42周目⑫.ここまで来たぞ。


 美少女は、いつも通りに赤い塔の上にいた。


 元の世界に戻って三日間、滅んだ世界の廃墟を探し回って、ようやく赤い塔を見つけた。そして俺が見つけたということは、たぶん美少女も俺の存在にはとっくに気づいているはずだ。気づいているはずなのに、でも攻撃は飛んでこない――何故か。


 理由なんてのは、分かりきっていた。

 俺は溜め息を一つ吐いて、つぶやく。


「だから、ずっと言ってるだろ――」


 手足は、もう震えない。

 身体も、ちゃんと動く。

 金属バットを、構えて。


「――こっちを、ちゃんと見ろ」


 言葉と共に、赤い塔へと駆け出す。


 すでにひび割れだらけのアスファルトを容赦なく踏み砕き、赤い塔の根元へと瞬時に移動。俺はその巨大な建造物を見上げ、そして。


 333メートルを、駆け抜ける。


 なだらかな弧を描く赤色の鉄骨をがんがんがんと歪めながら駆け上がり途中にある展望台の中へ床にあるガラスから突っ込んで衝撃波で全ての窓を内側から粉々に吹っ飛ばして天井を金属バットの一撃でぶち破り再び外へ行き踏み台にした鉄骨がへし折れて弾け飛んだボルトの一つが頬を掠めるのを無視下へと落ちていく鉄骨の鳴らす悲鳴を置き去りに足下の赤い鉄骨が白色になってまた赤色になってさらに白色になってたぶんアンテナだと思う機器を途中蹴散らしながらさらに上にそしててっぺんに――辿り着いた。


