彼女がギロチンに掛けられるまで⑦

 当然、と言うべきか。

 私も転生者なので、チートを持っている。

 その効果をわかりやすく言ってしまえば、ステータスオープン、とかそういう感じの能力のチート版――なのだと思う。

 使っている本人からすると「そんな可愛らしいものじゃない」と言いたくなるが、単純に効果だけを述べるとすればそうなる。

 まあ、極めて便利な能力ではある。

 もっとも、最初に「視た」ときはぶっちゃけその場で吐いたのだけれど。

 ついでに発狂した。

 そのときのことは、ほとんど記憶がないけれど、道端で吐瀉物にまみれて蹲って震えている私を、どこかの誰かが舌打ちして蹴飛ばしたことは覚えている。「死にたい死にたくない死んじゃう死んじゃいたくない」と私がぶつぶつ言っているのを聞いて、何やら怯えて逃げていったが。

 本当に、よくもまあ、あのとき正気を取り戻す前に死ななかったものだ。たぶん、転生前のことがあったからだろう。私は、きっともう二度と死にたくなかった。

 神様は、一体全体、何でこんな能力を私に与えたのだろう、と思う。

 バットが言うには、気の弱そうな女神様だというが――実を言うと、私は会ったことがない。会える転生者と会えない転生者がいるのだろうか?

 正直に言うならば、今でも、この能力について深く考えるのは避けている。

 たぶんこの能力は、本来ならば転生者が――人間が、使っていいようなものではないのだろうから。


      □□□


「よくぞ来た――勇者たちよ」


 古い古い時代の、闘技場の遺跡。

 何でそんなもんがあるのか、という疑問は、今考えるべきではないので頭の片隅に、ぐい、と押し込んでおいて――勇者一行と共に、第二国の騎士団長さんに護衛される形で場内へと入った私は、その闘技場の中央へと視線を向ける。

 無造作に散らばっている、数打ち物の大量の武器――その真ん中に立っている、重厚で無骨な甲冑にその身を包んだ大男。


「我が名は、グランドマスター」


 大男が、私たちに告げる。


「四天王が一柱――『覇王』」


 そう名乗る男を見て、私はちょっと思う。

 その――あれだ。

 めっちゃ最初の四天王っぽかった。

 何と言うかこう、でかくて、筋肉もりもりで、脳も筋肉で、属性は地とかで、やられた後で「所詮は腕っぷしばかりの木偶の坊だったな」とか他のずる賢い四天王に馬鹿にされそうな――まあ、そんな感じの。

