番外編

彼女がギロチンに掛けられるまで①

「貴方はとても賢い女の子なのね」


 私に似ていた彼女は、まだ生きていたときに、私にそう言った。


「賢くて、綺麗で――寂しい女の子なのね」


 そんな言葉に対して、私は、


「別に私は寂しくはないですよ」


 そんな風に、答えた。


「それに、確かにちょっとばかし小賢しくはありますが、綺麗なわけではないです」


 と、さらに続けた私に対し彼女は、


「何を言っているの。それは貴方がちゃんとお洒落な格好をしないからよ。せっかく私と同じくらい美人で、しかも私と違ってないすばでぃなのだから、もっと女の子らしい格好をしなさい。それでも私の影武者なのかしら――そんな野暮ったい眼鏡を掛けて、だっぼだぼのローブを着て、髪もろくに手入れしないで、まったくもう」


 そう言って頬を膨らませてみせた彼女の方は、正真正銘本物のお姫様とかいう、私からしてみれば完全にファンタジーの世界の存在であり、聡明で、私と同じ顔の癖に私よりもきらきらと美しくて――そして、完璧に狂っていた。

 なんせ、週三くらいのペースで奴隷を殺していた。趣味で。

 調子の良いときには一週間に十人ほど殺したこともあるのだ、と彼女は言ってのけた。そこだけは私とはあまり似ていないぺったんこな胸を張って。ふふん、と得意げに。にゅう、と悪戯っぽい笑みを浮かべて。

 やべーなこいつ、と私が思ったとして誰が責められよう。

 そんなことだから、その後、実の父である第七国王に暗殺されて、影武者であったはずの私とすげ替えられたりするのだ。はっきり言ってただの阿呆だ。

 それでも。

 私はときどき、私と限りなく似ていた彼女の言葉を思い出す。


「ねえ、影武者さん。貴方――友達いないでしょう?」


 と、笑顔でこちらの心を抉る台詞を吐き、


「私も同じ。友達なんていないの」


 彼女は片手をこちらへと差しのばしてきた。


「ね。友達のいない寂しい人間同士――私たち友達になれないかしら?」


「お断りします」


 と言って、私はその手を払い退けた。

 よくあそこで殺されなかったものだと思う。彼女が趣味のために集めた拷問具という名の処刑道具の餌食となっていても全然おかしくなかった。Gが付く方の18禁展開になるところだった。

 しかし、彼女は笑顔のまま――もっとも、彼女は奴隷を殺すときも笑顔なのでまったくもって油断できなかったのだが――手を引っ込め、私に尋ねてきた。


「どうして――と理由を聞いても?」


「いつ殺そうとしてくるか分からない人と友達になりたい人間なんていませんよ?」


「わあ――完璧な答えね」


「もし、貴方が奴隷を殺すのをやめるなら、友達になることを考えてあげます」


 と言った私の言葉はほとんど嘘で、でも、ちょっとは本当だった。

 本当に、もし仮に、彼女がその言葉を受けて奴隷を殺すのを止めたなら――いや、すでにその時点で第七国王は彼女を殺すことを決めていていて、そのことを私も知っていたから、全然まったく、友達になんてなることはなかったわけだけれども。

 それでも――このとき、この場で「しょうがないですね。ちょっとだけ友達になってあげましょう」と嘘を吐いてあげるくらいのことは、できたかも知れない。

 でも。

 でも――彼女は首を横に振ったのだ。


「それは無理」


 どうして、と私はそのとき尋ねた。

 なぜ、そんな風に尋ね返したのかはわからない。反射的に、としか言いようがない。そのときの彼女が、何だか泣きそうな顔をしてみせたからかもしれない。


「私は違うから」


「違う?」


「私は、人とは違うから」


「……特別だと?」


「ううん――いやまあ、確かに私は第七国の第一王女ではあるけれども、そうじゃなく――ただ、違ってるだけ」


「違ってる、だけ」


「貴方だって、そうでしょう?」


「……」


「でも貴方は――」


 彼女は片手を私の頭の上に乗せた。

 ぶっちゃけ、そのまま殺されることを覚悟した。頭を鷲掴みにされてそのまま首を引っこ抜かれるとか、逆にそのまま頭のてっぺんから真っ二つに両断されるとか、何かこう死体すら残さず消し飛ばされるとか。まあそんな感じで。

 できないとは知っていたけど。

 そして実際、そんなことはなくて、私は彼女にただ頭をそっと撫でられただけで。

 そして、彼女はこう私に囁いたのだった。


「――違っていても、優しいのね」


 んなわけあるか、と思い、でもなぜか彼女の手を今度は振り払えないでいる私に、彼女はこう言ったのだ。


「だからきっと、貴方を好きになってくれる誰かはいるわ――私とは違って」


 そのときの彼女の言葉は、ひどく優しくて。

 私の知っている、どんな声より優しい声で。

 ちょっと本当に、泣きそうになるくらいで。

 でも、彼女はそれからも奴隷を殺し続けて。

 国王によって謀殺されるまで、そのままで。


 だからもう――私にはよくわからないのだ。


 アメリ・ハーツスピア。


 私と似ていて、私と同じように一人ぼっちだった彼女のことは。

 たぶんきっと。

 私は、自分で思っているほどには、小賢しいわけですらないのだろう。


      □□□


 ぽんぽんぽん、と信号魔法が打ち上がる。

 荒野の一角で、それが来るのを半日近く待っていて――ついにやってきた。

 私はそれを見る――単純に、ごく普通に視覚で見る。


「げえ」


 と思わず、私は声を上げる。

 荒野の向こう、土煙の先にいるのは、巨大な動く石像だ。いわゆるゴーレム。そいつが、前線に設置していた信号魔法を踏んで発動させたのだ。信号の種類から大まかな距離を計測。同時に、ざっと暗算してその大きさを把握。なかなかにでかい。十メートルはある。

