彼女がギロチンに掛けられるまで③
美少女だった時期が、私にはある。
私を美少女にしていたのは母で、私に流行の服を着せ、予約でいっぱいな美容室に連れて行き、講師を雇って演技のレッスンを受けさせ、眼鏡を取り上げ、たくさんの大人たちとたくさんのカメラが並ぶ場所へと連れて行った。
「愛してるよ――私の美少女さん」
と、その頃の母は口癖のように私に対してそう言っていた。そしてその言葉は、彼女の本心からの言葉だった――その時点では。
そりゃまあ、そうだろう。
何たって、そのために母は、「この子がもう少し大人になってからじゃ駄目かい?」と言った父に離婚を言い渡し、その後の裁判で私に対する親権を見事に勝ち取ってみせたのだ。父がおどおどと告げる正論を、怒りと涙と大金で雇った弁護士とでねじ伏せていく母は、本当に本当に楽しそうだった。
だから、私は母に言われるがままに流行を全力で追っかけたような服装をし続け、毎日毎日長い時間を掛けて髪を手入れし、美少女らしい清楚であどけない笑顔を浮かべ続け、小学生なのにコンタクトをして、機械のレンズに写真やら映像やらを撮られ続けていた。
その時期の私は、確かに美少女だった。
私という素材を使って母が丹精込めて作り上げ「美少女」というタイトルを、ぺたん、と貼り付けて人々の前に展示される作品。
私は小賢しかったので、実際には自分がそれほど大した女の子ではないということは、その時点でもうわかっていた。
でも。
母がどんな人間なのかもすでに分かっていたし、どれだけ小賢しくても私はまだ子どもで、つまるところどんな母だとしてもそれでもやっぱり必要で、もっと言えば母に私のことを好きでいてもらいたくて、だから言われた通りにするしかなかった。
無駄なことだとはわかっていたし、実際、無駄になってしまったのだけれども。
□□□
勇者一行は美少女だらけだった。
勇者は美少女だった。
聖女も美少女だった。
その従者である聖騎士も美少女だった。
どうみても忍者にしか見えない魔法使いも覆面を外すと美少女だった。
美少女ハーレムじゃねえかふざけんな、と美少女ではない私は思う。
しかし、そのハーレムのど真ん中にいる男はというと、
「いや、アレクサンドリアが俺の嫁だから」
などと意味不明なことを言って、自分に付き従う精霊なのだとかいう馬の世話をいつもしていて意味がわからない。何やってんだ。
「あんたさ」
と、私はそいつに聞いてみた。
「美少女になんかトラウマでもあんの?」
「トラウマというか――」
馬のたてがみにブラシをかける手を止め、なんかいまいち萌えないそいつは、うーん、と首をひねってから答えた。
「――敵というか」
「何だそりゃ」
と、いまいち要領を得ない答えに、私はちょっと呆れる。
とにかくも、そんなわけで私は美少女どころか馬に負けた形になるわけで、鬼畜な父親から与えられた任務はどうにも果たせそうになく、つまるところ、私の命は風前の灯火になりつつあるのだった。
もっとも、その前に革命を起こせばいいだけであるが。
「――姉上?」
と呼ばれて、私はあのいまいち萌えない男に対する思考を打ち切って顔を上げる。
馬車の中。
あのアレクサンドリアとかいう馬が引いている、勇者一行の馬車ではない。それとは違って、かたかたかたかた、と普通に揺れる車内。
第七国の息が掛かった行者が操るその馬車には今、私と、もう一人が乗っている。
「もしかして、お疲れですか?」
と心配したような声で言ってくるそのもう一人は、何を隠そう、美少年である。
アレックス・ハーツスピア。
第七国が誇る俊足の騎士。
アリアと私の間を繋ぐ伝令役として動いてくれている彼は、あの冷血鬼畜な第七国王の息子であり、つまるところ王子なのだが、母親の身分が低いとかで継承権を与えられていない。
私にとっては、弟ということになる。
大事なことだからもう一度言うと、美少年である。女の子と言ってもいいくらいのめっちゃ可愛い顔をした男の子である。ぶっちゃけ男の娘だ。
はっきり言って、めっちゃ萌える。
ふざけんな、と私は今は亡き本物の王女に対して思う。こんな可愛い男の娘な弟がいるとか、まじでふざけんな。それもう勝ち組じゃねえか。
「いいえ、大丈夫」
と、私は彼に微笑みかけつつ、バットてめーこの野郎、と内心で毒づく。
あのいまいち萌えない奴にこの子を突きつけてやって、こう言ってやりたい――何であんたこうじゃなかったんだふざけんな、と。
私はその内心を、アメリ・ハーツスピアとしての笑顔と口調で完全に覆い隠す。
「――予定では、もうすぐね」
「ええ」
「私は別に一人で良いと言ったのだけれど」
「そういうわけにもいきません」
と、アレックスは言う。
「姉上は、僕がお守り致します故」
ちくり、と。
その言葉に、少なからず私の胸が痛む。
なぜなら、本物のアメリ・ハーツスピアはもうとっくに死んでいる。
私は、彼の本当の姉ではない。
だから、彼のその言葉には何の意味もない。
そして、それにも関わらず、
「あら――嬉しいこと言ってくれるのね?」
などと彼女を演じ続けられる私は、きっとろくな死に方はできない。たぶんきっと地獄に落ちるだろうな、と思う。
と、そこで。
馬の嘶きと共に、馬車が止まる。
馬車の外に、人の気配。
「姉上――来たようです」
「ええ」
私が入るように促すと、馬車の扉が開く――入ってきたのは腰に帯剣した、私やバットと同じくらいの年齢らしき少年。残念ながら美少年ではないが、どちらかというとイケメンに入る顔立ちだと思う。萌えるかと言われると微妙なところだが、少なくとも、バットの奴ほど絶望的な感じではない。あの男の場合、本当にこれっぽっちも萌えそうな気配がないのがやばい。
そして、その彼と一緒に入ってきたのは私たちよりもう少し年下の少女。その首に彫られた刺青に目が留まる――奴隷の刺青。
私は帯剣している少年へと視線を向ける。
彼を見る。
同時に「視る」。
そして、自分の勘が当たっていたことを確認する。
「こんにちは――奴隷たちの英雄さん」
と、私は少年の方へと告げる。
「お互い、この国を変えようとするもの同士なのだから――どう? 手を組めないかしら?」
「貴方が――」
と、こちらの言葉に対して、彼は口を開く。
「――正義ならば」
やべーなこいつ、と私は思う。よりにもよって正義と来たか。
どう考えても正義とは言えない真っ黒けな私は、内心で冷や汗を掻く。緊張し硬質な気配を纏っているアレックスを視線を送って落ち着かせる。
『首輪切り』。
目の前の少年は、そう呼ばれている剣士だ。
奴隷解放のために、第七国の奴隷関係施設に単独で殴り込んできている謎の剣士。
名前は不明。出自は不明。そして、バットの奴ほど無茶苦茶ではないが――しかし、それでも並外れて強い力を持った存在。
となれば、もう、答えはほぼ決まっている。
もちろん――転生者だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます