彼女がギロチンに掛けられるまで④

 異世界なのだから、そりゃもちろん、奴隷という商品は存在する。

 特に、第七国は奴隷取引が多い国だ。何でそんなことになっているかというと、そりゃもちろんあの悪逆非道な第七国王のせいだ。あの国王は各地に施設を作り、そこに奴隷として身売りされた子どもたちを集めて食事を与え、必要な教育を施し、綺麗な服を着せてから、高品質な奴隷として第七国独自の意匠が施された刺青を施した後、他の国に高値で売り払った。

 ちょっとしたブランド品って奴だ。

 基本的に、金持ちの連中が買う奴隷は高価な商品だ。何たって、あらゆる意味で金が掛かる。購入費だけの問題ではなく、人間である以上、きちんと運用するためには当然食費やら何やらの維持費が掛かるし、屋敷に置く以上は衣装だって普通はきちんとしたものを着せるものだし、何かの拍子に病気になったりしたら治療術師に治療してもらって長く使うものだ。食事もろくに与えず、衣装はボロ布で、病気になっても治療せず使い捨てていく、という選択肢も無くはないが、もれなくパーティ会場の片隅なんかで「あいつは奴隷の扱いもろくに知らない田舎者だ」と陰口を叩かれたりするので普通はしない。

 つまるところ奴隷というのは、ちょっとしたステータスの証であって、鞄とか時計とか車とかそういうものと同じなのであって、鞄とか時計とか車とかと同じようにブランド品を金持ちはこぞって買い漁る。

 そういうわけで第七国の高品質な奴隷は飛ぶように売れた。

 おかげで傾いていた財政は、現在の第七国王の代で、ものの見事に立て直された。ついでに「第七国王は優秀な奴隷を確保するために人攫いをさせている」という噂ももれなく付いて来たが、あの国王がその程度の噂で凹むわけがない。


 と、いうわけで。


「僕は、この国から奴隷を無くしたい」


 と「首輪切り」と呼ばれる転生者は私に言う。


「アメリ・ハーツスピア。貴方は、今、この国を変えようとしているのだろう。貴方の実の父親である、第七国王を倒すことによって」


「そうね」


 と、私の隣でアレックスが息を呑むのに対し、私は澄ました顔で平然と頷いてみせるが、内心、こちらの情報を掴まれていることにかなり動揺している。さすがに、転生者なだけはあるらしい。バットの奴みたいな間抜けとは一味違う。


「父はあまりにもやり過ぎたわ――誰かが、彼を止めなければならない」


 と、私は余裕を取り戻す時間を稼ぐため、適当に小綺麗なお題目を告げておく。


「そして、今、それができるのは私しかない。私が父を止めて、この国に平穏を取り戻さなければならない」


「ならば」


 と、転生者くんはこちらの時間稼ぎに乗ってきて、


「僕たちは、協力し合えるはずだ」


 などと言ってきて私は内心、そんなわけねえだろ、と思ったが何とか適当に誤魔化す言葉を探す。


「ふうん――貴方、優しいのね」


 優しいかどうかは会ったばかりなので本当のところ全然分からなかったのだが、適当にそれっぽいことを言ってみた。


「当然のことをしているだけだ」


 と、さらにそれっぽい答えが返ってきた。

 やべーな、と私は思う。

 この転生者くん、めっちゃシリアスな奴だ。やっぱ正義とか言い出す奴は一味違う。美少女とか言ってるバットの奴も、もう少しこのシリアスさを見習うべきだ。

 私は一つ息を吸って、それから、現れてから一言も喋っていない、転生者くんが連れてきた少女に目を向ける。


「それで、その娘は――貴方の奴隷?」


「奴隷じゃない。ネクだ」


 と転生者くんは目付きを鋭くする。どうやら地雷を踏んだらしい。狙ったが。


「僕は、彼女がただの女の子として過ごせる世界を作る。そのために戦う」


「そう」


 と、私は頷く。

 頷くだけだ。特に何とも思わない。

 たぶん、奴隷として虐げられていた彼女を何やかんやで転生者くんが救ってあげたとかそういうことだろう。よくある話だ。わざわざ聞く価値もない。


「私も」


 と、告げる。


「私も――この国から、奴隷取引を無くそうとは考えているの」


 その言葉に一番劇的な反応を示したのは、転生者くんではなくてアレックスだった。彼はぎょっとしたような目でこちらを見て、


「姉上、それは――」


 と言いかけたが、私は手でそれを遮った。

 転生者くんが私の言葉に対し、ぱっ、と顔を明るくする。


「そうか、なら――」


「けれども、それは今すぐではないわ」


「――何?」


「私は革命を成功させたとしても――奴隷取引はそのまま続けるわ。少なくとも、しばらくの間は」


「何故だ?」


「理由は二つあるわ。一つ目は単純に――」


 と、私は前置きをしておいてから、告げる。


「――お金のため」


 瞬間の中――鍔鳴りの音と共に、閃く銀色。

 二つ分の。

 転生者くんが抜き打ちで放った剣の一撃を、アレックスの抜いた剣が受け止め弾いていた。

 金属の擦れ合う嫌な音の、残響。

 二人ともこんな狭い空間でよくそんなことができるな、と頭の冷静な部分がそんな間抜けなことを考える。今の一瞬で死にかけた現実から目を逸らそうとする思考を、無理矢理打ち切る。

