彼女がギロチンに掛けられるまで⑩

 父との別れで思い出すのは、パフェのこと。

 これが最後だから、と連れて行かれた近場の古ぼけた大型店舗の中にある古ぼけたフードコーナーで、父が注文した。

 めちゃくちゃ安っぽいパフェだった。

 下の部分はほぼコーンフレークで、その上に100円のソフトクリームが乗っていて、いちご味と称した赤いだけのソースがかけられていて、ぱっさぱさのウエハースが添えられていた。500円もしなかった。

 こうして言葉にしてみると、なんか本当、かなり酷く思える。

 父がどんな人だったか。

 よく言うなら、地味な人だった。

 悪く言っても、地味な人だった。

 着ているスーツも、履いている革靴も、腕にはめている時計も、どれもひどく地味なもので、しかも長年使われているせいでどれもちょっと古ぼけていて、そのせいで父は何となくみすぼらしく見えていた。どことなく気弱そうな顔と、白髪の混じった七三分けの髪と、実直そうな眼鏡が、その印象に拍車を掛けていた。

 華やかで煌びやかで常にエネルギーに満ちあふれていた母とは、本当に対照的な人だった。

 母と父は何故結婚したのか、と私は今でもときどき考えることがある。

 どうして母が父を選んだのかはわかる。たぶん、母にとって父はちょっと理解しがたい人間で、そこが面白かったのだと思う。だからこそ飽きるのも早かった。

 でも、どうして父が母を選んだのかが、どうしてもわからない。母は親としてはともかく、女性としては同性である私から見ても魅力的だった。でも、父はそういうのに惹かれる人間ではなかったはずだ。

 もしかすると、母みたいなのをその辺に放置しておくわけにはいかないと思ったのかもしれない。その結果がこれだとしたら、あまりにも酷い話だったが。

 私と父は、安っぽいパフェを挟んで、親子として最後の時間を過ごした。

 ごめんな、と父は言った。。

 気弱そうな顔で、おとなしそうな声で。

 こんな父さんでさ、と告げた。

 そういうのが駄目なんだ、と私は思った――本当は全然駄目じゃないくせに、と。

 私はちゃんと知っていた。

 父の着ているスーツや革靴は、子どもの頃から付き合いのある地元のお店に頼んで仕立ててもらった、上質なオーダーメイドの品だってことも。

 はめている腕時計は、時計好きだった父の祖父――つまるところ、私の曾お祖父ちゃん――の形見で、ちょっと笑っちゃうくらい高価で貴重なものだってことも。

 そしてそれらを、父は丹念に手入れして、何度も修理に出しながら大切に大切に使い続けているということも。

 ちゃんと、小賢しい私は知っていた。

 父は、駄目な人じゃないと知っていた。

 ただ、それが周囲に伝わりにくいだけ。

 分かる人には、きっと、一目で分かる。

 でも、分からない人の方がずっと多い。

 父は、そんなことは、特に気にしない。

 そういう人だった。

 目の前に置かれた安っぽいパフェを父が食べさせてくれる理由も、私にはちゃんと分かっていた。

 子どもの頃――そのときよりももっと小さかった頃に、まだ少し新しかった大型店舗のまだ少し新しかったフードコーナーで、私は注文したクリームソーダが何となく気に食わず、こんなものは要らない、と言って駄々を捏ね、代わりに食べたいと言ったのがこのパフェだった。

 父はそれを聞き入れなかった。

 それは良くないことだよ、と父は優しい声で私に言った。お前のためにそれを作ってくれた人がいるのだから、と。

 それでもまだ、ぐずぐず、と言う私に、それならまたここに来ようか、と父は言ったのだ。そのときに注文してあげるよ、と私の頭を撫でて。約束だよ、と。

 だから、このパフェなのだ。

 何もそんなちっちゃな頃の約束を律義に守らなくても、と私は思った。ちょっと可笑しかった。危うく泣きそうになるくらい。


「ねえ、お父さん」


 私は言った。


「貴方は」


 父に向かって貴方と言った。


「もう私のお父さんじゃないので」


 もう父親ではない彼に向かって言った。


「ちゃんと、良い人を見つけて下さい」


 安っぽいパフェを挟んで、お前は優しい子だな、と向こう側にいる彼は言った。その気弱げな顔を、くしゃくしゃにしながら。

 私はパフェを食べた。

 予想した通りに、無駄に甘ったるい、安っぽい味が口いっぱいに広がって、おまけに何だかしょっぱい味もして、けれども、


「――美味しいです」


 と私は言って、それに続く「お父さん」という言葉を飲み込んで、何とか笑う振りをしてみせた。


      □□□


 思ったよりも、着ていく服装には悩んだ。

 さすがにいつも着ている真っ黒けなローブ姿はよろしくないな、と思った。かといって、偉い人たちに会いに行くときに着るような服だと派手すぎる。もっとこう、何て言うか普通の格好がいい。

 仕方がないので、ござる魔女に第一国で流行っている服装を聞いた。彼女は、ござるござる、と変な口調で喋る以外は割と普通なので適任だと思ったのだ。

 実際、適任だった。

 ただ、聞いたときに何故か「ふーんへーほーそーでござるかー服で悩んでいるでござるかー」と、にまにま、と笑われた。意味がわからない。

 そんなわけで私は流行に忠実な服装を選んだ。つまりはそこら中に同じような格好の人間がたむろしているということで、私はただの平凡な女の子として周囲の景色に溶け込むことに成功した。これなら絶対に王女とかには見えない。

 で。

 一緒にデートスポットの下見をすることになったバットの奴はというと、こちらも流行通りの、つまり普通の格好でやってきた。

 私は驚いた。


「まじかよ。あんたにまともな服装選びができるとは」


「どういう意味だおい」


 と、バットの奴は私をちょっと睨む。が、すぐに肩を落として言う。


「いや、まあ……ご察しのとおり俺のセンスじゃないけどな。勇者の奴がなんかめっちゃ手伝ってくれた」


「やっぱな。そんなこったろうと思った」


「……変じゃないか?」


「変じゃねーな。お洒落でもねーが」


「お洒落な格好なんて似合う気がしねえよ」


「あー、分かるわ。ぜってー着慣れてない痛々しい感じになんだろーなー。……ってか、んなことよりも私の方はどーよ? てめーもまずは女の子の服装を誉めろや」


「可愛いぞ」


「うわ何そのド直球ストレートな感想」


「何だよ悪いかよ」


「いやいや、ちょー嬉しいぜー。あれだろ、ついに私に萌えるようになったってことだろー? ふっへっへー」


「いや、お前にはいまいち萌えない」


「てめー」


 ……まあ、確かに私の方も未だにこいつにはいまいち萌えない。なんかそろそろ、いい加減萌えてやってもいいような気がするのだが、こればっかりは気持ちの問題なのでどうしようもない。一緒にいるとめっちゃ楽しいのだが。


「んじゃまー、待ち合わせの場所兼名所兼カップル用いちゃつきスペースの噴水前広場に行くかー。ちなみにこの噴水、設立は421年前で当時の王様が亡くなった王女を偲んで設立。その王女様の像は綺麗で有名だけど、実際にはモデルに使われているのは別の人間で、本当の王女様の姿は謎に包まれているっていう逸話がだな―ー」


「お前、何でパンフもなんも見ねえでそんなすらすら解説が出てくるんだ?」


「え? 丸暗記してるだけだけど?」


「お前のそのスペックの高さは何なんだ」


「その言葉そっくりそのまま返していい?」


「俺のはただのチートだろ」


「まーそりゃそーだが」


 確かにそれもそうだが、と私は思う。

 でも、ただのチート持ちが、自分より強いと分かってるグランドマスターみたいな奴に普通に向かっていけるものだろうか? 

