、幾らでも取れる方法がある。

 ただし、バットみたいな奴が相手だった場合は割とどうしようもないが。

 ひょい、と。

 私は、これまた、ござる魔女から頂戴した道具を取り出す。

 針。

 手近なところで燃えている木片に近づけて、火を使ってちょっとあぶっておく。抗菌魔法が掛かってるから別に必要ないでござるよ、と言われたが、まあ気分みたいなもんだ。

 袖を捲って、ござる魔女が腕に墨で描いてくれた×印へと、ぷす、と針を刺す。針に刻み込まれた極小の魔法陣が発動して、血流へと直接治癒の術式を叩き込む。

 時間にして数秒。

 あっという間に火傷のひりひりが消えて、服が焦げている以外は元通りになった。さすがファンタジーの世界、現代医療もびっくりの即効性だ。腕がもげているとか内臓が潰れているとかでなければ、ある程度は治るらしいから本当に素晴らしい。

 ちなみにこの針、念のためにとあと二本貰ってきている。余裕があるから満身創痍な「首輪切り」の奴が死にそうになったら延命してやろう。こいつには、いろいろとゲロってもらう必要があるのだ。


「さて、と――」


 私はつぶやき、焦げた椅子に座って告げる。


「――それじゃあ、後は二人でゆっくり朝を待ちましょうか?」


「……殺せ」


「悪いけれど――今は駄目。貴方たちの本拠地やら何やらをちゃあんと教えてもらわなくちゃね?」


 これ完全に悪役の台詞だよな、と思いながらそんなことを言ったところで、不意に「首輪切り」が私に告げる。


「……ああ、そうか。成る程」


「あら? どうかしたの?」


「貴方は優しい人なんだな」


「え?」


 何言ってんだこいつ、と思った次の瞬間。

 右手で掴んだままの折れた剣を「首輪切り」が振り上げた。

 何する気だ、と思って。

 剣を投げつける気か、と身構え。

 そんな体勢で投げられるのか、と眉を潜め。

 「首輪切り」は。

 こちらの予想を裏切って、振り上げた剣を投げず、そのまま振り下ろした。

 自分の両脚に。

 すぱんっ、と。

 冗談みたいにあっさり、両足が切断される。

 直後に、噴き出す大量の血液。


「な」


 頭が真っ白になった。

 そして、半ばパニックを起こした脳味噌が、反射的に身体を動かした。


「何やってんだ!?」


 椅子を蹴倒してそう叫んで、針を取り出し、火であぶることも忘れて「首輪切り」の奴にぶっ刺してやろうとして駆け寄って――その瞬間に「あ」と気づいた。「この馬鹿」と口に出して自分を罵った。すぐさま回れ右をして逃げ出すよりも先に「首輪切り」の手が私を掴んだ。

 そのまま、引きずり倒されて。

 ぐい、と。

 相手の隻腕が私の首を締める。


 ぞっとした。


 怖かった。

 ぎりぎりぎり、と首をへし折らんばかりの力を掛けてくる手ではなくて、その行為の意味がわからないことが。

 私は視線を動かして「首輪切り」の両脚を見る。そこから流れ出ている血の量を見る。どう考えても致死量だ。針なんか刺したってもう間に合わない。「首輪切り」はもう死ぬ。

 何やってんだこいつ、と思う。

 だって、こいつの目的は奴隷を解放することだったはずで――私を殺すことではない。言ってしまえば私は通過点で、中ボスみたいなもので、命を賭けて差し違える相手ではない。私の命には、こいつにとってそこまでの価値はない。そのはずだ。

 私の使った針の治癒能力を過大評価して奪い取れば大丈夫と思ったとか、誰か助けてくれる仲間が控えているとか、あるいはどうせ転生するんだしと勘違いしているとか、何とか理解できる理屈を考えだそうとして――そうじゃない、と「首輪切り」の隻眼を見て理解する。

