42周目⑪.それでも俺は。
何もない白い世界。
ぽつん、と置かれたテーブルと椅子。
そこで、俺と魔王はしばらく話をした。
「女神の奴は元気?」「元気そうですよ。初対面でベタ惚れされた上に、キスまでされました」「あのキス魔め」「あ、やっぱそうなんですねあの人……」「お、ちょっと傷付いた顔したね君。その反応から察するに、さては彼女いない歴と年齢がイコールだなー?」「は? 何言ってるんですか彼女ならちゃんといますよ?」「うえぇっ!? 嘘ぉっ!?」「……何で俺、そんな驚かれないといけないんです?」「いやあ、だってほら、そのう、何て言うか……えへへ」「ごまかして笑うことで人を傷つけるとかいう高等テク止めてくれませんか?」「ええと……それじゃあ、あの娘かな? ズ・ルーの奴があれはやべー女だって言ってた、何かめっちゃ知的ですげークールでくそ生真面目な、なんかもう鋼鉄みたいな王女様」「え、誰ですかそれ? そんな奴は俺の仲間にはいませんよ」「え? ほら、眼鏡掛けてる子だよ。第七国の王女様で、名前は確かアメリ・ハーツスピア」「……え?」「え?」「……俺の知ってるそいつと大分違うんですけれど」「あれえ? おっかしいなー……まあいっか、で、その子と付き合ってるの?」「いや、そいつに対して俺、あんまり萌えないんで」「なんだそれ」「まあ好きですけどね。今でも」「なんだそれ」「俺の彼女というかヒロインは、アレクサンドリアです」「へえ、どんな娘どんな娘! 聞きたい聞きたいおねーさん聞きたいなあ!」「ええと、まず馬で」「あ。ごめんやっぱりもういいや」「え? 何でですか? アレクサンドリアの魅力をこれから小一時間ほどですね――」「うん……きっと、色々と嫌なことや辛いことがあったんだね……可哀想に……」「何ですかその生温かい目は」「なんかもう可哀想過ぎるから、いっそのことおねーさんが君を卒業させてあげよっか?」「やめて下さい」「いいのかなー? この機会を逃したらもう一生卒業できないかもよー?」「何言ってるんですか。そういうことはですね、その場の勢いとかじゃなくて、将来のことをきちんと決めて、然るべき手続きを積んでからですね――」「うっわこの子朴念仁だ! こりゃーモテないわー!」「いや、そんなことよりもですね、さっきの話の続きを」「あれか。女神の奴はキス魔だっていう」「そうじゃなくて」「君に彼女がいないっていう」「だからアレクサンドリアがヒロインですって」「わかってるよ」「いや、だから」「君が道具だっていう話だよね」
俺は黙った。
「君さ」
と、魔王は俺に尋ねてくる。
「何回くらい転生してる?」
「42回」
「うわあ……想像以上にやばいなー」
「そうですか?」
「だって42回でしょ? んで、42回分のチート貰ってるわけでしょ? それもうバケモンじゃん。そりゃグランドマスターさんだって負けるわけだ」
「でも俺、いつも負けてるんですけど」
「あー……そりゃあ、まあ、さすがに他の異世界群が送り込んできた戦闘特化型の天使の軍勢だの転生者打撃群だのとかと一人で殴り合ったら厳しいかもねー。でもあれでしょ? 負けるったって相手にも結構な損害与えてんでしょ?」
「いや、美少女に」
「ごめんちょっと意味がわからない。何それ」
「何か美少女が暴れてて」
「女神の奴、転生者打撃群とか編制してないの?」
「してましたよ。残ってるの、もう俺だけですが」
「えええ……何それ……」
と、何やら心底驚いた顔をする魔王。
「いや、どうりであの女神にしては動きがトロ過ぎると思ってんだよ……ん? じゃあ、まさかあの怪物もやられたの? まじで?」
「怪物?」
「触手の」
「あー」
天使さんか、と俺は合点する。
「それたぶん、俺の道案内してくれてるナビゲーターさんです」
「え? 何で生きてるの君?」
「いや……何でって……・」
「っていうか、正気でいられるの? だってめっちゃグロいじゃんあれ」
「やめて下さい。俺の知っているその人は、アレクサンドリアの口の中が定位置の、めっちゃ可愛い天使なんです。中の人なんていません」
「現実を見るべきじゃないかなー……えっと、それでだね。とりあえず、42回も転生したとかさ。それはさすがに異常だと思っておこうよ」
「ただ単に、俺の転生限界が多いだけじゃ」
「ないよ。そんなわけないじゃんよ。転生とか、普通はできて一回、多くても二回くらいしかできないんだよ?」
「そうなんですか」
「君はさ」
ひどく優しい声で、魔王が俺に告げる。
「本当に、何も知らされてないんだね――あの女神の奴にさ」
「……たぶん、そうでしょうね」
「ね」
と、魔王が再び、聞いてくる。
「もう一度聞くよ――私と組まない?」
「何のために?」
「決まってるじゃない。君に嘘ばっかり吐いてる女神の奴をこらしめに行くのだ。そう、このメイドなおねーさんと一緒に!」
