彼女がギロチンに掛けられるまで⑪

「ねえ、貴方は恋ってしたことある?」


 と、私によく似ていた彼女は言った。

 元の世界で言うところの、春を思わせる陽気な日に「ほら、良いお天気なんだから。素敵な花だって咲いてるのよ」と城の中庭へと引っ張り出されたときのこと。

 中庭に植えられた樹の枝の先にぽつぽつと咲いている白い花を前にしながら、彼女はそう言った。。

 めっちゃ反応に困る問いだった。


「……ないです」


「えー」


 と、残念そうに彼女は言ってくるが、そんなこと言われたってしょうがない。元の世界でもこちらの世界でも、私は、ずっと私自身が抱えている問題を何とかするので手一杯で、他人のあれこれを考えている暇なんてまるで無かったのだ――ただし、二次元は除くが。


「貴方は」


 と、私は尋ね返した。


「……恋したこと、あるんですか?」


「無いわ。これっぽっちも」


「無いんですか」


「子どもの頃は『お父様と結婚するのー!』って息巻いてたのだけれど」


「……」


 アレとか、と私は思ったが口には出さなかった。ちょっと悪逆非道だったとしても、一応、目の前にいる彼女の父親だ。


「こう、何と言うか――地位も名誉も何もかも振り捨てて燃え上がるような、素敵な恋がしたいものね。一度くらい」


「やめて下さい」


 と、割と本気で私は言う。絶対に大惨事になる。


「大丈夫。ただの夢だから」


 くすくす、と彼女は穏やかに笑いつつ、

 するりっ、と被っていた冠を手に取り、

 ばしりっ、と花に向かって投げつけて、

 ぱらぱら、と白い花弁が宙へと散った。


 あまりにも唐突な行動過ぎて、反応が数秒遅れ、もちろん冷静な対応なんてできず、落ちた冠を拾ってもう一度花に向かって投げつけようとしている彼女に対して、


「やめて下さい!」


 と反射的に叫んでしまってから、やっべ、と思って私は声のトーンを落とす。


「……花が、可哀想です」


「あは」


 と、彼女は


「貴方って優しいのね」


「……別に、本当に花に感情があると思っているわけじゃないです。雑草だったらきっと平気で踏みにじれますよ」


「そうかしら」


「そうです。でも――一般的に、そういうことをするのは良くないってだけです。それだけです」


「ふうん。でもね、それを言うなら」


 と、彼女は言った。


「花は、散る時が一番綺麗なものよ」


「……かもしれませんね」


「ね」


「はい」


「この国をよろしくね」


「……何がです?」


「とぼけっちゃって」


「何のことだか」


「あは」


 と、彼女は、散っていく花弁を纏いながら私に笑いかけて、こう尋ねてきた。


「どう? ――今の私は、綺麗?」


      □□□


 ズ・ルーを追っ払う準備が整った。


 大変だった。もう滅茶苦茶大変だった。


 革命の準備とズ・ルーとの探偵ごっこをこなしつつ、ズ・ルーを潰すために第七国の父親に協力を仰いだり、ズ・ルー一派を掃討したり、マスクド・ブラザーに襲撃されたり、バットの奴が騎士団長さんに弟子入りしたり、四天王の一人である魔導王ソルシィ(魔女っ娘)に懐かれたりと、とにもかくにも大忙しだった。


 でも一番大変だったのは王子と大臣の孫娘をくっつけることだった。


 私がお膳立てをした王子と大臣の孫娘のデートは王子がへたれたせいで大失敗に終わり、いじけて部屋に引きこもった王子をバットの協力によって実力行使で引っ張り出して、孫娘の家へと連れて行ったところで目に隈のできた神経質そうな顔で「ふん……お前のような私の芸術センサーに引っかからん男に娘はやれんな」と自国の王子に向かってのたまった大臣の息子が出現し、その次の瞬間に私の肩をがっしと掴んで「いや待て! ――おいそこの娘! お前、俺の絵のモデルになってくれないか!? 俺の芸術センサーがお前を描けと叫んでいる! そしたら娘にその男を会わせてやろう!」などと父親としてどうなのかと思う提案をしてきて、めっちゃ嫌だったが背に腹は代えられないので承諾したところ「じゃあとりあえず脱げ」とか言われたので代わりに罵詈雑言を提供してみせたところ「素晴らしい! やはり俺が思った通りの女だったな! もっと! もっと俺を罵る姿を見せるがいい! そして俺は究極の絵を完成させるのだ!」とか何とか言われてどん引きしてみせたらまた喜ばれて、そうこうしている間に王子と大臣の孫娘は勝手に仲直りして互いの気持ちを確認し合い手を繋いで幸せそうにスキップして外に出て行った。ふざけんな。


 で。


 とうとう、この男だ。


「……ふむ、何用ですかな? 王女殿下?」


 と、もったいぶった口調で言ってくる大臣。

 小物感漂う貧相な悪役面には、この後に及んで、まだ余裕ぶった笑みが貼り付いている。

 ぎんぎらりん、と。

 煌びやかに輝く無節操な装飾品で、これでもかと飾り付けられた部屋の中央で、これまた豪奢に椅子に座っている。

 その手には、お酒の入ったグラス。

 ただし、口を付けた気配はない。たぶんただの演出だろう。ゆったりと座ってくつろいでいるように見えるのも同様。

 それに付き合う義理も時間も、今はない。

 告げる。


「ルーズヴェルト様は魔物です」


「ははは。王女殿下、冗談が過ぎますぞ」


 私は大臣を見る。

 宝石が埋め込まれた指輪で飾られた、グラスを持つその指先は、けれども、一ミリだって震えてはいなかった。

 私は認める。

 やはりこいつは、腐ってはいるが優秀だ。

 だから、私は思う。

 この男は優秀だが――きっと才能はない。

 本物の美少女にはなれなかった私と同じ。

 だから、私は言う。


「しかし、このままルーズヴェルト様を失えば、この国は衰え、魔王討伐のためにこの第一国を中心としてできた各国の同盟は分裂の危機を迎えます――故に、愚か者と呼ばれていたかの第一王子が立ち上がりました。この国を滅ぼさないために。ルーズヴェルト様に変わる新たな改革の旗印として」


「ははは。随分と長い冗談ですな。とりあえず、立ちながらではお辛いでしょうから、こちらに座っては如何かな?」


「この件に関しては、私の父である第七国王も協力を申し出ております。また、聖女様を通して第四国へ、さらに他の各国にも伝わっています」


「ははは。それで、その冗談の続きはどうなるのですかな?」


「あとは、王子が政治の表舞台に立つためにに、今の王に退位していただくだけです。貴方からの進言で――そして、全ての手柄は貴方のものです」


「ははは。――というと?」


「つまり貴方が全てやったんです。ルーズヴェルト様が魔物であるということを突き止めたのも、各国との交渉も、私のような国の外から来た小娘ではなくて――貴方が。腐敗していた大臣は、王子の熱意と孫娘の純粋さに心を打たれて改心し、国を正すために内なる的と戦うことにした――そういう筋書きです」


「ははは。成る程」


「貴方は、国を救った賢人としての栄誉を手に入れる。それと同時に、新たな王の後見人としての立場も、そして次代の王の曾祖父という立場も手に入る――将来は安泰です」


「ははは。素晴らしい」


「ええ――お受けいただけますね?」


「はははははははははははははははははは」


 と、大臣は大笑いして。

 次の瞬間に、笑みはくしゃくしゃに歪んだ。


「ふざけるなっ!」


 そう、彼は絶叫した。

 叫び声と共に床にグラスが叩き付けられる。

 それだけでは止まらず、豪奢な椅子を蹴倒して立ち上がると、ちょっと驚くことにその椅子を持ち上げてぶん投げた。

 私目がけて、ではなかった。

 明後日の方向へ飛んで、他の煌びやかな装飾品を巻き込んで、粉々に砕けた。


「安泰だ? こんな老い先短い人生の安泰だって!? おいふざけんなよいいかよく聞けお姫様っ! 私は……僕は――」


 わあ、と。

 まるで子どもみたいに、手近なぎんぎらりんな何かを手に取ってはぶん投げ、他のぎんぎらりんな何かを壊しながら。

 絶叫した。


「――僕は、そんなものが欲しかったわけじゃないんだっ!」


 ぽたり、と。

 指輪に埋め込まれた宝石に当たったのか、大臣の指先から血が滴って床に落ちる。

 それを見ながら、私は少しだけ考える。

 この男が、大臣になるよりも前、こんな顔つきになる前、それよりもずっとずっと前の、それこそ「僕」と自分を呼んでいた頃に、どんなものを欲しがっていたのか。

 考えるだけだ。

 同情はしない。

 だから告げる。


「――お返事は?」


「……もちろん。お受け致しますよ。王女殿下」


 と答えた大臣の顔は、もう、いつもの小物じみた悪役面で、口調もいつもみたいにいやみったらしいものに変わっていた。


「なんせ、大事な孫娘をあの皇太子殿下に人質に取られてしまっているわけですからな――おっと、失礼。婚約者、でしたな」


「ええ。その通りです」


 と、私は意味ありげに頷き、こう続ける。


「――貴方次第ですが」


 もちろん、王子の奴があの孫娘に小っ恥ずかしくなるレベルでベタ惚れな事実は伏せておく。二人で白馬に乗ってかけずり回っているバカップルだ。この国は大丈夫なのか、とちょっとだけ思う。

 ついでに言うと、私の前だからこんな風に孫娘を政治の道具としか扱っていないように装っているが、実はこの大臣、めっちゃ孫娘のことを可愛がっている。超可愛がっている。最高に良い絵を描けたからしばらく真面目に仕事する、とか言って隈を無くして礼服に着替え、しゃん、とした大臣の息子が「親父のアレは俺もどん引きなレベルでな」とか言っていた。

 まあ、あれだ。

 意外と、仲良くなりそうな二人だった。


      □□□


 王の退位は、内々に整えられ、そして速やかに執り行われた。

 ルーズヴェルトことズ・ルーが第七国へと出向いているときを狙った。ついでに、第七国に勇者一行が討伐に向かっていて、ズ・ルーの命は風前の灯火だ。公式には、稀代の革命家ルーズヴェルトはズ・ルーによって暗殺され、その志半ばで倒れたものの、その意志を受け継いだ王子が立ち上がったということになるだろう。その方が都合が良いからだ。

 戴冠式の前に、王子に部屋に呼ばれた。


「素晴らしい手腕だな。お前は」


 これから若き王となる彼は、私に告げる。


「いいえ殿下――全ては貴方様と、貴方様のためにご尽力なさった大臣の功績です」


 と、私は嘘を返す。


「綺麗な嘘だな」


 王子はつぶやき――それから、こう言った。


「ありがとう」


 そう言えるのは、たぶん今だけなのだろう。

 その頭には、これから王冠を戴くのだから。

 それから、少しだけ笑って彼がこう続ける。


「お前の恋人にも、礼を言っておいてくれ」


「は?」


 恋人?