 理解できないことを、理解した。


「アメリ・ハーツスピア!」


 と、「首輪切り」が笑った。


「僕の勝ちだ!」


 ――違うだろ。


 と、酸素が足りずにぼやけた頭で私は思いつつ、懐からいつもの短剣を取り出す。


 ――そうじゃねえだろ。


 短剣を相手に突き刺す。

 心臓とかを狙えばよかったのだろうが、そんな余裕はなかった。お腹のどこかに、するり、と抵抗なく刃が埋まる。

 一瞬、首を絞める手の力が弱まって酸素が肺に入ってきたが、すぐにまた力が込められる。


 ――あんたの目的は何だったか考えろよ。


 短剣を引き抜いて、もう一度刺した。さらにもう一度。何度も何度も刺した。


 ――こんなとこで死んで、どうするんだよ。


 ごぼり、と。

 「首輪切り」の口から噴き出した血が私の顔に掛かって、でも手の力は緩まない。


 ――あの女の子は、どうするんだよ。


 もう一度短剣を突き刺そうとして、もう腕が持ち上がらなくて「あ、駄目だこれ」と気づいた。

 意識が、す、と遠のいた。

 その直後。

 ばしゃり、とまた血が私の顔に掛かる。

 勝ち誇ってこちらを見下ろす「首輪切り」の顔が、妙に大きくなって――

 ごとん、と。

 そのまま、その顔が私の真横に落ちてきて――さらには、ごろん、と転がった。

 顔だけが。

 つまるところ、首だけが。

 目が合った。

 脳が悲鳴を上げようとするのと、肺が大慌てで酸素を取り込もうとするのが重なって、酷い事になった。

 げっほげほ、と咳き込む私に、


「――メガネ」


 と、掛けられる声。

 一瞬だけ、怯えた。


「生きておるかの? メガネ?」


 と続く言葉を聞いて、私の怯えは消えた。

 凛とした、女性の声。

 声の主を私は見上げる。


 存在感の塊のような人が、そこにいた。


 美少女――では、ない。

 そんな、ある種の儚さを内包した存在とは違う――もっと強烈に美しい、何か。

 動きやすいようにと栗色の髪を後ろで適当な三つ編みにしていることも、着ているものが旅装用の地味な平服であることも、血で濡れた抜き身の剣を手に持っていることも、あとなぜかよくわからないが全体的に煤けていることも――その美しさの妨げにはならない。

 カリスマとか、オーラとか、そういう類の陳腐な言葉が頭に浮かんで――彼女の前で霞んで消える。


 アリア・ハーツスピア。


 第七国の、第二王女にして最強の騎士。

 私の――本物ではない、妹。

 私はため息を吐く。


「生きてますよ。何とか」


「危ないところじゃったな」


 と彼女は言って、剣を一振りして血糊を払い、鞘へと納める。それから、地面に転がる首と、首を失った死体を見下ろして、言う。


「こやつが『首輪切り』か」


「……はい」


 と、私は死体の下から這い出しながら言う。


「そうか」


 とだけアリアは言って、一度、目を瞑った。

 それから、私へと目を向けてくる。


「お主が無事で良かった。メガネ」


「……というか、どうしてここに?」


「あの、お主に付き纏っておる元魔王軍だとか言うちびっ子がおるじゃろ? あの娘と、ちょっとばかりお話をしての」


「…………」


 それはそれは平和的なお話だったのだろうな、と私は思う。


「で、いざというときお主の助けとなるために、屋敷の中に潜んでおったのじゃ。そして迷子になった」


「何をやっているんですか貴方は」


 第二王女で最強の騎士が迷子て。

 沽券に関わるのではなかろうか。


「そんなこと言われても困る。妾とて迷子になりたくて迷子になったわけではない故――ともあれ、その後で『首輪切り』めがやってきた音を辿って、お主と奴とが対峙している部屋を見つけての。で、いざ、行かんとしたところで、ええと、その――爆発しての」


