42周目⑨.貴方の剣を連れて行く。

 決戦のときが近い。


 あれから、革命後のメガネの国に行って、代わりに王座に座ることになった女王と出会った。元々、立場としてはメガネの腹違いの同い年の妹に当たる人物で、王族に連なるものであると同時に第七王国最強の騎士で、クーデターを率いた張本人も彼女なのだという。メガネの革命の共犯者として頻繁に連絡を取り合っていて、俺のことも聞いているとのことだった。


 女王ということで、割と緊張しながら謁見したところ「お主がバットか」と言って彼女は玉座から軽快に立ち上がると、つかつかつか、と俺の目の前までやってきて、ぐしぐしぐし、とこちらの頭を撫でてから、ぎゅう、と抱きしめ、最後に「すまんの」と謝られた。


「妾の力不足で、あの娘を死なせた」


 ああ、と抱きしめられながら思った。

 この人も、その背中に、消えないものを背負っているのだな、と。

 成る程。

 確かにこれは、みっともないことなんてしていられない。


「貴方のせいなんかじゃないですよ」


 と俺は彼女にそう言った。

 そう言うことが、できた。


 それから、決戦の準備が本格的に始まった。


 俺は勇者の滅んだ故郷に一緒に行って自分の代わりにマスクド・ブラザーをどうか倒してくれと頼まれたり、聖女と聖騎士と一緒に教皇派との派閥争いを解決したり、ござる魔女の隠れ里へと里帰りに付き合ったりした。


 そして――。



「……っ!」


 きん、と。

 夜の空へと、金属音が宙に舞い上がって消えていき、空気を引き裂く音となって戻ってきて――


「――某の、負けですな」


 そう、騎士団長がつぶやくのと同時。

 どすり、と。

 鈍い音を立てて地面に突き立ったのは、彼の手にあったはずの剣。

 俺は。

 金属バットを振り上げた姿勢から、残心を残して構えを解く。

 肺の中から大きく息を吐いて、言う。


「……これでようやく、俺も師匠とどうにかこうにか肩を並べられる程度にはなったってことでしょうか」


「いいえ――もう、私に教えられることは何もありませぬ」


「え?」


 と俺は思わず聞き返す。


「……いや、でも師匠。今ようやく一回、勝っただけですよ。まぐれってことも――」


「今の一戦ですが」


 騎士団長が告げる。


「某の剣に、乱れは一つとしてありませんでした。そして貴方は今の一戦で、膂力に頼ることはついぞ無かった……わかりますかな、バット殿」


 そして、微笑む。


「今、この瞬間、貴方は貴方の技によって、某の技を超えたのです。――これから先、何度繰り返したとしても『まぐれ』以外の理由で、某が勝つことはありませぬ」


「……」


 反論の言葉が、喉元まで出かかって。


「師匠――」


 それを押し殺して、俺は頭を下げ、告げる。


「――今まで、ありがとうございました」


「頭を上げて下され。バット殿」


 騎士団長はそう言い、それからこう続ける。


「バット殿。……少しだけ、某の与太話を聞いて下さいますかな」


 ええ、と頷く。

 それに対し、す、と佇まいを正して騎士団長が口を開く。


「某は、騎士の家系の長兄として生まれました。

 祖父も父も偉大な騎士であり、某もそれに連なる騎士になろうと励み――己の限界を知ることとなりました。

 確かに、某にも才能はありました。

 ですがそれは、天与のものではまず有り得ず、類い稀と言えるものですらなかったのです。そんな某が、騎士団長という身に余る誉れを預かることができたのは、ひとえに祖父や父の武功あってこそです。

 無論、役目を与えられた以上は、騎士団長の名誉に恥じないだけの働きはしてきたつもりです――しかしやはりそれが、騎士としては凡百の者でしかないというのが、某の現実です」


 ですが、と彼は続ける。


「某の息子は違いました。

 ……こやつめ、とんでもない臍曲がりでしてな。某が騎士団員に推薦してやるというのを『そんなもん要らん』と突っぱねて、どころか家を出奔した上、身分を偽って騎士団の試験を受けて、何食わぬ顔で某の騎士団に入ってきましてな」


「凄い方ですね。師匠も鼻が高かったでしょう」


「いえ、その……恥ずかしながら、当時の某にとっては勘当同然の状態の愚息で有りました故、某もむしろ団から追い出すくらいの勢いで厳しく当たりまして……おかげでお互い衝突ばかりいておったのです。

 ……まあ、息子も息子で、某のしごきをはね除けて騎士団の中で確固とした地位を築いていきましてな。

 最終的に、彼奴が次期騎士団長候補に選ばれたとき、某だけが彼奴を認めなくて、他の騎士団員に総掛かりで説得されるとかいう妙なことになってましたな」


「すみません。俺もそれは大人げないと思います……」


「何にせよ、彼奴は騎士団長となりました。某の息子という立場を利用するどころか、むしろ某に真っ向から喧嘩をふっかけてくる形で。

 それから彼奴は、幼馴染みの可愛らしい嫁をもらって、家内と騎士団員の連中に連行されて某も式に参加して。孫娘と孫息子も一人ずつ授かって」


 不意に、何かを思い出すように目を閉じて、騎士団長は言う。


「――本当に、良い息子でした」


「……」


「バット殿。……十年前の魔王軍の第一次侵攻が、第二国を一時壊滅させたことは知っていますな?」


「ええ……その、勇者から」


「息子はそのとき、己が率いる他の騎士共々、魔王軍と戦って死にました」


 そして、と騎士団長は続けた。


「街に雪崩れ込んできた魔物の軍勢によって、家内も、息子の嫁も、孫たちも皆。――ただ、某だけが、おめおめと生き残ってしまった」


「……」


「それで何をするかと言えば――魔物たちへの復讐を糧に生きることを存在理由とされた哀れな少女を『勇者』と持ち上げて、全てを託すことしかできない。そのことを恥じて、立場を投げ打ち頭を下げて、その少女の旅の道連れとなれども――足手まといとなることしかできない。そして、それどころか――」


 少しだけ躊躇するように黙ってから、騎士団長が言う。


「――それどころか才気溢れる仲間の若者に心密かに嫉妬すら覚える体たらくです」


「……師匠」


「情けない――本当に、情けない話ですじゃ」


 ですが、と騎士団長が続ける。


「そんな男に、それでも、貴方は教えを請うて下さいました。自分よりも遥かに弱い男に頭を下げ、その教えに真摯に耳を傾け、きちんと敬意を抱いて下さった。――その上で、無礼と知りながら言わせて下され。某の頼みを聞いて下され。バット殿」


 膝を突いて、告げる。


「我が名は、第二国王国騎士団団長グレンフォード・ホッパー」


 騎士団長が、頭を垂れる。


「貴方様に、どうか、どうかお願いしたく存じ上げます」


 俺に向かって――たぶんきっと、騎士として最大限の敬意を以て、告げる。


「某の剣技を、情けない某と一緒に朽ちるはずだった技術を、どうか貴方様が行く先へと連れていって下され。ほんの微力なれど、それが貴方の助けになれれば、某にとって、其の剣技にとって、これに勝る誉れはありませぬ」


「かりが、せい」


「?」


「刈蛾正」


 と、俺は言う。


「刈蛾が姓で、正が名前になります。バットというのは本当の名前じゃなくて、それが本当の名前です。貴方に――第二王国騎士団長グレンフォード・ホッパーの技術を託された、どこにでもいるただの若造の、名前です」


 金属バットを構え、告げる。


「――貴方の剣を、連れて行きます」

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