 誰だそれ、という顔をする私に、彼は何だか可笑しそうに言う。


「お前と一緒に私を部屋から引きずり出した、『鬼人』と呼ばれる彼だよ。……不思議な男だ。お前が惚れるのも分かる気がする」


「いえ、恋人とかではないのですが」


「はは、私に嘘は通用しな――あれ? 嘘じゃない? え? 何で?」


 と、何やら動揺する王子。

 そのときだった。

 こんこん、と。

 部屋の扉をノックする音。


「……そろそろお時間のようですね」


「ああ、そうだな」


 入れ、と部屋の外にいる相手に王子が呼びかける。その言葉に応じて、扉が開く。


「やあ」


 と言って現れたのは、眼鏡を掛けた気障ったらしい雰囲気の男。

 ルーズヴェルトだった。

 空気が凍り付いた。


「ご機嫌如何ですか、皇太子殿下?」


 凍り付いた空気の中で、彼はは平然と気障ったらしい態度を崩さずに言う。それが、ひどく自然に馴染む。こんな状況だというのに、だ。


「このルーズヴェルト・リバース。臣下として、ご挨拶を、と思いまして。取り急ぎ、馳せ参じました」


 何で、と思って――次の瞬間、致命的なミスに思い至る。何でそれに気づかなかった、と私は自分を罵る。自分自身だって、そうであるはずのに。

 今、第七国にいるのは――


「――替え玉、ですか」


「やあ、アメリ王女殿下――いや、親しみを込めて、メガネ、というべきかな?」


「……どちらでも構いませんよ」


 と、私は言って。

 懐から例の短剣を抜く。


「おや? どう致しました?」


 と、ルーズヴェルトは――「謀略王」たるズ・ルーは私に告げる。


「王の前でそんなものを持ち出されてはいけませんよ。貴方には花がお似合いです」


 相変わらず気障な男だ、と思いながら。

 彼に対して、私は微笑んでみせる。


「いえ――やはり念には念を置いておくものだな、と思いましてね」


 それから、ズ・ルーの背後に向かって叫ぶ。


「やれ――バットっ!」


 反射的に。

 ズ・ルーの注意が背後に逸れる。

 その隙に、私は短剣を構えて突っ込んだ。

 当たり前だが、バットの奴はいない。勇者と一緒に第七国へと向かっている。

 だからこれは――ただの、はったり。

 あと一歩のところまでは踏み込めた。

 あと一歩のところで弾き飛ばされた。

 おそらく、魔法か何かの障壁だろう。

 突き出した短剣が弾かれて、からんからんからん、と音を立てて部屋の隅へと飛んでいく。

 諦めて逃げようとしたところで、足が動かないことに気づく。見ると、足下に魔法陣が展開している。対象をその場から動けなくする類の魔法。つまるところ、逃げられない。

 まったく、と私は諦めて溜め息を吐いた。

 すると、ズ・ルーの奴も溜め息を吐いた。


「……やっぱりやるな。お嬢さん」


 ルーズヴェルト・リバースとしての口調を捨てた砕けた様子で、でも、気障っぽい態度はまるで変わらないまま、ズ・ルーが言う。

 私は部屋の中を見渡す。

 王子の姿はすでに無い。

 どうやら、私がズ・ルーを不意撃ちした瞬間を見計らって逃げ出したらしい。

 よくやった、と私は王子の奴に対して思う。

 ほっ、とする。

 ここで私を見捨てずにこの場に残って、みすみすズ・ルーの奴に殺されるようなふざけた真似をする男だったなら、私があの王子をこうやって持ち上げたことは全て間違いだった、ということになっていたところだ。

 そうじゃなくて、本当に良かった。

 今の彼には、他人を犠牲にしてでも生き残らなければならない義務がある。

 そんな私の安堵を察したのか、ズ・ルーの奴が呆れたように言ってくる。


「おいおい、何で見捨てられてほっとした顔してやがんだ嬢ちゃん」


「まあそりゃあ、私の失敗が招いた状況ですから――仕方がないかと」


「やべー奴だなお嬢ちゃんは。あーくそ、グランド・マスターの脳筋野郎がちゃんと始末してくれてりゃあな……」


 と、ズ・ルーは肩を竦めてみせた。


「あんたの勝ちだよ。嬢ちゃん――俺は謀略で負けて、こんなスマートさの欠片もない実力行使に打って出るしかなかったわけだ。だっせえよな。ったく」


「……殊勝なんですね」


「単なるひねくれ者なのさ。……にしても、ルーズヴェルト・リバースがズ・ルーだってこと、よく気づけたもんだな? 察するに、かなり早い段階で気づいていたっぽいが――俺、なんかヘマしたかい?」


「……それは秘密です」


「女の勘ってか? いやはや――怖いね」


 それは違う、と私は思う。ただのチートだ。

 そしてチートが無ければ、私はルーズヴェルト・リバースの正体に最後まで気づけなかっただろう。最後の最後まで信頼し切って、寝首を掻かれていたに違いない。

 彼は最後の最後までヘマをしなかった。

 私はチートを使ってヘマを最後にした。

 それがこの結果だ。

 だから、勝ったのはやっぱり、彼の方だ。

 私は負けて――ここで死ぬのだ。

 ごめん、と私は思う。

 たぶんこの先の革命を丸投げすることになるアリアに対してか、必要なことだったとは言え私を見捨てたという心の傷を負わせることになる王子に対してか、あるいは私に似ていた彼女に対してか、それとももしかして――バットの奴に対してか。