 三秒と掛からない。


 そして、辿り着いた先。

 赤い塔の、てっぺんに。


 綺麗な黒髪をなびかせて、

 ぺったんこな胸を張った、

 めっちゃツンデレっぽい、

 セーラー服を身に纏った、


 ――美少女が、そこにいる。


「よお――」


 告げる。


「――ここまで、来たぞ」


 音速なんて置き去りにする速度で。

 地形とか変えられる程度の重さで。

 無数のスキル込めた金属バットを。

 振り上げる。


 その一撃で、16層の障壁が消し飛ぶ。

 浅過ぎる。


 美少女は、視線すらこちらに向けない。


 続く一撃で、64層の障壁をぶち貫く。

 足りない。


 美少女はようやく視線を向けてきた。

 ただ単に向けただけで、見ていない。


 あと一撃で、

 いや遅い、


 美少女が、もう動き出している。


 いつもいつも、このパターンだ。

 その華奢な右腕が打ち払われる。

 虫を払い退けるような適当さで。

 あらゆるものを破壊する威力で。

 それを俺は避けることができず。

 いつだって、死ぬ。


 また駄目か、とそう思った瞬間。

 奇妙な違和感。

 俺は、美少女の腕の動きを見た。

 動きが見える。

 見えるのならば、避けられる。


 避けた。


 そして避けたのならば、まだ踏み込める。

 一歩。

 その一歩はきっと、連れてきた剣の分だ。

 叫ぶ。

 あと一撃が、128層の障壁を砕いた。


 そして、それが最後の障壁で。

 金属バットはさらに先へ。

 美少女へと――届く。


 その瞬間、美少女が跳ぶ。

 くるり、と。

 鮮やかな宙返りを、一つ。


 動きに引かれ、宙を泳ぐ髪。

 リボンが残す、赤色の軌跡。

 太股が、割と際どいけれど。

 それでも、スカートは鉄壁。


 俺の金属バットの一撃が空振った。


 頭を下にした彼女はその端正な顔を。

 こちらへと、じろり、と向けてきて。

 その目が。

 俺を見る。

 こっちを――ちゃんと見てくる。


 ――ああ、やっとか。


 俺はそう思う。


 ――やっと、ここまで来たぞ。


 だから告げる。


「――行くぜ」


 言葉と一緒に、金属バットを振りかぶって。

 それより早く繰り出される、美少女の蹴り。


 今度は避けられなかった。


 その一撃で、意識の奴が「もうお前のことなんて知らない! 馬鹿!」とか何とか言いながらダッシュで去っていく。


 そこでさらに衝撃。二度蹴りされたらしい。


 去りかえた意識の奴が、やってきたトラックに跳ね飛ばされ一瞬で消えた。


 さすがにひどくないかな、と少し思う。


      □□□


 桜の木の下で、意識が待っている。

 何故か制服で微笑み「やあ、また僕と会えたね」と意味深なことを言ってくる意識の奴はとりあえず無視して、俺は目を開く。


 こっちも頬を紅潮させた女神の顔があった。

 というか、俺の身体に跨がっていた。


「おはようございます! お望みは召喚? 転生? それとも……わ・た・し?」


「転生一択ですよねそれ」


 唇に人差し指を当てて言ってくる相手の頭を、がっし、と鷲掴んで押しのけようとする俺。

 が、女神の方は笑顔でそれに拮抗してくる。


「わお――もしかして、頭撫でてくれてますか? きゃあ、撫でポされちゃう!」


「なかなか斬新な解釈ですね」


 チートレベルであるはずのこちらの腕力を、こうして押し返されている事実に冷や汗を流しつつ、俺は女神に告げる。


「いいから、ちょっとどけて下さい。なんですかこの、ちょっとアレな体勢は」


「魔王を倒した君へのご褒美を」


「こんなご褒美は要らんです」


「ちぇー」


 と、女神は名残惜しそうに俺の上から身を退ける。

 俺は身を起こすと、自分の衣服の乱れを確認し、とりあえず問題が無さそうだとほっとする。ほっとしてから、何で俺こんなこと心配しなきゃならないんだろう、と思った。


 立ち上がって、周囲を見渡す。


 と言って、渋りながら俺を離す女神様。

 それから、俺は周囲を見渡す。


 視界の果てまで続く材質不明の白い床。

 視界の果てまで続く正体不明の白い空。

 光源が見当たらないが、何故かある光。


 取り立てて描写するものが特にない、何というか手抜き感溢れる雑な空間。


「さて――転生の間へようこそ」


 とすん、と何もない宙に腰掛けて。

 女神が言う。


「聞きなさい、人の子よ……私は死と転生を司る女神です。貴方の世界で言うところの死神、とでも言うべきでしょうか?」


「すみません。まるで何もなかったように、いきなり真面目に進行するの止めてくれませんか? 今更威厳を出そうとしたってもう手遅れですよ」


「つまり、貴方は死んだのです。まずはそのことをちゃんと認めるように」


「それはまあ認めますが」


「そうです。認められないかもしれませんが、これは事実なのです。貴方は、貴方の世界に生じたかの凶悪なバグによってその命を奪われたのです」


「それ、もしかして台本を一字一句暗記してる感じなんですか?」


「しかしご安心を。貴方は本来ならば死ぬはずのない運命であったにも関わらず、狂わされた貴方の運命を補正するために、貴方をこことは別の世界へと転生させます」


「……お?」


「さあ――転生の儀を!」


 そう言い切って、大仰に手を打ち振り告げる女神。


「おお……!」


 と、俺はちょっと感動する。


「女神さん……今、最後まで噛まずにちゃんと言えましたね!」


「そうです! すごいでしょう! 私、超練習したんれす!」


「あ」


「あ」


 噛んだ。


「もういいです。どーせ私は駄神です……」


「まあまあ」


 と、俺はうじうじする女神をなだめて。

 それから。


「あの、女神さん」


「んー。どうしました?」


「あの魔王って、その、女神さんの知り合いだったんですか」


「あ。もしかしてバットさん、彼女と話とかしましたか?」


「女神様が元気かとかそんな感じのことを」


「彼女はですね。私の加護をちょっと強く受けてた、特殊な転生者です」


「特殊?」


「他の転生者とはちょっと違って、私の命令とかを受けて派遣されて、異世界で起こってるゴタゴタを解決したりする――まあ、言ってしまえばトラブルシューターですね。そんなわけで今回も、あの異世界にあるちょっと特殊な場所を監視させてたんですが、なんか裏切られちゃって。あ、それとですね――」


 と、女神様は笑顔で言う。


「――私の友人です」


「……」


「それなりに長い付き合いになります。彼女と話をしたなら分かると思いますけれど、なかなか愉快で奔放な人でして」


「まあ、確かに」


「ですからまあ、こんな風に裏切られても仕方がないかなあ、とは思います。嫌われるようなことしちゃったのかもですねー」


「あの人は」


 と、俺は言う。


「別に、女神様のことを嫌ってたわけじゃないと思いますよ」


「知ってますよ。そんなことは」


「それじゃあ……」


「でもまあ、これは、どうしようもないことですから」


「……」


「だから此度の魔王討伐、感謝しますよ。バットさん」


「……あの」


「はい?」


「あの、俺って――」


「……貴方が、何です?」


「――いえ、何でもないです」


「何ですかそれ。もおー」


 と、女神様は頬を膨らませて。


「それじゃあ、今度もまた、新しいチートを君にあげますよ。バットくん」


「ええ。なるだけ強いのがいいですね」


 俺はそう頷いて。

 それからまた、異世界へと転生する。

 あの赤い塔で待つ美少女と戦うため。

 何度も、何度も。


 それで――じゃあ、その先には?

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