 私なら絶対に無理――いや、結果的には向かっていったのだけれど、あれは半分正気じゃなかったと思う。たぶん普通には無理だ。

 そうこうする内、噴水前広場に辿り着く。

 さすがに名所とあって、人の数は随分と多い。それらの人々の姿をざっと見回して、私はつぶやく。


「なんか、意外とカップル少ねーな」


「時間帯にもよるんじゃねえか」


「昼と夜の顔は別ってか。何かえろいな」


「その発想はなかったな」


「えーと、確かここには名物の『噴水大出血焼き』がの出店があるはず……お、あれだあれだ」


 と、観光客丸出しな感じできょろきょろして見つけた特徴的なおどろおどろしい看板の前には、ちょっと凄まじい人の列。


「……すげー行列だな」


「だなー」


 と、私は一つ頷き、列を指差し一言。


「よし行け、バット」


「俺が並べってか……しょうがねえな」


 などと、ぶちぶち言いつつもあっさりと列に向かうバット。やっぱ良い奴だ。将来、こいつに彼女とか出来たら、めっちゃ便利に使わそうでちょっと心配になる。大丈夫だろうかまじで。


「さて」


 と私は一つ呟き、周囲を歩いて見て回って、あの王子に伝えるべき注意点のリストを頭の中で作成していく。

 何せ、デートってのはトラブルが付きものだと相場が決まっている。漫画やアニメやラノベなんかで仕入れた知識だが、それほど現実と違っているとは思わない。ただ、失敗したとき、デートの相手であるヒロインが物語から完全にフェードアウトする可能性はある。

 例えば、ここの噴水の水は時間によって高さが変わってくるのだが、高さによっては水を思いっきり引っ被るベンチが幾つかある。ならば、そのベンチに座って二人でびしょ濡れになることは基本的に避けるべきだろう。あるいは、あえて引っ被ることでイベントを発生させ「ご、ごめん大丈夫!?」から始まる一連の何やかんやによって最終的に自分のベットに連れ込む上級テクニックもある。

 他にも、この辺りの鳩は何かやたらと飢えていて凶暴なので注意とか、女の子のプレゼント用の花だの髪飾りだのを売ってる露天商の存在の有無とか、うっかり躓いて転んだ拍子に女の子の胸を鷲掴みにしそうな地面の凹みだとか、そういうのを一つ一つ頭のリストに書き込んでいく。正直、なんかうろうろしながらきょろきょろしている変な女がいるぞ、と笑われる可能性は高かったが、私は別に気にしない。とはいえ、バットの奴を付き合わせるのはちょっと申し訳なかったので、行列になってくれていて正直助かった。

 と。

 そこで不意に、


「ははあ、これはこれは――噂通りに、面白い方ですねー。メガネさん」


 自分が声を掛けられたのだと気づくまでに、少し時間が掛かった。

 私と同じような流行の服を着た、けれども私とは違って美少女――反射的に、バットが主張するところの「敵」を連想するが、セーラー服じゃないし、髪の色は金色。

 ふにゃり、とした印象の笑みを浮かべる彼女を、私は露骨に警戒しつつ告げる。


「……どなたですか?」


「通りすがりの一般人ですよー」


 と、私の目を覗き込むようにして言う彼女。

 絶対に嘘だった。


「そんなことよりですね――さっき一緒にいた、あの男性は恋人さんですか?」


「違います」


「えー、嘘ですよー。あんなに仲良さそうだったのにー」


「仲は良いですよ。でも、いまいち萌えないんです」


「えええー何ですかそれもー。じゃあ一体何なんですかー?」


「…………」


 そう言えば、何だろう?

 恋人ではないのは確かだとして、じゃあ、バットの奴は私にとって何なのかというと――待て。

 いや、ちょっと待て。

 何でこんな不審な奴と、私はこんな自然に話そうとしているんだ?


「――っ」


 私はとっさに、手で自身の視界を覆う。同時に、思考が正常を取り戻す。あまりにも自然に正気を奪われていたことに気づいて戦慄する。

 あれか――魔眼とかいう奴か。


「おおー」


 と、拍手してくる金髪美少女。


「すごいですね。よくぞ気づけました」


 その言葉に取り合うのは無視して、私はとっさに相手を「視る」。

 その瞬間、脳に焼けるような痛みが走った。

 ほんの一瞬だけで発狂しかけるほどの激痛。

 それでも「視た」――「視え」てしまった。

 後悔した。


「ああ」


 と、面白そうに目の前の相手が言う。


「さすがですね、そのスキルをそこまでの強度で扱えるとは。あのミーちゃんを見ても無事だったくらいですから、相当のものだろうとは思いましたけれど――私の情報も見れるんですね」


「……」


 私は、それ以上何も言わない。

 言っても無駄だと思ったから。

 抵抗とか無駄だと分かるから。

 この相手は、そういう何かだ。

 何でこんなところにいるんだよ、と思う。


「――でも、乙女の秘密を覗き見するなんてちょっと酷いです。そんな酷い人には、お仕置きが必要ですねー」


 そう言いながら、彼女の両手が、するり、と私の頬を包み込む。とっさに振りほどこうとする意志を押しつぶすくらいの、柔らかさと優しさが込められている――そんな手つきで。

 あ、死ぬな――と私は思った。

 怖かった。

 怯えた心が、とっさにバットの奴を呼ぼうとして――駄目だ、と自制する。そこまで遠い距離じゃない。呼んだら、きっとバットの奴は一瞬で助けに来てくれるだろう。そして一緒に死ぬことになる。


「あは」


 と、声を出さない私を見て、金髪美少女は笑顔で声を漏らす。


「そういうの、素敵だと思いますよ」


 告げる相手の姿は、震えるほど怖かったが。

 最後の意地で、目は閉じないことにした。

 目の前の彼女の笑顔が、ずい、と目の前まで迫ってきて――


「では失敬」


 そのままキスされた。


「…………」


 ぱちり、ぱちり、と。

 瞬きをしつつ、目を閉じて唇を重ねてきた相手の顔を、為す術なく私は見つめた。

 周囲の人間が、一体何事かと驚いたように振り返ったり二度見したり見ない振りをしたりなぜか目を輝かせていたりするのを、頭の冷静な部分が見ている。

 そのまま数秒ほどして。

 ぷはっ、と唇を離し、彼女が告げる。


「ごちそうさまでしたー」


「…………」


「ではではー」


 ぱちんっ、と片目を閉じてウィンクを一つ。

 ぶんぶん、と片手を振り平然と去っていく。


「…………」


 金髪美少女の姿が人混みに紛れて完全に見えなくなり、周囲でしばしざわめいていた人々もいなくなって、しかしそれでも固まったまま、何もできないでいると、


「おーい。メガネー」


 と、バットの奴が戻ってきた。


「悪い。一個しか買えなかったから、半分に分けて食おう――おい、どうした?」


 固まったままの私の様子を見て、心配したように私の顔を覗き込んでくるバットに、私は呆然とつぶやく。


「ふぁ」


「ふぁ?」


「ファーストキス、取られた……」


「え? えっと……え?」


 と、何やら滅茶苦茶困惑しているバットの奴の肩を、私はがっし、と両手で押さえつけて絶叫する。


「ファーストキス取られたあああっ! 通りすがりのなんかやべー金髪美少女に取られたああああああっ! わああああああんっ!」


 がくんがくん、と完全に八つ当たりでバットの奴の身体を揺さぶる。

 やめろ、と即座に両手を掴まれ止められた。


「待て。これまじで危ないからやめろ」


「止めるなあっ! てめー、だっておい、ファーストキスだぞ! 乙女のファーストキスだぞ! 何でいきなり出てきた美少女に奪われなきゃならねーんだよ! 何でだよおっ!」


「マジ泣きするなよ……あーその、えーと、何だお前、そういうのって気にするタイプだったのか?」


「悪いかよおっ! お父さんにも奪わせないで大事に取ってきたのに! まだ見ぬ眼鏡を掛けた美少年のために取ってたのに! なのに――なのに、こんなのってあんまりだちくしょおおおおおおっ!」


