彼女がギロチンに掛けられるまで⑥


 グランドマスターとの決戦前夜。

 アリアとの定時連絡を行うために、夜中に馬車から抜け出した――ところで、バットの奴に勘づかれた。私はちょっとびびったが、トイレに行くと行って誤魔化した。ちょろいもんである。……まあ「何かあったら助けてやる」と言ってくれたことは、素直に感謝すべきだと思うけれど。

 暗い森の中、ぽっ、と光る装置を前にして、私はアリアと話をする。


『いよいよ、かの「覇王」との決戦か』


「ええ」


 と私は頷く。


『奴の力は強大だ。心して掛かれよ』


「ですが、バットなら楽勝かと」


『……お主らしくないな。メガネ』


「え?」


『いや、お主がそこまで手放しで他人を信頼するのは、珍しいと思ってな』


「…………」


 言われてみれば、確かにそうだ。

 あ、やばいな――と私は思う。

 よくわからないが、これはちょっとやばい。


「……すみません。今の私は、少し、気が抜けていたようです」


『謝ることではないよ。メガネ』


 向こう側で、アリアがくすくすと笑う気配。


『「鬼人」とまで呼ばれる男――どんな悪鬼かと思いきや。こうして蓋を開けてみれば、なかなかどうして――良い男のようじゃの』


「いやあれ、いまいち萌えないですよ」


『嫌いか?』


「いえ、彼は良い奴です」


 まあ、良い奴か悪い奴で言ったらそりゃ良い奴だろう。さっきだって、何かあったら助けると言ってくれたわけだし。

 そして、好きか嫌いかで言えば――


「まあ――割と好きですね」


 そこまで忌み嫌う理由は特にないし、相手に対して無関心でいるには、さすがに言葉を交わしすぎた。

 なんせバットは良い奴だ。

 私みたいに、小賢しく立ち回ってばかりいる、ろくでもない奴とはちょっと違う。

 あるいは、例の「首輪切り」の転生者くんみたいに、正義だの何だの極端なことを言い出して刃物を振り回す物騒な奴でもない。

 42回も転生してチート過ぎる力を持っている余裕もあるのだろうが――でも、たぶんあれは単にそういう性分なのだろう。

 仮に、私がバットと同じくらいの力を持っていたら、絶対に悪いことに使うと思う。美少年とか美少女とか手籠めにしてハーレム築く。馬がヒロインとか絶対言わない。

 というか、あいつは何で引きこもっていたのだろう?

 そういうタイプには、正直思えない。

 どっちかというと平凡な高校生活を送っていたある日、犬だの美少女だのを助けようとして、トラックに轢かれて転生したとかそういう輩に思える――ちょっと後で聞いてみるか。


『のう、メガネ――気づいているか』


「はい?」


『最近のお主は楽しそうだ。以前と違って』


「……えっと、もしかして、そんなに間が抜けて見えてるんでしょうか? 私?」


『そういうことではないよ』


 と、アリアはまた、向こう側でくすくすと笑った。


      □□□


 装置を片付け、馬車のところまで戻った。

 戻ったところで、焚き火の前に座る、バットの奴を見る。このまま一言挨拶して馬車に戻って眠っても良かったが――上手い具合にあの馬も今は寝ているようだし、ちょっと話をしておくことにした。

 ついでに言うと、あの『視た』瞬間に「あ、これ世界とか滅ぼせる奴だ」と確信させられた、見た目は可愛いテンプレ天使で中身は触手な化け物もいなかった。正直、あれはちょっと怖すぎる。

 ともあれ、バットに、ちょっと転生した理由を聞いてみたかった。

 とりあえず、私自身のことを少しバットに話した。

 私が転生した理由については――たぶん、正直に言ったら引かれるだろうから止めておいた。

 その代わりというか、あの、私に似ていた王女様のこととか、第七国王が悪逆非道であることとか、そんなことを話した。少し――いや、実際はかなり迷ったが、革命のことも。

 うわあ、で流された。ふざけんな。

 うっかり口滑らせたりしねえだろうな、と言ってからちょっと不安になったが、一応話のヤバさは理解できてるみたいなので大丈夫だろう。大丈夫だと思う。たぶん。

 まあ、こいつに計画の内容まで話すつもりはない。

 もしも。

 何もかも話して「なー。手伝ってくれよー」と言ったら協力してくれるだろうか。

 たぶん手伝ってくれるだろう。そういう奴だ。

 バットの奴なら、それこそ、こいつ一人の力による単なるごり押しだけで、革命を成功させることができると思う。

 でも、それは駄目だ。

 外からやってきたこいつが一人で革命したところでそれは単なる侵略だろう、とか。そもそもそんなことしようとしたら他の国が泡を食って止めにかかり下手すると他の勇者一行vsバットの戦いになりかねない、とか。そんないろいろな理由があるにはあったが――それ以上に、私がそれをさせたくなかった。