 これで勇者とバットに瞬殺とかされたらめっちゃ切ないよな、と思いつつ――見た目の感じからして絶対無いと思ったが、一応絡め手を警戒して能力を使っておく。

 私は、グランドマスターを「視た」。


「…………は?」


 思わず間の抜けた声を私は出す。

 ちょっと意味がわからなかった。

 きっと何かの間違いだと思った。

 再度、能力を使おうとして――


「ふむ――」


 グランドマスターがつぶやき、ひょい、と地面の棍棒と斧を無造作に手に取って――


「――そこの娘だな」


 ――投げた。


 そう認識できたときには全部終わっていた。

 ほんの一瞬だった。

 その一瞬で動くことができたのは――バットの奴と騎士団長さんの、二人。

 一瞬が、終わって。

 バットの奴が弾いた斧が、くるくる、と宙を舞って私の頭上の壁に突き刺さり。

 それと同じように。

 飛んできた棍棒から私をとっさに庇った騎士団長さんも、やっぱり宙を舞って壁に叩き付けられた。

 誰かの悲鳴が上がる。

 自分の悲鳴であると、すぐに気づいた。


「ほう――老兵の身で、今のを庇えるか」


 グランドマスターが言う。少し楽しげに。


「良い騎士だな――敬意に値する」


「おい」


 と、バットの奴がグランドマスターを睨む。


「いきなり非戦闘員狙うとかふざけんなよ」


「すまんが――私はただの戦争屋なのでな」


 グランドマスターは、手近の地面に刺さっている槍を引っつかむ。


「貴様らの中で、最も危険なのはその娘だ」


 ぐるん、と。

 手の内で槍を回し、構え、そして告げる。

 私を見据えて、告げる。


「――ここで始末する」


「させるわけないだろ」


 と、バットは言って私の前に立つ。

 その背中に、私は告げる。


「バット」


 待て、と私は思う。

 ちょっと待て、と私は思う。

 ちょっと待て駄目だやめろ、と私は思う。


「待って。あいつ、その、あんたより――」


 引き留めようとして何とか私が放ったその声を無視し、目の前のいまいち萌えない奴は金属バットを構える。

 やめろ、と思って私は叫ぶ。


「あいつ、あんたよりずっと強いんだよ!?」


「それがどうした!」


 私の言葉を、容赦なく引き千切って。

 バットの奴が突っ込んで行く。

 グランドマスターに真っ正面から殴りかかっていって――直後に、槍の穂先で牽制されて動きが止まったところを、柄の部分使った横凪ぎの一撃で吹っ飛ばされた。

 その瞬間を、回り込んだ勇者が狙った。

 勇者が剣を振るう。

 グランドマスターに――魔物に対して。

 その瞬間――勇者の身に宿り、刻まれ、編み込まれた魔物殺しの剣技と術式と祝福と呪いが、ごぞり、と一斉に発動する。

 横凪ぎの一閃。

 グランドマスターの、おそらくは魔術的な結界が幾重にも施された鎧を、まるで紙くずのように容易く引き裂いて、そのままグランドマスターの身体を、

 きぃん、と。

 硬質な音と共に、魔物殺しの剣が弾かれた。


「――無駄だ」


 グランドマスターが告げる。

 同時に、勇者を投げ飛ばして死角から迫っていた聖女にぶつけ、聖騎士が投げた急所に必中する投剣を槍で弾き飛ばし、魔女が放った呪縛の術式を腕の一振りで引き千切り、私に向かって槍を投げつけようと腕を振り上げかけ――そこに再び突っ込んできたバットの一撃を受け止める。

 それら全てが、ほぼ一瞬で起こった。

 私は、一歩も動けなかった。

 身体が馬鹿みたいに震えていた。

 せめて安全な場所に逃げなきゃいけないのに、凍り付いたように動けない。

 ――怖い。

 魔王軍との戦いで、初めて、そう思った。

 どうして今までそう思わなかったのかは決まっている。バットの奴がいたからだ。バットの奴がチートで、だから何が出てきても大丈夫だと思っていたからだ。

 この間抜けめ、と私は私自身を罵った。

 他人のチートに胡座掻いて日和ってたとか、あまりにも馬鹿過ぎる。

 何とか。

 早く何とか、しないと。

 早く、早く早く早く早く早く早く早く――


「――アメリ王女殿下」


 と呼びかけられて私は、はっ、とする。

 先程、私を庇って吹っ飛ばされた騎士団長さんだった。鎧はひどくと凹んでいて、傷だらけでボロボロだったが、生きている。

 私はあたふたと慌てつつ、しどろもどろになって言う。


「い、今、手当を……」


「急所は逸らしております故、それは後で大丈夫です――それよりも」


 と、騎士団長さんは告げる。


「今、貴方が成すべきことをして下され」


「で、でも……」


「アメリ王女殿下」


 と、騎士団長さんはもう一度私を呼ぶ。

 本当は、私のものではない名前で呼ぶ。


「恐怖は恥ではありません」


 彼が告げる。


「ですが、恐怖を理由にしてはなりませぬ」


 そんな彼の言葉の意味は、正直、いまいちよくわからないような気もしたが。

 でも、震えは止まった。

 私は、さっ、と振り向く。

 もう一度グランドマスターの奴を「視る」。

 いつもよりも――深く。

 久しぶりに感じる、軽い吐き気。

 グランドマスターに対するのとは違う、それとはまた別種の恐怖。

 それでも「視る」。

 そして「視て」いる情報から、必要なものを引っ張り出す。

 グランドマスターの持つ能力を。

 そして、その欠点を。


 ――不死身化。


 それが、グランドマスターの持つ能力。

 どうしようもない能力に思えるが、でも、この能力には但し書きが付く。


 ――ただし、右足の腱を除く。


 ベタ過ぎだろ、と私はちょっと思う。さっきから聖騎士の投剣だけは馬鹿丁寧に防いでいたのは、このせいか。

 でも。

 この弱点を知って――どうする?