 ごめん、ともう一度思う私に。

 ズ・ルーが告げる。

 その片手に、おそらくは私を殺すための魔力を宿らせながら。


「楽しかったぜ嬢ちゃん――せいぜい、地獄で会えるのを待ってるよ」


 もちろん意地でも目は閉じなかった。


 だからちゃんと見ていた。

 何だか少し疲れたようなズ・ルーの表情も。

 魔力を解き放つべく、振り上げられた手も。


 そして。


 背後の窓を盛大にぶち破って飛び込んできた奴が、思い切り振り下ろした金属バットの一撃で、その魔力の込められた手を腕ごと吹っ飛ばしたのも。

 だからちゃんと見ていた。


 ばしゃっ、と散るズ・ルーの鮮血の赤色。

 きらきら、と光で煌めく窓ガラスの破片。

 どがんっ、と容赦なく部屋の床を砕いて。


「よう――」


 と、アホみたいなタイミングの良さでやってきたそいつは私に告げる。


「――間に合ったみたいだな。メガネ」


「バット……」


 と、私は呆然とそいつの名前をつぶやいて、それから尋ねる。


「……何でここに? 馬鹿なの?」


「それ酷くないか?」


 かくん、と少し肩を落としてからバットが言う。


「第七国の騎士さんがやってきて、第七国にいたズ・ルーが影武者だって言われてな。アレクサンドリアに乗って俺だけ先に戻ってきたんだよ」


「まじかよ」


「まじだ。ところであのめっちゃ可愛い騎士さん、アレックスとかって男の名前を名乗ってたけれど、あれって女の子だよな?」


「いや、あれ男だから。男の娘」


「まじかよ」


「しかしあれだな。図ったようなタイミングで来たなてめー。何だよこれもう私があんたに即オチしても誰からも文句来ないレベルじゃね?」


「お。何だ、俺に萌えたか?」


「ところがどっこい。この後に及んで、あんたにゃ萌えないだな。何故か」


「だろうな」


「でも、その、何て言うかさ……」


「うん?」


「……めっちゃ嬉しいわこれ」


「――そいつは良かった」


 そう言ってバットの奴は笑い。

 金属バットを、ズ・ルーへと突きつける。


「……おいおい」


 と、ズ・ルーが吹っ飛ばされた腕の傷を魔法で塞ぎながら、心底呆れたようにバットに向かって言う。


「こりゃねえだろ……何だ坊主、英雄譚から飛び出てきたヒーローか何かか?」


「そんなわけあるか。現実見ろよ」


「見て言ってんだよ……ったく。やってらんねえな。くそったれ――」


 という言葉と共に、ズ・ルーの周囲に複数展開する複雑で緻密な魔法陣。

 それを見つつ、バットが告げる。


「まだやるつもりか?」


「そりゃまあな。なんせ――」


 気障ったらしい笑みを一つ浮かべ、ズ・ルーが告げる。


「――なんせ旧友の仇だ。腕っぷしばかりで木偶の棒な奴の、な。ここまで来たら、俺もちっとは根性みせねえとな。弔い合戦さ」


「そうか」


 魔法陣に魔力が行き渡って光る。

 バットが金属バットを構え直す。


「行くぜ――『鬼人』」


「来い――『謀略王』」


 魔法陣が、絡み合って一斉に発動して。

 バットが、真っ向から駆け抜けて行き。

 両者が真正面から――ぶつかり合った。


      □□□


 そうして、私たちはズ・ルーを倒した。

 日を改めて執り行われた戴冠式を眺めながら、私は今度こそ本当に死ぬところだった、と思う。

 というか、バットの奴がいなけりゃ死んでいた。アレックスがバットに一言伝えてくれなくてもやっぱ死んでいた。ついでに言うと、逃げ出した王子とやってきたバットの奴がばったり出会って状況伝えていなければ死んでいた。

 本当に、よく死ななかったもんだと思う。

 そろそろ本当に死ぬんじゃないだろうか。

 そんなことを思っている私の下に、


「姉上。ご報告が」


 と、アレックスがやってきて言う。


「ケインズ・ボンガ様が亡くなりました」


「え?」


 と、思わず私は間の抜けた声を上げた。

 過剰なくらいに悪役然とした、不快感の塊のような男の姿を思い出される。

 死んだって? あの男が?


「……どうして死んだのかしら? 病気?」


 辛うじて、そう聞き返した私に、。


「いいえ、殺されました」


 アレックスは首を横に振って、そう告げたのだった。


「――例の『首輪切り』の仕業です」

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