「すみません。お断りします」
「うっわ。つれないなー」
「すみません」
「そんなんでいいの? このままじゃ、君、この先、永遠にあの女神に利用されっ放しになるよ。本当に道具のままでいい? 自由になりたくない? それでいいの?」
「それでも俺は」
俺は椅子から立ち上がって、金属バットを魔王の鼻先に突きつけた。
魔王が身じろぎ一つせずに、仮面の奥の瞳を静かにこちらへと向けてきて。
俺は、告げる。
「貴方を倒すために、ここに来たので」
「……君とは、仲良くなれそうなのになー」
「俺もそう思います」
「めっちゃ会話弾んだもんねー」
「でも、そういうわけにも行かないでしょう。俺は、貴方を倒そうとする人間側の人々のおかげでここまでやってこれて。そして、勇者の奴や俺の師匠は、貴方のせいで何もかもを失ってて。……メガネの奴だって、こうやって貴方を倒すために、いろいろとやってくれてたわけで――」
だから、と俺は言う。
「俺は、それを裏切れないです」
「そっか」
「――俺なんかと一緒にいてくれる天使さんや、俺なんかを転生させてくれた女神様を、裏切れないのと一緒です」
「そっかぁ」
仮面の奥で、魔王が笑う気配。
「かっちょいーね」
「それに」
と、俺は続ける。
「俺は、美少女と戦わないと行けないので」
「……それはなんか、かっちょ悪いな」
「放っておいて下さい」
「へっへー」
と魔王は立ち上がり、ぱちん、と指を鳴らしてテーブルと椅子を消すと、言う。
「それじゃ、ちっと後ろ向いててくれる?」
「え? 何故です?」
「着替えるから。覗くなよー」
「何故!?」
「だってラスボスがメイド服だったら嫌でしょう? そこはほら、ちゃんとした魔王っぽい格好をしないと」
「だったら最初からそういう格好をしていればいいのでは……」
「だって好きなんだもんメイド服。いいよねメイドさん。君もそう思うでしょ?」
「いえ特に。今どきメイドとか流行らなくないですか?」
「あ、うん。君は確かに私の敵だわ」
とか何とか言いながら数分後。
「着替えたよー」
と言われたので振り向いたところ、そこにいたのは見上げるような長身で、漆黒の鎧に身を包み、やはり漆黒の外套をたなびかせ、しかし顔の部分には先程と同じ傷跡のある仮面を付けた、めっちゃ魔王っぽい格好というか姿になった魔王で、俺は思わず、ツッコミを入れる。
「すみません。骨格変わってません?」
「そりゃ魔王だから変身くらいするよ」
「そうですか」
「それじゃあ最後だし。いっちょ私もかっちょよく終わってやるかー」
と、現在の見た目にはまったくそぐわない暢気な口調で魔王は言って、それから俺にこう言った。
「ね。君さ、手伝ってくれるかな?」
「全力で」
と答える俺に対し、魔王は、ふむ、と何やら頷いてそれから聞いてくる。
「ちょっと聞いてもいいかな」
「はい」
「君のお師匠さんだけど――名前は?」
「グレンフォード・ホッパー」
「ホッパー、ね。ふーん、そっか」
魔王は、愉快そうにその巨体を揺らすと、仮面に付けられた傷跡に触れて、
「……そっかぁ」
と、もう一度つぶやくその声が宙に消
□□□
えていった――そのときには、もう、目の前の光景は一変している。
唐突な周囲の変化にふらつき、倒れこみそうになったのを立て直して、俺は周囲の状態を確認する。
屋内とは思えない、巨大な空間。
邪悪げな装飾で過剰なまでに飾られたその場所の中央には、玉座。
そこから立ち上がるのは、もちろん魔王。
禍々しいオーラを身に纏って見下ろす先には、俺と――その、仲間たち。
「バットさん!? 大丈夫ですか!?」
ぽん、と。
現れるなり、慌てた声で言う天使さん。
「門のところでいきなりバットさんだけが消えてしまって――そしたら今また現れて――その、一体、どこで何をしてたんですか!?」
「ちょっと誘惑されてました」
「本当に何をしてたんですか!? ふざけたこと言ってると噛みますよ!?」
別に嘘を言っているわけではないのに、わあわあ、と言ってくる天使さんの姿に、俺はちょっと笑って、
「ねえ、天使さん」
「何ですか!?」
「ありがとうございます――なんて言うか、いつも側にいてくれて」
「……はい?」
「俺はだから別に、ちょっとくらい嘘を吐かれてたっていいんです」
「いや、あの……」
「それでも俺は――あの美少女と戦いますよ」
「……バットさん?」
「だから」
俺は金属バットを構えながら、困惑している天使さんへと、こう告げる。
「魔王くらい、ちゃんと倒してみせますよ」
□□□
激闘の末。
俺は、勇者たちと共に、魔王を倒した。
そして、俺はまた、元の世界へと戻る。
あの美少女と、戦うために。
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