「すみません……」


「気にするな。妾はこうして無事じゃったのだしな。お主を助けることもできた」


 何で無事なんだよ、と思ったが、たぶん頑丈なだけだろう。転生者というわけではないのだが、彼女はどうもバットとかと同類らしい。


「一言、相談してくれたら良かったのに」


「そしたらお主、絶対やめさせたじゃろ?」


「……」


 当然だった。

 というか、彼女も彼女で王族で最強の騎士なのだから、そんなアクティブに動き回るのはやめて欲しい。立場ってものがある。

 人のことは、私も言えないが。

 私は傍らに転がっている「首輪切り」の首を見下ろす。どうにもいまいち気に食わなかった、私と同じ転生者の彼。


 ――あんたの勝ちだよ、と私は思う。


 私は負けていたはずだった。本当なら、今ここで死んでいるべきだった。でもたまたま、私の知らないところで動いていたアリアのおかげで助かって、そのおかげで、まだ生きている。ズ・ルーのときと一緒だ。

 何で私が生きてるんだろう、と思う。

 間違えたくせに卑怯だろよ、と思う。

 ケインズは、間違えてなくても死んだのに。


「どうした、メガネ?」


 と、心配そうに尋ねてくるアリアに。


「いえ、何でもないです」


 と答えながら。

 ごめんなさい、と心の中で彼女に謝る。

 助けてもらったとき。

 そのときに、一瞬だけ、私はバットの奴に助けてもらったのかと思った。

 怖かった。

 転生者を殺させてしまった、と思った。

 魔物ならもう何体も一緒に倒しているっていうのに、今更過ぎる話だったが――でも何か、そのせいで致命的な一線を越えさせてしまったような気がした。

 でも違った。

 助けてくれたのは、アリアだった。

 ほっとした。

 ほっとして、しまったのだった。

 助けてもらってなきゃ、生きてないくせに。


「――メガネ」


 と、そこでアリアが私に注意を促す。

 その視線の先を、私も見る。

 廃墟となった屋敷の前に、一人の女の子が立っていた。

 その首に彫られた、奴隷の刺青。

 その瞳は、じっ、と首を斬られて死んだ「首輪切り」の姿を見ていた。

 ネク、と呼ばれていた女の子だった。

 彼女の唇が、何かを言った。

 誰かの名前。

 ああそうか、と私は思った。

 足下に転がっている「首輪切り」のことを思う。

 こいつにもちゃんと名前があったんだよな、と今更ながら、そう思った。


「残念ね。お嬢さん」


 と、私はとっさに少女に告げた。

 嘲るような笑顔を作って。


「見ての通り――彼は死んだわ」


 そう告げながら。

 何でもないように、一歩足を進める。


「彼はとても勇敢だったけれども――あまりにも弱すぎたわ」


 もう一歩。


「力が無いのに、世界を変えようだなんて――本当に、哀れな人ね」


 さらに一歩、足を進めようとしたところで。

 す、と。

 少女が何かを取り出す。

 見る。

 ちっちゃな、ナイフ。

 アリアがとっさに身構えるのを、手で制しつつ、私は言う。


「どうかしら――私が、憎い?」


 私は見る。

 少女の表情を見る。

 一目で分かった。

 彼女は、私を見てすらいなかった。

 その小さな唇が私の言葉に答える。


「別に」


 私は少女に向かって駆け出す。

 アリアが驚いて止めようとするのを振り切る。

 少女との距離はまだ少しあった。

 遠過ぎる、と思う。

 下手な演技で稼いだ数歩は、短か過ぎた。


「大丈夫」


 と、つぶやく少女の手の平の中で。

 くるり、とナイフが回って。


「一人じゃないから――寂しくない」


 ナイフの刃が、少女の、奴隷の刺青が彫られた喉へと突き刺さった。

 私は、何か叫んだと思う。

 何を叫んだかは、自分でもよくわからない。

 ぱっ、と。

 か細い喉から血が噴き出して、ぱた、とひどく軽い音を立てて少女が倒れ、彼女の元へと辿り着いたのは、その後。

 あまりにも遅過ぎた。

 彼女の身体を抱き起こす。

 その瞬間、何かを言われた。

 ばしゃ、と噴き出す血が顔に掛かる。もうとっくに血塗れだから気にならない。残っていた針の、最後の一本を少女に突き刺す。治癒の魔法が少女に叩き込まれ、効果が発動するまで、一秒、二秒、三秒。

