42周目⑦.好きだよ。

 謀略王ズ・ルーとの決戦。


 十年以上前から人間の振りをし、重鎮として第一国内部に巣くっていたズ・ルーを倒すため、メガネの奴は、愚王子を装っていた第一国皇太子の尻を蹴飛ばし奮い立たせ、ついでにその皇太子とちょっと壁とか殴り壊せる大臣の孫娘との恋の仲立ちをし、さらにはそれ経由で芸術に嵌って引きこもりがちな大臣の息子をしゃんとさせ、それ経由で腐っていた大臣を改心させ、最終的に第一国国王を「そうか――私はもう、老いたのだな」という言葉と共に退位させ、ズ・ルーを放逐する手筈を整えたところで、最後の足掻きとして皇太子とメガネを暗殺しようとしてきたズ・ルーを、俺の金属バットが殴り倒した。


 最後に「ひゃはははっ、最高に楽しかったぜぇ嬢ちゃん! お前ぇが、俺様の次の謀略王だっ! 地獄で会えるのを待ってるぜぇっ!」と笑い、ズ・ルーは消滅した。


 そんな風にして、本人曰わく「表に出たら割といろいろ問題になると思う」レベルの暗躍に次ぐ暗躍を繰り返し、第一国に平和を取り戻したメガネだが、けれども、息つく暇もなくまた何やら動き回っていた。


 そしてある日、メガネは俺に宣言した。


「あと七日」


「革命の日か」


「そ。あの冷血鬼畜野郎めをこの手でギロチンに掛けてやるのだ!」


「ギロチンなんてお前んとこあんのか?」


「あるある。本物の王女様が趣味で作った」


「うわあ」


「いやー、感無量だわー。これで私は自由への第一歩を踏み出せるわけだ」


 アレクサンドリアの世話をする俺の傍ら。

 行者台のところにメガネは座って言う。

 いつものように。


「あんたの方はどう? 調子は?」


「悪くない……と、思う」


「なかなか大変そうだね」


「うっせ」


「はい図星頂きましたー。……でも騎士団長さんが師匠になってくれて良かったね」


「そうだな。お前のおかげだ」


「そんな褒めんなよ照れんだろ――つーか、本当にすげーのは騎士団長さんだから。やっぱ長い間、騎士団の団員を育ててきただけのことはあんね。あんたが別にそこまで優秀ってわけでもないだろうに、ちゃんと教えられてるもん」


「……俺、あんま良い弟子じゃないのな」


「別にあんたが特別ってわけじゃないって。大抵の人間は教わるのが苦手だし、教えるのだって苦手なんだからよ。――だから、人に何かを教えられるってのは、実はけっこう特別な技術なんよ」


「そうなのか?」


「そうなのだよ。……ちなみに、私も実は苦手。ほら、私、頭良いじゃん?」


「自分で言うのはすげー馬鹿っぽいが」


「うっせ。んで、頭良いと、馬鹿の気持ちが分かんないわけ。あんたの気持ちとか」


「うるせ。馬鹿って言う奴が馬鹿なんだ」


「かもなー」


 不意にメガネの声の調子がちょっと変わる。

 ほんの僅かな違いだったが、俺は気づく。


「私にゃ当たり前のことが、他の人にとっては当たり前じゃないんだな、これが。だから馬鹿にされるし、嫌われもする」


「でもさ」


 俺は言う。

 今なら、どうにか。

 メガネの言葉の端々にある、少しだけ寂しげな気配に、気づくことができるから。


「別に何てこと無いだろ。それこそ馬鹿にする奴らが馬鹿を地で行ってるわけだし」


「そう割り切れるもんじゃねーのだよ」


 と、メガネは笑う。

 笑って誤魔化しているのだと、今は分かる。


「人間ってほら、寂しいと死ぬからね」


「ウサギかよ」


「いやウサギは単純に死にやすいだけだから。……ほら、よく言うじゃん。人という字は人と人とが支え合ってできているのじゃ、だから人ってのは誰かと支え合って生きていくのじゃよ――みたいな」


「ああ」


「実際、その通りだと思うんよ。人は誰かと一緒に生きてなんぼ。人よりも頭が良いから、優れているから、レベルが高いから、だから自分は一人ぼっちでも生きていけるなんて思ったってさ――やっぱ、生きていけないよ」