 バットの奴には、革命だの謀略だの、そういう後ろ暗いことをさせたくない。そういうのは、私みたいな小賢しい奴がやればいい。こいつは、勇者一行のお供その一として、ごく普通に魔王軍と戦って世界を救っていればそれでいい。

 で。

 気になっていたこのいまいち萌えない男の転生理由はというと、なんか美少女に轢かれたことらしい。やっぱり意味がわからない。

 なんか、敵は美少女なのだと言う。

 意味わからん。

 可愛いと持ち上げられたと思ったら、いまいち萌えないと叩き落とされた。

 意味わからん。

 お前友達いないだろと言われた。

 謝れ。超謝れ。

 バットは学校を退学したらしい。

 はーん退学ね。


 ……え?


「退学?」


 と思わず聞き返し、いじめられでもしたのか、と尋ねると、バットの奴は何かものすごく言い辛そうな顔をした。

 私はちょっと慌てて「いや別に言いたくなければ言わなくてもいいよ」と言いかけたが、


「その、消しゴムの滓をさ」


 と、バットの奴が先に口を開いて、私の口からは、言いかけた言葉の代わりに「は?」という間の抜けた言葉が出てきた。


「消しゴムの滓をさ。前の席の奴が投げてて。毎日。そいつのさらに前の席の奴に」


「……」


 字面だけを見れば、他愛のない行為のようではあった――その一年後には、犯罪行為と同等の、悪質ないじめに発展している類の。

 バットが、ぽつぽつ、と続ける。


「毎日、前の席の奴が消しゴムの滓を投げてるのを見ててさ。嫌だなあ、と思ってて、でも余計なこと言ったら俺が今度いじめられるんだろうなあ、と思ってずっと無視してたんだけど」


「ふーん」


 と、私は何でもないように相づちを打つ。


「でも……ある日、何でか知らんけど我慢できなくなってつい、がーん、と」


「……がーん?」


「金属バットで前の席の奴の机を叩き割って『うざい』って言っちゃって」


「…………」


 バットの言った話の内容を理解しようとして、二回ほど空回りした。三度目の正直でようやく理解し、理解はできたがちょっと意味がわからず、ぽかん、としたまま私は尋ねる。


「あんたが?」


「うん。俺がやった」


 そんなことをするような奴には見えないと思って、そう言ったら、担任の先生にも同じことを言われたらしい。まあ、そりゃそう言われるだろう。


「まあ結果的に、それで俺は引きこもって、そのまま退学」


「……」


 頭に浮かぶのは「首輪切り」と呼ばれている転生者くんのこと。奴隷の女の子を助けるために、第七国に喧嘩を売っている、おそらくは自分を正義そのものだと信じている男の子。

 規模は随分と違うが、こいつのやったことは彼と同じようなものだ。誰かを助けるための手段として暴力を振るう。そこには正しい部分もあるかもしれないが、でもやっぱり、誉められたことではない。