 まあ、ただのデカブツなら大した相手ではない。犠牲者が出ることに目を瞑れば、数で押して袋だたきにすればそれで良い。

 問題は、それが群れでこちらに向かってきているということ。しかも地平を埋め尽くすほどの、膨大な数。

 ちなみに言っておくと、この群れ、昨日までは存在していなかった。この規模なら移動しているだけで情報が入ってくるものだが、それもなく、今日の朝になっていきなり確認された。進行方向にはちょっとした小国があるのだが、当然ながら昨日の今日で軍の準備なんて整うわけがない。

 ポーン。

 魔王四天王の「覇王」グランドマスターの配下。個にして軍勢でもある、その物量を武器とする魔物。最弱にして最強の駒の名前を持つその魔物の戦闘力は一つの軍隊に相当する。そして恐ろしいことに、この大軍を展開するために必要なのはその辺にある岩や土塊だけで、しかも展開に必要な時間は一日程度。小国程度なら一夜にして滅ぼせる戦力を高速で運用可能な、グランドマスターの配下でも極めて凶悪な魔物だ。

 戦争なんてのは、限られた時間と資金の中でどれだけの戦力を集めて敵にぶつけられるかが重要なのであって、戦術だの奇策だのはその後で考えるべき要素に過ぎない。そんなわけで、前準備もなく一夜にしていきなり現れて、こちらが軍備を整える間もなく進撃してくるこのポーンとかいう魔物は、私の感覚からするとほとんど反則みたいな存在だ。

 ただし、


「うわ、すげーな」


 と、私の隣で、こちらからすれば随分と呑気に思える声で呟く声。

 視線をそちらに向ける。

 私と同年代の男の子――残念ながら、美少年ではない。

 純朴そうと言うには些か拗ねた感じで、捻くれていると言うにはいまいち間が抜けている――まあ言ってしまえば、どこにでもいる平凡ななんちゃらという奴。

 そして、何かいまいち萌えない。

 ちょっと意味がわからないレベルで。


「あれ全部敵か。やべーな」


 やべーどころではなく、本来ならこんな魔物が存在している時点で人類の負けみたいなものだ。恐れおののき戦慄し震えなけりゃならないところだ。

 そして。

 もちろん――こいつにとって、そんな必要はまったくない。


「何言ってんだ」


 ちょっと呆れつつ、そいつに私は告げる。


「てめーなら何とかなんだろーが。このチートやろー」


 と、内心の考えを悟られないようにごく気楽に、私はそいつに告げる。

 ポーンは、「前の世界」での一般常識からすれば、ほぼ最強と言ってもいい、すげーやべー魔物だ。

 しかしそれでも、文字通りの一騎当千な、もっと遥かにやべーな奴がいる世界では、そうとも言えない。


「そうだな」


 と、隣のそいつが手に持った武器を構える。

 金属バット。

 ファンタジーって何だっけ、と少し思う。元野球部だと聞いたがそれにしたってちょっとない、と思う。本当に思う――こんな奴が、この世界におけるおそらく最強の人間でいいのか、とも。


「んじゃ、行ってくる」


 そう一言告げて、てくてく、とそいつはしばし歩いて行って、私からだいぶ離れたところで立ち止まり、ぐっ、とその身を折るようにして姿勢を低くして、

 大地が弾けた。

 衝撃と音と土塊とが一斉に襲いかかってきて、私はとっさに顔を覆って眼鏡を守る。引っこ抜けんじゃねえかと思う勢いで髪がばたばたとあおられる。口の中にじゃりじゃりとした砂の感触。

 それらの一切が落ち着いたところで、眼を開く。視線の遥か先、背後に土の柱を幾つも吹き上げながら、遥か遠くの大地を疾走している彼の姿。

 口の中がまだ砂だらけだ。唾を吐きたくなる衝動に対して反射的に抵抗し、こんなとこで抵抗してどうすんだと考え直して唾を吐く。

 吐いた唾が地面に落ちるか落ちないかの間。

 石像の群れの先頭の一体のところまで、彼が辿り着く――直後に、頭の天辺から真っ二つに砕かれてその石像が崩れ落ち、その次の瞬間には、隣の石像の両脚が砕かれ、その背後の石像の頭が消し飛び、その左右の石像が胴から両断される。

 まるで。

 ドミノ倒しか何かみたいに戦列が崩壊する。

 地平線を埋め尽くしていた石像たちが、あっと言う間に砕け散っていく。

 たった一人の、たった一本の金属バットを担いだ男の子の力で――敵の圧倒的な戦略的優位が、理不尽に打ち砕かれて、ただの岩と土塊になっていく。

 チートだな、と私は思う。

 あのいまいち萌えない奴が、何度転生したかを思い返す。

 42回。

 冗談みたいな回数だ。

 バケモンだよな、と思いつつそいつが金属バットで敵を粉砕していくのを眺める。

 さすがに、ちょっとだけ怖い。

 でも、と私は不思議に思う。

 何で――ちょっとだけ、なのだろう?

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