「いや、お父さんはノーカンにしてあげるべきだったと思う……」


「うるせーぞちくしょー! あんまふざけたこと言ってると、今度は私がてめーのファーストキスも奪うぞこんにゃろー!」


「その理屈はおかしいだろ。……というか、その、何て言うか、俺のは最初に転生したときに女神様に奪われてるし」


「何だよてめーそのなんか無駄に劇的っぽい相手とのファーストキス! ちくしょーめっちゃ羨ましいっ! 私もそーゆーのが良かったっ!」


「――ちなみに、セカンドキスはアレクサンドリアとだった。思えば、あれが、俺とあいつとの運命の出会いだったな……」


「あ、いや。それは全然羨ましくねーわ」


 馬のおかげで、一瞬で正気に戻った。

 涙とか鼻水とかでぐっちゃぐちゃになった顔を意識して、あーあー、と私は思う。これじゃもう可愛くはねーだろーな、と嘆きつつ、バットの奴に「ハンカチくれー」とせびって「ほらよ」と渡されたそれをぬぐって、ちん、と鼻をかむ。

 バットは「お前なあ……」と呆れつつも、


「まあいいや……ほら、これ食えよ」


 と、買ってきた噴水大出血焼きを半分に割って私に手渡してくる。確かに噴水大出血な感じだった。いまいち形容しがたい味だがそれなりに美味い。

 とりあえず手近なベンチを見つけて二人座り、もくもく、と二人で食べる。食べつつ、バットが聞いてくる。


「これからどうする? 何か嫌なこともあったみたいだし、今日はもう帰るか?」


「んにゃ、私もそこまで暇じゃねーからな……まだ割とショックだけど頑張る」


「そうか」


「…………ところでさ、バット」


「何だ」


「次、行こうとしているところがさ、何て言うか、あそこなんだけれど」


 と言って私が指差す先にある店。

 たぶん、喫茶店的なところだと思う。

 その店構えを、私とバットは見る。

 こう、何と言うか、あれだ。

 お洒落な人が、お洒落をして、お洒落な飲み物を頼んで、お洒落な本とか読んでる類の、お洒落な店だ。

 バットの奴が、じり、と一歩引きつつ言う。


「……ああ、うん。あれか」


「あんたって、ああいうとこ入れる? 何て言うか、こう、一人で」


「……」


「使えねーな」


「お、お前はどうなんだよ」


「子どもの頃に、母親に連れられて行ったことなら、ある」


「そ、そっか――じゃあ、お前一人でも行けるな?」


「……」


「……」


「二人で――」


「――行くしかないか」


 私とバットは頷き合い、二人で並んで、視線の先で待っている強大な力な相手に対し、じりじり、と近づいていく。


「……あのさ」


「何だ」


「もし逃げたら罰ゲームな」


「逃げねえよ」


「……あのさ」


「何だ」


「めっちゃ怖いんだけど」


「そうだな」


「……あのさ」


「何だ」


「手繋いでもいい?」


「――頼む」


      □□□


 店のメニューにはパフェがあった。

 それを二つとお茶を注文した。

 ここってファンタジーの世界だよな、と私は頭を悩ませたが、バットの奴にそれを言ったら「あれだろ。何か魔法のおかげだろ」とアバウト極まりない言葉が返ってきた。何でもかんでも魔法で説明するのはどうなんだ、と私は思う。

 ぷるぷる、と。

 手を握り合って、震えながら入店した私とバットを、めちゃくちゃ可愛い制服に身を包んだ美人な店員さんは素敵な笑顔で出迎えた。

 その笑顔のまま「去れ」と言われるのかと私たちは怯えていたが、そんなことは別になかった。普通に二人席に案内された。隅の方に何故かハートマークが刻まれたテーブルだった。


「カップルさんですかー?」


 店員さんが笑顔で言ってきたのに対し、私とバットはお互いに顔を見合わせた後、


「え? いいえ?」


「全然そういうんじゃないです」


 と答え、店員さんは「あーはいはいそういう……」と何かを納得したような顔で頷きつつ、こちらの注文を聞いて店の奥へと引っ込んだ。なんか「店長店長ちょっと聞いて下さいよ、今めっちゃ初心なカップルが来てですね……」とか聞こえたが、何か盛大な勘違いをされているのではないだろうか?