 血は止まらなかった。


「アリア!」


 自分の服を引き千切りながら、私は叫ぶ。


「その辺にたぶん針落ちてるから、探して持って来て!」


 その言葉に、一瞬、戸惑ったような顔をするアリアに対して、私は怒鳴りつける。


「早くしろ!」


 その言葉に、びくり、と身体を震わせて、すぐさま地面を探り始めるアリアから視線を外し、引き千切った服を少女の喉元に押し当てる。あっと言う間に血で赤黒く染まって、ぐじゅぐじゅになった。


「――あ、あったぞ!」


 と、意外なくらいに早く見つけて来たアリアの手から針をもぎとって、それを少女の身体に突き刺す。よくわからない何かに祈る。一秒、二秒、三秒。

 血は止まらなかった。


「ふざけんな!」


 と、私はよくわからない何かに怒鳴った。


「ふざけんな、ふざけんな!」


 「首輪切り」のくそ野郎死んじまえ、と思った。何で私ははさっき自分に針を使ったんだ馬鹿、と思った。どうしてもっと早く走れなかったんだのろま、と思った。バットだったら助けられたのに、と思った。小賢しいだけが取り柄のくせに何でこの程度のことが上手くできないんだ、と思った。奇蹟でも何でもいいからとにかく止まってくれ、と思った。


「……のう、メガネ」


 うるせえ今忙しいんだ黙ってろ、とアリアに思わず怒鳴り返そうとしたところで、


「……もう、死んでおるよ」


 私は腕の中の少女をつと見下ろす。

 一目でわかった。

 私は腕の中の死体を地面へおろす。

 つぶやく。


「……まったく、馬鹿な子ですね」


「メガネ」


「とんだ間抜けです。『首輪切り』の奴は、もうとっくに、この子のことなんて二の次になってて、革命に夢中になってたのに」


「のう、メガネ」


「死んだって何にもならないのに――そんなことしたって、一緒にもなれないし、寂しいままなのに」


「もう良い」


 ぎゅう、と。

 その瞬間に、後ろから抱き締められた。

 血塗れの私を抱き締めたせいで、アリアもあっという間に血塗れになって、そのことに何だか酷く申し訳ない気持ちになる。


「よく――頑張ったの」


 優しい声で告げられた、その言葉に対して。

 死なせたくなかったと、言いたかった。

 本当は。

 本当は「首輪切り」の奴もできれば殺したくなかったと、言ってしまいたかった。

 でも。

 そんなことを彼女に言うわけにはいかない。

 彼女は、私を助けるために「首輪切り」の首をはねたのだから。

 あるいは、それ以前に。

 私は、たぶん彼女がもっとずっと死なせたくなかったであろう、彼女の姉を見殺しにした上で、ここにいるのだから。

 私と彼女とは、ただの共犯者なのであって、私は彼女の姉ではないし、彼女は私の妹ではない――本当の姉妹ではない。

 例え、アリアがそう思っていなかったとしても――私がそれに甘えるわけにはいかなかった。

 だから、私はそんなことは言わないで、別のことを言って誤魔化す。


「……先程は怒鳴って申し訳ありませんでした。不敬罪でギロチンでしょうか」


「許す」


「ありがとうございます」


 そのまましばし、抱き締められながら。

 抱き起こしたとき、少女が私に向かって言った言葉を思い出す。声にはなっていなかったけれど、唇の動きでわかった。


 ――おねえさんは。


 交渉にもならずに決裂したあの交渉のとき、去り際につぶやいたのと、同じ言葉を、彼女は言った。


 ――さみしそうだね。

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