42周目⑧.――泣いてないですよ。
というわけで、七日間が過ぎた。
結果だけを述べると、こうなる。
七日後、メガネは見事に革命を成功させた。
ただし、その前日に当の本人は死んでいた。
公衆の面前でギロチンに掛けられたらしい。
間者が首の飛ぶところまでしかと確認した。
死体は見つかっておらず、たぶん、適当な場所に放置され、野犬にでも喰われたのだろう、とのこと。
それを俺に伝えたのは、師匠である騎士団長さんで、伝えられた方の俺としては、いつも通りにアレクサンドリアの世話をしていたところであり、理解がちょっと追いつかずに、
「はあ、そうですか」
と些か間抜けた返答をして、アレクサンドリアの世話を続けたまま、
「で、いつ戻ってくるんです?」
と、尋ねた。
答えが返ってこないまま、数秒が過ぎたところで、不意に相手の顔色を認識できるようになり、そこでようやく、
「え?」
という疑問の言葉が出て、手を止める。
「……あの、すみません。もう一度言ってもらえますか。ちょっと聞き取れなくて」
と、言える程度まで思考が回復するのに、ちょっと馬鹿みたいな時間がかかった。
騎士団長さんは、そんな俺にもう一度、最初から説明した。
俺は話を聞いて理解したが、でも、ちょっと意味がわからなかった。
「えっと、何かの間違いでは」
「ありません。信用できる確かな情報です」
「ほら、殺されたのは替え玉とか」
「かの王ならばともかく、アメリ王女殿下が、そのような策を用いるとお思いで?」
「あいつは、死ぬような奴じゃないですよ」
「バット殿」
「……えっと、ちょっと待ってて下さいね」
俺はそう言って、アレクサンドリアを連れて騎士団長さんから離れ、口を開けてもらって、当然のようにそこにいる相手を見つける。
「天使さん」
「……」
話は聞いていたらしい、何やら青ざめた顔をしている天使さんに、俺は言う。
「まあ、大丈夫ですよね」
「……」
「だってあいつ、転生してるでしょうし」
「……」
「まあ、あいつと離ればなれになったのはちょっと……いや、かなりショックですけど、別にいいです。でも、ほら、あいつもきっと落ち込んでるでしょうし、何か、俺から『転生先でも頑張れよ』とか何とか言ってやりたいんですけれど、そういう言伝とか、頼むことってできるんですかね?」
「あの、バットさん」
「あ、やっぱ駄目ですかそういうの」
「バットさん」
「はい?」
「メガネさん、転生限界です」
「…………は?」
ちょっと意味がわからない。
何だか今日は意味がわからないことが有り過ぎるな、と滅茶苦茶どうでもいいことを頭が考えようとする。
「いや、何言ってんですか。だって、あいつ、まだ全然余裕って――」
「たぶん」
と、天使さんが少し震える声で言う。
「貴方に、心配を掛けたくなかったのかと」
俺は金属バットを手に取った。
何故ってそりゃそうだろうメガネの奴を助ける必要があるふざけんな何が余裕だふざけんな何が心配掛けたくないだふざけんなそのくらいのことでどうこうなるだって俺はチートだただのチートじゃない42回も転生したチートの塊だ敵はどこだ誰を倒せばいいどんな相手だろうが構いやしないどんな奴だろうがあの美少女に比べれば雑魚みたいなもんだ金属バットで殴り倒せばどうになるに決まってるどうにもならなかったらどうにかするさとにかく何だっていいからメガネの奴を助けててめーふざけんなよとでもお前はいまいち萌えない奴だなとでも言ってなきゃならないんだだから俺はとにかく第七国へ向かうためにそちらの方角へと駆け出そうと一歩を、
アレクサンドリアが服の裾を噛んで、
バランスを崩して俺は引っ繰り返り、
受け身を取るのを忘れ左腕が折れて、
どうでもいいので無視し起き上がり、
起き上がると鼻先に天使さんがいて、