 少しの沈黙。

 それからメガネは「あのさ」と口を開く。


「転生する前さ、私――」


 と、言いかけて。

 そこで、不意にメガネは言葉を切った。

 再び、沈黙。

 そして。

 がばっ、と唐突にメガネが両手を挙げる。


「やめやめ! 不幸自慢とか今時ねーわっ! 大切なのは今! 今を楽しもうぜ!」


「まあ、そうだな」


 と、答えて。

 ちょっと、いや、実際はかなり迷って。

 でも、俺は言うことにした。


「なあ、メガネ――」


「何かなそこのいまいち萌えないお兄さん! もしや私の魅力にとうとう気づいたのかな!? そして私に萌えたのかな!?」


「いや、お前にはいまいち萌えないけれど」


「てめー」


 と睨んで来るメガネに対し。


「でもさ――」


 視線を合わせず、頬を掻きながら、告げる。


「――俺、お前のこと好きだよ」


「よっしゃその喧嘩買うぜ……って、え?」


 腕まくりをした格好のまま。

 ぴたっ、とメガネは動きを止める。


「え? ちょ……ちょっと待ってごめん」


 と、眼鏡を外し、俺に差し出すメガネ。


「その……め、眼鏡掛けてもう一度言って!?」


「言わねえよ馬鹿」


 途端に恥ずかしくなり、俺はそっぽを向く。

 頬が赤くなっていることは、自覚していた。

 それに対し、メガネは目を真ん丸に見開く。

 そして愕然とした口調で、俺に言ってくる。


「つ、ツンデレ、だと……っ!?」


「違うからな!」


「違わないでしょーそれツンデレでしょー完璧過ぎるくらいにツンデレでしょーお手本にしたいくらいだわー」


「やかましい!」


「んで、そんなツンデレかまして私に何をしてーんだ? キスかこら? 私の隠れ巨乳を揉みたいのか? それとも、端的にもっとちょっとアレなことか? あー?」


「だからそういう意味じゃねえっつうの!」


 そう叫びながら。

 俺は、すでに、先程の発言を後悔していた。

 あれだ。穴があったら入って、埋まりたい。

 ついでに、アレクサンドリアが「この浮気者! 馬鹿! 死んじゃえ!」といった感じに鼻先をぐいぐい押しつけてくるが誤解だ。


 俺は、もう一度メガネに言う。


「……そういう意味じゃないんだよ」


「冗談冗談。ちゃんとわかってるってば」


 とメガネは言い、若干涙目になりつつある俺を、ぺしぺし、と叩いて続ける。


「それじゃあさ、あんたのツンデレのお詫びに、こっちの革命が終わったら料理作ったげるよ。王女様の手料理だぜーよろこべー」


「へいへい」


「んじゃまー。いっちょ革命起こしに行ってくらー。帰ったら女王様と呼びたまえ」


 と言って、踵を返しつつ、片手を振って去って行こうとするメガネに、俺も腕を軽く振り返す。


「あいよ。お土産よろしく」


「じゃあ、あの鬼畜野郎の首持ってくる」


「要らねえよ。んなもん」


「……ね。バット。私もさ」


 途中で肩越しに振り向き。

 眼鏡の奥の、やる気があるんだかよくわからない眠そうなその目を、少し細めて。


「私も、あんたのこと好きだよ」


 メガネはそう言って。

 すぐにこちらに背中を向け、こう続けた。


「――まあ、いまいち萌えないんだけどさ」


「……おう」


「そんじゃ、しーゆーあげいーん!」


 駆け出し、去っていくメガネを見送って。


 俺は、頬を掻いて誤魔化そうとして、誤魔化しきれずに立ち上がり、その場を右から左に行ったり来たり、ぐるぐるぐるぐると回ったりして――


「いやー。青春ですねー」


 ――その場で思いっきりすっ転んだ。


 転んだ俺の目の前で、アレクサンドリアが、かぱっ、と口を開く。するとその中から「どうも」と当然のように顔を覗かせてくる天使さん。


 俺は立ち上がりつつ、告げる。


「……覗き見とか趣味が悪いですよ」


「失敬な。元々はアレクサンドリアの口の中にいただけです。ですが、貴方がツンデレかました辺りで『あ、これはひょっとして行くとこまで行くかな』と思ったので、いざとなったらそっとしておいて立ち去るようにと、アレクサンドリアにそれとなく伝えて準備はしていました。キスシーンくらいまでならともかく、流石にその、ちょっとアレな展開まで覗き見する趣味はないです」


「そんな展開にはなりませんって」


「またまたぁ」


「違いますって。そういうんじゃないです」


「じゃあ何なんですか貴方と彼女の関係は」


「……よく分からないです」


 と、俺は言う。


「その、何でしょうかね? この気持ち?」


「いや恋でしょうそれ。ちょっと信じられないくらい典型的な恋ですよそれ」


「いや、だから俺は、あいつにはなんかいまいち萌えないんですって」


 ひひーん、と鼻息を荒げているアレクサンドリアを宥めつつ、俺は「そんなことより」と話を変えようとする。


「四天王も残るは勇者の兄……じゃなくてマスクド・ブラザーだけです。そろそろ魔王との最終決戦も近くなってきた感じなので、俺もうかうかしていられません。師匠との特訓の成果をちゃんと出して、七日後、あいつが帰ってくる頃には多少見れる程度になってないとまた笑われちまいます」


「最終決戦、ですね。――しかし、今回の異世界は本当、強敵でしたね。グランドマスター然りズ・ルー然り――貴方だけならきっとどうにもできなかったでしょう。メガネさんに感謝ですね」


「ええ」


「もう結婚してあげたらどうですか」


「しつこいですよ」


 と、俺はアレクサンドリアに口を閉じさせて、天使さんの続く言葉を遮った。

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