 グランドマスターの凄まじいところは、その尋常でない戦闘能力であって、不死身の能力は単なるおまけ程度でしかない。

 おそらく、この弱点を私が他の誰かに伝えれば、容易くそれに対応してくるだろう。

 ならばどうにか不意を突くしかないが、しかし、グランドマスターに気づかれずに他の誰かに伝える方法なんて――いや待て。

 それならば伝えなければいいのでは。

 私が足の腱を掻き切ればいいのでは。

 それは無理だろ、と私は思う。

 幾らなんでもそりゃ無理だと。

 他の手段はないか、と相手を見たところで。

 がん、と。

 バットの奴が、足を掴まれ叩き付けられた。

 衝撃がここまで伝わってくるほどの勢いで。


「――頑丈だな」


 と、こちらに背中を向けたグランドマスターがつぶやいて。

 もう一度、バットの奴を地面に叩き付ける。続けてもう一度。さらにもう一度。

 何度も何度も何度も何度も。

 くるくる、と。

 金属バットが宙を舞うのが見えて。

 気がついたときには、グランドマスターの背中目がけて走り出していた。

 何やってんだ、と理性が悲鳴を上げて。

 うるせえ黙れ、と感情が理性を殴って。

 他の連中と比べると、亀みたいな鈍さで私はグランドマスターに突っ込む。

 懐から例の自決用の短剣を引き抜き――その瞬間に、ぎろり、とグランドマスターの目が私を見る。気づかれた。

 グランドマスターが振り向き様に武器を投げようとし――その瞬間に、魔女が武器の方に呪縛の魔法をかけ、僅かにグランドマスターの動きが乱れる。

 その乱れに乗じて、聖女の奴が武器を殴り飛ばし、さらにはくるり、と空中で身を捻って相手の頭に蹴りを叩き込む。グランドマスターはそれを防がない。聖騎士の投剣が飛んできていて、そちらを弾く必要があったからだ――不死身の能力でダメージは入らないが、衝撃を受けて体勢が大きく崩れる。

 そして、その時点でもう、私はグランドマスターのすぐ後ろにいる。

 いける、と思ったその瞬間に、地面に落ちていた武器に躓いてコケた。

 ラッキーだった。

 次の瞬間、グランドマスターが体勢を崩しながら繰り出した腕の一振りが、頭上を通り過ぎていく――たぶん、当たっていたら頭が無くなっていただろうな、とぞっとする。

 自分でも訳の分からない叫びを上げて、何とか立ち上がり前へ進もうとして、それよりもグランドマスターが体勢を立て直す方が絶対早いと気づき、おまけに相手の踵はちゃんと鎧で覆われていて、でもそれでもほとんどやけくそで短剣を振り上げ――


 そこで勇者が剣を放り捨てて頭から体当たりをかまして再び相手の体勢を崩し、


 ――私は、短剣を振り下ろす。

 短剣は、鎧を当たり前のように貫通した。そう言えば鋼鉄も切れるっていってたな、と私はその瞬間になって思い出す。

 そして、その下の、グランドマスターの肉体へとナイフの刃が突き刺さる。

 ぶちぶちと、音を立てて筋繊維を引き千切る感触にぞっとしたものを感じながら、それでもぐいと押し込む。

 ぱっ、と。

 血が冗談みたい噴き出て、私は全身にそれを引っ被る。

 がくん、と。

 グランドマスターが膝を折って。

 私を見下ろす。


「見事だ。だが――」


 と、少し笑って。


「――ただでは、死ねんな」


 おそらくは、最後の力を振り絞って。

 その手で、目の前にいる私を捻り潰そうとするグランドマスターを、


「――させるわけねえだろ」


 ふらり、と起き上がったバットの蹴りが吹っ飛ばした。

 景気良く吹っ飛びバウンドして地面を転がって――グランドマスターが、倒れる。


「……見事だ勇者。そしてその仲間たちよ」


 グランドマスターの声。


「――すまんな、ズ・ルー。どうやら、我々の負けらしい」


 そんな呟きを残して、魔物であるグランドマスターの身体が消えていく。

 ぺたん、と。

 血塗れの私は、尻餅を付いてそれを見る。

 完全に腰が抜けていた。

 周囲では、無茶な体当たりをかました結果擦り剥いたらしく勇者が鼻の頭を押さえていて、祝福を使い果たして伸びている聖女を聖騎士が助け起こし、魔女が怪しげな薬を持って騎士団長の救護に向かっている、その中で、



「おう、メガネ」


 と、バットが声を掛けてきて、何だこいつ意外と元気そうじゃねえか、と思いかけたが、その頭からだくだくだく、と血を流しているのを見て、あ、無事じゃねえわこいつ、と私は思う。


「お互い血塗れだけど、無事か?」


「すげー血塗れだけど、無事」


「そっか」


 と言って。


「良かった」


 ふらふらと。

 バットの奴は前後に揺れた後、そのまま、ばたん、と後ろ向きに倒れた。

 死んでねえだろうな、とちょっと心配になったところで。


「あー、何だ」


 倒れたまま、どうやら見た目の割には大丈夫らしいバットが、私に言う。


「悪い……おかげで助かった」


「……それ、こっちの台詞だから」


 軽く小突いてやろうと思ったが、腰が抜けているので立てず、私は代わりに溜め息を一つ吐いてやる。


「ホント、無事で良かったよ……バット」


 正直に言えば、今すぐ縋り付いて泣きたい気分だった。でも、私もバットの奴も、今は血塗れなわけで――だから、今泣くのは止めておこう、と私は思った。

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