 ややあって、先に運ばれてきたお茶を私は飲む。色も味も香りも紅茶としか思えなかったが、元の世界の紅茶と同じかは知らない。違っていたとしても、美味しいから構やしないが。

 バットの奴は、私がお茶をストレートで飲んでいるのを見てから、自分もそのまま一口飲んで「あれ? すげー美味い……」とつぶやき「牛乳と砂糖入れて飲むもんだと思ってたんだけど……」などと不思議そうにしている。

 こいつは良い機会だと思って、紅茶とは云々と蘊蓄を垂れ流してみた。一度こういうのをやってみたかったのだ。どんなにうざったく思われようが、ちょーやってみたかった。


「へえ、成る程な」


 と、バットの奴は素直に感心してきた。素直過ぎる。何だろうか、この、嬉しいんだけれど何かちょっと心配にもなってくる不思議な気分は――などと油断していたら、バットはごく自然な流れでこう聞いてきた。


「でも、何でお前そういうの知ってる癖に、こういう店は怖いんだ?」


「いやほら、知識があるのと実戦するかは別だから」


「おいこら」


「ふっへっへ」


「笑って誤魔化すな」


「誤魔化してねーよ。単に楽しんでんだよ」


「なんだそれ?」


「なんでもねーよ。ふっへっへ」


 と、そこで注文していたパフェがやってきた――と思ったら、一人分の普通のパフェが二つではなくて、四人分以上は在りそうな巨大なパフェが目の前に置かれた。

 何だこれ。


「えっと……これは?」


「当店では」


 と、店員さんがしれっとした顔で言う。


「カップルの方が二人分のパフェを頼まれた場合、自動的にカップル専用のデラックスパフェへと統合されてお出しすることになっております」


「…………」


「…………」


 大丈夫かこの店、と私は思った。

 たぶん、同じようなことをバットも思っただろう。


「すみません。カップルじゃないですけど」


「またまたー」


 と、店員さんはこちらには取り合わず奥に引っ込んだ。なんか「店長店長ご協力ありがとーございます! ちょっとキューピってきましたよ! やーもー、あの二人ったら恋人未満な初々しい感じで、もー私きゅんきゅんです!」などとはしゃぎまくる声が聞こえたが本当に大丈夫だろうかこの店。

 まあ、それはそれとして。

 目の前の、巨大なパフェである。

 幸い、スプーンは二つ付いていたので、二人で軽く割り振りを決め、両サイドから崩していくことにする。カップルならばここで「あーん」の応酬をするところだが、私たちはカップルではないので黙々と切り崩していく。どことなく作業じみている。味はめちゃくちゃ良いのだが。

 私はバットの奴に言う。


「私、パフェとか久しぶりだなー」


「俺は初めてだ」


「初めて? 何、甘いの駄目なの?」


「いや普通に好きなんだけれど――でも何か格好悪くないか。男がパフェ頼むとか」


「何じゃそら。あんたそんなの気にするタイプなんだ」


「でも、本当は食べたかったんだよな――まあ、食べられないままに死んだけれど」


「夢が叶ったね。成仏しなよ」


「しないからな?」


「……私もさ。ずっとパフェ食べたかったんだよね」


「食べりゃ良かっただろ」


「一人で食べたくなくてさ」


「……そうか」


「あんたのおかげで、夢が叶ったよ」


「そりゃ、よかった」


「まさか異世界で叶うとはなー」


「だな」


 ふむ、と私は一つ頷いて、バットに言う。


「お礼にキスしよーか。そして私に萌えろ」


「要らね」


「てめー」


「いや、っていうかお前さっきファーストキスであんな喚いてたじゃねーか」


「セカンドキス以降のキスなんて何の価値もねーわ」


「お前全世界のセカンドキス以降のキスに謝れ。全力で謝れ」


 と、バットは言う。ちょっと笑って。

 だから私も、ふっへっへ、と笑った。

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