 でも、と私は思う。

 こいつのことを少しは知っているから思う。

 でも、だったら何で、こいつは――。


「何で」


 とバットも言った。


「あんなことやっちゃったかな」


 溜め息を吐いて、背中を丸めて――叱られた子どもみたいに情けない顔で。

 そんなバットの姿を見て、


 ぷちん、と。


 頭の中で、何かが音を立ててぶち切れた。

 私は思う。

 てめーそうじゃねえだろうが、と。

 何で溜め息なんかを吐いてんだ、と。

 背中を丸めてねーでしゃんとしろ、と。

 そんな情けない顔すんなふざけんな、と。


「でも」


 と、そのまま言ったら怒鳴りつけてしまいそうだったので、私は他の穏当な言葉を伝える。


「手段として金属バットで机殴ったのはアレだったかもしれないけれど――やろうとしてたことは間違ってたわけじゃないでしょ?」


「間違ってるよ」


 と、バットは言う。


「俺があのときしなきゃいけなかったのは」


 と、もう何だか泣きそうな顔で言う。


「前の席の奴と一緒になって消しゴムの滓を投げて、一緒になって笑うことだった」


「それは――」


 違う。

 それは違う。

 誰が何と言おうとそれだけは違う。


「――違うでしょ」


「違わない」


 と、バットが私の言葉を否定する。


 そうすることが、正しかったと。

 退学になんてならずに済んだと。

 引きこもったりせずに済んだと。

 家族に迷惑だを掛けなかったと。

 もっとまともな人間になれたと。


 でも、と私は思う。


「……でもさ」


 私は。バットに尋ねる。

 もし、そうすることが正しいと、こいつがそう思っているっていうなら――何で。


「それなら、何でそうしなかったの?」


 バットの奴は黙った。

 ひどく迷った様子で、どこかに上手い言葉が落っこちていないかと探すように視線をさまよわせて――諦めたように、さらに一層、背中を丸めた。


「何で俺は」


 と、ぼやく。


「そういう奴じゃ、ないんだろな?」


 その言葉を聞いて。

 私は、バットの奴をしばし見つめて――それから「ほい」という掛け声で自分を勢い付けて、両腕で思いっきり、その丸まった背中を抱き締めた。

 ぎゅう、と。

 お互いの身体が密着する。

 あ、こんな奴でも、背中は意外と男の子らしくごつごつしてんのな、とかそんなことをちょっと思う。相手の背中に思いっきり胸が当たっている形になるが、まあサービスだ。

 結果、抱き締められた相手の方はというと、思っていたよりも反応は薄く、


「何で?」


 とかアホみたいなことを聞いてきて、何だよ思ったよりつまんねーな、と思う。


「何で抱き締められてるんだ俺?」


 と困惑したようにもう一度聞いてくるバットの奴に対して、私は適当に「なんか抱きしめたくなった」と言って誤魔化す。一応、嘘ではない。


「うっし。しゅーりょー」


 ひょい、と私は身を引く。

 お互いの身体が離れたところで「うひゃあ」と私は思う。いや何かもう「うひゃあ」という言葉しか頭に浮かんでこない。なんかめっちゃ恥ずかしい。絶対、顔とか赤くなってる。お前乙女かよ、と自分で自分にツッコミを入れたくなる。うひゃあ。

 こんな馬鹿みたいな顔を見られるのはご免だったので、適当に一つ、二つ言葉を交わして私はその場を離れ、馬車に戻り「おやすみ」とだけ言って引っ込む。バットがなんかぼそぼそ言っていたが、たぶん「おやすみ」と返してきていたのだろう。

 馬車の中の、魔法で拡張された空間を、寝袋にくるまって寝ている勇者一行を起こさないように、こそこそと横切る。

 勇者の「……バットさん。いい加減、貴方は私のお兄ちゃんなのだと認めて下さい」という寝言や、何故か二人くっついて寝ている聖女と聖騎士や、マジカルくノ一が「ふぁ……何かあったんですかぁ?」と寝ぼけ眼で言った後で、はっ、と目を見開き「――あ、いや、何かあったんでござるか?」と言い直してくるのを全てまるっとスルー。

 私は、自分の寝袋に潜り込む。

 何で自分は抱き締められてるのか、とバットの奴は言った。

 あんの馬鹿野郎、と私は思う。

 わかんねーのか、と私は思う。

 わかんねーよな、と私は思って苦笑する。

 もちろんあれは、惚れたとか腫れたとかいう話ではない。私はあいつに萌えない。

 そういうんじゃないのだ。

 バットの奴と「首輪切り」の彼は、一見同じように見える。二人ともたぶん底抜けにお人良しで、誰かのために自身の力を振るう転生者。

 でも、ある一点で決定的に違っている。


 転生者の彼は、自分を完全に信じていて。

 バットの奴は、自分をあまり信じていない。


 私が「首輪切り」の転生者くんのことがどうにも気に食わないのは、自分が正義なのだということを、何一つとして疑っていないからだ――私の母が、私のことを愛していると、何一つとして疑っていなかったのと同じように。

 でも、だからこそ――彼は人を助けることができる。

 バットは違う。

 あいつは自分が正しいなんて、それほど思っていない。むしろ、自分は間違いだらけだと思い込んでいるところがある。

 それでも。

 それでも――あいつは誰かを助けるのだ。

 ふざけんな、と思った。

 だから、私はあいつを抱き締めたのだ。

 そうすれば、何となく伝わると思ったから。


「ねえ、バット」


 寝袋の中で。

 ぽつん、と。

 私は、誰にも聞こえない声で、つぶやく。


「あんたはさ、そりゃ確かに、それほど正しいわけじゃないかもしんねーけど」


 いまいち萌えない奴のために、つぶやく。


「――でも、それほど間違っているわけでもないよ」


 つぶやいてみて。

 その内容は、けれども本人を前にして言うには、やっぱり恥ずかし過ぎて、私は再度「うひゃあ」と言って、また赤くなった顔を両手で覆い隠した。

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