42周目⑩.世界の半分を君にあげる。

 最後の戦いが始まった。


 第一国から第七国までの総力を結集しての魔王軍本拠への侵攻作戦は、大方の人間が想像していたよりもスムーズに進んだ。どうやらメガネの奴は、そのための交渉だの根回しだの裏工作だのをきっちりと終わらせていたらしい。それを聞いたとき、やっぱすげーなあいつ、と思って俺はちょっと笑った。


 そして。

 勇者一行は、魔王城を目がけて駆け抜ける。

 俺も行く。騎士団長は第二王国残存戦力をかき集めて結成された騎士団の指揮を取るために残ったのでいない。その代わりに、俺は彼の剣技を連れて、金属バットを振り回す。


 その道を切り開くため、人類側の軍勢が、魔物側の軍勢とぶつかり合う。


 第一国の新王の「逃げるなら逃げていいぞ、貴君ら。所詮、我らが第一国の軍は貴族の次男坊三男坊の寄せ集め。私がそうであったように、誰にも期待なんぞされてなどいない。だが、もしも貴君らの中に、ほんの僅かでも燻っている誇りがあったなら――私と一緒に来い。貴族たるものの責務、共に果たしに行くぞ」という号令によって、宮廷騎士団が「行くぞ! 貴族の意地を見せろっ!」と敵地に真っ先に突っ込み、第三国の狂戦士たちが「やるじゃねえか坊ちゃんども! おら、俺たちも負けてらんねえ! 行くぜ野郎ども! 一世一代の殺し合いだ!」と雄叫びを上げてそれに続き、「私の剣を」その小柄な身の丈を超える剣を振り回してクィーンが戦場を駆け抜け、「それでも俺のライバルか!」と言って空からやってきたナイトの乗る竜が火を噴き、第五国のならずものたちが「悪ぃな魔物ども。俺たちゃ、卑怯さに於いてはお前らよりもずっとずっと上なんだよ」と側面から奇襲を掛け、眼鏡と水着と猫耳姿のピ・エローが「俺の踊りを見ろ!」と叫んで現れ魔物たちの注意を引きつけ、第六国の魔法使いたちが魔法で魔物を牽制する中、元魔導王ソルシィが「勇者! それとバット! お姉様を意思を継いで――行け!」と叫びながら放った大魔法が魔物の軍勢の一角を丸ごと吹っ飛ばして道を作り、第四国の僧兵団が「我らが主はおっしゃった。信仰心は宿る――腕力に」と祈りつつ素手で魔物の軍勢を押さえ込み、それを指揮する教皇が聖女と聖騎士に向けて「……行け、小娘ども。お前らが世界を救えたなら――俺も神の存在とやらを信じてやる」と誰にも聞こえない声でつぶやき、女王なのに先頭に立って敵陣に斬りかかりながら第七国王が「見ておるかメガネ! これがお主の成し遂げたことなのだぞ!」と笑い、道を塞ごうとやってきた大型の魔物に第二王国の騎士団が立ち向かい、


 そして、その指揮を取る騎士団長が、


「頼みますぞ! 勇者様! バット殿!」


 と叫ぶ声を後ろに残して、魔王城の門へ。

 そして、門の前で一人佇む――仮面の男。

 四天王の最後の一人。

 勇者と対を為す、究極の対人類兵器。


 ――魔人王マスクド・ブラザー。


 その手がゆっくりと上がり顔を覆った仮面を外し「……お兄ちゃん」と、その顔を見てつぶやく勇者を残して俺は金属バットを構え行き「今ノ私ハ! 四天王ノ一人! 魔人王マスクドブラザーダ! 来イ! 人間ヨ!」と告げて、応じるように剣を抜き放ち「お兄ちゃん!」と勇者が泣き叫ぶ中で俺たちは交錯し、金属音と共に宙を舞ったのはマスクド・ブラザーの剣であり「お兄ちゃん……」と倒れた彼に駆け寄り、ぐじり、と鼻を鳴らす勇者の頬に彼はそっと触れ、一言二言言葉を投げかけてそれから、ありがとう、と俺に微笑みそしてそのまま事切れて、勇者はもう一度、ぐじり、と鼻を鳴らして、それから涙を拭って、行こう、と言った。