 私は、一つ、息を吸って。

 静かに告げる。


「アレックス。剣を引いて」


「しかし――」


「いいから」


 アレックスは、私を見て、それから転生者くんが鞘へと剣を納めるのを見て、それからもう一度私を見て、それでようやく剣を納めた。

 それを確認してから、私は、転生者くんへと告げる。


「――交渉は、決裂なのかしら?」


「貴方には失望した」


 と、転生者くんは吐き捨てるような口調で私に言ってくるが、失望されるほど親しかった覚えはない。そもそもが今日会ったばかりなのだ。


「貴方も、奴隷を商品扱いする人間か」


「そうね」


「奴隷は虐げられて当然だと」


「いいえ――奴隷は大切にすべきよ」


 奴隷というのは高価な商品だ。他の高価な物をそうするように、ぴかぴかに磨いて、綺麗にして、長く大事に使い続けるものだ。できれば一生。それが普通なのであり、だから奴隷の待遇は彼が思っている程には悪いものではない。普通なら。


「それでも、奴隷は奴隷だ――そんなものを許容できる連中を、僕は許さない」


 と、転生者くんは言い、それは正しい。

 例えば、第七国の奴隷は高品質ではあるが、だからと言って、誰もが高品質な奴隷になれるわけではない。

 中には途中で見限られ、兵士として戦場の最前線に送り込まれたり、十把一絡げで商団に売られて重労働を課せられたり、あるいはいかがわしい店に売られたりする奴隷もいる。

 あるいは、奴隷として売られた先の金持ちが、本当に奴隷の扱いを知らない田舎者だったりする可能性は少なからず存在する。もっと最悪な可能性として、完全に狂っている王女様だったりすることもある。

 どんな世界の、どんな社会にも、そういった理不尽としか言いようのない不幸は必ずある。そういうものだ。

 そして「そういうもの」では、きっとこの転生者くんは済ますことができないのだろう。

 損な性格だな、と私は思う。

 殺され掛けた手前、同情する気はさらさらないが。

 転生者くんが美少女の手を引き、馬車の外へと降りながらつぶやく。


「次に会ったときは、貴方は敵だ。アメリ・ハーツスピア」


「そうね」


 と、私は適当に頷いておいた。そういう名乗り合いには正直あんまり興味がない。

 去り際、奴隷の女の子――ネク、と言う名前らしい――が、私に何かを言ってきた。口の動きからその言葉を読み取って、私はその言葉に思わず苦笑する。

 二人が去っていってから、アレックスが心配したように聞いてくる。


「姉上――大丈夫ですか?」


「怪我一つないわ。ありがとう」


 と落ち着いている風を装って言いつつ、私はまだちょっと震えている右手を隠す。

本当はめちゃくちゃ怖かった。でも、アレックスの前で怯えた姿を見せるわけにはいかなかった。アメリ・ハーツスピアはこんなことではたぶん動揺しない。

 まあ――でもどうせ、こうなるだろうことはわかっていた。本当だ。

 奴隷の美少女を助けるために、国相手に喧嘩を吹っ掛けてくるような間抜けなお人良しに、私の言葉なんて届くわけがない。彼の言葉が私に届かないのと同じように。

 私が彼と会った理由はただ単に相手のことを「視て」おくこと。

 おかげで、相手が持ってるチート能力は把握した。これでいざと言うときには対策が立てられる。

 やっぱ自分は地獄に落ちるな、と私はちょっと自嘲する。


      □□□


 宿に泊まる勇者一行に再び合流したとき、バットの奴は相変わらず仲間の美少女たちの輪から離れたところで、一人寂しく馬の世話をしていた。


「よーす」


 と声を掛けたところ、


「おう」


 と片手を挙げて返事をしてきて、その緩さにちょっとほっとする。まあ、いまいち萌えないことを除けば、そう悪い奴ではない。

 だからだろうか。

 私は、何となく、バットに聞いてみる。


「ねえ、あんたさ。奴隷欲しい?」


「は?」


 と、馬に水を掛けてやるためバケツを持った姿勢のままでバットは止まり、首をちょっと傾げて聞いてくる。


「何で奴隷?」


「いや、異世界だし」


「あー」


 と、バットはそれで納得したらしい。ばしゃあ、と馬に水を掛けてやりながら、うーん、と言う。


「いやでも、考えたことねえな」


「美少女のことしか考えてねーしな」


「うるせえ」


「ところで第七国って奴隷の一大産地なんだけれど」


「おい言い方」


「繕ったってしょうがねえだろ――ぶっちゃけ、現状だと奴隷が売れないと維持できねーんよ。うちの財政」


「酷くねえか? それ?」


「酷いし、良いか悪いかで言やー、そりゃ悪いだろうけどさー。でも、何するにしたって金は必要だしさ。それに、今いきなり奴隷制廃止とか言ったって奴隷の方が困るんよ」


「何で」


「だって、仮に私が上からいきなり『今日から奴隷制廃止です。さあ君たちは自由でござい』って言ったって困るでしょ。まるっと路頭に迷うだけでしょそれ。施設で教育受けてる子たちも含めて全員」


「あ」


 と、バットは間の抜けた声を上げる。


「確かに、それもそうか」


「路頭に迷った元奴隷の人を国で支援するにしたってさ、それこそやっぱり金がいるわけで――まあ、よろしくないことになるよね。そもそもこの世界、そこまで社会福祉の概念馴染んでねーだろーし」


「じゃあ、何もできないのか」


「いや、できないことはない。例えば、奴隷が市民になれる制度を作るとか。今やってる教育の水準をさらに上げて、奴隷がもっと高度な仕事に従事できるようにするとか。奴隷に独自の資産を持つ権利を与えるとか――そういうことを積み重ねていって、奴隷全体の地位を向上させていって、その内、奴隷自身が自分たちの権利を主張し始めたところでようやっとスタートライン」


 たぶんそこから先はもっと長いだろうけれど、と私は心の隅っこで思う。


「……何にせよ、百年とか余裕で掛かるだろうね。ちょっとばかし改革したくらいじゃ無理だし、私が生きてる間でも絶対無理」


「はー。成る程」


 と、バットの奴は半分ぐらい分かってなさそうな顔で頷いて、私に言う。


「お前、伊達に眼鏡掛けてるわけじゃなかったんだな」


「てめー」


 ふざけたことを言ってきやがってので、思いっきり睨んでやると、バットはこちらを見返してきて、それから尋ねてきた。


「なあ――お前、なんかあったか?」


「へ?」


「いや、だって、いつもあれだろ。そんな頭良さそうで難しい話、俺相手にしないだろ。なんか、珍しいからさ」


「…………」


 私はちょっと黙った。

 そのまま黙っているべきだと理性が告げる。

 でも、それはちょっと無理だった。

 ぽつんぽつん、と私は言う。


「今の話さ――本当は、別の人に聞いてもらいたくて考えたんだけど」


「ああ、そうなのか」


「でも、最後まで聞いて貰えなくて――私も、その、もう少し言い方に気を付ければ良かったんだけど――その人、途中で、怒って帰っちゃって」


「そっか」


「……割と、一生懸命考えたのに」


「うん」


「だから誰かに、こうやって、ちゃんと聞いてもらいたくてさ」


 そこまで言ったところで、私は何だかひどく気恥ずかしくなってきた。

 視線を逸らしつつ、言う。


「えっと、その、ごめん。……ありがと」


「いいよ別に。減るもんじゃねえし」


「本当はさ」


 と、止せばいいのに、私はそんなことを言った。


「私、本当は、奴隷のことなんてどうでもいいんだ。ひでーと思わね?」


「そりゃまあ、酷いっちゃ酷いけど」


「だってさ、そんなこと言われたって困るもんよ。私、元々は政治家でもなんでもない、ただちょっと小賢しいだけの女子高生だし――奴隷解放とか、ぶっちゃけちょっと無理」


「だよなあ」


 と、バットはちょっと笑う。


「俺もちょっと何度か転生してチート貰ってるだけで、元々は、ただの引きこもりだからなあ」


「でも、あんたって意外とさ――」


 と私は言いかけて、続く言葉が上手く出てこず、結局諦めて、こう告げる。


「――んにゃ。何でもねーわ」


「何だそれ」


 と、いまいち萌えないそいつは、ちょっと呆れた顔をした。


      □□□


 小賢しかった私が予想していた通り、私はやっぱりそれほど大した美少女じゃなくて、だからある地点で、ぴたり、と仕事に行き詰まった。

 そんな状態が一年ほど続いたある日、母は私を綺麗さっぱりその業界から引退させた。


「これから、貴方は普通の女の子よ」


 と、母は言った。笑顔で。

 私は流行から外れた地味な服を着るようになり、髪を自分でカットするようになり、誰かに対して自分を演ずる必要も無くなって、それからコンタクトを外して眼鏡を取り戻した。

 私は美少女ではなくなった。

 そして、母はというと、それから家に寄りつかなくなった。私の仕事先で出会った、テレビとかでよく見る男性と交際しているのだ、ということはわかっていた。

 ああ、やっぱり無駄になったな。

 と、広くて高くて部屋数が無駄に多いマンションの一室で、母が無造作に置いていった現金とクレジットカードを頼りに一人暮らしをしつつ、私は思った。

 私は小賢しかったから、何が起こったのかは、もちろんよくわかっていた。父に離婚を言い渡したときと同じこと。

 とても単純なことだった。


 私は――母に、飽きられたのだった。

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