「待ってください! バットさん!」
とか何とかまた意味がわからないことを言ってくるがそんなことを悠長に聞いている暇なんざこっちには無いので俺は怒鳴る。
「邪魔だどけっ!」
「どきません! 何するつもりですか!?」
「やかましいメガネの奴助けに行くんだよ決まってんだろそこ邪魔なんだどけよ!」
「メガネさんは死んだんですよ!?」
「何言ってんだ!? 俺はチートだぞ!?」
服を噛むアレクサンドリアを振り払って、
前を塞ぐ天使さんを押しのけようと進み、
「それが好きな奴一人助けられないなんて、そんな馬鹿げた話があってたまるか!」
その直後、
「バット殿!」
と組み付いてくる騎士団長さん――邪魔だ。
「離せてめえっ! 引き千切るぞっ!」
そう俺は叫んでやったが相手はこちらの話を聞かずどころか何やら静かな声で、
「――聞いて下さい。バット殿」
とか何とか言ってくるがどうでもいいので膂力で無理矢理振りほどこうとして左腕が折れているせいか上手く行かず俺は舌打ちする。
「くそったれ! 黙れ黙れうるせえてめえこら放せおら! 俺は爺さんに抱き付かれて喜ぶ趣味はねえぞおい! ちくしょう、俺は認めねえからな! あいつが死ぬわけねえんだ! あいつは、あいつは、」
「――いいから、俺の話を聞け。バット」
騎士団長さんの、その、たった一言で。
ぐい、と。
壊れかけていた思考が、引き戻されて。
すう、と。
置き去りだった正気が、追い付き出す。
「そうだよな――苦しいよな。辛くて、悲しくて、悔しくて、それなのに何も――何も、出来ないんだもんな」
ひゅう、ひゅう、と。
さっきから聞こえていた、奇妙な音。
それが自分の呼吸であると、やっと気づく。
「でもな、今、お前の抱えてるそれは消せねえぞ。なあ、バット。絶対に、消えたりしない。だからよ、そのまま背中に担いで、持っていくことしかできねえんだ。なあ、わかるか?」
頷くことは、できなかった。
別に否定したかったわけじゃない。
ただ、脳でも心臓でもない、心とかそういうよくわからないものからこみ上げてくる何か熱いものがあって、それを堪えるのに必死だった。
「……大丈夫だよ、バット。お前なら、ちゃんとできるはずだ。師匠の俺だからわかる。お前は、自分じゃわかっちゃいないが、もう立派に一人前の男だ。だから、そんな情けない真似はもうすんなよ――な?」
すとん、と。
手から力が抜ける。
からん、と。
金属バットがすべり落ちて転がる。
ひひん、と。
アレクサンドリアが鼻を鳴らす。
ぺたん、と。
天使さんが落下し地面に尻餅を付く。
そして。
騎士団長さんが、俺をそっと離して。
いつも通りの、ひどく穏やかな声で。
告げる。
「……もう、大丈夫ですな。バット殿」
「料理を」
と、俺はうつむいたままで、つぶやく。
「あいつ、料理を、作ってくれるって……あいつと、そう、約束してて……」
「はい」
「俺、実はちょっと楽しみにしてて……別に、恋愛対象とか、そういうんじゃなくて……いまいち萌えないし、でも、一緒にいると楽しくて……だから、その……」
「ええ」
「いつも馬鹿みたいなこと言ってるけど、なんかときどき寂しそうで……本当の名前も知らなくて……でも……それでも、俺、あいつのこと、好きで……」
「知っていますよ」
「俺、あいつが、本当に好きだったんです」
「ええ、知っていますとも」
自分の足下。
そこの地面。
ぽたぽたとそこにだけ落ちる水滴。
それはもちろん、雨とかじゃない。
もちろん俺は、それを知っている。
知っていて、それでもなお、言う。
「ねえ師匠――俺、泣いてないですよ」
ええ、と騎士団長は頷く。
「もちろんそうですとも。バット殿」
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