 そして、俺たちは魔王城の門をくぐ


      □□□


 ったところで、


「いらっしゃい。転生者様」


 と、いきなり挨拶された。

 召使いの姿をした人物が――要するに、メイドさんがそこにいた。

 おまけになんか仮面を被っていた。

 何故か仮面の端っこはぱっくり割れている。

 ちょっと意味がわからない。


 とりあえず、状況を確認しようと左右を見渡したところで、周囲の様子が先程とは一変していることに俺は気づく。


 白い。


 視界の果てまで続く材質不明の白い床。

 視界の果てまで続く正体不明の白い空。

 光源が見当たらないが、何故かある光。


 取り立てて描写するものが特にない、何というか手抜き感溢れる雑な空間。


 転生の間、という単語が一瞬頭に思い浮かんで、いや違うな、と否定する。理由はわからないが、ここはおそらく違う。


 ぐるり、と周囲を見渡す。勇者も聖女も聖騎士もマジカルくノ一もいない。


「……天使さん? アレクサンドリア?」


 と、呼んでみるが天使さんも出てこない。アレクサンドリアも召喚されなかった。


「無駄だよ」


 と、メイドさんが言う。


「『ここ』の機能を使って、一時的に隔離したからね。例え、あの怪物じみた天使だって、そうそう容易には入ってこれない」


「……『ここ』?」


「魔王城――君からしてみれば」


 不意に、俺は一つの可能性に思い当たった。

 まさか、と思いつつ目の前の人物に尋ねる。


「貴方は」


「魔王」


「…………えっと」


「私が魔王」


「これはつまり」


 目の前のメイドさん改め自称魔王に尋ねる。

 もちろん、金属バットを構えながら。


「一人ずつ、各個撃破とかそういう」


「いやいや」


 ぱたぱた、と自称魔王は手を左右に振った。


「そういうセコい話じゃなくてだね」


「じゃあどういう話なんです?」


「まあとりあえず、その物騒な――ってかバイオレンスなもん仕舞って座りなよ」


 ぱちん、と魔王が指を鳴らすと、テーブルとそれを挟んで椅子が二つ目の前に現れ、魔王は「どっこらしょ」などと言って片側の椅子に座る。俺は座らなかった。


「……いや座りなって。罠とかないからさ」


 と、頬杖を掻いて呆れたように魔王が言ってきて、俺は諦めて椅子に座った。座った瞬間椅子が爆発したりはしなかった。


「それじゃあ、単刀直入に言うけれど」


 魔王は言う。


「世界の半分を君にあげるから――私と組まない?」


「いや、要らないです」


「うわー即答かー」


 ずるずるずる、と机の上に突っ伏す魔王。


「ねー。ひどくない、君?」


「だってどう考えてもそれバッドエンド直行な奴じゃないですか」


「だよねー」


 あーあーあー、と魔王はしばし唸ってから、不意に思いついたように顔を上げる。

 それから、仮面を外した。あっさりと。

 普通にめっちゃ美人な女性だった。


「じゃあさ、世界の半分プラスこのおねーさんがちょっとアレなことしてあげる、って言ったらどうかな?」


「すみません。俺は一体、今、何をされているんですか?」


 と、俺が尋ねると「そんなん決まってるよー」と仮面を被り直しつつ魔王が言う。


「命乞い」


「……魔王が?」


「だって君ら、グランドマスターさん倒したでしょう?」


「まあ、奇蹟的に」


「そんなん勝てるわけないよ。あの人私より強かったんだもんよ。っていうか、ぶっちゃけこの世界最強だし」


「何で魔王が四天王より弱いんですか」


「そりゃー元々魔王でも四天王でもないからねー」


「え?」


「本物の魔王と四天王をはっ倒してだね、ちょっと立場を奪い取ってやったのだよ」


「じゃあ」


 と、俺は魔王に尋ねる。


「貴方は、元々何なんです?」


「道具」


「え?」


「だから道具。あの性悪な女神の奴の」


 仮面の奥で。

 魔王が、意地悪く笑う気配がした。


「――君と同じ」

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